逆転−HERO− (4)
作者: 紫阿   URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html   2009年05月04日(月) 16時31分00秒公開   ID:2spcMHdxeYs
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「はぁ……」
 真宵くんが菓子に全神経を集中させているため、相手をするのはもっぱら私。
「ボクのMommy(マミィ)の家系はね、遡れば偉大なるヘンリーのハトコの息子の姪の孫のイトコの父親の甥の妹の親戚だった人物に行き着くんだ」
「……」
「あの。それって俗に言う、赤の他に――」
「真宵くん。この場合は追求しないのが大人の対応というものだ」
 こういうときだけしっかりツッコミを入れてくる辺りは、あの男の影響か……。
「由緒正しい家系に名を連ねるボクがMasterになったんだから、学園のSymbol(シンボル)だって、伝統と格式のあるTudor Roseに改めるべきなんだ。Do you understand(アンダスタンド)?(解る?)」
「……でも、全部抜いちゃうのはかわいそうな気がするなぁ」
 真宵くんの言葉を断ち切るようにランカスト氏は席を立ち、窓際へ歩み寄る。

ボクの庭(・・・・)には必要ない」

 振り向いた横顔に先ほどまでの穏やかな笑みはなく。

「それに……キライなんだ、あの花(・・・)。子どもの頃から――」

 そう言って、彼は一気に窓を押し開けた。

「大キライなんだ」

 外からの冷たい秋風に煽られて、バラの花びらと香りが渦を巻く。
 部屋の中に溢れる色とりどりの花びらに、豊かな金髪が溶けて散った。
 目が眩むほど幻想的な光景とむせ返るような芳香に私と真宵くんはしばし酔い痴れ、呆然となる。彼は再び口を開いた。

「……それにあの人は、ボクに全てを押し付けてこの学園から去った。だったら、好きにさせてもらうさ」

 スズランに対する憎悪。父親に対する軽蔑。 
 バラの艶やかな花弁の下、鋭く尖った棘のように。それは、彼が心に秘めた棘。
 表からは決して見えない透明の。しかし今、徐々に姿を現しつつある棘――

「Oh, Absolutely(アブソリトリィ) fantastic(ファンタスティック)!(ああ、何て素晴らしい!)
 もうじきこの学園は、バラと小鳥のさえずりと天使たちの歌声に満ち溢れたParadise(パラダイス)に生まれ変わるのさ」

 花びらの一枚が、カップの底に少し残った紅茶に落ちて小さな波紋を作る。それが彼の心中をそのまま表しているように見えた。

「もう一度、お尋ねします」

 私は席を立ち、ゆっくりと彼に近付いていく。

「この学園内の何処にもスズランの花は生えていないし、仮に何処かで生息していたとしても、あなたにその場所の心当たりは全くない――間違いないだろうか?」

「Yes. 愛と美の女神、Aphrodite(アフロディテ)に誓って」


ジャラジャラジャラッ……ガッシャーン!!


 さいころ錠の出現は、予期した通りだった。数は、二つ。

「……ランカストさん。たかだか花にそれほどの憎しみを抱く、あなたの根っこには一体何があるのですか?」

 秘密の手掛かり掴むため、真正面から見据え、最後の質問を投げ掛ける。
 澄み切った空よりなお碧い瞳の奥、ただ一点の曇りを見透かすように。
 ランカスト氏と私、緊張の睨み合い。ふとした拍子に、それは途切れた。

「人は誰でも、心に“仮面”を被っているものだ」

 白い手袋をはめた右手がすっと上がり、瞳の碧が消え失せる。

「――こんな風な、仮面をね」

 不敵に微笑む口元の少し上、目とその周りをすっかり覆い隠すのは、銀色のベース部分とそれを支える木製の(スティック)に細かい装飾が施された豪華な――彼の言うように『仮面』としか形容し得ないシロモノだった。
 それはぎょっとするほど彼の衣装やこの部屋と同化しており、今にも『ロミオとジュリエット』の冒頭、仮面舞踏会のシーンが始まりそうな錯覚に陥る。
 半透明のレンズによって目の表情を探ることは出来ないが、向こうの視線が一方的に私を捉えていることは気配で察知出来た。
 おそらくあのレンズ、こちらから見えないが向こうからは見える構造、世間一般で言うところのマジックミラーになっているのだろう。

「失礼。これから会議なんだ。話の続きは――また、いずれ」

 彼が仮面を顔に当てたまま言い放った言葉が退出の合図になり、私たちはバラの残り香漂う学長室を後にした。


同日 午後3時40分 聖ミカエル学園 構内 白樺林の奥


 キリィさんと別れて十数分後。あたしの前にはあたしの身長の倍ほどもある、高いレンガの壁がある。
 ここへ来る途中、あたしたちはキリィさんに借りた鍵で温室に入ってみたけれど、スズランは見付からなかった。御剣さんにしてみれば、それは形ばかりの確認だったみたい。
 御剣さんは『心当たりがある』とあたしを促し、少し歩いて着いた場所が――ここ。白樺林の中に造られた、謎の壁の前。壁は四角く、何かを取り囲むように立っている。
 御剣さんは『この学園内にスズランがあるとすればここしか考えられない』と、言う。
 ここへ来るの、実は二度目なんだよね。あの時は調べようとしたらサイレンの音が聞こえて何だかんだあって、あたしすっかり忘れてた。
 ……よく考えたら。何かを隠すのにこれほど都合よくて、でも傍から見るとものすごくアヤしげな場所ってないよねぇ。
 よーし、今度こそ中を見てやるんだ。壁の上には尖った鉄の柵が埋め込んであって超えていくのには危ないけれど、中を覗く分には問題ない筈。
 御剣さんの身長にあたしの身長が加われば壁の上まで顔が届くし、中だって覗ける。
 昨日も提案したんだよ、あたし。御剣さんに――肩車して、って。 
 だけど。御剣さんってばものすごい勢いで首を横に振ってばかりで協力してくれないの。だから。あたし、ちょっとイジワル言ってみた。

「御剣さん、もしかして……あたしのこと、重いって思ってる?うっわ、失礼しちゃうな」

 そしたら御剣さん、法廷で追い詰められたときのなるほどくん以上に脂汗ダラダラさせちゃって……あたし、なんだか可哀相になって、肩車は諦めることにした。
 ……とはいえ。やっぱり中を見ないことには始まらない。よし、ここはいっそ壁をぶち壊してでも中に――なんて、よからぬ考えが頭を掠めた時だった。


 
がさ、がさがさ……。


 白樺林の奥の草むらが大きなを立てた。木々の間を抜けてく風が草を揺らすくらいなら、こんなに大きな音はしない。

(何か、いる――?!)

 こんな寂しい場所だし、あたしはちょっと怖くなって御剣さんにしがみ付く。

「……何だろ。ヘビ、かな?」
「ノラ犬かノラ猫の類だろう」

 あたしと御剣さんが小声で話している間にもがさがさと言う音は続いていた。離れていく様子も近づいて来る様子もなく、その場に留まり、がさがさがさがさ……。
 あたしたちは無言で頷き合うと、木の陰からそっと草むらを覗き込んだ。

(――あ!)

 思わず息を呑むあたし。御剣さんもぎょっと目を剥く。草の中にしゃがみ込んでいたのは、猫より犬よりヘビより大きな――人、だった。
 頭の後ろまですっぽり覆うニット帽を被り、周りの景色に混じってしまうような沈んだ色のフリースを着たその人は、あたしたちに背を向けた格好で草や木を掻き分けていた。

「……あの、探し物ですか?」

 あたし、堪らず声を掛ける。だって、すごく必死なのが伝わってくるんだもん。

「――ッ?!」

 その瞬間、あたしたちの目線よりずっと低いところにあった肩がびくりと大きく震えた。


 
がささっ!


 足元の草が一際大きな音を立て、頭の位置が同じになる。顔は向こうを向いたままだけれど、身体つきは女の人っぽい。

「あの、手伝いましょうか?」

 危ない感じの人には見えなかったので、あたしは声を掛けながら更に一歩、近づく。――と。

「真宵くん、危ないっ!」

 背後に御剣さんの声を聞いた直後、あたしの身体に鈍い衝撃。突き飛ばされたと知ったのは、白樺の堅い幹が背中に当たった瞬間だった。
 反射的に首をひねると、御剣さんの横をすり抜け逃げていくニット帽の後姿が見えた。

「大丈夫か?」

 御剣さんは逃げ去った女の人を気にしながらも呆然と立ち尽くすあたしの手を引き、林の外に出してくれた。

「御剣さん、今の人――」
「一瞬だけ横顔を見たが、若い女性だった」
「知ってる人?」
「いや。見たこともない顔だ」
「ここで何をしていたんだろうね?」
「……」

 ……あ、そうだよね。あの人とあたしたちは今ここで鉢合わせたばかりなんだし、御剣さんが答えに詰まるのも無理はない、か。あたしは話題を変えることにした。

「これからどうしようか、御剣さん」
「……」
「やっぱりあの壁の中が気になるよね。こっそりはしごでも持ってくる?」
「……」
「御剣さん……?」

 あまりにも反応がないので、あたしはふと不安を覚えて御剣さんを見――え?!――御剣さん、考え事してるんじゃない。怯えてるんだ。

「……何か聞こえないか、真宵くん」

「……ななな、ナニ?またサイレン?」

 蚊の鳴くような声を何とか聞き取り、あたしもこわごわ耳を澄ます。

「いや、もっと……もっとオソロシイ予感がする」

「ちゃ〜ん……!」

「!」

 御剣さんは顔面蒼白、唇をぶるぶる震わせ、白目まで剥いて……傍から見ても気の毒なくらい冷静さを失っていた。御剣さんがこんなになっちゃうのは地震が起きたときくらいだけど、揺れた感じはしなかったし……。

「……ッちゃぁ〜ん!!」

「え……?」 

 その数秒後、原因が分かった。あたしの耳にも届いたのだ。

「ミ〜ッちゅわぁあ〜〜〜〜〜ん……ッ!!!」

 御剣さんは恐怖で顔を引きつらせながら謎の壁を指差し、
「まままま、真宵くんっ!私はあの裏に身を隠す!キミはここで“彼女”を足止め――いや、出来れば遠ざけてくれ!」
 言うが早いか、その姿はあたしの視界から一瞬にして掻き消えた。まるで、よく出来たイリュージョンみたいに。……いやいやっ、感心してる場合じゃないし!

「御剣さん、異議ありぃっ!」

「ミッちゃんミッちゃんミッちゃんミ〜ッちゃぁ〜ん!!!!」


 あたしの異議は身の毛もよだつ雄叫びに呑み込まれた。迫り来る恐怖、逃げ道はない!

(……おねえちゃん、今すぐそっちに行くからね!なるほどくん、先立つ不幸を許して!)

 見よう見まねで十字を切った直後だった。白樺の木をなぎ倒すようなイキオイで姿を現した人物に、あたしはこれでもかというくらい見覚え(……と、トラウマ)があった。
 よれよれの作業着にサンカクの目、毒々しい真っ赤な唇から覗く歯はいかにも丈夫そうで、どんな硬い骨でもばりばり噛み砕いてしまいそう。それに、玉ねぎみたいな形の白髪アタマは見る者を石にしたっていう伝説の怪物“メデューサ”にも引けをとらない迫力だ。……いや、会ったことないけどね。メデューサ。

「オバチャン!」

 その人は御剣さんにとっては、あるイミ地震より恐怖する相手。……きっと今頃、壁の向こう側で小さくなって震えているに違いない。ああ、フビンな御剣さん。

「ミッちゃん!ミッちゃん……?!チョット、そこのアンタ!今ここにミッちゃんがいただろう?!オバチャン見たんだよ!愛しのミッちゃんがこの林に入っていくのを!」
 ひぃ、来た……!ええと、ええと……。
「おおお、オバチャン!ひ、久しぶり!げ、元気……そうで何より……」
 この恐怖から逃れるため、即行で御剣さんをイケニエに捧げたいという衝動を必死でおさえつつ、死に物狂いで気を逸らすケナゲなあたし。
「ダレダイ、アンタ!馴れ馴れしいネ!オバチャン、アンタなんて知らないよ!それよりミッちゃんはどこだいっ?!隠し立てするとためにならないョ!」
「いや〜、今日はいい天気だよね!あ……!そ、そういえばオバチャンはどうして聖ミカエル学園にいるの?また警備員のお仕事、カナ?」
「……オバチャン、ここの用務員なんだョ。学長サマに朝摘みのバラを届ける係りサ」
 一個言えば十個、いや百個は返ってくるはずのオバチャンのトークが、その時は何故か返ってこなかった。代わりに、切なそうな溜息ひとつ。
「だけどなんだろうね、何とかっていう劇団の子が温室の鍵を持って行っちまったまま返してくれないのサ」
 オバチャンの様子を窺うと、物憂げな横顔が飛び込んできた。遠くを見つめる瞳がイっちゃって……いや、すっかりユメ見るヲトメ。苦し紛れの質問に望みを託したのが良かったんだろうか……?
「おかげで今日は朝摘みのバラを届けられなくてオバチャン学長サマに怒られちゃったョ!このオトシマエ、どうつけてくれようかね!」
 ひえぇ〜、勢いを盛り返したぁ!オバチャンに食い殺される前に逃げて、まみちゃん!
「それよりミッちゃんだよ、ミッちゃん!何処いったんだい?オバチャン、確かにこの目で見たんだからね!隠し立てするとためにならないョ!」
 ううう、どうしてオバチャンってば、遭う度にレベルアップしてるんだろ?

(御剣さん、ゴメン。あたし、もう……ダメ)

⇒To Be Continued...

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