逆転−HERO− (5)
作者: 紫阿   URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html   2009年05月05日(火) 16時10分26秒公開   ID:2spcMHdxeYs
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 聡明な裁判長殿はさすがに立場をわきまえており、妙な気遣いを見せながら愛美さんを促した。
「では――愛美さん。あなたと詩門温子さんは“友達”と呼べる間柄なのだろうか」
「え……?」
 急に振ったからか、彼女は困ったような申し訳ないような視線を証言台に向ける。
「……ええと、シモン、さん?あの、記憶違いだったらごめんなさい。けどわたし、あなたと特に親しくお話ししたことないし……クラスも同じになったこと、ないですよね?」
「……」
 詩門温子は、無言。つまりはそれが、彼女の答え。同窓生・同学年であっても同級でないのなら、互いの認識はこんなものだろう。
「――と、言うことだ。すると、あなたの『指示されたとおり動いただけ』いう証言にはいささか無理があるのではないかな?」
「……」
 これ以上、何をどう弁解しようもないことは、彼女自身、一番よく分かっている。だから、口を閉ざしたまま。
「証言の拒絶権は認められていないのだが?」
 自己が刑事訴追、又は有罪判決を受けるおそれのある証言を除いては――と、心の中で付け足しておいて。
「結構。ならば、私が代わりに答えよう」
 私はこの展開を、百も承知していた。
「あなたが聖ミカエル学園の学園祭にメイドの衣装を着て来たことに、大学のスズランを鉢に入れて持ってきたこと、何故か温室経由で劇場裏に行ったこと、持参した鉢をそこに置いて愛美さんに非通知で『スズランの用意が出来た』と、電話を掛けたこと――これらの行動は、奇妙ではあるが何の問題もない。
 ところがその日、劇場ホールで公演中だった劇団エデンの柚田伊須香がスズランに含まれる毒成分によって昏倒し、同劇団所属の夜羽愛美さんが疑われた。確かに彼女はメイドの衣装を着用したまま舞台に必要なスズランを採りに飛び出したが、結局温室には行かなかったそうだ。
 にもかかわらず、スズランの鉢を持って温室の付近をうろつくメイド服の人物の写真が出てきたことで彼女への疑惑は決定的なものになった。ところが今日になってあなたが現れ、写真の人物は自分だと言い出した。
 妙なめぐり合わせですね。あなたが紛らわしいことをしなければ、愛美さんが被告人席に座ることはなかったかもしれないというのに」
「だから、それはあたしの意思じゃなく――」
「『手紙』の指示、ですか?」
 そう畳み掛けると、彼女はぐっと言葉を呑んで俯いた。
「証人。私はこの結果は偶然によるものではない、と考えています」
「ナルホドウクン、それはどういう……」
「そもそも」
 割って入ろうとした裁判長を制し、私は続ける。結論を出すには早急だと思ったが、ここまで来たからには前に進むしかあるまい。

「あなたに複雑な指示を与えた『手紙』――そんなものは、最初から存在していなかった。
 全てはあなたが仕組んだことで、後姿の写真が愛美さんと誤解されたままならそれでもいいと思っていたのでしょう?」

「そんな、ちがっ……!」

 否定の言葉を詰まらせながら、必死の形相で首を横に振る詩門温子。

「何故なら」

 ここで追撃の手を緩めるつもりなど、私には毛頭なく。

「まさか、あなたは――?!」

 最後(トドメ)の一言を待ち望むように。

「詩門温子さん。あなたがこの事件を惹き起こした、真の犯人だからです」

「異議ありッ!」

 彼の切望(のぞみ)が現実になった瞬間、私の前に赤い障壁(かべ)が立ちはだかる。
「言い切ったからには答えて貰おう。キサマは如何なる証拠によるものか!」
 焔城検事の全身からは、鉄をも溶かしそうな怒りのオーラが溢れていた。
 しかし、彼の反撃は私の想定するところ。この場を乗り切る口上は既に考えてある。
「明確な証拠はない。が、不可解な一連の行動は“趣味や酔狂でやった”というより“夜羽愛美を犯人に仕立て上げるためのもの”と考えた方が自然ではないかな?
 そう――もし、あれらの行動に何か別の意味があるのならば、それは証人自身が語るべきではないだろうか」
「ふ〜む、成る程。確かにそれは……」
「確固たる証拠もなしに詭弁だけを弄するか。は!無駄・無策・無意味もいいところだな。そんなものにやすやすと乗せられる痴れ者など、この場に存在する価値はないッ!」
 私の言葉にもっともらしく頷いていた裁判長が、焔城検事の喝に慌てて口を噤む。
「証人とて、自らの口で己の潔白を証明する準備くらいは出来ている。そうだろう?」 

 そして、発破を掛けられた張本人は――

「違う、違う……あたし、違……!」

「……証人?」

「――ちが、違うんです。あたし……あたしじゃ、な、いんで、すっ……!」

 白衣に爪を食い込ませ、髪の毛を振り乱し、顔面蒼白で歯の根も合わず――その取り乱し振りは、この世ならざる存在(もの)でも目の当たりにしたのかと思うほどだった。

「おい、どうした?!しっかりしろ!証人、証……詩門温子ッ!!」

 焔城検事が必死に訴え掛けるも、今の彼女には届かない。

(――フム、この辺りが頃合か)

「証人」

 声のトーンを下げた瞬間、証人の肩がびくりとはねた。

「そろそろ、話してもらえないだろうか?三年前の事件で(・・・・・・・)あなたがしたことの全て(・・・・・・・・・・・)を」

 そのキーワードに反応したのは、憔悴しきった証人よりもむしろ焔城検事だった。彼はどうして今、私がこの話を持ち出してきたのか理解できない様子。
 無理もない。そもそも三年前の事件(このけん)は、彼が愛美さんの動機を追及するために持ち出してきたもの。既にその役目は果たされた訳であり、ここで問題になる筈はない……と、彼は思っているのだろう。
 しかし、私たちの立場は完全に昨日とは“逆転”している。したがって、今度はこちらが過去に遡る番。

「そうだ。三年前の事件の真相が、今回の犯人の“動機”を明らかにするだろう」
「……」
「……ッ?!」
 詩門温子は音もなく、焔城検事は絶句する。
「何ですと?!どういうことですか、弁護人!さあさあさあ!」
 ……身を乗り出す裁判長の声は、傍観者らしい無責任な期待を含んでいた。
「では、諸君。ここからしばらくの間は、私の話にお付き合い頂こう」
 三者三様の反応を前に恭しく一礼し、真宵くんから預かっていた小さな手帳を示す。
 今度は詩門温子だけがその革表紙に焼き付けられたスズランのシンボルから逃れるように視線を逸らした。それだけ確認し、私は手帳のページを繰る。
「これは“聖ミカエル学園の生徒手帳”です。学園出身者のあなたは、もちろん記憶している筈だ。――さて、この手帳の“学則”のページ。ここにはかなり厳しい校則の数々が書かれている。
 例えば、夜中に出歩く、門限を破る、誰かを傷付ける、男性と交際をする――盗みを働く(・・・・・)、というような行為をした者は即刻『追放』、即ち“退学”に処されるのです」
「……っ!」
「ほう。男性との交際で退学処分とは、なかなか厳しいですな。まあ、暴行・傷害や窃盗行為に対する処分としては妥当ですが……しかし、それが何だと?」
 と、小首を傾げているのは裁判長ばかりではない。急に持ち出された生徒手帳の意味に気付いたのは、最後の項目で微かな反応を見せた証人席の人物だけ。私は彼女だけを見て、先を続けた。
「自業自得とはいえ、生徒にとって『退学』という処分はあまりにも重かった(・・・・)。そう――“脅迫”のネタにもなりうるくらいに」
 質問に晒された横顔は、彫像のように黙して語らず。
「キョウハク……ど、どういうことですか?!」
 生徒手帳と証人を見比べながら、裁判長は興味津々のご様子。さて……この辺りで、そろそろ彼の好奇心を充たして差し上げねばなるまい。
「色々調べているうちに、本件の被害者である柚田伊須香が三年前、聖ミカエル学園の“ある生徒”を脅迫していたという事実が判明しましてね。
 彼女は“その生徒”の万引き現場を目撃したらしく、それをネタに脅していたようです」
「何ですと?!ユダイスカ、といえば……本件の被害者ではないですか!」
「ええ。その一部始終を聞いていたのは、被告人席にいる夜羽愛美さん。そして、柚田伊須香に脅されていた“ある生徒”というのが――詩門温子さん、あなただった」
 これは、ちょっとした賭け(ハッタリ)だった。愛美さんは柚田伊須香に脅されている人物の正体を見た訳ではない。だが、全ての情報を集約すれば答えは自ずと導き出される。
「……想像するのは自由だわ」と、答える彼女の声に覇気はない。 
 私の組み立てた推論は確実にその加速度を増し、終着点に近付きつつあった。
「昨日、焔城検事は愛美さんが真多井流花という生徒の演技の才能に嫉妬していたようなことを動機に挙げたが、それは他の演劇部員にも言えることだ。無論、柚田伊須香にも。
 愛美さんの話によれば、柚田伊須香もまた類まれなる才能の持ち主で、三年前もジュリエット候補だったという。だが、彼女は選ばれず、代役に甘んじることになった。
 彼女は自分からジュリエット役を奪った真多井流花を相当、憎んでいたということも聞いている。とすれば、真多井流花に嫉妬心を抱いていたのは愛美さんよりも柚田伊須香、と考える方が自然だ。
 さて、ここからは私の推測だが、柚田伊須香は憎い相手を葬り去るための方法を探していたのではないだろうか。それも、自分の仕業と分かりにくい方法を。
 そして、何処からか『スズランが毒になる』という知識を得た彼女は、学園の温室に目を付けた。――そんな時だったのでしょう、あなたの万引き現場に遭遇したのは。彼女はあなたを脅し、スズランを手配するように頼んだのではありませんか?」
「だから、何で……あたしなのよ」
「あなたが“園芸部”に所属していたからです」
 喉の奥から搾り出されたような詩門温子の反論を、私は法廷記録の中の、古いノートに封じ込める。
「当時、スズランのある温室に入るのには鍵が必要だった。鍵は学長の赤間神之助氏が所持していたものの他、用務員室にも常備されており、生徒が自由に借りることも出来たそうです。備え付けの“貸出しノート”に、学年、クラス――氏名を記入しさえすれば。
 柚田伊須香が自らスズランを採りに行けば、その痕跡はどうしても残ってしまう。彼女は、痕跡を残さずスズランを手に入れなければならなかった。そこで、あなたの出番という訳ですよ、詩門さん」
「――!」
 彼女の反応を見る限り、私の推論は大きなズレもなさそうだ。これといった反論も聞こえて来ないので、先を進めることにする。
「園芸部員はその活動上、温室へ自由に出入り出来たそうですね。温室のスペアキーは園芸部の部室にもあり、部員なら誰に知られることもなく温室に出入り出来た」

「……めて」

 ぶんぶんっ……と、激しく頭を振る詩門温子。

「万引きをネタに柚田伊須香から脅迫されたあなたは園芸部員の立場を利用し、痕跡を残すことなくスズランを用意した。それが、真多井流花の意識を奪ったのです」

「や、めて……」

 まとわりつく罪の意識を振り払おうとするかのように。

「脅迫されたとはいえ、あなたと柚田伊須香が共犯関係にあることは疑いようがない」

 だが、無駄なこと。こちらが追撃の手を緩めることはないし、彼女にも逃げ場はない。

「その“運命共同体”とも言える状態に、あなたは耐え切れなくなった」

 三年前に葬り去られた闇の記憶が白日の下に曝されるまでは、絶対に。

「もうやめて!やめて下さい!全部、ぜんぶ話すから……っ!」

 悲鳴に近い絶叫が、法廷に木霊する。先ほどから声もなかった焔城検事は、

「証人……」

 ――呻いて、それっきり。

「あたしが伊須香に呼び出されたのは、真多井さんの事件が起こる二日前……」

 凍て付いた空気の中で、詩門温子は悲痛な独白を始めた。

「あたし、彼女とは何の面識もなかったから呼び出されたことも不思議だったけど……とにかく指示された場所に行ったわ。学園の隅にある焼却炉、人もあまり来ない場所よ。
 そこに伊須香が待っていて、あたしが用向きを尋ねると――」

『あなた、園芸部なんですってね。教えて頂けませんこと?わたくし、少し調べたのですけれど、スズランという花はあんなに可愛らしい姿で毒になるというのは本当ですの?』

「――意味は図りかねたけど言ってることは当たってたから、あたし、とりあえず頷いて。そしたら彼女、笑ったのよ。……とても、無邪気に」


『あら、よかった。さっそく試して(・・・)みますわね』
『た、試す……?』
『――気に入らない子がいますの。ちょっと、懲らしめて差し上げようかと思って(・・・・・・・・・・・・・・・・)。温室にたくさん咲いていますものね、スズラン』

⇒To Be Continued...

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