逆転−HERO− (6)
作者: 紫阿   URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html   2009年05月06日(水) 20時42分46秒公開   ID:2spcMHdxeYs
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「それで、何か見付かった?」
 真宵くんは彼のことをイトノコギリ刑事の次辺りに“便利な刑事”とでも思っているのだろう。頭に血を昇らせている彼の懐へでも、さりげなく切り込んでいく。
「それが、まだ何も……って、ダメっす!捜査情報は一切、洩らせないっす!」
 彼女の鮮やかな仕事振りに感服しながら、私はしばらく二人のやりとりを傍観していた。
「え〜!いいじゃん。前はさ、いろいろ話してくれ――」
「わ〜!しぃ〜っ!……だ、ダメっすよ。今日だけはめったなこと口走らないで欲しいっす!ねぇ……え、焔城検事も来てるんっすから!」
「――え、焔城検事が来ているの?ここに?」
「天気が崩れそうだから止めた方がいいって言ったんすけど、どうしても夜羽愛美の犯行を裏付ける証拠を見付けるんだって聞かなくて……」
「だから、まみちゃんは犯人じゃないって――」

 
「北斗ォッ!!何処だ?!北斗ッ!!」


 突如――頭上から降り注いできた声に、天井が揺らいだ。
 あまりの音量に、びくりと身を竦ませる真宵くん。北斗刑事はといえば顔面蒼白で、額からは大量の脂汗がダラダラと流れている。

「あ!――は、はいいっ!た、ただ今ぁっ!!
 ……分かったっすか、オレたちの状況!今、焔城検事は上の階を捜索中っす。あんたらはこの奥の事務室に行って、オレたちの捜査が終わるまで大人しく待ってるっすよ。いいっすね!」

 彼は天を仰いで許しを請い、早口でまくし立てると脱兎のごとく駆けていった。

「……大変だね、北斗刑事も」

 使いっ走り根性の染み付いた哀れな青年の後姿に、真宵くんが同情のため息を吐いた。


同日 午後2時50分 劇団エデン 事務室


 二階の一番奥のドアを開けると、ごちゃごちゃしている荷物類が目に入った。ドアの表に『事務所』のプレートが掛かっていなければ物置と見間違いそうな状態の部屋。
 荷物に紛れてスチール製の机がいくつか並んでおり、事務作業もできなくはなさそうだが……。

「ん〜……刑事さんかい?」

 真宵くんともども入り口の辺りで突っ立っていると、奥の方から声がした。少しだけ足を踏み入れると、年季の入ったソファの上で誰かが寝そべっているのが見えた。
「終わったんなら俺に断んなくても、勝手に帰っちゃってかまいませんよぉ〜……っと」
 気だるそうな声と共に、ぬうっと伸びた手がヒラヒラと振られる。
「あ、いえ……我々は弁護士です。夜羽愛美さんの弁護をしています」
「……」
 布の擦れる音がしてむくりと起き上がった人影は、かなり長身の男性だった。やや猫背気味なので目線は私と同じだが、背筋を伸ばせばあと5センチぐらいは高くなるだろう。
 歳の頃は三十前後、こういってはなんだが、およそ身だしなみと言うものに気を使っている様子はなかった。洗いざらしのツナギに無精ひげ、ひとつくくりにしてある髪も、意識して伸ばしたというよりは勝手に伸びたのを無造作に束ねた感じである。
「あ〜、話は団長から聞いてるよ。あんたらも大変だね〜。そこ、狭いけど座っててよ。コーヒーでも淹れてくっからさ。インスタントでもいいか?」
「ああ、お構いなく」
 勧められるまま、少し綿などはみ出したソファに真宵くんと並んで座る。青年は奥に引っ込み、アルマイトのカップを二つ持って戻って来た。
「アベ……カイリュウ、さん?」
 カップを受け取りながら、真宵くんは彼の首に下がるスタッフ証を目ざとく見付けていた。ビニールケースの中のカードには、確かに『阿部 海流』と書かれている。
「これな、“あべ かいる”って読むんだよ」
 スタッフ証を摘み上げ、青年は軽く笑う。『カイ』という響きには覚えがあった。
「すると、あなたが団長のおっしゃっていた脚本家の――」
「ああ、団長曰く『カイ君』ってのは、俺のことだよ」
 彼が『脚本家』というのは、どうにも意外な感じがした。何も言わないで立っていれば大道具係と間違えそうな風体である。
「とっ散らかってるけど、団長が戻って来るまでゆっくりしててな。一本、やるかい?」
 いつの間にか彼の口にはタバコが咥えられていて、私にも箱ごと勧めてくる。
「いや、私はタバコは……」
「あ〜……これ、タバコじゃないんだ。タバコを模した砂糖菓子でね。ここ、見てみな」
 阿部氏が指で叩く紺色の箱の表面には、成る程『カカオ・シガレット』と印字されていた。よく見ればその箱自体も、本来のタバコのものより一回りかふた回り小さい。
「ホラ、こういう所は火気厳禁だからさ」
 やれやれ、と肩をすくめる阿部氏。彼の後ろも我々の周りも、燃えやすそうな素材で溢れかえっていることを考えれば当然の処置だろう。
「俺みたいな根っからのヘビースモーカーは、な〜んか口に咥えてないと落ち着かなくてね。前に見付かって注意されて……イライラしてたら、大道具の子が『タバコの代わりだ』って、コイツをくれたんだよ。そっからずっと愛用してんだ」
「へぇ〜!」
 真宵くんは、安っぽい砂糖菓子にさっそく興味を示している。
「良かったら、どぉぞ」
「いいですか?!――御剣さんも、はいっ!」
 彼女は嬉々として箱に手を伸ばし、二本取り出したうちの一本を私に渡した。
「うム。頂こう」
 今度は断る理由もないので受け取って咥えると、薄荷の香りとカカオの風味が口の中いっぱいに広がった。普段あまり口にする機会はないが、何処か懐かしさを覚える味。
「わ、おいしい♪」
 いたく気に入った様子の真宵くんを見て、阿部氏はツナギの胸ポケットからもうひと箱取り出し、机の上に置いて言った。
「そんじゃ、お嬢ちゃんには一箱プレゼントだ」
「わぁ、ありがとうございます!」
「……そんなに感激されると、こっちが恐縮するよ。ひと箱30円の駄菓子だぜ?」
 ぽりぽり……と、しばらくは真宵くんが砂糖菓子をかじる音だけが響いていた。
「――ところで、海流さんはここで何をしてるんですか?舞台の方はいいんですか?」
 一箱の半分ほどを食べてしまってから、真宵くんが口を開く。
「ん〜……脚本家の仕事は脚本を書くことだからさ、俺はここで次の舞台に向けて脚本を書いていりゃいいってわけ」
 砂糖菓子で空中に文字を書く仕草をしてみせる阿部氏に、真宵くんは興味津々。
「わぁ!次はどんなお芝居をするんですか?今回のお芝居のストーリーも素敵でしたけど、海流さんが書いた(・・・・・・・・)脚本のお芝居も見てみたいです!」
 彼女の言葉で、愛美さんから聞いた話を思い出す。阿部氏は少し驚いたようだった。
「……どうして、今回の脚本が俺の書いた話じゃないって知ってるんだ?」
「はい!まみちゃ……夜羽さんから。あたし、彼女とは友達なんです。今回の脚本は、三年前に聖ミカエル学園の学園祭で使った脚本だって聞きました!」
 無邪気な真宵くんの問い掛けに、阿部氏の表情が微かにこわばったような気がした。

「……ああ、そうだよ。だから俺は、今回の舞台には無関係。ずっとここで留守番だ」


ジャラジャラジャラッ、ガシャーン……!!!


「――な、何ィ?!」
「ど、どうしたの……?」
 真宵くんが驚くのも無理はない。鉄鎖の擦れるその音は、私にしか聞こえないのだから。
「……いいえ、何でも」
 この局面でさいころ錠……阿部海流、彼に一体どんな秘密があるというのだ?
「俺、ちょっと買出し行ってくるから、あとは適当にやんなよ。あ〜、奥の方は警察の旦那方が陣取ってるみたいだから、あんまり近付かない方がいいかもな」
 阿部氏が腰を浮かせかけた時、部屋の奥の窓で閃光が瞬いた。その、一瞬後に――


ドォン……ッ!!!!



 耳をつんざく大音量に、真宵くんが「きゃっ……!」と身を竦ませる。雷鳴と共に降り出した豪雨が窓ガラスををばちばちと叩き、嵐の到来を報せた。

「あ〜、こうなる前に行っとくんだったな……買出し」

 浮かしかけた腰を戻し、苦笑いの阿部氏。ここ数日、大気の状態が不安定だったことからも、彼の後悔は予測できた。遠く近くに聞こえる雷の音に耳を傾けながら、私もしばらくはこの場に足止めされるだろうと覚悟を決める。


「……っ、きゃああっぁぁぁぁ……っ!」



 ――雷よりも大音量の絶叫が、頭上から降り注いでくるまでは。

 考えるより早く、私は走り出していた。真宵くんと阿部氏が追って来る気配を感じつつ階段を駆け上がり、ドアの開け放たれた部屋に駆け込む。

「――こ、これは?!」

 信じられない光景が、目の前に広がっていた。雑多に置かれた大小の装置(セット)と、舞台衣装を着たマネキン人形――蒼白い光がそれらを照らし、不気味な姿を浮かび上がらせている。

「姉さん――ねえさん(・・・・)っ!大丈夫っすかぁっ?!」

 我々より先に来ていた北斗刑事の叫びは、部屋の中心で発光する謎の物体に向けられていた。
 光の発生源はその物体――よく見れば、それは“人間”の姿形(かたち)をしていた――に、違いなかった。北斗刑事はその人間らしき物体に、必死で呼びかけている。

「……ね、御剣さん。あれって……焔城検事?」
 何かに気付いたらしい真宵くんが、私の袖を引っ張って言った。
「なっ、何だと……?!」
 指摘されて、初めて気付く。蒼白い光の中で苦悶の表情を浮かべている人影は、間違いなく――先刻まで法廷で私とやりあっていた、あの熱血検事だった。
 バチバチと爆ぜる音――“感電”という言葉が頭を掠める。しかし、感電ならば衝撃は一瞬。全身から放電しているこの状態はアキラカに異状だ。
「姉さん、しっかり!今、助けるっす!」
 呆然と立ち尽くす私たちの前で、北斗刑事は着ていたミリタリーコートを脱ぎながら焔城検事に接近する。
「危ねぇっ、感電するぞ!」
 背後から阿部氏が叫ぶ。そこで初めて、北斗刑事は我々の存在に気付いたようだった。
「……大丈夫っす。オレのコートは電気を通さない構造になってるっすから」
 その言葉通り、彼がコートを焔城刑事の上に掛けると発光は収まった。しかし、コートの下からはパチパチと、静電気が発生したときのような音が聞こえてくる。
「焔城検事、大丈夫なの……?」
 コートで包んだ焔城検事を抱きかかえ、部屋を出ようとする北斗刑事に真宵くんが問う。
「あ、放れた方がいいっすよ。放電、まだ収まってないっすから。――病院に行くんで、そこ、通してもらえるっすか?」

 表へ出た私たちの前に、ワゴン車が滑り込んで来る。横腹には『劇団エデン』の文字。

「乗んなよ。急ぐんだろ?」

 運転席から顔を覗かせたのは、阿部海流だった。

「……車、壊れても責任持てないっすよ」
「構わんさ。近々、買い替える予定があるんでね」

 阿部氏の言葉に深々と頭を下げる北斗刑事。
 後部座席にぐったりした焔城検事を乗せ、その後から北斗刑事が乗り、我々も成り行きで乗り込んで――ワゴン車は、既に遠ざかりつつある雷鳴の中を走り出した。


同日 午後3時30分 ガブリエル総合病院 病室


 焔城検事か担ぎもまれた病室に、北斗刑事がいる。私も真宵くんと共にそこにいた。
 嵐が過ぎ去ったことで放電が収まったのか、焔城検事はベットの上で安らかな寝息を立てている。いつの間にか、阿部氏は姿を消していた。

「――キミに訊きたいことがある」

 落ち着いたところを見計らって、北斗刑事に声を掛ける。あの状況ではさすがに聞けなかったのだが、彼が何度も口走っていた言葉――
「焔城検事の事を、キミは『姉さん』と呼んでいなかったか?」
「ええ、オレの姉さんっすよ」
 返事は、呆気ないものだった。隠すつもりはないらしい。
「ええっ……?!じゃ、焔城検事って女性?!でもって、北斗刑事のお姉さん(・・・・)……?」
 真宵くんは信じられないというように、焔城検事の寝顔と北斗刑事を見比べている。
「そうっすよ。気付かなかったっすか?」
「え〜?!ぜんっぜん気付かなかったよ〜!法廷ではあんなにオトコマエだったのに〜」
 二人の関係については、私も多少は驚いている。ただ、思い返せば焔城検事の名前を出すとき、北斗刑事は幾度か『姉さん』と言いかけた場面があったような気もする。
「しかし、北斗刑事。初対面で“名前”を聞いた時、キミは『北斗』と名乗った筈では?」
 少しだけ引っ掛かっていたことを尋ねると、彼はあっけらかんと答える。
「ええ。“名前”っすよね?だから――“北斗”っすよ!」
「……今一度、尋ねよう。キミの“フルネーム”は?」
「焔城 北斗(えんじょう ほくと)っす!」
「つまり……“名前”を聞かれて、下の“名前”のみを答えたのだな?キミは」
 大きく頷く北斗刑事。……確か、審議一日目にも似たようなやり取りがあったような。
「あのお姉さんにしてこの弟あり、だね」 
 納得の真宵くんと、軽く眩暈を覚える私。……大丈夫だろうか、この国の警察組織は。

⇒To Be Continued...

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