逆転−HERO− (2)
作者: 紫阿   URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html   2009年05月02日(土) 20時22分15秒公開   ID:2spcMHdxeYs
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「私は名前(・・)を聞かれたから答えたまで!裁判官(ジャッジ)如きに名前(・・)で呼ばれる筋合いはないッ!」

『そうよそうよ、あたしたちの翔サマに馴れ馴れしくしないで!』
『翔サマの名前を口にするなんて百年早いのよ、このヒゲおやじ!』

 更には傍聴席(がいや)からお嬢さん方の情け容赦ない罵声まで飛んでくる。

「??」

「あ〜、ナルホド」

 哀れな裁判長でなくとも頭上に“?”マークを浮かべたくなる状況だが、隣の真宵くんは例の雑誌を手に納得顔で頷いていた。

「あの検事さん、『名前を教えて』って言われて、本当に“名前”を答えちゃったんだよ。“姓”じゃなくて“名”の方。『焔城 翔(えんじょう かける)』って、焔城検事のフルネーム。さっき言おうと思ってたんだ。ね、戦隊ヒーローモノのレッドみたいでちょっとカッコよくない?」
「……その固定観念はいかがなものか」
「いいから、私のことは“焔城”と呼べッ!」
「は、はぁ……これはどうも、失礼しました。焔城検事」
「ホラ、当たった♪」
 二人のやり取りをしり目に、真宵くんは得意顔。
「ム。……しかし、素直なのか正直なのか、よく解らん検事だな」
「天然なんだよ、きっと」
 よく解らなくても真宵くんをしてそう言わしめる辺り、厄介な相手であることは確かだった。……いろんな意味で。
 この時点ではっきりしたのは、焔城検事と裁判長の優劣関係が完成されている、ということくらいだ。
「あ〜あ。いつもながら先が思いやられるよね、あの人」真宵くんの呟きが哀れを誘う。
「うム。毎度のことだがな」
 私は既に諦めの極地なので、形式的に返答するのみ。とはいえ、検察側にいたときと立場を180度変えるだけでこんなにも心もとない気持ちになるものか。先が思いやられるのは、ここに立たされた人間なのかもしれんな。

「えー……紆余曲折ありましたが、審議に入らせて頂きます」

 トン。――と、儚げな木槌の音を響かせて、辛うじて本来の職務遂行を試みる裁判長の痛々しい……というか、イタい姿を視界の端に引っ掛けて、再び検察席に向き直る私。
 こちらはといえば、私の正体には全く気付いていないようである。私とて『焔城翔』の名前に心当たりはない。まぁ、検事が転勤族であることを考えれば、現在の検事局には私の知っている顔の方が少ないかもしれないが――“念には念を”という諺もある。

「焔城検事とやら。裁判長をいたぶるのはその辺でやめておきたまえ。あなたの相手はこの私、成歩堂龍一なのだからな!」
「……御剣さん、吹っ切れたの?何だかズイブン思い切りがいいけど」
「うム。人間、時には開き直ることもある。この席に立たされると特にな」
「それ、諦めとかヤケクソとか投げやりとも言うよね」
「フン。弁護士の名など、どうでもいい」

 真宵くんにはしっかり突っ込まれたが、宣戦布告をした相手方の反応は冷ややかだった。……フム。念を入れる必要は無し、か。ならば、遠慮はするまい。

「それよりも、被告人・夜羽愛美ッ!この私がキサマに揺るぎない有罪判決をくれてやる!」

 私が臨戦態勢に入ろうとした、その時。私や裁判長のことなど歯牙にも掛けなかった焔城検事が、被告人席の愛美さんに鋭い一声を浴びせ掛ける。

「キサマに二度目(・・・)はない!覚悟するのだなッ!」
「!」


 その言葉に、愛美さんの肩がびくりと震えた。遠目にもよく分かる彼女の動揺ぶり。
(しかし……『二度目』とは、何のことだ?)
 何かしらのリアクションを求めて、私は視線を送る。だが、俯いたままの横顔は回答を“拒否”していた。
「どうしたんだろう?まみちゃん……」
 真宵くんの心配そうな眼差しや周囲の視線から逃れるように、身を小さくしている愛美さんを見て、ふと気付く。
 昨日、彼女に現れた“さいころ錠”の映像(ヴィジョン)。さいころ錠で縛られている心の闇に、焔城検事の『二度目』という発言が触れたのではないだろうか、と。

(……あの焔城という検事は愛美さんの何を知っているというのだ?)

 愛美さんの心の闇が明らかにならないうちは、こちらの不利は否めない。それでも、私は進まなくてはならなかった。 
 なんとなれば――それが“この場所”を選んだ者の宿命なのだから。

「――では、最初の証人を入廷させる。構わないな、裁判官(ジャッジ)

『キャー!翔サマ〜!待っていましたわ〜!』
『翔サマの正義の焔でこの世の悪を燃やし尽くして〜っ!』

「……あ。でもでもぉ〜、あたし、相手の弁護士さん、ちょっとタイプかも」
「えー?!マジで〜?!裏切り者っ!シンジラレナ〜イ!」
「あん。それ、ちょっと解る。眉間のヒビがシブいのよねっ!うんっ!」
「う〜ん、確かに顔は合格ラインなんだけど〜、服のセンスがね〜、イマイチなのよ〜」
「あ〜、わかるわかる。いろんな意味で残念よね」
「は。あなた様のお気に召すまま……」

 荒ぶる炎を思わせる焔城検事の気迫と彼に向けられたお嬢さん方の熱視線(……不毛な発言にはあえて触れまい)に挟まれ、『裁判官』呼ばわりされた『裁判長』の威厳は既に風前の灯……いつもながら、彼には先が思いやられる。
「う〜ん、あの裁判長ってばいつも身の置き場がないよね。案外、家庭でもそうだったりして。ホラ、ドラマとかでよくあるじゃない?粗大ゴミ的に扱われる日曜日のパパの図」
「……真宵くん。その憶測はシャレにならないぞ」
「あははは……あ?!御剣さん、見て!」
 真宵くんの指差す先――証言台には、最初の証人が姿を現していた。
「あの人、昨日の刑事さんだよ」
 彼女の言う通り、熱気渦巻く中で所在無げに佇んでいる青年の顔は見覚えがあった。
「うム。確か……」
「北斗っす!刑事やってます!この事件の初動捜査を担当しました!よろしくっす!」
 緊張しているのかその表情は硬いが、声と敬礼には新米刑事独特の張りがあった。
「う〜ん、さすがに初々しいね。暑苦しい誰かさんとは大違いだよ」
「……本人の前で言ってくれるなよ。彼はアレで結構ナイーブなのだ」
「オマエの名前もどうでもいいッ!事件の経緯について、さっさと喋れッ!」
「は、はいぃっ!!!」
「んーでも、検事さんに苛められるところは一緒なんだねー♪」
「……」
 どうしたのだろうか、真宵くん。今日はいつになく毒舌だな……。
「……では、証言をよろしくお願いします」
「は、はい……!」
 裁判長にまで同情の眼差しを向けられ、北斗刑事は慌しく警察手帳を繰り始めた。
「ええと、事件は『聖ミカエル学園』で起きたっす。その日は聖ミカエル学園で学園祭が行われていて、催し物のひとつとして、学園内の劇場ホールでは『劇団エデン』が主催する『シェイクスピア戯曲 ロミオとジュリエット』が公演中だったっす。
 被害者は劇団の主演女優であり、ジュリエットを演じていた柚田伊須香。二十一歳。この劇ではクライマックスに毒をあおるシーンがあるんスけど、彼女はそこで本物の毒を飲んで倒れてしまったっす。
 不幸中の幸いで命に別状はなかったっすけど、搬送先の病院によれば、現在も意識不明の重体で予断を許さない状態が続いているということっす」
 背筋を伸ばし、時折検察席を窺いながら、線の上をなぞるようにすらすらと澱みなく証言する姿は、参観日に親の前で作文を読み上げる生徒を思わせる。
「凶器となった毒は彼女が劇中で手にする小道具の瓶に仕込んであったっす。劇団員の話では、瓶の中身は水かスポーツドリンクのようなものを入れていたそうっすから、被害者も毒物が混入されているとは夢にも思わなかったんでしょうね。
 瓶の中身を一気に飲み下した直後、被害者は激しくケイレンしたンすが、舞台上だったこともあり、最初は演技と思われて騒ぎにならなかったっす。ところが、幕を締めてもぴくりとも動かず、事件発覚に至ったっす」
 焔城検事は彼の証言を黙って聞いていた。その目は閉じられていても、北斗刑事が蛇に睨まれた蛙状態であることには変わりはない。
「ほう。これはまた、劇的な事件ですな。……して、被告人を逮捕した根拠は?」
 そんな彼と同じ穴のムジナである裁判長も、興味を示した様子で先を促す。
「はっ!ええと、毒がお芝居の中で使われる小道具の瓶に混入されていたことから、犯行はクライマックスのシーンを知り、それを利用した者の仕業と考えられるっす。 
 当然、怪しむべきは劇団関係者ということになるっすけど、何といっても被告人・夜羽愛美は小道具係っすからね。毒を仕込むチャンスはバッチリだったっすよ!以上っす!」
 しかし、作文はあくまで作文。生きた証言には到底なり得るものではない。

「刑事」

 私はすかさず、真宵くんから預かっていた愛美さんの手紙を示して言った。
「これは愛美さんがここにいる旧友の真宵くんに送った招待状だ。ここに『わたしは衣装係だ』と、はっきり書いてある。つまり、彼女は『小道具係』ではないのだよ」
「へ?」
「よしんば愛美さんが小道具係だったとしても、問題の瓶が小道具係の者しか触れることの出来ない場所、あるいは金庫などに厳重に保管されていたのでないならば、そのように軽薄な根拠で愛美さんを逮捕するなど、逮捕権の濫用も甚だしい限り!どうなのだ、刑事!」
「う……?!」
「フ、その様子だと瓶は毒を入れようと思えば誰でも入れられる状況にあったようだな。
 それならば、容疑は劇団員全員に及ぶのではないか?」
「そ、それは……」
「事件現場で回収した瓶から、被告人の指紋が検出されている」
 ム。北斗刑事撃墜まであと一歩だったのだが……そうは問屋が卸さない。
「裁判官、証拠品をくれてやる。受け取るがいい」
「あ、ははっ…!」
 北斗刑事に鋭い視線を向けたまま、焔城検事はビニール袋に納めた瓶を裁判長に投げて寄越す。その大きさは、栓も含めておよそ20cm。蒼い、ガラス製の瓶。よく見ると、底から2〜3cmの辺りまで、切り込み細工が施されていることに気付く。
「そうっす!それっす!その瓶に被告人・夜羽愛美の指紋が付いていたんっすよ!!!」
「調子に乗るなッ、北斗!だいたいッ!オマエがもっとしっかりしていれば今回の事件も起こり得なかった筈ッ!一体、何を見ていたのだ!オマエの目は節穴か?!
 よもや、私がオマエを劇団エデンに行かせた目的、忘れていたのではあるまいなッ?!」
「いやあの〜、実は舞台があまりに感動的だったもんで、つい見とれちゃったっす。そしたら、いつの間にかあんな事態に……」
「黙れ、痴れ者!全く毎度のことながら、オマエの仕事振りには度し難いものがあるッ!どうやら、次回の給料査定が業火に焼き尽くされるサマを拝みたいようだな?!」
「ひえっ!ご、ごめんなさいっす!許して欲しいっす!!この通りっすよ〜!!!」

 長身を小動物のように縮こませ半泣きで許しを請う北斗刑事の姿は、自業自得とはいえ哀れなものだった。
「……うわぁ。焔城検事ってズイブン手厳しいんだね」
 感受性が豊かな真宵くんなどは、心の底から彼に同情している様子。
「うム、確かにな。あれでは刑事が不憫すぎる」
「や〜、イトノコさんといい勝負かな。イトノコさんも相当フビンだったし」
「ん?イトノコギリ刑事がどうかしたか、真宵くん」
「…………うわ。無いんだ、自覚」
 フ。北斗刑事が依頼人なら弁護のひとつもをしてやりたいところだが、私は生憎の立場。現実の厳しさを知るのも刑事の務めなれば、これも試練と受け入れていただきたい。
「そちらの問題はそちらで処理するとして、弁護側は尋問を続けるがよろしいか?」
「結構だ。北斗、分かっているだろうな?」
「はい……」
「では、遠慮なく訊かせて頂く。警察は、毒が混入されていた瓶から被告人・夜羽愛美の“指紋”が検出されたことを以って、彼女を犯人と断定した。しかし、それはいかがなものか。第一、指紋などは不用意に付いてしまうこともある」
 ……大きな声では言えないが、私にも経験がある。あの時は事件現場に落ちていたピストルをうっかり(・・・・)取り上げてしまったために指紋が付着し、危うく犯人にされかけた。
「愚かな。そこまでウカツな人間がいるものかッ!」
(異議あり!ここに居るぞ。悪かったな)……と言いたいところ、ぐっと堪えて先に進む。
「……とにかく、指紋だけで犯人と決め付けるのは早急すぎると言いたいのだ。私は」
「それもそうですな。事件現場に被害者の血で犯人らしき人物の名前が書かれていたメモなどがあっても、そこに書かれた人を犯人に断定するのが早急すぎるのと同じことです」
「あ〜、アレは早急すぎだよね」
(裁判長に真宵くん。話に乗ってくるのは構わんが、古傷をちくちくとつつくような真似は止めて頂きたい)……と、これも心の中で処理しておく。

⇒To Be Continued...

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