逆転−HERO− (4) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年05月04日(月) 16時31分00秒公開
ID:2spcMHdxeYs
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「どれどれ、えーと……」 あたしは彼女の手から生徒手帳を取り、書かれていることを読誦する。 「『――以下、聖ミカエル学園生徒たる者の心得。 ひとつ…汝の父母を愛せよ。ひとつ…汝の隣人を愛せよ。ひとつ…汝、常に純潔であれ。ひとつ…汝、常に静謐であれ。ひとつ…汝、常に博愛と慎みの精神を持ち、勉学に勤しみ、聖ミカエルの名を穢すことのなき日々を送るべし。 ――以下の誓約に相反せし者、聖堂にて己の罪を悔い改めよ。 一条……汝、服装を乱すなかれ。二条……汝、髪型及びその色を乱すなかれ。三条……汝、みだりに着飾るなかれ。四条……汝、偽証するなかれ。五条……汝、学園の秩序を乱すなかれ。 ――以下の誓約に相反せし者、学園より追放処分とす。 六条……汝、夜間に出歩くなかれ。七条……汝、門限を破るなかれ。八条……汝、何者をも傷付けるなかれ。九条……汝、男子と交遊するなかれ。十条……汝、盗むなかれ』」 ……よく分かんないけど、重苦しそうな雰囲気だけは伝わってくる。 「まるで、モーセの十戒だな」 横から覗き込んでいた御剣さんが誰にともなく呟いた。 「モーセの十階……って、新しく出来たオフィスビル?」 「……“十階(じゅっかい)”ではなく“十戒(じっかい)”。旧約聖書に記された話で、モーセという人物が神より授かった十の戒めのことだ。破った者には天罰が下るのだよ」 「天罰……そうですね。私たちにとって、学園追放はこれ以上にない罰でしたもの」 エリコさんの目にうっすらと滲む涙が、当時の過酷さを物語っているようだった。――ま、あたしなら追放される前に逃げ出すけどね。 「でも、ローズマスターは私たちを規律で縛りつけるようなことはなさいませんでした。学長に就任なさった日の朝礼でおっしゃった言葉――私、一生忘れないわ!」 『女性は自分が最も尊く、美しく、気高く輝くスタイルを貫き通すべきだ。今までキミたちを縛り付けていた学園のくだらない規律を、ボクは今日この時を以って全て破棄する。 ボクが君たちとする約束は三つ。Are you ready?(準備はいいかい?)よく聞いて。 The first, 人の道に背くことをしたり言ったりしないこと。 The second, バラを神聖なものとし、愛でること。 The third, 学園の敷地でスズランを栽培しないこと。 ――That's all.(――以上だ) その白い翼を伸ばし、自由な空へと羽ばたきたまえ!』 「それはそれは心震える素晴らしいスピーチだったんですよ。体育館が割れんばかりの拍手と歓声で包まれて……私なんか、感極まって泣いちゃいました」 エリコさんの横顔、今度はバラ色に染まる。遠くの空を望む瞳がキラキラと輝いて、まるでまみちゃんが夢中になって読んでいた少女マンガの主人公みたいだった。 「へぇ……あ。じゃあ、そのブラウスもローズマスターが新しくしたんだ〜。あたし、前の制服知ってるけど、確かもっと地味だったよね?」 「ええ。キレイでしょう?ローズマスターはブラウスだけじゃなくて、いずれはこの地味なスカートも、もっと華やかなデザインのものに変えると約束して下さいましたわ」 あたしの指摘が嬉しかったのだろう。エリコさんはちょっと誇らしげに笑い、スカートの端っこをつまんでくるりと回った。 「私、嬉しくて。前の制服で卒業アルバムの写真を撮るの、憂鬱で憂鬱で仕方なかったんですもの。卒業アルバムって、一生残るものでしょう?友達や恋人や……結婚したらその相手や、生まれてくる子どもに見せて、当時の想い出を語ったりするものでしょう?」 最近は法廷にも出てきたりするけどね、卒業アルバム。 「あの制服のままだったら、きっと開く度に灰色の高校生活を思い出すわ。『卒業アルバム見せて』って言ってくる人にも見せるのが嫌になるくらいに!……それって、とてもとっても残酷なことよ?」 エリコさんの『卒業アルバム』に対するこだわり――というか、執着はよ〜く解った。 ローズマスターって人の改革がエリコさんを始めとする学園の生徒さんたちに大歓迎されたってことも、すごく、すごぉ〜く伝わった。 「……だけど、ローズマスターって人は相当スズランが嫌いなんだね。全部引っこ抜いちゃった上に、新しく栽培することも禁止なんて。でも、ちょっとやりすぎじゃない?」 「一般の感覚ではそう思われるかもしれませんけれど……私たち生徒はみんな、ローズマスターのなさることに間違いはないって信じていますから」 エリコさんはあたしの疑問など取るに足らないことのように、きっぱりと言い放つ。若い女のコをここまで虜にしてしまうローズマスターって、一体どんな人なんだろ? (あたしも会ってみたいなぁ……) あたしがささやかな望みを抱いたその一瞬後。それは突然、思いもしない形で叶った。 「Hello!」 背後からの柔らかな声に誘われて振り返ると、そこには煌びやかな……衣装を纏った若い男の人が立っていた。 衣装――うん、そうなんだ。だって、その人が着ている服一式、世間一般で認識されているジャケットとかスーツの領域なんて超越しちゃってるんだもん。 服全体は光沢のある純白の生地で、上着の合わせ目に赤い刺繍糸の縁取り。広めの袖口に、これまた豪華な刺繍と飾りボタン。だけど。それすら霞んで見えるほどスゴイのは、胸元で翻るフリフリタイ。 これがまた、御剣さんの三段重ねフリフリに負けず劣らずゴージャスなんだ。襟元で咲き誇る高そうなバラのブローチでさえ、その圧倒的な存在感の前にカレーライスの福神漬けと化しちゃうの。 なんてったって、そのフリフリ。服と同じ光沢のある白い生地なんだけど、その白とは同化してしまわないで、布の波打ち加減や光の入り具合でピンクやブルーや紫……いろんな色が見える。それだけでもスゴイんだけど、真ん中で二つに分かれているからフリフリ度とキラキラ度が御剣さんのより三割増しで、余計に目を引くんだよね。 こういうキレイなフリフリ、いつだったかテレビで見たなぁ……あ、思い出した!オーロラ。寒い国の空に現れるっていう光のカーテン、あれにそっくり。……それはともかく、この状況に根本的なモンダイあり。 (――ええと、ダレ?) 突然現れたゴーカケンランな御仁は、もちろんあたしの知らない人。 趣味が合いそうな御剣さんが呆気に取られているくらいだから、タダ者じゃないとは思うけど――と、次の瞬間。 「あ……!ろ、ローズマスター!」 ナゾの人物の正体は、あっさりと明かされた。あたしたちの後ろ、今の今まで真っ赤な顔で硬直してたらしきエリコさん口から。……って、ローズマスタぁ〜?! じゃあ、この人が例の――ひゃあ〜、スゴイ!ホントに会えたよ! 「あの、その……」 「Oh?(ん?)何か問題でも?」 「いえ、そうではなくて……こちらの方たちがどうしても今日、温室の中をご覧になりたいとおっしゃってるんです」 アタフタどぎまぎしながらエリコさんが説明すると、ローズマスターは白い肌に良く映えるスカイブルーの瞳で、あたしたちを上から下まで眺めて頷いた。 「――All right.(分かった)この件はボクが引き受けよう。キミは持ち場に戻りなさい」 とがめるような感じではない、物腰柔らかな口調。 「は、はいっ……!よろしくお願いしますっ!――し、失礼しますっ!」 エリコさんはぴょこんと頭を下げ、回れ右してあっという間にあたしの視界から消えてしまった。……あ。生徒手帳、返しそびれちゃった。あとで届けてあげなきゃね。 「さて、Lady and ボクは ローズマスターはエリコさんを見送ってからあたしたちに向き直り、優雅に一礼。腰の辺りまであるブロンドの髪が、絹糸のようにさらりと流れる。 ……うわ、すごい説得力。絵本の中の王子様がそのまま抜け出してきたみたい。エリコさんたちが熱狂するわけだ……って、あれ?きりぃ=らんかすと……って? 「あの……先ほどの生徒から、ローズマスターとは前学長――赤間神之助氏のご子息、赤間桐人氏だとお伺いしたのですが……?」 御剣さんの困惑ぶり、よく分かる。だって、『キリィ=ランカスト』なんて名前、どう考えても外国人だし、外見だってこの国の人とは思えないもん。 「……Ah, それ。ボクが子どもの頃、この国でほんの少しの時間、暮らしていたときに付けられていた名前だよ。あの時はまだ、この国でずっと暮らしていくつもりだったから受け入れたけれど……Killy=Lancastこそがボクの正式な、由緒ある名前なんだ。 ボクはついこの間までイギリスに住んでいたんだ。今回こんなふうに呼び付けられでもしなければこの国に戻って来ることはなかったし、“アカマ キリヒト”なんてフユカイな名前を聞くことも……いや、何でもない。とにかく、ボクがこの国に着くより先にあの名前が紹介されていたらしくてね、そっちが広まっちゃったみたいだ。……メイワクな話さ」 今まで穏やかだったローズマスターの表情に、一瞬だけ落ちる翳……っと。これはもしかして、触れちゃいけない部分だったのかな。 あたしたちが気まずそうにしているのを見て、ローズマスターはすぐに付け加える。 「――だから、君たちもボクのことは“キリィ”って呼んでくれないかな。 少し 「オッケー!キ・リ・ィ♪」 さっきの暗雲を忘れてしまうほどの華やかな笑顔に、つられて笑い返すあたし。 「 「……努力します」 「Ha-ha!」 節目がちに答える御剣さんには『気にしないで』とでも言うように軽く手を振る。うん。基本的にはいい人みたいだから、深く追求して困らせるのも悪いよね。 ん〜、ちょっと興味あるけど……いやいや!今はとにかく、まみちゃんまみちゃん。 「あのね、キリィさん。実はあたしたち、昨日の演劇公演中に起きた事件のことで――」 まみちゃんを助けたい一心で、あたしがつい声を張り上げてしまうと。 「Be キリィさん人差し指を唇に当て、とびっきりキレイなウィンクを投げ掛ける。その仕草が妙にサマになっているのは金髪紳士の特権かな? 「話の続きは学長室でしよう。とびっきりの客人にとびっきりのもてなしをしたいんだ」 御剣さんはちょっと戸惑ってたようだけど、あたしの答えは決まってる。 だって。あたし、とことん弱いんだもん。『おもてなし』ってコトバには。 一歩足を踏み入れると、むせ返るような甘い香りが私たちを包み込む。 ……無意識のうちに、私の視線は“それ”に惹き付けられていた。 部屋の左奥のデスク上、一輪挿しに生けた真紅のバラ。最初に目が行ったのは、紅い花弁が純白のレースカーテンを背景に咲いている、という物質的な理由に留まらないだろう。そのバラが醸し出す凛としたたたずまい、家主が主賓を迎え入れるときのような穏やかさに心が安らいだ。 その後ろには遮光カーテンを留めるベルトには暖色系のミニバラが掛け花仕立てに挿してあり、視線を右へ移せばアンティークな 黒紅色の花弁のビロード光沢は高貴な貴婦人の纏うドレスにも似て、見る者を圧倒した。それを毒々しく感じさせないのは、挿し方が洗練されているからだろう。 「わぁ〜!すごぉ〜い!きれいなバラがいっぱいだ〜!」 呆然と佇む私の脇をするりと抜けて、真宵くんはさっそく室内を物色し始める。何でも素直に順応できる彼女の体質は時々、羨ましい。 「わぁ、じゅうたんふっかふか!あ!あれって……暖炉?!あたし、初めて見たよ〜!」 真宵くんが駆け寄った 彼女が動く度に視界の端、中心、大部分に映り込んでくるバラ、ばら、薔薇……。その山のようなバラを引き立て、或いは引き立てられるように存在しているのが、優美で重厚感のあるデスクや ……だが、何故だろうか。この部屋に足を踏み入れた途端、私は違和感を覚えた。バラと調度品を組み合わせた ⇒To Be Continued... |
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