逆転−HERO− (3)
作者: 紫阿   URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html   2009年05月03日(日) 18時49分56秒公開   ID:2spcMHdxeYs
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「おっ、誰かと思たらなるほどートコの嬢ちゃんやないか。裏内事件以来やな、元気か?」
 その、一瞬後。
「…………んー、ちょい待ち。アンタがここにおるっちゅーことは……」
 愛想を振り撒いていたナツミさんの視線がスゥ…と、こちらに流れてくる。

(――ま、マズイ)

 ここへ来て。ようやく私は事の重大さに気付いた。
 ピントの外れた写真と証言で、我々の運命を大きく狂わせかけた自称フリーカメラマン・大沢木ナツミが、よりによって次の“証人”だと?!この展開は、非常に、マズイ。

(悪いユメなら覚めてくれ!)

 ……などと、儚い願いが都合よく叶うはずもなく。私を上から下まで眺めた後、彼女は私が今まで必死で封じ込めてきた禁句(タブー)を口にした。

「あれ、なるほどーかと思たら赤いニィちゃんやないか。なんや、またけったいな格好しくさって。イメチェンにしてはビミョ〜に似合ってへんで」
「赤い……?」
 我々の会話は大方の予想通り、一番聞いて欲しくない相手に聞かれてしまった。
「や、やだなぁ……!ナツミさんってば!『赤いニィちゃん』はあっちだよ、あっち!」
 真宵くんは検察席を指差しながら全力でフォローに入るのだが、余計に不信感を買ったようだ。
「ニィちゃん……?」
 呟いた焔城検事の口元が、僅かに引きつる。だが、どれだけ不信感を抱かれようと、正体を明かす訳にはいかない。かといって、この場から逃げ出す訳ことも出来ない。従って、残された選択肢はひとつ。

(ナツミさ〜ん!空気読んで!お願いっ!)

 焔城検事に見えない位置で手を合わせる真宵くんに倣い、私も決死のアイコンタクトを試みる。

(これにはマリアナ海溝よりも深い理由(ワケ)があるのだ。頼む……!)

 緊張の中。ナツミさんの口が再び言葉を紡ぐまでの時間は、永遠にも感じられた。

「…………はっは〜ん、そゆこと」

 ――それは、獲物を前にした蛇の眼とでも言おうか。

「別にエエけどな〜」

 口元がキュー…っと音を立てて歪み、死神の鎌と同じカーブを描く。

「ウチに空気読ませたら、高・こ・つ・く・で?」

 それらは、私に――私だけに向けられた脅迫(・・)という名の交渉(・・)

「……どうした、証人。何か気になることでもあるのか?」
「いーや、ウチの思い違いやったワ。それより、証言、やろ?さっさと始めへん?ウチも見掛けよりヒマやないし。さんざん待たされて、時間も押し気味よってんな」

 声を掛けられて振り向いた瞬間、それらは私の前から消滅(きえ)た。真夏の夜の夢の如く。得体の知れない不快感だけ置き去りにして。

「え〜、それでは審議に戻ります。証人。まずは“あなたがこれらの写真を撮った時のこと”について、証言して頂きましょう」
 そして、審議は聡明なる裁判長殿の采配によってつつがなく進行する。
 ……しかし、真宵くんに裁判長にナツミさん。いつ誰が口を滑らせてもおかしくないこの状況、針のムシロに座っていた方がまだマシなのだが。
「ウチな、世話になっとる雑誌社から『聖ミカエル学園の学園祭の模様を撮影して来い』って言われてん。一枚目の写真を撮ったんは、温室付近を探索してる時やったかなぁ……。
 あの辺、けったいな彫像やらバラ巻き付けたアーチやらがごちゃごちゃ立ち並んでるんやけど、そのひとつからウチの目の前にふっ、と飛び出してきたメイド服の人影がこの写真の女でなぁ……危うくぶつかるとこやったから、よォ覚えてるワ。
 せやけどそいつ、ぶつかりそうになったことを謝りもせんと、さっさと走って逃げよった。その態度がムカついたモンやから、ウチ、その後姿に向かってシャッターを切ったってん。けど……あの女がまさか、凶器を調達してきた直後の犯人やったとはなァ。偉いスクープやってんな。いや〜、前々から思ってんねんけど、自分、ツイてるワ」
 やれやれ、気楽なものだ。こっちとしてはあなたが出てきた地点で大凶だというのに。
「協力を感謝する。証人」
 全く感情を込めずに焔城検事が言う。
「あまり褒められた行動ではありませんがね」と、溜息まじりの裁判長。
「……とはいえ、よく撮れていますな。これほど完璧に写っていては、弁解のしようもないでしょう。いかがですか、弁護人」
 しかし、写真に対しては職務上、一定の評価を下す。
「せやろ、せやろ!目が高いなァ、タコヤキ頭のおっちゃん」
 ナツミさんは、いつにも増して上機嫌。
「尋問はここに居る人間の権利だ。当然、主張させて頂く」
 あまりにも結論を急ぎすぎる裁判官にニラミを利かせて黙らせた後で、私は再び問題の写真に目を落とした。
「確かによく撮れているな。――完璧(・・)だ」
「…………なんやねん、その奥歯にモノが挟まったような言い方は」
 私の言葉に、ナツミさんの声のトーンが下がる。弁護士の褒め言葉をそのままの意味に受け止めようとはしないあたり、証人として場数を踏んできただけのことはある。
「……ニィちゃん。まさか、ウチの完璧な写真にケチ付けよ思とるんとちゃうやろな?
 やめときやめとき、ヤケドするだけやで。なんちゅーても、カメラマンとしてのウチの腕とこのオニュウのカメラを以って、撮れへんモンはないんやからな!」
 自分の撮った“完璧な”写真によほど自信があるのか、ナツミさんは首から提げていた不自然なくらい巨大な一眼レフカメラを掲げ、高らかに笑った。
 かんぺき、カンペキ、完璧――その言葉を聞く度に私はある種の“違和感”を覚えていた。そう、この写真を撮ったのが他ならぬ“大沢木ナツミ”であると判明した瞬間から。
 ここに映し出された被写体は、はっとするほど鮮明にその姿を晒している。しかし、よくよく考えれみれば、我々は今まで彼女が撮ったムジュンだらけの写真にさんざん苦しめられてきたのではなかったか。彼女が撮ったにもかかわらず、これほどまでに“完璧な”写真に仕上がったのならば、それこそが、最も大きな“ムジュン”なのだ。
「……ニィちゃん。今、心ン中でビミョ〜に失礼なこと考えてへんか?」
「ナツミさん。あなたは先ほど、この人物――“X”が『走って逃げたことに腹を立て、後姿に向かってシャッターを切った』と証言した」
 ナツミさんの戯言は聞かなかったことにして、私は先を急いだ。これが成歩堂ならばツッコミのひとつでもくれてやるのだろうな、と思いながら。
「『逃げる』ということは被写体は当然、あなたから遠ざかって行ったのだろう?しかも『走って』いたのならば、撮影者がその場に留まっていたのではフレームアウトしてしまう。したがって、動くものを映す場合には、撮影者も一緒になって動く必要があるのだ。
 ここには、愛美さんが劇で着用した衣装と“凶器”であるスズランの植わった鉢を携えたXの後姿が頭の天辺から靴の踵まですっぽりと収まっている――ということは、だ。ナツミさん。当然、撮影者であるあなたもXの後ろに付いて“走った”のだろうな?」
「……そら、そーやろ」
 私が取り合わないので彼女はふてくされたような顔になり、ひょいと肩をすくめた。
「しかし、走りながらここまでピントの合った写真が撮れるものだろうか?」
「なんやねん。ウチのカメラマンとしての腕を疑ごうとんかい」
 それは大いに、と言ってやりたいところを堪え、私は一枚目の写真を突きつける。
「そうではない。スカートの裾を見たまえ。この翻り具合、とても『走って』いる状態のものとは思えないだろう?」
 私はそこで言葉を切り、相手の様子を窺った。
「……あ〜、そう言えばそうやったワ」
 しばらくの間、視線を宙に彷徨わせていたナツミさん、何か思い当たる節があったらしく、ぽんっと手を打つ。
「せや。そいつ、最初は走ってへんかった。小走り、いや、早歩きくらいやったかな?とにかく、ウチの前をスタ、スタ、スタ、いう感じで歩いとった。間違いないワ!」
「フム。やはりな」
「……で、それが何やねん。走ったてたか歩いてたかなんて、どうでもええやないかい」
「それが大ありなのだよ。だが、その前に――ナツミさん。あなたは当日もそのカメラをぶら下げていたのだろうか?」
 私は彼女が先ほど自慢げに掲げて見せたカメラを指し示して訊くと、彼女はきゅっと口の端を吊り上げて言った。
「いちいち引っ掛かるやっちゃな。モチのロンやないかい。これはウチのメシのタネ、ニィちゃんがヒラヒラ手放すのとはワケがちゃうねんぞ」
 いちいち引っ掛かるのはこちらも同じだと言いたい。……大体、好きで手放した訳ではないのだ。――それはともかく。これではっきりした、な。
「この人物が、あなたの前を――その大きなカメラをぶら下げたあなたの前をワザワザ歩いて通り過ぎていったことの意味、お分かりではありませんか?」
 レンズ交換式の一眼レフカメラ。今は望遠レンズを取り付けてあるので、余計に大きく見える。
 デジカメが普及し、携帯電話にもカメラが付くようになって久しい今の時代、これほど大きなカメラを持ち歩いている人は写真家か新聞・雑誌のカメラマンくらいのもの。人が大勢集まる中でも、彼女のカメラはよく目立ちそうだった。
「もったいぶって何やねん!はっきり言わんかい、はっきり!」
 人間、不安な時ほど必要以上に虚勢を張ってしまうもの。彼女の場合はその傾向が特に強いことは、今までの付き合いでよく知っていた。

「Xは、写真に撮られたがっていた(・・・・・・・・・・・・)のだよ」

「はぁっ……?!」
「正確に言えば、Xの目的は自分の姿をなるべく多くの人に印象付けることだった。事件発覚後の捜査で『事件が起こる少し前、スズランを持ったメイド衣装の人物が園内をうろついていた』と供述してくれる人間がいれば良かったのだ」
「……どういうこっちゃ?」
 さて、ここから先の話は私の憶測。それをさももっともらしく語らなければならない。
「今回の事件で使われた“凶器”はスズランの毒だ。季節柄、それを手に入れられる場所は限られている。つまり、事件が起こる直前にスズランを手にしていた人物がいれば、捜査機関の疑いがそちらへ向くのは必定。
 この事件の真犯人――それがここに写っているXか、別の人物なのかは今のところ分からないが――とにかくその人物は、愛美さんが温室からスズランを採ってきたように見せるため、愛美さんと同じ舞台衣装を身に付け、凶器のスズランをぶら下げて、学園内をうろついていた。
 しかし、その日は学園祭だ。似たような格好の売り子が大勢いて、衣装の印象が薄まるおそれがあった。Xとしては、自分の姿が誰かの記憶に残らなければ意味がない。そこでX は、“目撃者”ではなく、確実な“物証”を残すことにしたのだ」
「ブッショウ……?」
「人間はウソを吐く。ウソは吐かずとも、思い違いやカン違いをする。目撃証言というものがいかに信用できないか、この法廷で我々はさんざん思い知らされてきた」
「いやはや、まったくです」
 裁判長が感慨深げに頷く。彼の頭の中では、今までの思い出が走馬灯のように駆け巡っているのかもしれない。
「しかし、写真はウソを吐かない。その日、その時、その瞬間の真実をありのまま映し、我々に見せてくれる。――そうでしょう、ナツミさん」
「……あァ、そうや。エエこと言うやないか、ニィちゃん」
「自分の姿が“写真”という形で残れば、これは信憑性のある“物証”に他ならない。だから、Xはあなたを……と言うより、その目立ちすぎるカメラを選んだ。ここまで言えばもうお分かりだろう。自分の姿を“記憶”ではなく“記録”に残すために、Xはあなたを利用したのだ。
 無論、あなたが自分に向かってシャッターを切ってくれるとは限らない。だから、これは“賭け”だった。そしてXは、その“賭け”に勝った。 
 あなたは犯人の目論見にまんまと引っ掛かり、証人として法廷に現れた。絶妙のタイミングと構図とピントで撮った“完璧”な写真を携えて」
「なっ、なんやてェ〜?!」
 ナツミさんが大仰にのけぞる。裁判長も衝撃を受けたようで、目を白黒させていた。だが、焔城検事だけは表情を動かすことなく我々のやり取りを眺めている。反撃に転じるのは全ての主張が出尽くしてから、ということか……?
「せやけど、ウチは撮ったんや。このカメラで、被告人席に座っとる嬢ちゃんの――」
「――()、を?」
 私が後を引き継いで言うと、ナツミさんの肩が雷にでも打たれたように、びくんとはねた。どうやら、彼女も気付いたらしい。
 自分が肝心な証言をしていなかったことに。いや、この様子だと自信がないからあえて避けてたとも取れるが……どちらにしても、ここは追い詰めどころだ。私は証人席をぐっと睨み付けて言った。

⇒To Be Continued...

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