逆転−HERO− (3)
作者: 紫阿   URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html   2009年05月03日(日) 18時49分56秒公開   ID:2spcMHdxeYs
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「この際ですから、はっきりさせましょう。証人、あなたは一枚目の写真を撮った時、“X”たる人物の“顔”を見たのですか?」
「か、かおは……」
 すると、案の定。彼女はバツの悪そうな顔になり、赤頭をわしわしとかきむしる。

「…………見てへん。ウチが見たんは、そこに写っとる通りの後姿だけや」

「ええっ?!顔は見ていないのですか?」

 木槌を叩くのも忘れて身を乗り出す裁判長に、ナツミさんはあっけらかんとして応える。
「せやせや、思い出したワ。そいつ、ウチがシャッター切った途端、走り出しよってな。せやからウチ、その後を追跡していってん。ホレ、逃げたら追っかけとぉなるのがカメラマンのサガやん?
 でな、甘ったる〜いニオイの充満しとる何とかガーデンっちゅーところまで来たときや。あの辺、模擬店がぎょーさん立ち並んどったやろ……いや、ウチにしてみたらああいうのを模擬店とは言わへんな。たこ焼きとお好み焼きの模擬店がない学祭は学祭に非ず!ソースとソースとソースの匂いが満ち溢れてこそ真の学祭や!」
「それ、あたしも同感〜!“祭”と名のつく行事に、ソースとあんこは欠かせないよね!」

「お?話せるなァ、さすがはナルホドーんトコの嬢ちゃんや」
「A garden of angelまで追って行って、それからどうしたのだろうか。証人」
 真宵くんまで加わって話が脱線しそうになったので、私は急ぎ修正する。
「あ〜、スマン。これだけはどうしても主張しときたかったんや。えーと、何やったかな……せやせや。その何とかガーデンな、とにかく人ごみがすごかってん。
 でな、ウチ、そいつ見失ってしもぉてん。それでしばらく探し歩いて、ようやく見付けたのが二枚目の写真の場所やねん」
「お分かりだろうか、裁判長」
 ナツミさんの証言が終わるのを見計らい、私はおもむろに口を開く。
「証人は一枚目の写真を撮ってから二枚目の写真を撮るまでに、一度、愛美さんを見失っている。つまり、この二枚の写真には全く連続性がないのだ。
 しかも一枚目の写真を撮った時、被写体の顔は見ていない。それならば、この後姿の人物が愛美さんだった、とは必ずしも言い切れなくなる。
 無論、弁護側はこの人物が愛美さんでないこと――即ち、愛美さんより前にスズラン毒を用意した人物の存在を主張する!」
 周りの空気はすっかり変わっていて、愛美さんに対する疑惑の視線もいくらか薄らいでいるように感じられた。
「……ど、どうなのですか、焔城検事!」
 やや、間があり。裁判長が、今しがた夢から覚めたような顔で検察席に呼びかける。
「フン、どうもこうもないさ。弁護士の主張は単なる思い込みであって論ずるに値しない」
 答えは裁判官にでなく、直接私に返ってきた。痛烈な皮肉と侮蔑のこもった言葉が、妙に記憶を刺激する。それも、極めて近い記憶を……。
「キサマは先ほど被告人が被害者を恨む動機につき、私の話を単なる推論だとほざいたな?」
 伏せていた顔をゆっくりと上げて、焔城検事が私を見据える。
「そして、『推論は証拠によって裏打ちされるものだ』とも。ならば今――その言葉をそっくりそのままキサマに返してやる」
 その眼が、燃え盛る炎を前にしたときのようにひときわ紅く閃いて、
「キサマはキサマの熱弁を裏付ける客観的な証拠を、何ひとつとして示していないんだッ!」
 真っ直ぐ伸ばした人差し指と共に、弁護人席へ突き刺さる。
「うム……」
 ほんの数十分前、自分が彼に向けて放った言葉。……成る程、記憶に残っている筈だ。
 ――しかし、不覚。彼の指摘は全く正しい。いくら一枚目の写真の人物を愛美さんでないと主張してもそれを裏付ける証拠や示すべき新しい証拠品は、何ひとつ、無いのだから。

「どうした、弁護士。キサマの力はこの程度か?それでも“弱きを助け強きを挫く正義の味方”か?!あはははは!笑止千万ッ!!」

 鳴り止まぬ嘲笑に晒されながら、私はこの危機的状況から脱却すべく考えを巡らせた。
 新しい証拠が無いなら、やはり一枚目の写真から答えを見出さなくてはならない。ここに写っている人物が、愛美さんでないと証明できれば……。

「写真の人物に“ムジュン”があるのならば、指摘してもらおうか!」

 写真に見入っている私に気付き、焔城検事は更に声を張り上げる。

(――“ムジュン”か)

 後姿は諸刃の剣。顔が見えないから、その人で“ない”とも“ある”とも言える。顔以外の特定要素としては、服装、髪型、体型等……しかし、それら全てがどっちつかずの写真から得られる情報はあまりにも少なく、私の眼では見極められなかった。

「……さん。御剣さん」

 一人で考え込んでいたからか、私は横から袖を引かれたことにも気付かないでいたらしい。我に返って隣を見ると、真宵くんが難しい顔で問題の写真を覗き込んでいた。

「この写真、なんか気になるんだよね。あのね、まみちゃんのシーンはくっきりはっきり覚えてるんだけどさ……見て、ここんトコロ。……ね、どうしたんだと思う?」
「?!」
 彼女が写真の一点を指差しながら耳元で囁いたことが、私の眼を開かせる。
「確か“バルーンスカート”って言うんだよ。あたしも持ってるよ。冥さんがくれたんだ」
 何を悩んでいたのだろう。私は、独りで闘っているのではない。それは、検事をやっているときには決して得られない感覚。

「――真宵くん」
「何?改まって……」

 百万の軍勢にも匹敵する頼もしい味方の顔を真っ直ぐ見つめ、私は言った。

「キミがパートナーで良かった」
「…………改まりすぎだよ、御剣さん。照れちゃうじゃん。……ウレシーけどね」

 真宵くんはくすぐったそうに笑っていたが、その表情がふっと曇る。

「あ、でも……あたしが覚えてるってだけじゃ、証拠にならないよね?それこそ、形に残ってないと。
 二枚目の写真、どうだろ……あ、ダメだ。まみちゃん、しゃがんでるから分かんない。う〜ん、困ったな。劇場内は撮影禁止だったから、写真は撮ってないし……最初に会った時のじゃダメなんだよねぇ。あああ、最初に会った時から衣装を着ててくれればなぁ……」
「いや、その事実さえあれば十分だ。証拠なら、あちらに出させればいいのだからな」

 私は写真や自分の携帯電話を手に悲観に暮れる真宵くんを元気付け、顔を上げる。と。そこに、焔城検事の冷ややかな視線があった。

「ムジュンは見付かったのか、弁護士」

 彼は余裕綽々、冷笑を浮かべている。

「よかろう。だが、その前に――」

 私は答え、思いっ切り空気を吸い込んで叫んだ。

「北斗ぉっ!!!夜羽愛美が劇中で着ていた衣装、さっさと持って来たまえっ!!!」


…………どたどたどたとたどた、ばんっ!


「は、はいっす!!!たたた、ただいまお持ちするっす〜!!!」


 ドアの向こうで悲痛な絶叫が響いたかと思いきや、慌しい足音と共にメイドの舞台衣装を持った北斗刑事が駆け込んで来た。

「……って、あれ?」

 北斗刑事は焔城検事に衣装を差し出したが、相手が無反応なので面食らっている様子。

「こっちだ、こっち」

 仕方なく手招きしてやると、彼は狐につままれたような顔で衣装を突き出した。
「わぁ。便利な召喚術!あたしもいつかやってみよっと!」
「ほどほどにしたまえよ。彼も生身の人間なのだから」
 何か企んでいるらしい真宵くんを軽くたしなめ、北斗刑事から受け取った衣装を皆に見えるよう広げて翳す。
「さて、みなさん。この衣装と一枚目の写真をよく見比べて頂きたい。そう、丁度――」
 私が隣に目配せすると、優秀なパートナーは全て心得たように頷き、衣装と写真の“ある部分”を指し示した。
「ここ、スカートの“裾”の部分です」
 皆の視線が十分集まったところを見計らい、私は言った。
「ほぉ。スカートのスソ、ですか?どれどれ……ああっ、これは?!」
「――何ッ?!」
 その一瞬後。水を打ったような静けさを破り、裁判長と焔城検事の声が重なる。どうやら二人は気付いたようだ。私は衣装を机の上に置き、口を開く。
「ご覧のように、愛美さんが着ていた衣装のスカートは裾の部分が絞ってあったのだ。こういう形状のスカートを“バルーンスカート”と言うらしい。熱気球をひっくり返した形に良く似ているだろう? 
 とにかく、一枚目の写真ではスカートの裾は開いている。もっともスタンダードなスカートの型のようだな」
「……だ、だからどうしたッ!」
 と、突っかかってくる焔城検事に先程までの余裕はなかった。
「フ、あなたは既にお解りなのではないかな?」私は皮肉たっぷりに、
「少なくともここに写っている人物が愛美さんである可能性は限りなくゼロに近くなったということだ。少なくとも私はここに写っている人物に、再調査の必要性を感じるがね」
「異議ありッ! スカートなど、はきかえればいいだけの話だ!」
「異議あり! ほう、はきかえる。何のためにそんなことを?」
「そ、それは……!」
「愛美さんが『スカートをはきかえた』と言うのなら、その理由と証拠を示して頂こう」
「くっ……!し、しかし!被告人は自らスズランを採りに行くことを申し出ているんだ。その証拠に衣装のポケットには温室の鍵が入っていた!スズランを採って来る事が出来たのは夜羽愛美だけ――従って、ここに写っているのは夜羽愛美だッ!」
「異議あり! スズランを採りに出て行ったのは愛美さんの意思によるものだが、それは劇の脚本に対して強い想い入れがあったからだ。そうでなくても犯人は愛美さんを外に出す算段を整えていたに違いない。
 それは、愛美さんに非通知で電話が掛かってきたことでも分かる。彼女は確かに温室の鍵を借り、それを持っていた。しかし、愛美さんより前に鍵を借りれば、温室に入ることもスズランを採ってくることも可能だ」
「そんなことをする人間は――」
「いない、と?断言できるのか?ちゃんと調べたのか?『夜羽愛美より前に温室の鍵を借りていった人物はいなかった』と、検察側は自信を持って断言できるのか!」
「……ッ!」
「大体、スズランを植木鉢で持ってくること自体が不自然ではないか?
 劇は既に始まっていたのだ。一刻も早く持って帰らなければならない時に、植木鉢に植え替えるなど悠長なことはしていられまい。
 スズランを植木鉢に植え替える理由はひとつしかない。花は土から離してしまえばしおれるが、土に根を下ろしている間は瑞々しさが保たれる。愛美さんより前にスズランを手に入れた人物は、それが愛美さんの手に渡るまで鮮度を保っておく必要があった。いくらスズランが手に入っても、しおれているものは使えないからな」
「しかし、被告人にはスズラン毒の知識が……」
 焔城検事はなおも食い下がるが、流れが変わった今となっては恐れるに足らず。
「あなたは三年前の事件も愛美さんを犯人だと思っているのだろう?では聞くが、その時愛美さんはスズラン毒の知識を何処で仕入れたと思う?」
「それは……本でも調べたのだろう」
「フ。同じことは他の人間にも言えるのではないか?かしこまって本を開かなくとも、インターネットがこれだけ普及している時代――その気になればクリックひとつで誰でもどんな情報でも引き出せる。
 無論、毒物の知識もだ。愛美さんだけが特別、という訳ではなかろう」

「……いんたぁ、ね、っと……? くりっく……?!」 

 焔城検事がフリーズした隙に、私は正面へ向き直る。これが本日、最後の一手だ。

「裁判長!弁護側は愛美さんに扮し、スズランを採って来た人物の正体と目的を明らかにすべきだと考える。結論を出すのそれからでも遅くないだろう?」
「ふ〜む。確かに気になりますな。……分かりました。検察側はこの人物のことをもっと詳しく調べて下さい。被告人であるというならその証拠を、被告人でないならば一体これは誰で、どういう目的があってこういうことをしたのかを。よろしいですね、焔城検事」
「いや、しかしッ……!」
「では、そういうことで。本日はこれにて――閉廷!」


カン!


 裁判長は抗議の声を封じ込めるように木槌を振り下ろし、そそくさと退廷。

「おのれえッ!この私が弁護士などにしてやられるとは、なんと言う屈辱ッ!!!」

 取り残された焔城検事はしばし呆然自失の(てい)だったが、はたと我に返って狂おしく机を叩くのだった。

 ともかく、愛美さんより前にスズランを入手した人物の存在を明らかにする、という当初の目的は達成できた。後は……そうだな、祈るとしよう。


ガンガンガンガンッ!!!


 ――この法廷が終わる前に、検察側の机が壊れてしまわないことを。



<人物ファイル2>
・焔城 翔【えんじょう かける】(28):今回の公判を担当する検事。検事に就任したのは二年前。ずっと地方勤務をしており、最近、移動して来たらしい。

⇒To Be Continued...

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