逆転−HERO− (3) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年05月03日(日) 18時49分56秒公開
ID:2spcMHdxeYs
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「――ワインレッドの夕暮れに、愛は突然にやってきて、心のドアをノックして、そしてハートに火をつける。夢見た騎士はまぶしくて、運命の予感がしたの。 あなたは私にささやくわ。やさしく、そして、甘く。ええ、行きましょう、わたしのプリンス!二人で、愛を見つける鍵を探しに――!」 控え室の中は、妄想の花吹雪に埋め尽くされていた。花吹雪の中心は、私たちが入って来たことにも気付かず自己陶酔モードで一人芝居を遂行する愛美さん。 ……しかし、これほど感情表現が豊かなら、それこそメイド役でなく、もっと台詞も出番も多い役を与えられていそうなものを。 法廷ではかなりのダメージを受けていたようだが、今はすっかり昨日の愛美さんに戻っている。……喜ぶべきことなのだろうが、このモードの彼女はどうも苦手だ。……だが、私たちの時間は限られている。今は選り好みをしている状況ではない。 さて。まずは、悦に入っている彼女を“こちら側の世界”に引き戻さなければ。 「――なのに、嗚呼!なんということでしょう?!時の向こうに埋もれたささやかな背徳が二人の愛を引き裂いて、あなたは右に、わたしは左に……こんな悲劇ってあるかしら?! 愛は迷路、歪んだ迷路――お願い、プリンス!わたしを見失わないで!……だけど、ううん。分かってる。わたしは罪深き乙女。愛される資格なんてない。でも……分かって!これは愛のあやまち、愛ゆえの罪、なのっ……!」 ……とはいえ。あの空間に踏み込むのは殺人現場に踏み込むより抵抗が、ある。 「よかったぁ〜。法廷ではあんなだっだけど、いつものまみちゃんに戻ってるよ」 私の後ろで真宵くんが、ほっと安堵の溜息を洩らす。こちらは心の底から彼女の復帰を喜んでいるようだった。 うム。この場はやはり、彼女の勝手を知っている真宵くんの力を借りよう。……押し付けている訳ではないぞ。断じて。 「真宵くん。彼女に訊きたいことがあるのだが、その……便宜を図って頂けるだろうか」 「え〜っと、うん。わかった。人のいるトコではあまりやらないんだけどね」 真宵くんは腕まくりをしながら愛美さんの背後に忍び寄ると、わき腹めがけて―― 「へあっ!」 目にも留まらぬ早業で、ヒメサマンに匹敵する強烈なチョップを食らわせた……のはいいのだが――何だ、今の、マダガスカル辺りに生息する珍獣が発しそうな奇妙な声は。 「はい、いっちょ上がりっ、と。えへへ。まみちゃん、昔っから“わき腹”、弱いんだよ」 と、真宵くんは手のひらを叩きながら微笑し、正気に返った愛美さんの耳元で囁いた。 「まみちゃん、み……じゃなくて、ナルホドクンが訊きたいことあるってさ」 「…………え?まよちゃん?……なるほど、くん?」 と。真宵くんの勧めに応じてのろっと振り向いた愛美さん、その顔が、みるみる紅潮していく。気のせいだろうか。室内温度が二、三度上がったような……。 「きゃあぁあぁぁっ……!わ、わ、わ、わたしの愛しい王子様っ!み、み、み、密会なんていけないわ!だって、だってだってわたしたちっ、仕組まれた出逢いなんだもの! 成歩堂さんはまよちゃんの愛しい人……わたしなんかが入り込む隙もない硬く熱〜い絆で結ばれているんですもの!だけど、嗚呼!ダメよ、ダメダメ!そんな熱い眼差しで見つめたって、王子様はお断り!……それなのに、なんて残酷な誘惑をするの! やめて許して止めないで!誰かこの胸の嵐を抑えてっ!ガラス細工の恋心が今にも砕けてしまいそうよ!嗚呼、神様っ!この哀れな子羊に、どうか愛のマナーを教え――」 「………………真宵くん。頼む」 「おっけ〜」 「へぉぇをひぇぃあっ……!!」 「……さて、愛美さん。訊きたいことは山ほどあるが、時間もないので簡潔にいきたい」 先程より一際大きな『へあっ!』(……しかし、廊下にまで届きそうなこの奇声は何とかならないものか。あらぬ誤解を受けそうだ)が部屋一杯に木霊し、ようやく軌道が修正されたところで、私は愛美さんを問い質す。 「いいわ、心にささやいて……」 先ほど焔城検事が提出した二枚の写真を彼女の前に示すと、その恍惚とした表情がふっ、と曇った。 「まず最初は、この写真です。特にこちら、スズランの鉢の前であなたがハサミを構えている写真。ここに映っているのはどうやらあなたに間違いないようだが……」 「……はい。間違いない、です」 私の言葉が全て終わらぬうちに、彼女はこくりと 「それで、何処です?この場所は?」 「ええと、劇場ホールの非常口の前です」 「それって、あたしたちが初めて北斗刑事と会ったところだよね。ホラ、黄色いテープで仕切られてたドアの前の……」 真宵くんの言葉に私も頷く。そこは、まだ記憶に新しい場所だった。 「ええ。そこにスズランの鉢が 愛美さんの言葉に、私は軽い違和感を覚える。『あった』……?まるで他人事のような口振りではないか。 「愛美さん、ひとつ確認する。このスズランの鉢だが、あなたが持ってきたものだろうか?」 違和感の正体はすぐに判明した。次の瞬間、愛美さんがぽつりと零した呟きによって。 「いいえ。だって、わたし……結局、スズラン採って来なかったし」 「何?!」 「……ど、どういうこと?まみちゃん、温室へ行ったんでしょ?温室の鍵、持ってさ」 真宵くんが詰め寄ると、愛美さんはちょっと遠くを見つめるようにして、答えた。 「ん〜……温室の鍵はね、確かに借りに行ったのよ。でもね、温室には行かなかったの。行く必要、なくなったから」 「と、いうと?」 「電話が掛かってきたんです。用務員のオバサマから鍵を借りた直後に。『スズラン見付かりました。劇場ホールの非常口のところに置いてあります。すぐに戻って用意をして下さい』って。――わたしが戻ると、そこには本当に鉢植えのスズランが置いてあったの」 (どういうことだ?彼女の話が本当だとすれば……) 私はもう一枚の写真を取り出し、彼女に示す。 「……すると、ここに写っている後ろ向きの人物はあなたではない?」 「ええ、おそらく」 彼女の返答を聞いて、私はしばし考え込む。 焔城検事は愛美さん一人がスズランを採りに行き、その毒を抽出し、犯行に使用したと思っている。しかし、実際スズランを採って来たのが愛美さんでないとすれば、話は変わってくる。 愛美さんより先にスズランに触れた“誰か”――即ち、この後ろ向きの人物を特定することが出来れば、少なくとも、彼女一人が疑われることはなくなるだろう。 「その非常口前にあったスズランは、誰が用意したのだろうか?」 「……分かりません。誰が何処から持ってきたのかわたしも気になったんですけど、出番も迫っていたし、深くは考えなかったから」 「では、電話の声は?あなたの知っている声でしたか?」 「う〜ん……くぐもっていてはっきりしないんです。男だったか、女だったかも」 私が質問するごと、申し訳なさそうに顔を伏せる愛美さん。 (……ム、今しがた判明したばかりの事実から即答えを求めるのはさすがに難しいか) 仕方あるまい。気になることは他にもあったので、質問を変える。 「愛美さん。先ほど『電話が掛かってきた』と言いましたが、あなたは移動中だったのだろう?その『電話』は、一体何処の電話ですか?」 「ああ、それはわたしの“携帯電話”です。ポケットに入っていた――」 フム。写真の人物はスズランを非常口まで運んだ後で愛美さんの携帯に電話を掛けて呼び戻した……愛美さんの携帯電話番号を知っていた、ということになる。 「電話が掛かってきた正確な時間を覚えているだろうか?」 「わたしの出番が午前11時を過ぎる辺りだから、その30分前くらいかな?……あ。そうだ。正確な時間なら、携帯電話の“着信履歴”を見れば分かると思います」 「成る程、着信履歴か。それで、あなたの携帯電話は今何処にあるのだろうか」 「ええと…………ゴメンなさい。捕まったとき、警察の方に没収されたんでした」 ム。……ま、普通はそうか。私としたことが、少々焦りすぎたようだ。 「分かりました。携帯電話は相手に提示を求めるとしよう。――さて、次です」 私は口調を改め、愛美さんに向き直る。言わば、ここがもっとも肝心なところなのだ。 「三年前の事件についてお伺いしたい」 「!」 「時間がないので事件の詳細は省く。私が訊きたいことはひとつ、です。 愛美さん。あなたは三年前の事件の“犯人”に、心当たりがあるのでしょう?」 噛んで含めるように言うと、反応はすぐに現れた。 数本の鎖と赤い錠前。心の闇を覆い隠す“さいころ錠”という形で。 彼女の前にこれを見るのは二度目だ。ただし、焔城検事によって暴かれた事実の分、数が三つからひとつに減っている。 けれども、最後に残った錠前こそが彼女の心にもっとも深く根付いている“闇”なのだ。 「み……ナルホドクン、そんなこと、どうして分かるの?」 さいころ錠の存在を知らない真宵くんが、私と愛美さんの顔を交互に窺いながら訊く。 「あなた、昨日留置所で別れ際にこうぼやきましたね?『わたしは昔から運が悪い』と。 妙に引っ掛かっていたのだ。あなたの『運が悪い』は、後に続く言葉の存在を窺わせるニュアンスを含んでいた。 例えば――『わたしは昔から運が悪いんです。厄介ごとに巻き込まれたり』あるいは『見てはいけないものを見てしまったり』もしくは『知りたくもないことを知ってしまったり』――のようなことを。いかがだろうか、愛美さん」 「……わたしの心はあなたの前では無抵抗。それもまた、愛。……でも、どうして?」 「言葉で言い表すことが出来る想いというのは、氷山の一角です。海面の下、外から見えない部分にはその何倍も大きい氷塊が沈んでいる。例えばそう、豪華客船を沈没させるほどの巨大な塊が。人の心もそれと同じ。外から見えない部分にこそ本質があるのです。 その人を傷付けるのが嫌で、あるいは自分が傷つくのが嫌で、あえて触れないという選択肢もあるだろう。……私も以前はそうだった。だが、ある人物に気付かされたのだ。 時にはその氷塊から逃げることなく、真正面からぶつかっていくことも必要なのだと」 例えば今、私がポケットの中で握り締めている石は、その証。 「…………いやいや。ダメでしょ、それ。沈んじゃうじゃん、船」 「…………た、例えばの話と受け取って頂きたい」 しかも“毎回氷山に激突して沈みかける船”というのはキミにもっとも近しい男なのだよ、真宵くん。 「とにかく、愛美さん。あなたが三年前の事件の犯人と思い描く人物――それは“柚田伊須香”ではないですか」 「?!」 「えええっ?!どうしてそんなことまで?み、ナルホドサン……実は、エスパー?!」 愛美さんは言葉を失い、真宵くんはオーバーに仰天する。……しかし、いつ彼女の口から大音量の『御剣さん』が飛び出すかと思うと、気が気でない。 「焔城検事がいろいろ喋ってくれたのでな、話を組み立てるのは用意だった」 「どういうこと?」 彼女への釘は後で刺しておくとして、今は話を先に進める。 「三年前、聖ミカエル学園の学園祭において、ジュリエット役は『真多井流花』という生徒がやる予定になっていたが毒に倒れたため、急遽“代役”が立てられた」 「だいやく……」 「思い出してみたまえ、真宵くん。昨日は柚田伊須香にアクシデントがあり、途中から代役に変わった。その人物の演技をキミはどう思った?」 「う〜ん……代役の子には悪いけど、あまり上手じゃなかった、かな」 「そう。彼女の演技ではお世辞にも代役の務めを果たしたとは言い難い。だが“代役”は役者にもしものことがあった時に代わりにその役を演じる者。 したがって、舞台に立つ者よりも高度な演技力・記憶力はもちろん、あるいは予期せぬ事態に耐え得る度胸や臨機応変性といったものまで求められることになる。 役者、特に主役級の者が何らかの事情で舞台に立てなくなったとき、観客を満足させることが出来るか否かは代役の技術に掛かっているのだ」 「ふ〜ん……」 「焔城検事の話では、劇は『滞りなく行われた』という。――ところで、真宵くん。柚田伊須香は三年前の学園祭で同じくジュリエットを演っていて、それを観に来ていた『劇団エデン』の座長さんからスカウトされたのだったな?」 「うん、そうだけど……あ!」 ⇒To Be Continued... |
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