逆転−HERO− (6) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年05月06日(水) 20時42分46秒公開
ID:2spcMHdxeYs
|
|
彼女はしばらく黙っていたが、意外にもあっさり折れた。 「別に隠すようなことでもあらへんし。――コイツがな、ウチの所に届いたんや。ただ、アンタの望むよーな答えかどぉかは知らへんよ?」 私の前に、赤い封筒が滑ってくる。封は切られており、中のメッセージカードには、三行ほどの文言が活字印刷されていた。 『大沢木ナツミさま 学園内にスズランの鉢植えを持ったメイドが居ます。 その姿をカメラに収め、10月17日午前の部の公演終了後、プリントアウトしたものを演劇ホールへお持ち下さい。豪華でビッグなプレゼントを贈呈いたします。 劇団エデン』 「――言うとくけどな、ウチかてそんなウマい話を丸ごと信じるほどお人よしやない。考えてもみ、あのだだっ広い敷地内からメイド一人探せっちゅーんがどだい無茶な話やろ? せやからな、担がれたなぁ思て途方に暮れてた時やねん。ウチのケータイが鳴り出してな、出てみたら『こちらはヒントナビゲーターです。目的の人物は、ただいま温室付近を移動中』って言いよってん。ウチも半信半疑やったけどな……」 私がカードを確認し終えたところで、ナツミさんは気だるそうに話を再開する……のはいいが、その内容の重要性はさらりと聞き流せないものがあった。 「ちょ、ちょっと待ちたまえ!電話が掛かってきた、だと?それは一体、誰から?」 「よー分からん。なんちゅーか、機械みたいな声やったし」 極めて重要なことを、そうと気付かず口にする厄介な御仁に胸中で溜息を吐きつつ、私は『君影草は機械で声を変えて電話してきた』という、詩門温子の言葉を思い出していた。 私のジャケットのポケットには、彼女から受け取った携帯電話がある。まだ内容は確認していないが、ナツミさんが受けた電話も同じ人間によるものだろう。 「えーと、どこまで話したかいな。みてみい、話の腰をおるもんやから忘れたやないか。 ……せやせや、それでな。そんなナビのおかげもあって、ウチはようやく見付けてカメラに収めることが出来たんや。近くのカメラへ行って急いで現像して、指示通り初日一発目の公演が終わってから劇場へ行ったんや」 運ばれてきたケーキをひょいひょいと口の中に放り込みながら、器用に喋るナツミさん。 「ねねね、ナツミさん。ゴーカでビッグなプレゼントって何だったの?」 彼女の話に真宵くんはさっそく興味を示したようだ。フルーツケーキをほおばってから、ぐぐっと身を乗り出す。……しかし、一体いつの間に注文したのだろうか。 「それがや!聞いてんか、嬢ちゃん!」 どん! 怒りの拳がテーブルを揺らす前に、さりげなくティーセットを避難させておく。 サバラン・ア・ラモードとケーキセットをご馳走する程度なら構わないが、高級ブランドのティーセットを弁償、という展開は御免被る。 「劇団長ときたら『うちではこんな企画は出しておりません。失礼ですが、何かの間違いではございませんか?今はこちらも立て込んでおりますので、お引取り下さい』と来たもんや。 せやけどなぁ……見てみい、封筒の表に印刷してあるリンゴと蛇の絵柄は劇団エデンのシンボルマーク。この封筒が劇団エデンで使われとるっちゅう証拠やろ?!」 赤い封筒――そういえば、詩門温子も昨日の証言でそんなようなことを言っていた。 フ、君影草の正体を探るのにナツミさんを頼った私の選択は間違っていなかったようだ。 「もちろん、引き取れ言われて大人しく引き取るウチやない。劇団長に封筒を突きつけて迫ったんや。オノレの所で扱うとる封筒で手紙を送っといて、知らん振りとはどういう了見や!関西人ナメたらあかんで!――言うてな」 「わあ!ナツミさん、勇ましい!」 今の彼女を見ていると、その時の様子は容易にイメージ出来た。劇団長――確か、伊吹倫子という名だったと記憶している――も、さぞかし持て余したことだろう。 「それで、結局ゴーカでビッグなプレゼントはどうなったの?もらえたの?」 ここまで作為的な話を聞いてもなお、真宵くんは『豪華でビッグなプレゼント』の存在を信じているようだ。期待に満ち満ちた瞳をナツミさんに向けている。 「それがな、結論が出る前に邪魔されたんや。ウチらが言い争いよるところへ焔城検事がやってきてな。焔城検事はウチの写真を見て、証人にスカウトしよってん」 「へぇ〜、ナツミさんが出てきた時はびっくりしたけど、そういうことだったんだ」 「ウチもな、さんざん迷てん。ミーハー気分で証言台に立つもんやないって、ニィちゃんの事件で反省した見やし……けど、『日当は弾む』言われたら断られへんやろ!」 「……成る程、よく動く駒だ」 「ん、何か言うたか?」 「あ、いや……」 なかなかどうして、君影草の人選には感服する。しかし―― 「つかぬ事をお伺いするが、この手紙を受け取ったのはあなただけだろうか?例えば、あなたと同じようなことをやっているような者が他にもいたというようなことは?」 「せやなぁ……カメラを持ってうろうろしよる輩はぎょーさんおったけど、 ナツミさんはいつになく自信満々である。まあ、劇団長ともめていたのが彼女一人だったことを考えると、おそらくそうなのだろう。だとすれば、君影草はいつ何処でどうやって、ナツミさんのことを知り得たのか。 私はテーブルの上に置いたままにしていた彼女の名刺を示し、訊いた。 「それでは、劇団エデンの誰かにこれを渡したというようなことはないだろうか?」 「あ〜、どうやったかな。あるとすれば、劇団エデンの取材をしに行く先輩にカメラマンとして同行した時かなぁ。……誰に渡したかまでは覚えてへけど」 (やはり……) ナツミさんと詩門温子に届いた劇団エデン仕様の赤い封筒、劇団エデンから消えた造花のスズランと愛美さんの予備の衣装――これら全てが、君影草の居場所を示している。 私は確信した。そう、こうして冷静にひとつひとつの事実を分析していけば『部外者の犯行ではあり得ない』という焔城検事の指摘は至極もっともなことだった。 ずいぶん回り道をしてしまったが……ここに来て、ようやく私は確信する。君影草は劇団エデンの中に居る、と。 ナツミさんが去った後、当然の如くテーブルに残された伝票を手にレジへと向かう。 「――あ、これ」 会計を済ませたところで、先を行っていた真宵くんが声を上げた。彼女は出入り口の横に据え置かれている青々とした観葉植物を示し、 「今日の法廷で詩門さんが言ってたやつだよね?ええと、ドラ……」 「ドラセナ・マッサンギアナ、だ」 「そう、それ!」 真宵くんは嬉しそうに合掌し、私の腕を引っ張る。 ――思い出した。『サバラン』という名の喫茶店を、何処かで聞いたことがあると感じたのも無理はない。ここは、影に徹してきた君影草が初めて姿を現した所ではないか。 ドラセナ・マッサンギアナ。先程は慌てていて目に入らなかったが、詩門温子は君影草とこの植物がちょうど同じくらいの背丈だったと証言した。 「これ、あたしよりずいぶん高いんだ。御剣さんはどうかな?ちょっと並んでみてよ」 彼女に促されるまま鉢の横に背を向けて立つと、幅の広い葉が後頭部に当たる。 「んー、御剣さんの方が5センチくらい勝ってるよ。良かったね」と、真宵くん。 私の身長は178センチ程。君影草の身長が172センチ程だという推測に、どうやら間違いはないようだ。店員の怪訝な視線を振り払うようにして、私たちはそこを後にした。 今にも「ザァ」ときそうな暗雲に覆われた空の下、私と真宵くんは『劇団エデン』のビルに向かって歩いていた。 先ほど聖ミカエル学園に行き、劇団長の伊吹論子を訪ねたが「千秋楽を迎えて立て込んでいるから後にして欲しい」と頼まれた。引き返そうとしたところで呼び止められ、 ・ 『先に劇団エデンで待っていて下さいな。こちらが片付き次第、参りますわ』 『先に……?』 『私どもの劇団は、この近くの小さなビルを借りてやっておりますの。鍵は開いておりますから、しばらくの間、中で待っていて頂けませんこと?』 『よろしいのか?部外者が勝手に入って――』 『……今はおそらく、部外者だらけですわ』 『え?』 『ああ、何でも。向こうにはカイ君――うちの脚本家が居る筈ですわ』 ・ ――というやり取りを経て、私たちは彼女に指定された劇団エデンのビルを目差すことになったのである。 「あ!また光った」 ビルとビルの間から見える、遥か彼方の空を指し示し、真宵くんが言った。 私も気付いていた。まだ音こそしないものの、暗雲の所々で閃く光は嵐の到来を予感させる。ここのところ、大気の状態が不安定らしい。 「一雨、来るかもしれん。急ごう、真宵くん」 「うん。雨だけならいいけど、雷はコワイよね」 真宵くんの手には、エデンに向かう前、マンションに立ち寄って持ってきた傘がある。その先端が金属で尖っているのを、彼女は気にしているのだった。 「……えと、これ?」 劇団エデンのビルは、他のビルと間隔を置くようにして建つ、古い小さなビルだった。 真宵くんが唖然とするのも無理はない。ビルは四階建てのこじんまりとしたもので、しかも一階部分は駐車場だった。 レンガ色の壁のあちこちにはひび割れを修繕した跡があり、すりガラスはガムテープのツギハギだらけ。ビル上部に掲げられた手書きの看板など、やや傾きかけている。 有名と聞いていた劇団エデンの活動拠点とはとても思えないほどの……こう言ってはなんだが、みすぼらしい外観だったからだ。 だが、よく考えれば劇団は各劇場に出張して上演するもの。練習の場の規模は、実際こんなところなのかもしれない。 「おじゃましま〜す」 真宵くんは最初こそ拍子抜けした様子だったものの、持ち前の好奇心はいささかの揺るぎも見せず、二階部分へと続く狭い階段を元気良く駆け上がっていった。 階段を上がりきると、手近なところにある扉を勢いよく開け放つ。躊躇はなかったが、部屋の中へ2、3歩踏み込んだ途端「へぁ……?」と、何とも素っ頓狂な声を上げた。 彼女の肩越しに私も室内をのぞき見て――ここへ来る前、伊吹さんがうんざりしたように『部外者だらけ』と言った意味を悟った。 真宵くんの行く手を阻むように張られた黄色いテープ。その向こう、雑然と置かれた大道具類の間を縫うようにしてうろつく制服あるいは私服の警官たち。 大道具の陰を必死で捜索しているのは、焔城検事に「何が何でも夜羽愛美が犯人である証拠を見付けろ」とでも言われたからだろう。 緊張感が漲っているからか、テープをくぐろうとした真宵くんの行動はすぐさま見咎められ、問答無用の立ち入り禁止警告を受けるのだった。 「こういうときはね、事情をよぉ〜っく知っている人に話して、都合をつけてもらうの」 「あぁ、成る程」 真宵くんの意図するところは私にも分かり、頷く。一杯に息を吸い込み、彼女はその名を呼んだ。 「北斗ぉ〜っ!さっさと来ぉ〜〜〜〜いっ!!!」 「――は、はいぃっす!!!たたた、ただいま参りま〜すっ!!!」 「ウソォ?!ホントに来ちゃった?!」 ぜぇはぁ、と息を切らせて現れた青年を見て、目を丸くする真宵くん。…… 「北斗刑事。君を呼んだのはここにいる真宵くんだ」 たまりかねて、声を掛ける。それで初めて、彼は自分がムダに呼ばれたことを知ったようだった。その顔が、みるみるうちに紅くなっていく。 「あああ、あ……!」 我々の姿を認めた北斗刑事は、餌を求める鯉のように口をぱくぱくさせていた。 「これ、クセになっちゃいそうだね」と、悪びれた風もない真宵くん。 「……ほどほどにしたまえよ。彼も一応、生身の人間なのだから」 「え〜、最初にやったのは御剣さんだよ?」 軽くたしなめておくが、まるで効果はなさそうだった。この分だと、北斗刑事は後2、3回はムダに呼び付けられるかもしれない。 「……アンタたち、いいかげんにするっすよ!人を何だと思ってるすか〜!!」 そんな心配をされていることなど露も知らない北斗刑事は、突然の召喚にすっかりおかんむりである。 「オレたちは今、すご〜く取り込んでるっす!アンタたちの相手なんてしてる暇、ぜんっぜんないんすから!邪魔しないで欲しいっす!」 ⇒To Be Continued... |
|
■一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集 |