逆転−HERO− (4) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年05月04日(月) 16時31分00秒公開
ID:2spcMHdxeYs
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朦朧とする意識の中で、あたしはなるほどくん仕込みのハッタリに全てを賭けた。 「御剣さんはっ……こ、ここから林の中を、ずー……っと走ってったよぉぉぉっ!!!」 人差し指を突き付けた先は、さっきあの女の人がいた辺りの草むら。 オバチャンの眼が、獲物を見付けた爬虫類のような光を放つ。そして―― 「ミッちゃんミッちゃんミッちゃん、ミ〜ッ……ちゃぁ〜ん……!!!!」 べきっ、ぼきべきばき……っ!!! 次の瞬間、あたしの指が示したあった草木はことごとくなぎ倒されていた。……知らなかった。道って、オバチャンが駆け抜けて行った後に出来るものなんだ。 べきべきぼきばききぃ……っ! (あああ、白樺の木さん……ゴメンなさい) だんだん遠ざかっていく音は何だか木々の悲鳴にも聞こえて、あたしは心の中でひたすら、謝る。 べきべきぼきぼき……。 悪夢がしっかりその爪痕を残して去った後も、あたしは魂が抜けたような状態で静寂の中に佇んでいた。 ――どのくらい、そうしていただろう。正気を取り戻してふと下を向いた時。 「あれ……?」 あたしの目に留まったもの。小さな皮の財布。いや、手帳――にしては薄いかな。 とにかく拾って、開いてみて。あたしはそこに、一枚の写真を見付けた。 金髪で青い目の、綺麗な顔した男の子。小さな白いブランコの上で、色とりどりの草花とたくさんのスズランに囲まれて、幸せそうに微笑ってる。 もし、あたしがこの場所に居たら『きっとここは天国で、あの男の子は天使なんだろうな』って思うくらい、それは清らかな写真だった。 「真宵くん、来たまえ」 あたしが写真とにらめっこしていると、壁の向こうから声が掛かった。 ……あ、御剣さん。すっかり忘れてたよ。あたし、慌てて駆けていく。 御剣さんは四角く囲まれた壁の後ろ側で待っていた。オバチャンの気配が消えてしばらく経ったからか、声の調子も落ち着きを取り戻している。 「どうやら壁を乗り越えていく必要はなくなったようだ」 そして、その視線は壁の中央――白いドアに注がれていた。 「もしかして、ここから中に入れるの?!」 「うム。この錠前を外せれば、な」 ……喜ぶの、まだ早かったみたい。ノブの下に掛かっている南京錠、とっても丈夫そうなんだもん。無理やりこじ開けるにしても、壁を壊すのと同じくらい骨が折れそう。 「あれ……?」 行く手を阻む最後のオジャマ虫を睨み付けているうち、あたしはあることに気付いた。レンガの壁に白いドア。この組み合わせって、何処かで……っていうか、写真っ! 「ちょ、ちょっとまって!――ほら、これ見てよ!」 あたしはさっき拾った写真ケースを御剣さんの前で開き、問題の箇所を示してみせる。 スズラン畑。白いブランコ。天使と見紛うばかりの美少年。それらの、後ろに。本当にちっちゃくだけど、レンガの壁と白いドアが写っているのだ。 写真のドアの色はもちろん、上部がアーチ状になっているデザインも目の前のドアと全く同じ。……ってことは、これ。この壁の中で撮られた写真? 「これは……?」 御剣さんも食い入るようにして、写真とドアを見比べる。やっぱりこのドアと壁を見ると、同じ事を考えちゃうみたい。でも、そんな偶然―― 「……真宵くん、この写真は何処から?」 「あ〜、オバチャンが落としていったんだよ。さっき」 「何ィ……ッ?!」 かなり真剣に写真を見つめていた御剣さんは、やがて独り言のように呟いた。 「……ということは、この少年は“彼女”の息子か、もしくは孫」 「……」 「……」 「いやいやいやいや!」 「ないないないない!」 「この美少年とオバチャンが同じ遺伝子を持ってる可能性なんて――」 「千にひとつも、万にひとつも、億にひと……いや、天文学的数字にひとつもあり得ないっ!」 生物学の世界に一大論争を巻き起こしそうな発言を力一杯否定して、一息吐いた時。 「――真宵くん、頼みがある」 不意に御剣さんの声のトーンが下がって、あたしの背中に悪寒が走った。 何だかすご〜く、ヤな予感……。 「この写真の出所を“彼女”から突き止めてきてくれ」 うわ、的中。次の瞬間、あたしは思いっ切り抵抗する。 「え……えええっ?!あたしが、オバチャンからぁ?!いやいやいやムリムリムリ!」 「頼むッ!私が行くわけにはいかないのだ!」 「戦場から生還してきた兵士をまた激戦区へ放り込むの?!ヒドイよ、御剣さん!」 「無論、タダとは言わん。首尾よく行った暁にはキミの好きなものを何でもゴチソウする!」 「え……?」 だって。『スキナモノヲ』『ナンデモ』『ゴチソウスル』だなんて、なるほどくんの口からはゼッタイ飛び出してこない言葉だもん。繊細なあたしのココロは、揺れに揺れた。 「ホント……?」 「うム。男に二言はない」 「…………ホテル白壁の『魅惑のスイーツ食べ放題!大満足セット』3,980円(税込)」 「分かった」 「あと、『フルーツまるごと! 「承知」 御剣さんの頼もしすぎる返答で、あたしの腹は決まった。 「オッケー、任せて!」 ――とは言ったものの。相手が相手だもん、気が重いよぉ。それに、何だろう?この、扉の向こうからでもひしひしと伝わるプレッシャーは。 はぁ……あ、そうだ。こういう死地に赴くときって、お決まりのセリフがあったよね? 「おのおの方、出陣でござる!」 ……うぅ。あたし、独りだった。じゃあ―― 「敵は本能寺にあり!」 「いざ鎌倉!」 「そうだ、京都へ行こう!」 …………何か違う気がする。と、とにかく。スイーツ食べ放題&金色の生ジュースのため。真宵、ガンバ! ともすれば消えそうになる勇気の火を奮い立たせて、ドアのノブに伸ばしたあたしの手は――ものの見事に空を切った。 「さっきからギャーギャーやかましいョ!ヨ 「きゃわわっ?!」 一瞬、前のめりになりながらも何とか身体を起こしたあたしが見たものは!内側に開いたドアの向こうで仁王立ちのオバチャン。しかもその形相たるや、まるで鬼か夜叉のよう。あわわわ……こんな先制攻撃、誰も予想してないしっ! しかも。部屋の中から流れてくるBGMは、今、世のオバチャンたちとあたしの従妹のはみちゃんが大熱狂しているハンリュウドラマ――『冬のサナカ』の再放送ッ!! あたしってば、何て最悪のタイミングで来てしまったんだろう?! 「あっ!アンタ!よくもダマしたネ?!ミッちゃんドコにもいなかったョ!」 そして、遂に恐れていた瞬間がやってきた。オバチャンが、あたしに気付いたのだ。 「世の若者はオバチャンをなんだと思ってるんだい?!この前もそうサ!オバチャンが横断歩道を渡ろうとしたら親切そうな若者が『おばさま、荷物をお持ちしましょう』なんていうもんだからオバチャンついほろっときてカバンを預けちまったんだョ。……だってオバチャン親切にされるの慣れてないし信じたいじゃないかこんな世知辛い世の中でもオバチャンをいたわってくれる若者がいることを。でもネ、それは大きなミステイクだったよ!だってそのガキ、オバチャンのカバンを手にした途端、脱兎の如く走り去って行っちまいやがったんだからネ!あの中にはオバチャンの大事な年金手帳が入ってるっていうのに、ダョ!近頃の若者は何を考えているんだろうネ?マッタク嘆かわしいったらありゃしな」 オバチャンの髪や服には葉っぱやら枝やら、あたしに言われるがまま白樺林を縦横無尽に走ったらしい痕跡がいっぱい引っ掛かっていて、ついでに顔や手足も擦り傷だらけ。 騙された上に冬サナ(再)の観賞もジャマされたんじゃ、激怒するのも無理はない。 「チョット!聞いてるのかいっ?!アンタら若者はアレかねオバチャンには人権なんか必要ないって思ってるクチかね?!ああ、ああそうだろうともサ!どうせオバチャンなんか」 オバチャンが万力のような力で肩をつかんでがくがくと揺さぶるごと、どんどん遠のくあたしの意識。今までのことがまるで走馬灯のようにぐるぐると頭の中を回り始める……。 (……なるほどくん。はみちゃん、まみちゃん、御剣さん。先立つ不幸を許して。おねえちゃん、今すぐそっちに行くからね) その時、足に何かが当たった。その感覚で、あたしの意識は辛うじて、黄泉の国から引き戻される。霞む視界の向こうに、小さな皮の財布。いや、手帳――にしては薄い……ああそうだ、こんなところで逝っちゃいけない!あたしには大事な使命がっ! 「オバチャン、教えて!これ……ここに写っている美少年は、ダレっ?!」 何とか手を伸ばし、拾い上げた写真ケースをオバチャンの眼前に突きつける。 「――あっ!アンタ?!それ、オバチャンのだョ!おかえしっ!おかえしったら!」 オバチャンは一瞬凍り付いたけど、次の瞬間にはホラー映画のゾンビのようにカッと眼を見開き、あたしにつかみ掛かってきた。 「ダメ!これば大事な証拠品なんだから!そ、それよりこれは誰なのさー?!」 それをあたし、何とか躱す。あたしだって、伊達に山で修行積んでないんだから! 「学長サマのご幼少時代のお宝写真だョ!オバチャンのだョ!ダレにも渡さないョ!!」 「え、学長……?」 ナルホド、この美少年はキリィさんだったのか。ナットクナットク。 「そうだョ!学長サマの部屋のゴミ箱に捨ててあったのサ!さァ、お返しったら!」 ……へ?ゴミ箱……?捨ててあった?何でキリィさん、自分の写真を捨てたりするんだろう?気に入らないところでもあったのかな?アングルとか、ポーズとか、表情とか。 (よく撮れてると思うけど……もったいないの) ――なんて、余計なことに意識を向けた次の瞬間、耳元でぶんっ!と空気が鳴り、オバチャンの手が写真ケースを掠める。 (ひぇ〜!……あ、危ない!) いくらあたしが鍛えていてもオバチャンの執念には敵わない。このままじゃ、写真を取り返されるのも時間の問題。目的は果たしたんだし、後は退路を確保するだけ。 オバチャンの気を逸らす方法を、何か……あ、そーだ!前に見せてもらったっけ、なるほどくんが小学生だった時のクラス写真!御剣さんの格好は確か―― 「オバチャン、この写真はあたしにちょうだい!その代わりと言っちゃなんだけど、あとで御剣さんの子ども時代の激レア生写真、ど〜んとあげちゃうからっ!」 狙い通り。オバチャンの動き、ぴたりと止まる。ここであたし、トドメの一言。 「蝶ネクタイと半ズボンのスペシャルコンボで出血大サービスだよっ!!!」 ごくっ。オバチャンの生唾を飲み込む音が聞こえた。オバチャンの中では、さっきとのあたしと同じような葛藤が繰り広げられているに違いない。 あたしの肩に掛かった手から力が抜けるまでの時間が、永遠にも感じられた。そして、遂にオバチャンは、あたしをキッと睨み付けて言った。 「ホントかいっ?ミッちゃんの幼少時代の激レアお宝写真、ホントくれるんだろうネ?!もし約束破ったら、オバチャン地獄の果てまででもアンタを追っかけて行くョ!!!」 うわぁ。この人ならやりかねない。コワイっ……! オバチャンの絡みつくような視線を何とかかわし、無我夢中で頷くあたし。ありったけの力を人差し指に込めて、叫ぶ。 「女に二言はないっ!」 真宵くんが命がけで収集してきた情報によって、私が会いに行くべき人物は決まった。学園祭実行委員の田代恵理子を介してその人物に面会を求めると、すぐに許可された。 私に残された時間はあまりない。学長室の扉をノックし、返事を待たずに中へ入った。 扉を開けた途端、昼間と同じく甘い香りが鼻腔をくすぐる。バラの色だけが昼間より少し褪せて見えるのは、日が傾いてきたせいだろうか。 中央まで歩いていくと、窓際に立っていた部屋の主がゆっくりと振り向いた。 「一人?」 「真宵くんは友人を心配して、留置場に向かいました」 私がここへ来れたのは、彼女の勇気ある突入のおかげだ。その功労には最大限報いなければなるまい。……ただひとつ気になるのは、彼女が去り際に残していったあの言葉。 「Uh‐huh.(成程)」 相槌が聞こえた時、キリィ=ランカスト氏は既に私の前にいた。 「それで、何の用かな?」 「もう一度、あなたに確認しておかなければならないことがあります」 「Huh……」 ランカスト氏は全く心当たりがないとでもいうように、小首を傾げる。 一呼吸置いて、私は言った。 ⇒To Be Continued... |
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