逆転−HERO− (5) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年05月05日(火) 16時10分26秒公開
ID:2spcMHdxeYs
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「彼女は誰にも知られずにスズランを手に入れたい、というようなことを言って、それが出来る園芸部のあたしに協力を求めてきた。あたしはもちろん、断ったけど……」 『残念ですけれど、あなたに選択権はありませんの。ほら、これ。あなたですわよね?』 「万引き、なんて……最初はほんの出来心だった。でも、一回成功すると溜めに溜め込んでいたストレスがすっと消えて、その感覚が忘れられなくて……つい、何度も。 伊須香、あたしにその現場を抑えた写真を見せて『スズラン、よろしく』って。……あたし、言ったのよ! スズランの毒成分は血液凝固や心不全を惹き起こすくらい強力なものなんだって教えた!『懲らしめる』なんて軽い気持ちで使ったら大変なことになるって……あたし、何とか彼女を思い止まらせようとしたのよ!だけど……っ!」 言い訳じみた証言は、この場にはいない誰かに赦しを請うたもの。 「……だけど、彼女はあたしの忠告なんて全然聞かずに『スズランのこと、あなたに任せていいわよね?』って、写真をちらつかせて脅してきた! あたし……温室からスズランを採ってきて、伊須香に、渡したわ。あたしの罪、知られる訳にはいかなかった。だって!だって……あたしには、ゼッタイ裏切れない人がいたの!……そうするしか、なかったのよ」 そうして。三年分の懺悔を、長い、長い溜息と一緒に吐き出してしまうと。 詩門温子は糸の切れた 「キサマッ……それが、三年前の真相か」 向かいからの押し殺した声が、後悔と苦渋に満ちた溜息の余韻を四散させる。 「何ということだ……」 詩門温子の首が僅かに下がると、焔城検事は放心したように虚空を仰いだ。自分が固執していた事件の真相が、こんな形で決着してしまったことへのショック、だろうか。……その心中は察するに余りある。 「なくなったんだよね、まみちゃんの二個目の罪」と、心なしか複雑な表情の真宵くん。 ともかく。成り行きで負わされた“追加分の役割”は、これで果たし終えたことになる。後は、本来の役割を果たすことに全力を注ぐのみ。 「――さて、皆さん。そろそろ現代に戻って頂きたい。証人、あなたも」 少し強めの口調で言うと、うなだれていた詩門温子はぎょっと顔を上げた。自分が未だに糾弾されていることを、意外だとでもいうように。 「何を驚いているのかな?この裁判の終着点が三年前の真相でないことは、あなたもよくご存知の筈だが」 「え……?」 「あなたは柚田伊須香に弱みを握られ、無理やり共犯者にされてしまった。しかし、いつ柚田伊須香の口からあの時の真相が明らかになるとも知れないと気が気ではなかった。 柚田伊須香と秘密を共有している以上、あなたに安息の日々は来ない。何よりあなたには、彼女に脅迫されたという前歴があります。 彼女に畏怖し、その口を封じることを考えたとしても――不思議ではない」 「?!」 「柚田伊須香が入った“劇団エデン”には、かつての同窓生、夜羽愛美も所属している。あなたはそれを利用して、愛美さんに罪を着せる計画を立てた」 「そんな……!ち、違います!」 そこまで聞いて、ようやく窮地を自覚したらしい彼女は弾かれたように喚き出す。 「違うんです!あたし……」 「劇団員に怪しまれないように愛美さんの舞台衣装を着て舞台裏に侵入し、用意した毒を小道具の瓶に仕込んだのだろう?」 「違うっ……!あたし、脅されたのよ!三年前、柚田伊須香に脅されてスズランを提供したことを知って、手紙で私を脅してきた人がいるの!あたしは指示に従っただけ――」 「ならば、見せて頂こうか。あなたが先程から連呼している『手紙』とやらを!」 「それは……燃やしたわ。だって、読んだらそうするように指示が……」 平手で机を打ち付け、証人席をニラむ。苦し紛れの言い訳を聞く耳は持たない主義だ。 「フッ、そうくると思っていた」 ついでに断っておくと、机叩きも焔城検事の専売特許という訳ではない。 「そんな『手紙』など、何処にもありはしないのだ。全てはあなたの作り話なのだから」 「本当よ!手紙はあったの……あ、そうよ。赤い封筒に入っていたわ!」 「しかし、それを燃やしてしまったと言うのだろう?あなたは」 「た、確かに手紙は……でもっ!」 自らの運命を悟ってか真っ青になりながら抵抗を試みる彼女に、トドメの一言。 「もう、逃げられませんよ」 ……しかし、こういう場面になると攻撃的になってしまうのは検事のサガ、だろうか。 言葉を失い、金魚のように口をぱくぱくさせている証人を視界の隅に捉えた時。 「異議ありッ!」 今、この瞬間。私が視界に捉えていた“攻撃の対象”は、真っ青になって立ち尽くす証人――詩門温子だけだった。それを、勢いに任せて問い詰めたことが裏目に出た。 「フフフ……どうやら死に急ぎすぎたようだな、弁護士」 証人席を挟んだ向こうに悠然と佇む赤い その顔に張り付いた不適な笑みは、今までの沈黙が三年前の真相が思わぬ形で明らかになったことへのショックによるものではない、ということを物語っている。 「昨日の審議を思い出してみろ」 「……?」 「は、己に都合の悪いことは忘れたか。……まあいい。昨日、スズランの毒成分が残っていた瓶から被告人の指紋が検出されたという話になった時、キサマは『夜羽愛美の指紋が付いた瓶は彼女に罪を着せたい“何者か”が用意したもの』と、主張した」 「ム……」 「そして、こうも言ったな?『その“何者か”は、被害者が飲んだ瓶と予め用意しておいた被告人の指紋付きの瓶を、壇上にてすり替えた』――」 「そう、だが……?」 ひとつひとつ、噛み砕くように話を詰めていく焔城検事に、言い知れぬ不安を覚える。 「キサマは詩門温子をこの事件の“犯人”として告発するつもりのようだが……となれば、これらの主張に出てきた“何者か”の答えも当然、彼女ということになるな?」 「……うム」 肯定すれば深みにはまっていくような危機感を覚えながらも、事実そうなのだから応じざるを得ない。 「異議ありッ!」 「メイドの衣装で夜羽愛美に成りすまし、劇場に忍び込み、舞台上で混乱に乗じて瓶をすり替えた?――本気でそのウカツな推理を展開するつもりか、キサマ。 よく考えてみることだ。舞台上や舞台袖には大勢の劇団員が控え、自分が化けた夜羽愛美に鉢合わせるとも限らない中で、瓶をすり替えが可能だったかどうかをな!」 「ぐっ……!」 「理解したか、弁護士。証人のような部外者が柚田伊須香を殺害するのに、苦労と危険を背負って劇団内部に入る必要はない。人気のない場所を選んで背後から襲うなどした方が、はるかに安全で、手っ取り早く目的を遂げられるんだッ!」 「こ、こら!検察側は堂々と不適切な発言をしないように!」 私が自分が組み上げた土台の未熟さを思い知る一方で、焔城検事は裁判長がたしなめるのも聞かずに勝ち誇っていた。 完全に虚を突かれた形。やはり、結論を出すには材料が足りなさ過ぎたか……。 「とにかく、この証人にはそんな手の込んだことをする理由、及び必要性は全くない。己の立てたウカツな推論にウカツにも足元をすくわれるとは。弁護士、ウカツなりッ!」 焔城検事は愉快でたまらないというように笑った後、証人席に視線を送る。 「――それで、証人。 「え……?」(続き……?) 漠然としたその問いが何を意図したものか、私には分かりかねた。問われた本人の反応も同じようなもの。焔城検事は皮肉っぽい笑みを張り付かせ、更に言葉を重ねた。 「手紙は燃やしたとしても、他に何かあるのだろう?この法廷には尋問相手の話すらロクに聞けない弁護士がいるようだからな。私が代わりに聞いてやる」 (他に、何か……?) 「あ、はいっ……!」 彼が証人に促す『何か』……私には見当も付かなかったが、証人の反応は明白だった。 強張っていた顔をほころばせ、いそいそと白衣のポケットを探り出す。そして―― カチリ。 ザー……『ちょっと!どうなってるの、アツコ!』……ザザ……『ルカのヤツ……』ザザッ……『目覚めない……ッ!』……『スズラン……毒が』……ザー……『こんな……強いなんて』……ザザザー『……から、そう言ったじゃ……』ザザッ……『ど……するのよ?!……あたくしのせい……なくってよ!』……『そんな、イスカさんっ……!』ザー……。 激しい雑音の中で交わされる会話。今回の審議で何度も耳にし、口にした名前、単語。それらが彼女の手にある小さな機械から流れてきたものだと気付いたのは、 ……カチリ。 微かな機械音が耳障りな雑音を止めた時だった。途端に訪れる、静寂。 ――誰も、一瞬。何が起こったか理解できないでいた。 「……このテープは、最初の手紙と一緒に送られてきたものです」 「話しているのはキサマと柚田伊須香、か?」 焔城検事の問いに、詩門温子は黙って頷く。 「演劇部の生徒が倒れたという話を聞いた時、あたしは伊須香がやったんだと思った。 彼女にスズランを渡したあたしにも責任あるけど……でも、心の何処かで伊須香が計画を思い留まってくれるって期待、してた。……けど、伊須香に躊躇いはなかったみたい。 卒業して、しばらくしてからだったわ……倒れた演劇部の生徒があれからずっと意識不明なんだってことを知ったのは。あたし、とんでもないことをしたんだって思って……怖くって、とにかく彼女が入院している病院に行った。 けど、家族以外は面会謝絶だって言われて帰ろうとしたところで、伊須香とばったり会ったのよ。伊須香はあたしを特別病棟の裏の人気のない場所に引っ張って行って『話が違う』って、無責任なことを言い始めて……」 彼女は肩を抱きながら、最後はほとんど独り言のように話を終えた。 「これが、その時の会話だと?」 「……間違いない、です。あれが誰かに聞かれていて、録音までされていたなんて……全然、気付かなかった」 詩門温子の独白とテープは『手紙』や『指示』の存在を確実に証拠付けるものだった。 「――だ、そうだ。証言は最後まで聞いてみるものだろう?“仮”にも弁護士ならば、な」 「そうですよ。“仮”にも弁護人は、今の言葉を肝に銘じておくように」 焔城検事が全力で私を見下してくるのへ、ここぞとばかりに便乗するハタ迷惑な裁判長。 「仕方ないよね。御剣さん、本当に“仮”の弁護士だもん」 更には真宵くんまでもが適確すぎるツッコミを入れてくる。 うム。検事たる私がここに立っていることがそもそもの間違い。勝手を知らないのも無理のない話……と、自己弁護の腕だけしっかり上達しているのはいかがなものか。 とにかく。詩門温子が本件に関わっているとしても、直接手を下したわけではないということを認めざるを得ないのがこちらの現状。さて、どうするか……。 「さて……こうなってしまった以上、どうしましょうか?」 あちらにも、私と同じ悩みを抱える者が一人。……私の記憶が間違っていなければ、法廷における“彼”の役割は“審議の進行”だったように思うが。 「とりあえず、ここは“仮”にも裁判長であるあなたに仕切り直して頂きたい」 「あ、それもそうですね……いやいや、私は“仮”ではありませんよ。あなたと違って」 さりげなく入れた皮肉をしっかり返してくる辺り、彼はなかなか抜け目がない。 (……内容が子供の喧嘩レベルでなければ反論する 「え〜、証人。ズバリお聞きしますが、そのテープの送り主は誰なのです?」 裁判長が繰り出した直球勝負の質問に詩門温子は少し戸惑いながら、 「名前は分かりません。……ただ、手紙には『君影草』と」 「キミカゲソウ……?」 「スズランの別名だな」 さらりと言ってのける焔城検事は、やはり植物学者として第二の人生を歩めそうだった。 「あなたが脅迫されていたことは分かりました。裁判所としては、あなたを脅してきたその……」 「君影草」 「――という人物こそが、この事件の犯人であると考えます。従って証人はその……」 「君影草」 「――なる“脅迫者について”証言をして下さい」 裁判長殿のお相手を彼に譲り、私は証人の言葉を待つ。 「君影草から脅迫の手紙とテープが届いたのは、聖ミカエル学園の学園祭が始まる一週間前のことで……テープを聞いて、あたしはすぐに指示された駅に行って、コインロッカーからメイドの衣装を手に入れました。 衣装が入った紙袋の中にはまた手紙があって……それこには『明後日の午前10時、三年前の事件でお前が用意した毒と同じものを、地方裁判所付近の喫茶店“サバラン”に、持ってくること』という指示があった。 ⇒To Be Continued... |
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