逆転−HERO− (2) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年05月02日(土) 20時22分15秒公開
ID:2spcMHdxeYs
|
|
しかし……この場所に居るとストレスは溜まる一方だな。胃に穴が開く前に、さっさとカタを付けてしまいたい。 「では、北斗刑事。“瓶に付いていた指紋について”、詳しい証言をお願いします」 「はいっ!ええと……被告人の指紋は瓶の中央辺り、被害者の指紋と重なるようにして残ってたっす!そりゃーもう、はっきりくっきり、間違いなく残ってたっす!」 「ほう。はっきりくっきり、ですか」 汚名返上とばかりに力説する北斗刑事に、これまた安易な乗っかり方をする裁判長。私は元より、彼に多くを期待してはいない。 とはいえ、最終的な結論が彼の手に委ねられていることを考えると、黙っている訳にはいかなかった。 『被害者の指紋と重なるようにして』か。――フ、少し面白い尋問を思い付いたぞ。 「しからば、刑事。愛美さんと柚田伊須香のうち、 「それは……確か、被告人の指紋っす!」 「異議ありッ! 今のはアキラカなる誘導尋問だッ!」 私の尋問の意図に気付いて応戦してくる者、一名。 「え?ゆ、誘導……?」 「北斗!オマエはオマエで易々と引っ掛かりすぎだ!バカモノぉッ!!」 「え?え?!おれ、また何かマズイこと言っちゃったっすか?!」 怒鳴られた理由を探してうろたえる者、一名。 「おー!ゆうどうじんもん!何だか裁判っぽいの出たよ!……で、ソレって何ナニ?」 毎度のことながらその場の雰囲気で乗っかってくる者、一名。 「何ですと?誘導尋問?!異議を認めます!」 そして、案の定。『誘導尋問』という如何わしげな響きに翻弄されるがままの者、一名。 「……で、どういうことなのですか?焔城検事」 「そそそ、そうっすよ!おれ、別にヘンなこと言ってないと思うっすけど……」 相変わらずの裁判長は捨て置くとして。焔城検事の手前、必死で自己弁護する北斗刑事の気持ちは分からないでもないが、こちらはこちらの都合で進めさせて頂く。 「黙れ、痴れ者!『誘導尋問』とは、尋問者が尋問の際、自分に都合の良い供述を引き出すための常套手段ッ!キサマのような単純バカにこそ、絶大な効果を発揮するんだ!」 「え……?え?!――な、何でっすか?!おれは良心に従って真実を述べただけっす! 瓶から検出された“二つ”の指紋のうち下に付いていたのは、間違いなく被告人・夜羽愛美の指紋だったンすよ!!!」 「!」 「異議あり!」 北斗刑事が自信満々で言い放った言葉に絶句する焔城検事の隙をつき、私は今度こそ腹の底から“その言葉”を叫んだ。 「……?あの、えと?」 彼のキサマの最大の過ちは、選択肢が私の示した“二つ”しかないと思い込み、その中から“答え”を選んでしまったこと。他の選択肢の存在にまで、考えが及ばなかったこと。 「よいかな、北斗刑事。事件の日、観客としてあの場に居た私の記憶では、劇中で問題の瓶に触れた人物は“二人”なのだよ。一人は無論、ジュリエット役の柚田伊須香。そしてもう一人は、ジュリエットに毒薬――正確には仮死状態になる薬を処方した神父役の男。 おかしいと思わないか?愛美さんは劇中で瓶に触れてはいないのだから、過って、あるいは意図的にでも触れたとすれば、そのタイミングは劇が始まる前になる。だとすれば、指紋は“愛美さん→神父役の男性→柚田伊須香”の順で付いた筈。 ところが、検出された指紋はキミの証言通り『被害者と被告人の二人分』だった。――これは何を意味するのか。答えは極めて簡単だ。 瓶は愛美さんを犯人に仕立てあげたい“何者か”の手により、すりかえられたのだ!」 「ええっ?!」 「ど、どういうことですか?!弁護人!」 裁判長と北斗刑事をこちらの領域に引き込むのは至って簡単。問題は反論のタイミングを計っているのか、沈黙を守っている焔城検事の方だろう。私は間を置かずに続けた。 「その“何者か”は、予め芝居で使う瓶Aとは別に愛美さんの指紋を付けた瓶Bを用意しておいた。毒物を仕込んでおいたのは瓶Aの方だが、瓶Bにも毒成分が検出される細工をしておく。これで準備は完了だ。 そして、その人物は、事件発覚後のどさくさに紛れて柚田伊須香に近付き、介抱するフリをしながら現場に転がっている瓶Aと用意した瓶Bをすりかえた。こうすれば、事件現場に愛美さんの指紋が付いた瓶Bを確実に残せる訳だ。 さて。毒物が検出された容器から指紋が二つ検出され、その一方が被害者のものならば、もう一方は毒を入れた者の指紋であると判断される可能性は極めて高い。それが、容器に付着していては不自然な人物のものならば尚更、だ。実際、そう考えたからこそ警察は愛美さんに疑いの目を向け、身柄を拘束したのだろう?」 「うっ……!」 「な、なるほど……」 「フ。指紋ひとつ発見したくらいで犯人扱いなど、見切り発車もいいところだな。北斗刑事」 「ううっ、返す言葉もないっす……」 「異議ありッ!」 自責の念に駆られてしおしおとうな垂れる北斗刑事への更なる追い討ちは、私の向かいから発せられた。 「墓穴を掘りおって、この痴れ者ッ!まったく、今に始まったことではないがオマエのウツケ振りは何をかいわんや――だが、安心しろ。そこの男はオマエよりもはるかに愚かだ」 焔城検事の人差し指は、既に私を標的として捉えている。 「瓶から被害者と被告人の指紋だけしか検出されなかったという事実だけで、よくもそこまで陳腐な想像が働くものだな、弁護士ッ!そんな屁理屈で言い負かせるのは、移り気で浮気な裁判官までと心得よ!」 「……え〜、ただ今よからぬ発言が飛び出したような気がしたのですが」 「キジも鳴かずば撃たれまい、だ。裁判官」 「…………は。承知しました。続きをどうぞ」 裁判長の発言権を笑みの中に封じて、焔城検事は悠然たる態度で先を続ける。 「そもそも、それで神父役の男性の指紋が付いていなかったと何故言い切れる?」 いつの間に用意したのか、クリップで綴じた書類の束を弄びながら。 「キサマの目はよほど節穴だったのだな、弁護士。犯行に使われた瓶の底から2.5cmまで、切り込み細工が施されているだろう。起伏が激しいこの部分を持ったのであれば、ガラスといえどもはっきりした指紋は残らないだろうし、部分的に残ったとしても衣装の袖などで擦れて消えてしまう可能性は極めて高い。 ついでに、良いことを教えてやろう。科捜研からの報告書には『瓶の栓には神父役の男性と柚田伊須香の指紋が付着している』とある。つまり、この瓶は最初から最後まで舞台上にあったということだッ!」 「異議あり! 愛美さんの指紋はどうした?本体には残っている指紋が栓に付いていなかったのならば、余計に不自然ではないか!」 「異議ありッ! それはどうかな。付けないようにしたか、後で拭き取れば問題ないッ!」 「異議あり! 指紋が付くことに注意を払うなら、栓よりはむしろ瓶本体だろう?!」 「異議ありッ! それは……何かの拍子に消えたという可能性もあるッ!」 指紋の件に関して、私は自分の考えを改めるつもりはなかったが、それは敵も同じ。再び口を開きかけたその時。 「静粛に!静粛に!」 カンカンカンッ! 堂々巡りになりかけた議論を、けたたましい木槌の音が遮った。 「ふーむ、このままではラチが明きませんなぁ……。しかし、弁護側の主張するように指紋だけでは確実性に欠けるような気がします。検察側は、夜羽愛美を犯人だと断定した他の根拠を述べて頂けますか?」 「……フン。いいだろう」 裁判長の申し出に、焔城検事はあっさり応じた。無論、私も異存はない。 あのまま指紋の存否について応酬を続けていても、水掛け論になることは目に見えている。それならば、先に進んだ方が賢明だろう。 「北斗!今度は醜態をさらすでないぞ」 「はいっ!」 息を吹き返して満面の笑顔で敬礼する青年。――この打たれ強さ、若さゆえの特権か。 「問題は、瓶の中に少量残っていた毒の成分っす!科捜研で分析したところ、それはなんとっ!」 「――な、何だったのですかっ?!」 「な、何なのっ……?!」 そして、何故か。その妙な気迫は場の空気を意味もなく盛り上げるのだった。 裁判長はぐぐっと身を乗り出し、真宵くんも期待と好奇心に満ち溢れた眼差しを証言台に向けて北斗刑事の次の言葉を待っている。 「……」 音を発する者は、誰も、いない。さっきまでの雑然とした雰囲気がウソのようだ。この緊張感こそ裁判の在るべき姿、なのだが……いささか溜め過ぎではないか? 「……こらっ!証人!何故そこでダマるのですか!ここまで盛り上げておいて、言語道断ですぞ!」 「……!」 ふと見れば、北斗刑事。証言台に指で“の”の字を書き始めたり、ほけっと空を仰いだり。最初のイキオイは何処へやら、どうも様子がおかしい。そして、挙句の果てには―― 「…………こ、こ、こ」 「え……?ナニ?ニワトリのマネ始めちゃったよ、北斗さん」 「こ、こん……こん」 「キツネではないのか?」 「――こ、コンバインっす!」 「ほほう、稲刈り機がどうしたと?」 「……あれ?あれ?こ、コンバットマグナムだったっすかね?」 「そ、それは……モノスゴイ凶器じゃないですか!!!」 「バカモノ!コンバインでもコンバットマグナムでもないッ!コンバラトキシンだッ!」 「そう、それ!それっす!そのコンバインが検出されたっす〜〜〜〜!!!」 「だからっ、その『コンバイン』が発見されたら何だというのですかっ?!」 「そ、それは、ええと……」 前々から気になっていたのだが、この北斗と言う刑事……イキオイに中身が伴っていないのは、イトノコギリの部下という立場が影響しているからだろうか。 前途ある若者に不適切な新人教育をした罪は重いぞ、イトノコギリ刑事。 「いや、だから〜、つまりその〜……な、何だっけ?ね……」 「もういい、北斗!キサマは下がれッ!ここからは私が説明するッ!!」 「だあぁ〜……っ!」 北斗刑事の姿と悲痛な絶叫がフェードアウトしてしまうと、焔城検事は何事もなかったかのように口を開いた。 「とにかく――瓶の中からは“コンバラトキシン”、“コンバラトキソール”、“コンバロサイド”という三種類の毒成分が発見されたんだ」 「え……?ナニ?コンバイン三段活用?」 ……ム。ここにも“コンバイン”伝染患者がいたか。 「残念ながら、そのような活用法は国語の教科書でも見たことがない」 「あれ、そーだっけ?や〜、北斗刑事があんまり自信満々で言うからしっかりすり込まれちゃったよ」 「――だそうだぞ、焔城検事。あなたの不出来な部下が『コンバイン』を蔓延させたせいで、現場は非常に混乱している。それら毒物について説明を求めたいが、よろしいか?」 「くッ!ヤツには後で特大のお灸を据えておくとしよう。ともあれ――コンバラトキシン、コンバラトキソール、コンバロサイドとは、スズランが保有する毒の成分だ」 (……スズラン、だと?) 耳を疑う。私の記憶している限り『スズラン』と言えば、甘い香りのする釣鐘状をした純白の小さな花を下向きに数輪つけた観賞用の植物なのだが。 「え……?スズランって、花のスズランのこと?あの、白くてとっても可愛らしい花の?」 真宵くんもどうやら私と同じ『スズラン』を思い描いていたらしい。もっとも彼女の場合は、その驚きが素直に口を吐いて出る。 ……しかし、ということは焔城検事の言った『スズラン』は世間一般で認識されているところの、あの『スズラン』なのか? 「フン。その様子だとキサマら全員、スズランの愛らしい姿に騙されたクチか。誰もに愛される可憐な仮面の下に潜む残忍で冷酷な素顔に気付きもしないとは、おめでたい連中だ。 いいか。スズランはな、根や茎を中心に花や種子や葉に至るまで全草に毒を含む植物なんだ。その毒性たるや、半端なものではない。有毒成分をあまり含んでいない葉を食べても中毒を起こすくらいだからな。 コンバラトキシン、コンバラトキソール、コンバロサイドはどれも心臓に強く作用する成分であり、中毒症状として吐き気、嘔吐、頭痛、めまい、視覚障害、混乱、脈拍低下などを惹き起こし、血液凝固や心不全に陥り、死に至る」 「ウソォ……?!」 「どうだ、これでスズランが強烈な毒成分を宿した悪魔の花だということが解っただろう」 フム。もし検事を辞めてしまっても、彼ならば植物学者として第二の人生を歩めそうだな。だが、それはこの裁判が終わってからじっくりと一人で考えてもらいたいもの。 「うム。スズランの毒性については理解した。スズランの毒成分が犯行に利用されたこともな。しかし、それと警察が愛美さんを犯人と断定したことはどう関係しているのだ?」 ⇒To Be Continued... |
|
■一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集 |