逆転−HERO− (4)
作者: 紫阿   URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html   2009年05月04日(月) 16時31分00秒公開   ID:2spcMHdxeYs
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「スズランの出所です」


ジャラジャラジャラッ……ガッシャーン!!


 私の言葉を断ち切るかの如く、さいころ錠が現れる。

「知らない……って、言わなかったっけ」

 何の表情も示さないランカスト氏の仮面を、私は真っ直ぐ見返した。
「いいえ、あなたには心当たりがある筈ですよ」
 しらばっくれたところで、人の秘密に反応する不可思議な勾玉の前では無駄なこと。心の中に土足で踏み込むやり方は、少々心苦しいのだが……仕方あるまい。
「この場所に見覚えはありませんか?温室の裏に広がる白樺林の奥なのですが」
 真宵くんの携帯電話から転送してもらった画像データを示すと、仮面の向こうの瞳が微かに動く気配がした。
「No」
 彼の答えは最初から決まっていたようだ。こちらとしては、それでも一向に構わない。
「この煉瓦の障壁はほぼ正方形に建ててありました。何かを取り囲むように、です」
「……」
「あなたはこの場所のことも、障壁の中に何があるかも知っている。違いますか?」
 畳み掛けるように問い詰めると、口元に薄い笑いが浮かぶ。
「強引だね。キミならもっとSmart(スマート)な聞き方をしてくれると思ってたけど……ボクの見込み違いかな?」
 フム。やはりこの男、一筋縄ではいかない人物のようだ。仮面を剥がす時が来た、ということだろうな。真宵くんが拾った革の写真ケースを開いて、仮面の前に突きつける。
「では、これを見て頂きたい」
「?!」
 ランカスト氏の表情が変わったのは、仮面越しでもはっきり分かった。私からこの写真を突きつけられるとは予想もしていなかったのだろう。
「……So what?(それが何?)」
 平静を装った口調の中に僅かな焦りが混じるのは、話が核心に触れた証拠。
「今度はこちらを。壁の外側にあったドアと写真の背景に写り込んでいるドアは――この通り、全く同じデザインです」
 私はドアを外側から採った画像データと写真ケースを並べて示しながら、
「おそらくこの写真は障壁の内側で撮影されたものでしょう。障壁の中に写真のような光景が広がっているならば、スズランの出所はおのずと判明するのです」
「Uh(え〜と)……何でそういう結論が導き出されるんだろう?もしかして、キミはそこの白いブランコの上で澄ました顔して写っているヤツをボクだと思ってる?」
「いいえ」
Whew(ヒュー)……!」
 即答すると、彼は揶揄するように口笛の音に似た吐息を漏らし、再び仮面を顔に当てた。
「――じゃ、どうして?」
「子どもの頃からスズランを嫌って……いえ、憎んでさえいたあなたがスズランに囲まれてこんなに穏やかに微笑っていられる筈がありませんから」
「……」
 さて、彼との根競べもこの辺りでそろそろ決着をつけねばなるまい。
「ところで、私がこの写真を何処で手に入れたか、お知りになりたいとは思いませんか?」
「別に。ボクには全く覚えのない写真だし、興味もないからね」
 だいたい思っていた通りの答えだったが、私は構わず先を続けた。
「名前は伏せておきますが、最初にこれを見付けてきたのは少々手癖の悪い用務員です。その用務員が落としていったのを、私の優秀な助手が拾いました」
「Hmm……Uh‐oh?(へぇ……それで?)」
 彼は僅かに眉を寄せた。手癖の悪い用務員の今後の処遇を考えているのかもしれない。
「その用務員に話を聞いたところ、この写真ケースはここ――学長室のゴミ箱に捨ててあったそうです。それでも覚えがない、と?」
「……」
「私が理解しかねるのは、こうして大事に写真ケースにしまってある写真をゴミ箱に放り込むというムジュンに満ちた行動を取る人物の想いです。
 もしも、この写真がその人物とって何の意味も持たないものなら捨てる必要はない。この写真はその人物の琴線に触れる“何か”を持っていた。だから、捨てられたのだ」

「!」

 彼の息を呑む音が、一瞬の静寂に溶けて消える。

「この写真の場所、あるいは少年はあなたの“根っこ”――違いますか、ランカストさん」


 
パリーン……!


 答えは、ロックの砕ける音によって示された。

「――とりあえず、座ったら?喉にいい紅茶を淹れてくるよ。よく喋るキミのためにね」

 一瞬の沈黙の後、物腰柔らかに椅子を勧めるランカスト氏の口調は、若干の皮肉を含んでいた。

「お構いなく」

 私は言ったが、彼はさっさと背を向けて奥へと引っ込む。
 昼間と同じ場所に腰を落ち着けて少しすると、目の前のテーブルにポットとカップが二つ、現れた。私は空いた場所に写真ケースを広げて置き、その横に別の写真を並べる。

「さて、次はこれを見ていただきたい。今日の法廷で証拠として挙がった写真です。検察側はスズランの鉢が入った袋をぶら下げたメイド衣装の人物を被告人・夜羽愛美だと主張しましたが、どうもそうでないらしい。撮影者もこの人物の顔を見た訳ではない、と証言した。
 法廷では、この人物の衣装と愛美さん――私の依頼人が実際に着ていた衣装ではスカートの裾の形状が違うということで疑問が生じたわけですが……ここで色々調べているうちに、この写真にはそれ以前に重大な“ムジュン”があることに気付いたのです。
 あなたならお分かりだろう?そのムジュンを作り出したのは、あなた自身なのだから」
 ランカスト氏は平然とカップを傾けている。……しかし、右手で仮面を支えながら左手で紅茶を飲むとは器用なことだ。
「この少年が誰なのか、それは私にとってはどうでもいいことです。重要なのは、あなたがこの学園で唯一スズランが咲いている可能性のある場所を知っていた、という一点のみ。
 スズランは春の終わりから初夏にかけて咲く花であり、今の季節の入手は難しい――というのが一般の感覚ですが、聖ミカエル学園ではこれをシンボルとし、絶やすことなく栽培していた。つまり、学園関係者ならばさして苦労することなく入手出来る花、でした。
 しかし、今や学園関係者でもスズランを手に入れることは難しいのは、あなたもよくご存知の通り(・・・・・・)です。だとすると、この人物は何処から調達してきたのでしょうか?」
 私は指で新たに出した写真の表面を軽く叩く。
「学園の外からではないことは、今日の法廷で捜査官が説明してくれました。スズランはスズランの咲く場所を知り得る人物――即ち、あなたでなければ(・・・・・・・・)手に入れられないのですよ。ランカストさん」
「Phew……(やれやれ)」
 ランカスト氏の零した揶揄するような溜息が、私の言葉を遮った。
「キミの話を総合すると、この後姿のメイドがボクってことになるけど?」
「いいえ、さすがにそれはないでしょう」
 おどけた調子の彼に合わせ、私も軽く笑う。但し、目線は外さずに。
「しかし、生徒の誰かにやらせることは可能です」
「?!」
「この学園の生徒はあなたに心酔している。あなたの頼みならば、断らないでしょう」
「……………………」

 私はひたすら待っていた。砕け散る錠前が、静寂を破る瞬間を。

「――咲いていたことはあったかもしれないね」

「え……?」

 だが、期待通りにはならなかった。

「だけど、とっくに(・・・・)枯れてるんじゃないかな」と、口の端を歪めて。

「それはどういう……」

 相手にペースをさらわれることが分かっていても、聞き返さずにはいられない。

「キミの推理は当たっている。半分だけ、ね」

 仮面を支えていた右手がすっと下り、碧の瞳が表に出ると。

「――でも、Okay」


 
パリーン……!!

 
 予期せぬタイミングで最後の錠前が壊れた。……いや。“壊れた”より“壊した”と言った方が適確かもしれない。錠前の映像は彼には見えていないと思うが――

「キミの言う通りだよ。ボクはこの場所を知っているし、行ったこともある」

 私が面食らっていると、彼は写真を手に話し始めた。全く、本当に掴み所のない男だ。とにかく、あの場所について話を聞けるのはありがたいことだった。

「これはボクの庭――ボクだけのSecret(シークレット) garden(ガーデン)

 名残惜しむように、彼は言った。

「庭……?」 

「聖ミカエル学園の創立者で赤間神之助のDaddy――ボクにとってはGrandfather(祖父)に当たる人が亡くなって、当時イギリスで教師の職にあったDaddyが後を引き継ぐことになったんだ。ボクとMommyはDaddyに付いて、この国へやって来た」

 彼の双眸は既に現在(ここ)を離れ、遠い日の幻を追いかけていた。私は口を挟むのを差し控え、話に耳を傾ける。

「MommyはDaddyの生まれた国へ行くことを嬉しがっていたようだけれど、ボクは国許を離れるのが不安でね。この国に着いてからもその気持ちは変わらなくて、眠れない日々が続いていたある日――Daddyはボクを白樺林の奥、レンガの壁に囲まれた場所に連れて行ってくれて、一面に広がる土の地面を示しながら言ったんだ」

『ごらん、桐人。ここはな、お前の“庭”だよ。今は何もないが、近いうちに真ん中辺りに噴水を造って水を引くつもりなんだ。そうしたら、桐人は自分の好きな花や樹の苗をたくさん植えて育てられるだろう?
 あとは、そうだな……何か遊具を入れるかな。ブランコ遊びは好きか、桐人。――よし、決まりだ。では、あの辺りに少し大きめのブランコを置くとしよう。
 なぁ、桐人。庭が完成したら母さんに見せて、びっくりさせてやろうじゃないか。それまでこの庭のことは、桐人と私――二人だけの“秘密”にしておこう』

「――嬉しかった。普段は厳格で気難しいDaddyだけど、ちゃんとボクのことを考えてくれているんだって……その時は、思えたから」

 彼はそこで言葉を切ると、感傷を押し流すようにカップの紅茶を飲み干した。

「その日からボクは庭へ通い、Mommyの好きなEnglish Roseが庭一杯に咲き乱れる光景を想い描きながら平らな地面を苗が植えられるように耕した。朝の早いうちから日が暮れるまで、小さなシャベルで毎日毎日ムチュウで掘り返したものだよ。
 全身ドロだらけになっても楽しくてしょうがなかったんだ……あの日、あの瞬間までは」

 空のカップに、愁いを帯びた眼差しが沈む。

「あの日――地面も耕し終わってそろそろ苗を植えようと思っていたボクは、大きなバスケットにバラの苗をたくさん入れて庭に行ったんだ。すると、前の日に鍵を掛けて帰った筈のドアが開いていた。庭の鍵をもっていたのはボクとDaddyだけだったから中にいるのはDaddyだ、と思った。
 ……何だかすごく感動してね。最初の苗を植える記念すべき日に、Daddyは来てくれたんだから。ボクとDaddyの想いは通じ合っているって、信じていたんだ。けど――」

 ふとカップから視線を外した時、彼の表情はあまりにも……哀しかった。

「ボクは裏切られた」

 彼は私の視線に気付いて席を立ち、窓際の方へゆっくりと歩いていく。

「――Daddyは一人でいたわけじゃなかった。子どもと一緒だったんだ。
 ボクより年下らしい感じの見たこともないそいつの手は、Daddyの大きな手と繋がっていた。ボクにはDaddyと手をつないだ記憶なんてないのに、そいつはいとも簡単に……。ボクが入ってきたことに気付いたDaddyは、そいつの肩に手を乗せて言ったよ」

『この子はノエル。今日からお前の“弟”になる。可愛がってあげるのだよ、桐人』

「――そいつはDaddyに促されるままおずおずと進み出て口を開いたんだ。それが、ボクの聞いたこともない音だったものでね。ボクにはそいつが宇宙人に見えた。
 けど……“侵略者”に比べたら“宇宙人”の方がどんなにマシだったか知れない」

『ノエルはフランス人なのでな、今のは“ぼくの名前はノエルです。初めまして、お兄さん”と、言ったのだよ。さぁ、桐人。お前も早く挨拶をしなさい』

「イギリス人のMommyと、この国出身のDaddyの間に生まれたボクの弟がFrenchだなんて……Jokeだとしても全く笑えない話を現実に突きつけられたんだ。そして――」

『ごらん、ノエル。それから(・・・・)、桐人。ここはな、お前たち(・・)の“庭”だよ。
 ノエルの好きなスズラン(・・・・・・・・・・・)や、桐人の好きな花を樹をたくさん植えて育てるための庭だ。庭が完成したら母さんに見せて、びっくりさせてやろうじゃないか。
 それまでこの庭のことは、ノエルと(・・・・)私と桐人――三人(・・)だけの“秘密”にしておこう』

「――目の前に、すっと黒い幕が下りた。Daddyが何を言っているのか解らなかった。
 何で見たこともないフランス人の子どもを『弟』にしなきゃいけないのか。
 何で『二人だけの秘密』が『三人だけの秘密』にされてしまうのか。
 何で――なんでDaddyはボクの好きな花を知らないのに、こいつの好きな花は知っているのか。……何も、何ひとつとして理解できなかったよ」

⇒To Be Continued...

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