逆転−HERO− (4)
作者: 紫阿   URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html   2009年05月04日(月) 16時31分00秒公開   ID:2spcMHdxeYs
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同日 午後1時52分 聖ミカエル学園 構内


 赤レンガで彩られた『プラタナス』の並木道を、あたしと御剣さん、並んで歩く。
 ウチワのように大きな葉っぱが、頭の上でざわざわ揺れて、たまーに丸い可愛い実があり下に転がってきたりする、大きな樹――『プラタナス』の並木道。
 聞いたことのない名前だけど、プレートに書いてあるからね。『スズカケノキ科プラタナス属(スズカケノキ属)』の『スズカケノキ』『アメリカスズカケノキ』『モミジバスズカケノキ』…………はぁ。

 昨日と同じ光景なのに、昨日とは真逆の気分。昨日はこれから始まる素敵な一日を思って自然に足も弾んだんだけど、まみちゃんのことを思うとはしゃいでなんていられない。
 午前中の裁判は御剣さんが何とか乗り切ってくれた。……けど、ナゼか。まみちゃんに余計な罪がくっついてしまったのだ。……はぁ。

 御剣さんはずっと無言であたしの先を歩いてる。昨日とは違って、あたしが早足にならないと距離が開いちゃうような歩幅なんだ。ぼんやりしてたら見失ってしまいそう。
 この先のこと、いろいろ考えてくれてるんだろうな。眉間のヒビが頼もしい。この辺が行き当たりばったり棚ボタ式に物事解決できちゃうなるほどくんとは違うんだよね〜。

「学園祭は中止ではないのだな」

 御剣さんの声で我に返った瞬間、それまで無意識のうちにシャットダウンしていた周りの声や甘い匂いが耳と鼻に飛び込んでくる。
「……あ、うん。学園祭、三日間連続であるみたい」
 あたしたちの周り、『天使の庭』と『天使たちの楽園』では、生徒さんたちが昨日と変わらず忙しくお茶やお菓子を配ったり運んだりしていた。
「――呑気なものだな。人が一人倒れたというのに」
 生徒さんが席を勧めてくるのをやんわりと断って、憮然と呟く御剣さん。
「中止したら騒ぎが大きくなっちゃうからだよ。タブン」と、あたし。
 至って平和な光景の中で、あたしたちだけが戦場にいるって感じ。……そう。まみちゃんに降り掛かるキノコ(・・・)を振り払えるのはあたしたちだけなんだよね。
 くよくよしたって仕方ない。うん、あたしがしっかりガンバらないと!
 ええと、今日の法廷で分かったことは、まみちゃんに成りすましてここら辺をうろうろしてた人がいるってことと、この学園では三年前にも同じような事件が起きてたってこと。
 その事件は事故として片付けられちゃったんだけど、まみちゃんの告白によれば犯人はどうも今回の事件の被害者、柚田伊須香さんっぽい。しかも、彼女――
「……ねぇ、御剣さん。イスカさんが脅してた人って誰だと思う?」
 ようやく回り始めた頭で、あたし、考えたことを口にする。
「三年前の犯人は、イスカさんとその人なんだよね。イスカさんは入院中みたいだから話は聞けないだろうけど、その人さえ本当のことを言ってくれたら、まみちゃんに掛けられた容疑、少なくとも三年前の事件については晴れるじゃない?
 ……あたし、ちょっとでもまみちゃんの心を楽にしてあげたいんだよね」
「本来は、キミのような人間こそ弁護士にふさわしいのだろうな」
 あたしの顔ひとつ分高いところから降りてくる、穏やかな声と優しい眼差し。
「や、やだなぁ……!持ち上げないでよ〜。あたしの頭じゃ無理に決まってるじゃない」
 あはは。やっぱり似てるんだよね、御剣さんってば。
「いや、本当のことだ。キミの疑問は鋭いところを突いていると思ったのでな。
 柚田伊須香に脅されていた人物、おそらくこの事件に無関係ではないと私も考えていた。
 卑下することはないぞ、真宵くん。性格だけでなく素質も十分合格点だ」
 優しいトコも、頼もしいトコも、あたしのお姉ちゃんに――とっても。
「……だけど、誰だろうね?見当も付かないや」
「そうでもなかろう。愛美さんの話を思い出してみたまえ。柚田伊須香は『卒業を前に退学になると困るのではないか』と脅していたようだ。とすると、問題の人物は――」

「聖ミカエル学園の三年生!」

 御剣さんから言葉をひったくるようにして叫ぶ、あたし。三年生のことなら、卒業アルバムを見れば分かるはずっ!

 ぱら、ぱら、ぱら……ぱら。

(……あれ?)

 アルバムを繰れば繰るほど失望が押し寄せてくる。
「……ダメだよ、御剣さん。だって、生徒数40人前後のクラスが11コもあるよ?しかもみんな卒業しちゃってるんだし、この中の誰かがイスカさんに脅されていたとしても、今さら調べようがないよ」
「ム……」
 あたしがグチると、御剣さんもまた難しい顔に戻って考え込む。 
「しかし、この学校の卒業生なら温室の鍵の場所も知っている。鍵は用務員が持っていたらしいが、何のかんのと理由をつけて愛美さんより先に鍵を手に入れることは不可能ではあるまい……いや。それ以前に、こういう場合はスペアキーの存在を疑うべきだろうな」
「――あ。温室って確か、これだったよね?」
 あたしたちの真正面に大きなガラス張りの建物がそびえている。色々と考えながら歩いているうちに、ここまで来ちゃったのか。
 昨日も見たけど、外からじゃ中の様子は分からない。うう〜……昨日から中身が見えないことばかりで、ずっともやもやしてるんだよね。
「中には入れないのかなぁ?」
 あたしは入り口を求めて温室の周囲を歩く。昨日は左の方に行ったから、今日は右に。
 角を曲がると小さなドアがあった。その少し向こうには、幅の広い引き戸も見える。
「こちらが通用口のようだな。引き戸の方は、おそらく花や園芸用の機材を出し入れする用の扉だろう」と、御剣さんが解説してくれた。
「……でも、どっちも鍵か掛かっているね」
 引き戸の取っ手は丈夫そうな鎖と南京錠で閉じてあるし、小さなドアはノブを回してもガチャガチャいうだけ。
 まみちゃんが持ってた鍵はタブンこっちだけど、あれはまだ警察の手にあるんだよね。
「映画やドラマだとこういう場合、針金かなんかでコチョコチョやって開けるよね」
 なんて、よからぬことを呟きながら未練がましくガチャガチャやっていたからだろう。

「あの、何かお困りですか?」

「え……?」

 手を止めて振り返ると、グレーのワンピースを着た女の子が立っていた。周りにも同じような格好の子がいるところを見ると、どうやらそれは聖ミカエル学園の制服らしい。
 とすると、彼女はここの生徒さん…………あれ?何か、違和感。
 あたし、前にまみちゃんが制服着てるの見たことあるけど、こんなに華やかだったっけ?もっとずっと地味だったような気が――分かった、下に着てるブラウスが違うんだ。
 前は確か真っ白で、襟元に黒いリボンが結んであって……そうそう、今日の法廷で焔城検事が見せたスズランのバッジ、あれで留めてたんだっけ。清潔感はあったけど、昏くて冷たい感じがしたなぁ。
 でも、今着てるブラウスは春の日差しのように柔らかなクリームイエロー。襟元から胸の辺りにかけて花開くフリル。襟には赤と白の花を重ね合わせたような模様の刺繍。グレーのワンピースは同じみたいだけど、ブラウスを明るい色にしたら女の子の顔も心なしか明るく華やいで見えるんだ。
「あ、失礼しました。わたし、学園祭実行委員の田代 恵理子(ただい えりこ)と申します」
 そう名乗った女の子の制服の袖には『学園祭実行委員』と書かれた腕章が安全ピンで留めてある。温室のこと、この子に頼めば何とかしてくれるかな?
「あの、この中に入りたいんですけど……」
「はい。温室の一般公開は学園祭最終日を予定しております。整理券は学園祭実行委員本部で配布してございます。ご案内いたしましょうか?」
 うわ、ショック。……いや、彼女の心遣いは十分伝わってくるんだけどね。
「あの、明日じゃ間に合わないんです。えと……あたしたち旅行中で、明日朝イチの新幹線で里に帰ることになっていて……だから、今日しか見るチャンスがないんです」
「まぁ、そうだったんですか……」
 エリコさん、気の毒そうな顔をしてあたしたちを見る。よし、手ごたえアリ!
 後ろで御剣さんが「なかなか大したハッタリだな」とかなんとかブツブツ言ってるけど気にせず、レッツ!最後の一押し!
「あたしの友だちでここの卒業生のコが、教えてくれたんですよ!聖ミカエル学園のスズランはとてもキレイだって。だから一度見ておきたいと思ったんですけど、ダメですか?」
「……え?スズラン、ですか?」
 エリコさんは、あたしがスズランを見たいと言ったのを意外だとでも言うように、目をぱちぱちさせている。……何だろ、この反応。
「あの……スズラン、有名なんですよね?」
 戸惑う相手につられて、あたしもついオドオドしてしまう。
「えと、あの、その……」
 エリコさんは更に困った様子で視線をあたしと温室に行ったり来たりさせながらとても言いにくそうに、
「無いんです、スズラン。温室の中だけではなくて……この学園内の敷地には、一本も」
『……?』
 あたしと御剣さん、顔を見合わせてきょとん。
「それは、どういうことだろうか?」
 御剣さんが勢い込んで聞くと、エリコさんの顔がかぁ〜っと夕日の色に染まる。
「……顔が赤いようだが、熱でもあるのではないか?」
「いいええ、あの、大丈夫ですっ!」
 で、更に顔を近づけるものだから。エリコさん、もの凄いイキオイで後退り。
 う〜ん。御剣さんってば、相変わらず乙女ゴコロの何たるかを分かってないよね。……それはともかく。この学園内にスズランが無いってことは、まみちゃんも手に入れられなかった訳で。これって、ラッキー?
「しかし、ここの学長はスズランをこよなく愛しており、学園内の温室では一年中絶やすことなく栽培されているという話を聞いたのだが……」
 御剣さんの疑問、当たり前だと思う。だって、今日の裁判であれだけ話題になったスズランだもん。無くなったって言われても、手放しで喜ぶにはちょっと抵抗ある。
「ええ。スズランは創立以来、学園のシンボルでした。それは今も変わりません。三ヶ月前まではスズランの温室とその他の花を植えた温室がここに並んで建っていましたし、前学長――赤間 神之助さまは今もスズランを愛しておられる筈です。
 ……ですが、前学長は私たちが夏期休暇に入る直前に病気を患い海外に療養にいらっしゃりました。この学園からスズランを無くしたのは前学長の後を引き継がれたローズマスターの方針です。ローズマスターは夏休みの間にスズランの温室を全て撤去して、代わりにこのバラの温室をお造りになったようなのです」
「ろ、ろぉずますたぁ……?」
 ……何だろ、このアヤしげな響き。
「あの、何者なんですか?その……『ローズマスター』って」
「ああ、失礼しました。私ったら、言葉が足りなくて」
 エリコさんの頬、ぽっと赤くなる。けれど、すぐにしっかりした口調に戻って言った。
「ローズマスターは前学長の赤間 神之助さまのご子息、赤間 桐人(あかま きりひと)さまのことです。
 桐人さまはバラの花をとても愛しておられて、自分のことは『学長』ではなく『ローズマスター』と呼ぶようにおっしゃったので、そのようにしてるんです。
 温室の中も九割方がバラで、後はハーブと園芸部の子たちが栽培している花や枝ものが少し……ですから、スズランはご覧になれません。本当に、申し訳ありません」
「いやいや、エリコさんが謝ることないよ!」
 申し訳なさそうに頭を下げるエリコさんを、あたし、慰める。
「だって、やりたい放題やってるのはそのアヤしげなローズマスターって人なんでしょ?」
「あ、『アヤしげ』だなんて、とんでもない!ローズマスターは素晴らしい方ですっ!」
 と、何故か。それまで恐縮しきりだったエリコさん、真っ赤な顔で猛抗議。
「それに、『やりたい放題』なんかじゃないですっ!」
 あれ……?力付けたつもりなんだけど逆に責められてない?何で?何なの?
「ど、どういうこと……?」
 あたしはたまらず頭の中で、ぐるぐる渦巻く疑問を口にする。
「確かに、今まで学園のシンボルだったスズランが急になくなってしまったのは残念なことでした。けれど、その代わりに、私たちは“自由”を得たんですもの!
 ローズマスターの“改革”を悪く言う生徒は、この学園には誰一人としていません!」
「じゆう?かいかく……?」
 あたしの呟きに、ひゅっ、という鋭い音が混じる。あたしたちに向かって突きつけられたエリコさん右手には、一冊の手帳があった。
「これ、聖ミカエル学園の生徒手帳です。ほら、見て下さいっ!
 前学長のときはこれだけの学則が私たちを縛り付けていたんですよ?!」
 学則……ああ、そういえばまみちゃんが言ってたっけ。聖ミカエル学園の学則はすごく厳しかったって。

⇒To Be Continued...

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