逆転−HERO− (8) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年05月08日(金) 15時34分47秒公開
ID:2spcMHdxeYs
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だって……君には無限の未来があった。幸せになる権利があった。 君は、私の希望だった。――それを、アイツらがめちゃくちゃにした。 君から全てを奪っておいて、のうのうと生きているヤツら。 だから、そう――ユダイスカは君と同じ目に遭わせてやった。 シモンアツコの大罪も暴かれた。 ヨハネマナミには気の毒なことをしたと思っていたが……構うものか。ヤツは真相に辿り着く道を知っていた。知っていて、何もしようとしなかった。 そして、残るは――あと、一人。 君は確かに生きて ……それなら、思い出させてやろう。 光あるところに影ありき――私が“君”の“影”となって、罪深き者どもに裁きの 法廷に入ると、既に満席の傍聴席がさわさわと揺れた。 二日間の審理を見て、焔城検事目当てに来ていた女性の何割かが私に注目し始めたことはうすうす感づいていたが……。できれば“この状態”で、目立ちたくはなかった。 これが“ナルホドウリュウイチ”として立つ最後の法廷になることを切に願いつつ審理の準備をしていると、にわかに傍聴席が騒がしくなった。 検察席に颯爽と現れた紅い人影は、今日もまた、女性たちの熱い視線を一身に受け止めている。 深紅の処刑人・焔城翔。彼――いや、彼女と相対するのもこれで最後にしたいものだ。 「……え〜、それでは審議を始めますぞ。傍聴人は静粛に」 カン。相変わらず覇気のない木槌の音の先には、いつものお方が鎮座している。 「裁判長、なんだかフキゲンだね。あ、自分が注目されてないんでスネてるんだ〜!」 ……真宵くんの毒舌にも、ますます磨きが掛かってきたようだ。 「検察側、準備できている」 焔城検事は余裕顔、昨日のダメージは残っていないらしい。 「弁護側、準備完了だ」と、私も応じる。 「さて、昨日の審理では真犯人の……」 「君影草!」 「――の正体を調査するということで終わったわけですが、本日は、弁護側と検察側双方から証人の申請がありました。それで、どちらの証人からお話を伺いますかな?」 「み〜……ナルホドクンさん!」 「うム、分かっている。ここは先手必勝だな」 相変わらず危なっかしい真宵くんと頷き合い、声も高らかに申し立てる。 「裁判長!弁護側は君影草を特定するために、事件があった日の舞台裏の状況をよく知る人間を連れてきた。こちらの証人を先に召喚していただきたい!」 「焔城検事、よろしいですか?」 「フ、好きなだけ足掻くがいい」 弁護側の証人など、焔城検事は歯牙にもかけていない様子。 「依存はない、ということで……それでは、最初の証人を入廷させて下さい」 木槌の合図で後ろから入って来た男性は、傍聴人の間を悠々と歩いて証言台に立った。 ツナギのポケットに手を突っ込んだ猫背気味の 「証人は名前と職業を」 「阿部 海流(あべ かいる)。フリーの脚本家だ」 「ほぉ、脚本家さんでしたか。私はてっきり大道具さんかと思いましたぞ」 「ははっ、そいつは裁判長さんの思い込みだなぁ。俺みたいな体格の物書きだって、世の中には大勢いるさ」 「リラックスしてるね、海流さん。あたしなんてあそこに立つと足がガクガク、冷や汗ダラダラだよ〜」 裁判官と談笑などしている阿部氏に、真宵くんは感心する。 「ム、確かに気分のいい立ち位置ではないが……」 「それでは、証人。 “事件時の舞台裏の状況” について、証言していただきたい」 「ああ。――あの日、ジュリエット役の伊須香が瓶の毒を煽るシーンまでは、芝居は普通に進んでいたんだ。それが、瓶の中の液体を一気に飲み干した途端、急に苦しみだしてさ。 その様子が尋常じゃなかったもんで、異変を察知した伊吹団長はすぐに幕を下ろすように指示したんだよ」 「あの舞台は私も拝見していました。最初は演技のようにお見受けしましたが、あなたも伊吹団長もすぐにそうではないと気付いたのですか?」 「近くで見てりゃ分かるさ。芝居にいくら没頭してたって、伊須香は女優だ。さすがにあそこまでの醜態は晒さない。舞台用の“綺麗に見える苦しみ方”ってのがあるからな」 「それほどまでに凄まじい苦しみ方だったのですか……?」 「まぁな。あの時の伊須香の形相、悪魔にでも取り憑かれたんじゃないかと思ったよ」 阿部氏の証言を、隣の真宵くんは「うんうん」と頷きながら聞いていた。 私も、彼女の尋常ならざる苦しみ方にあの場が凍りついたことを覚えている。しかし、私も彼女も最初はあれが“演技”だと信じて疑わなかった。伊吹団長から、ジュリエット役の柚田伊須香が『急病で倒れた』と聞くまでは。 演技でないと分かっていれば、舞台にまで押しかけていったりはしなかったのだが……。 「それほど役者の状況が分かる『近く』というと、どの辺りですか?」 「舞台袖だよ。俺はそこから、役者の演技を観察してた。次の脚本を書くためにな」 「成る程。それで、あなたはどうしたのですか?」 ともあれ、ここからは観客も知らない舞台裏事情。慎重に聞く必要があるだろう。 「俺は――というか、舞台袖にいた伊吹団長、役者、スタッフ全員が伊須香のところに駆け寄って、彼女の様子を確かめたんだ」 「どのような様子だったのですか、彼女は」 「……酷い有様だったね。俺たちが駆け寄った時にはまだ意識があって、喉をかきむしったり、嘔吐を繰り返したりしてた。 そのうち、身体が痙攣しだして昏倒したんで、俺が舞台裏まで担いでいったんだ」 「あなたが?他のスタッフは手を貸さなかったわけですか?」 「ああ。伊須香、だいぶ吐いたからな。役者連中は衣装が汚れるだろ? 脚本家だってたまにはそういう仕事もやるさ。だから、こういう汚れてもいい格好をしてるんだよ」 阿部氏はぱっと両手を広げ、くたびれたツナギをアピール。やはり、脚本家だと言わなければ大道具係と間違えそうないでたちである。 「伊須香さんを舞台裏へ運んだ後、皆はどうしました?」 「伊吹団長と役者連中は今後の芝居について緊急会議、大道具連中は舞台の片付け。その他のスタッフは伊須香の看病に回って、俺は脚本の手直しをしたな」 「脚本の手直し――ですか?」 「ああ。ジュリエットが仮死状態になる薬を飲んで倒れた後、ロミオも毒薬をあおって死亡するんだが、伊吹団長に『毒を飲むシーンは同じ危険があるから、他の死に方に変更して欲しい』って言われたもんで。そうなると、その後の台詞も変えなきゃなんないだろ?」 彼の言う原稿は、私の手元にある。『原稿』といっても、レポート用紙2枚程度のもの。内容のほとんどが、毒ではなく短剣で生命を断つこととなったロミオの台詞である。 あの時は場面変更とロミオのたどたどしい芝居が気になり、内容を吟味することはなかったが、活字で見るとなかなか趣のある台詞であることが分かる。 「ちなみに、これが書き換えられた原稿です。毒薬で死亡する筈のロミオは、ここでは短剣を手にし、次のような台詞と共にそれを己の胸に突き立てます。――よろしいか?」 私は原稿を掲げ、情感たっぷりに手書きの文字を読み上げた。 「ロミオ『――おお、ジュリエット!私の愛しいひと、愛しい妻よ!貴女の蜜のような息を吸い取ってしまった死神も、貴女の美を如何にすることも出来なかったのだ!紅の美の旗印が貴女の頬に、唇に、翻っている。死の白い旗印とてまだ掲げられていない。 貴女は何故、今もなおこんなにも美しい?もしや死神までもが貴女の美しさに恋をしてしまったのではあるまいか?!ああ、心配だ!それならば、この僕がいつまでも貴女の傍に留まって、この昏い宮殿から二度と離れないでいよう。ここに僕は永遠の安息を求める。この肉体から、宿命の楔を断ち切ろう。さぁ!案内人よ!凶暴で無慈悲な、冷たき案内人よ!今こそ、その非情な牙を、我が胸に突き立てよ!』」 そこで言葉を切り、周りを見回す。裁判長や傍聴人、真宵くんまでもが一言も言葉を発することなく、私の言葉に聞き入っていた。 「――そして、仮死状態から目覚め、ロミオの亡骸を見たジュリエットは同じ短剣で自害するのです。これが、その時の台詞です。よろしいか?」 このような素人芝居にこの反応、台詞の素晴らしさは十分伝わっている。これぞ、私の目論見通り。トドメとばかりに先を続けた。 「ジュリエット『おお、ロミオ。どこなの、私の愛しい夫よ!何かしら?この短剣は。愛しい夫の手にしっかりと握られて。そう、これで胸を突いて、時ならぬ最期をお遂げになったのね?ひどいお方!私の目覚めを待たずして、逝ってしまわれるなんて。お願いよ、短剣!この胸がお前の鞘!私を、愛しいロミオの元へ行かせて!』」 一呼吸置いて、スタンディングオベーションの傍聴席から割れんばかりの拍手が響く。 「いや〜、ブラボーですぞ!み……いや、ナルホドウクン!」 裁判長が珍しく木槌を置き、大仰な拍手をしているかと思えば、 「迫真の演技だったよ、み……ナルホドクン!」 隣の真宵くんは瞳をキラキラ輝かせており、 「伊吹団長がいたら、間違いなくスカウトするだろーな」 証言台の阿部氏までもが、何故か感心しきりの様子。 「あ……いや、私はこの原稿を 予想外の効果に戸惑いつつ、尋問を再開する。浮ついた空気を均すように、心持ち声のトーンを落として。 とにかく、この反応が誰の手柄によるものか、はっきりさせておかなければなるまい。 「ありがとさん。これでも一応、脚本家の端くれでね」 くっく、と喉を鳴らしながら答える阿部氏。 「それで、この原稿を書き上げてからあなたはどうしたのだ?」 「伊須香のところへ行ったよ。とにかく早いとこ医者に見せなきゃならないと思ったもんでね、彼女を劇団のワゴンに乗せて病院へ向かったんだ」 「あなた自ら車で病院へ行かずとも、救急車を呼べばよかったのではありませんか?」 「救急車が来ると騒ぎになって、舞台が中断するかもしれないだろ?」 「立派な行動です」 裁判長は素直に感心しているが、私には別の狙いがあった。 「ええ、的確な判断と迅速な行動――完璧です」 「……何か言いたそうだな」 ここまで無言で成り行きを見守っていた焔城検事が、独り言のように言う。 「伊吹団長が感心していました。『舞台を中断せずに済んだのは、カイ君が冷静に対処してくれたおかげだ』と。ちなみに『カイ君』というのは、阿部海流氏のことです。 しかし、人が毒物で倒れたんですよ?これほど冷静に行動できますか?」 私の言葉に、阿部氏の表情が強張る。どうやら彼も、私の思惑に気付いたようだ。 「冷静……じゃなかったさ、俺だって。けど、あの場で自由に動けるのは脚本家の俺だけだった。団長を始め、役者やスタッフには舞台を続ける役目があったしな」 「……あの場には一応、刑事もいたと思うが?」 押し殺した質問は、何処かそわそわした様子の焔城検事から。 「刑事……?どうだったかなぁ……あ、奥の方で『大変っす!大変っす〜!』って騒いでいたヤツがいたっけ。あんまり煩かったから、大道具の連中に取り押さえられてたな」 ドォン……ッ!!!!何の前触れもなく、検察側の机が鳴った。 「……北斗、後で覚えていろ」 見れば焔城検事、硬く握り締めた拳を机の上に押し付け、わなわなと唇を震わせている。 「うわ〜。北斗刑事の受難、再びって感じ」 と、真宵くんが肩をすくめた。まぁ……彼の気持ちも解らないではない。 「とにかく……役割分担だよ、役割分担」 一人だけ涼しげな表情でそう締める安部氏に、裁判長が木槌を上下させながら同調する。 「成る程、分かりますぞ。さしずめ私はこの木槌を振り下ろすことが“役割”ですかな」 「役割を果たしているかと言えば微妙だよね」 「うム。たまにおかしなタイミングで振り下ろすことがあるからな、あの人は」 「うおっほん!……検察側、この証人に対して尋問をどうぞ」 我々の密談が聞こえたのかワザとらしい咳払いの後、おそるおそる検察席を窺う裁判長。 「特にない」 しかし、嵐は既に過ぎ去っていた。真宵くんは拍子抜けしたように、 「あれ?ずいぶんあっさりしてるね、焔城検事」 「向こうにも証人がいるらしいからな。しかし、次の証人など出る幕はないだろう」 ⇒To Be Continued... |
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