逆転−HERO− (1) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年05月01日(金) 15時51分37秒公開
ID:2spcMHdxeYs
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「……真宵くん、それは無理というものだ」と、別の言葉で諭す私。 「だってホラ、あたしと御剣さんの身長を足せば上に届きそうだよ?」 しかし、当の本人はあっけらかんとしている。膝丈上のスカートで肩車をしようものならどういうことになるか……事の重大さをまるで分かっていない。彼女が無邪気なのは今に始まったことではないが、予期せぬ提案を持ち出された時は対応に困る。 「それはそうなのだが……よく見たまえ」 平静を装いながら、私は再び障壁の上を指し示す。そこには戦時中の収容所で見られた様な槍状の鉄柵が、隙間なく埋め込まれていた。 あれではたとえ上に手が届いたとしても乗り越えるのは難しいだろうし、例え出来ても内部の状況が分からない以上は著しい危険を伴う。 「キミの気持ちも分からないではないが、今回は諦めたまえ」 「む〜……」 障壁を登るのだけは思い留まってくれたものの未練はあるらしく、真宵くんはその場に佇んだまま、なかなか動こうとしない。 「――さて、そろそろ戻るとしよう。いつまでもこうしている訳にはいくまい。それに、キミも友人のことが気がかりなのではないか?」 「……うん、分かった。でも、ちょっと待って」 パシャ。パシャ。 踏ん切りをつけさせるために踵を返した私の後ろで響く、軽快なシャッター音。 「せっかくだから写真に撮っとく♪」 見れば、携帯電話のカメラで謎の障壁を激写する真宵くんの姿があった。 「はい、お終いっと。行こっか、御剣さん」 はにかむ彼女に、私もつられて笑……えなかった。 「…………聞こえないか、真宵くん」 「……え?」 その“音”は、今の今までカメラのシャッター音に掻き消されていたのだろう。 非日常を振り撒きながら、私にとってはあまりにも日常的で近しい“音”。 しかしながら、鳥のさえずりや葉音すらしない灰色の世界では煩わしすぎる“音”。 「…………あ!」 真宵くんが“音”に気付くまで、長い時間は掛からなかった。 なんとなれば、空耳でも幻聴でもない“その音”は、確実に私たちの居る方向――即ち聖ミカエル学園に迫りつつあったのだから。 「これって、サイレン?!」 「うム。それも、パトカーのだ」 頷き合って走り出す。私も彼女も、もう振り返らなかった。 白樺の林を引き返し、ガーデンを駆け抜け、校舎を突っ切り、プラタナスの並木道に出たあたしたちは、劇場前のグラウンドでモノすごい人だかりと遭遇する。 あたしたちを急がせたパトカーの姿は何処にもなかったけれど、劇場の入り口は黄色いテープで塞がれていて、制服の警察官が二人、誰も中に入れないよう目を光らせていた。 この物々しさ、やっぱり何かあったんだ!……まみちゃん、大丈夫かなぁ。確かめようにもこれじゃ中に入れないし……ああ、まみちゃんっ!どうか無事でいて! オロオロしていると、袖口を引っ張られた。……あ、御剣さん。 「真宵くん、こっちだ」 「う、うん……!」 促されるまま人だかりを離れ、校舎と劇場の間の狭い通路にそっと身を滑り込ませる。劇場ホールの湾曲した壁に沿ってしばらく歩くと、やがて『非常口』と表示されたドアの前に行き着いた。黄色いテープは相変わらずだけど、見張りの姿はない。 「ここからなら入れそうだね。さっすが御剣さん、頼りになる〜!これがなるほどくんだったら、きっとまだ、表でウロウロしてると思うよ」 「フ、“蛇の道は蛇”ということだ。それに……この辺りなら、初動捜査に出張ってくるのはどうせ 「……あー、ナルホド」 御剣さんが苦虫を噛み潰したような顔をする原因、実はあたしにも心当たりがあった。“そのヒト”は、例えばあたしがこうして黄色いテープを潜ろうとしたりすると……。 ……ほ〜らね、やっぱり。今しがた抜けてきたばかりの通路の向こうから猛ダッシュで迫って来る人影を認めたあたしと御剣さん、揃って溜息。 この狭い通路でどうやったらあんなスピードが出せるんだろう、ってぼーっと考えているうちに、人影はあたしたちの前に立ちはだかっていた。“そのヒト”――自他共に認める警察一の薄給 だってだって、その人ってばイトノコさんよりだいぶ若いし、イトノコさんよりハンサムだし、イトノコさんよりフレッシュだし、イトノコさんみたいにショボくれてないし、声だってイトノコさんより元気ハツラツだったし……とにかく、ジャンパーコートの色とくたびれ具合意外はイトノコさんとは似ても似つかないサワヤカ好青年なんだもん。 「……真宵くん。今、心の中で、イトノコギリ刑事をもの凄く傷付けなかったか?」 うっ。御剣さんってばさりげなくスルドいんだよね。……いっか。聞かなかったことにしちゃお♪ 「ええと……御剣さん、知ってるヒト?」 「……いいや、見たことのない顔だが。キミは、刑事か?」 「ええ。そうっすよ」 御剣さん、さりげなく目の前のお兄さんに視線を移す。うんうん、この辺の気遣いが、ツッコミ命のなるほどくんとは大違い。大人の対応だよね。 「 「名前……は、北斗(ほくと)っすけど」 御剣さんのおかげで話はとってもスムーズに進んでくれていた。 刑事のお兄さん――北斗刑事。 こういう人には一に尋問、二に尋問、三、四がなくて五に尋問がお約束。あたしも御剣さんにならって尋問を開始する。 「あのあの、北斗刑事!警察がやって来るなんて、ここで何かあったんですか?」 「あ〜、駄目なンすよ。 う〜、この人ってばお固いよ。いかにも使命感に燃える新米 でも、ひとつだけ分かった。『捜査』してるってことは、やっぱり何かあったんだ。 あ〜ん、もどかしいよぉ!こんな時、 (そういえば……イトノコさん、何で出て来ないの?) さっき御剣さんが言ってたっけ。『この辺りなら、初動捜査に 「あの、北斗刑事。ちょっとお伺いしますけど、ここら辺の現場って、イトノコさ……糸鋸っていう刑事さんが担当していませんでしたっけ?」 あたし、さっきより幾分かしおらしくして。ご機嫌、損ねないように。 「糸鋸刑事ならオレの“先輩”っすけど。あ〜でも、先月から長期“出張”中っす!」 返事はすぐにあった。……あたしの期待に叶ったのは“その半分”だったけど。 はぁ〜?!イトノコさんってば、肝心な時にドコ行っちゃってるのよぉ〜! 「バカな……!」と、御剣さんも驚いている。 「あの男を ……別のイミで。 「先輩、自分で志願したンすよ。それはもう、熱烈に。ぶっちゃけFAXで済ませられそうなことなンすけどね。南の島に配属された刑事から報告を受けるだけらしいっすから。 でも、ど〜しても自分が行くって聞かなくて……結局、海上保安庁の小型艇で片道二週間の旅へ出ちゃいました」 「……理解に苦しむ行動だな。そのまま左遷になっても知らんぞ」 御剣さん、呆れ果てる。……とにかく、イトノコさんが頼りにならないってことだけは、あたしもよぉ〜く分かった。 「ところで、アンタ方はどちら様っすか?さっきから糸鋸先輩のことも知ってるような口ぶりっすけど……?」 こうなったらもう、強行突破あるのみ!北斗刑事の意識が御剣さんへ向いた瞬間、あたし、黄色いテープに手を伸ばす。 「ああっ?!ちょ、ちょっとアンタ……どさくさ紛れに何してるンすか!駄目っすよ!」 もちろんすぐに気付かれて、腕を掴まれた。だけど、気にしてなんていられない! 「放してくださいっ!あたし、まみちゃん……ここでさっきまで演劇をやっていた劇団エデンに所属している夜羽愛美さんの友達なんですっ!まみちゃん、劇場の中にいるんですよね?!ここ、通して下さいっ!ていうか、無理やりにでも通りますっ!」 テープの前であたしと北斗刑事、もつれ合う。――と、次の瞬間。 「あ……!そ、それだけは困るっす!……じ、 北斗刑事の口を吐いて出た言葉にあたしは耳を疑った。 「あ」 「え……?」 間の抜けた顔を付き合わせたまま、二人して固まる。 「どういうことだ、刑事」 御剣さんが仕切り直してくれなかったら、あたしはタブン、息をするのも忘れてた。 「え〜と……実はっすね、演劇の途中でジュリエット役をしていた女性が毒物を 引っ込みの付かなくなった北斗刑事、ぽつりぽつりと話し始める。 「ジュリエット……柚田伊須香だな?」 「ええ、まぁ……。話の中でジュリエットが毒を飲むシーンがあったンすが、小道具のビンの中に本物の毒物が入っていたらしく、激しくケイレンした後、ぱったりと動かなくなってしまったそうなンす」 「成る程、あの苦しみは演技ではなかったという訳か。先を続けたまえ」 「はぁ。ええと、座長の伊吹倫子は彼女の様子がおかしいのに気付き、幕を下ろして確かめに行ったところ既に意識はなく、急遽代役を使って劇を終わらせたということっす」 「代役か、通りでな。そうなると、毒は誰かによって仕込まれたということになるが……刑事、この劇ではジュリエットの後にロミオも毒を飲むことになっていた筈だ。座長の伊吹倫子は『よんどころなき事情』でその場面を差し替えたと言っている。 これは私の推測だが、柚田伊須香が倒れたのを見た伊吹倫子はロミオ役の男性が飲む瓶の方にも毒物を警戒し、機転を利かせたのではないか?」 「おっしゃる通りっす!その供述を聞いて鑑識がロミオ役の舟方 乃亜(ふなかた のあ)が飲む予定になっていた瓶の中身を調べたンすけど、こちらはただの水でした」 「フム。犯人の狙いは最初から柚田伊須香だったのだな。毒が劇中で使用される小道具に仕込まれていたことを鑑みれば、必然的に劇団関係者が怪しくなる……という訳か。 しかし、夜羽愛美に容疑を絞ったのはそれなりの根拠があってのことだろうな?」 「それが……って、ちょっとちょっとっ!またしてもどさくさに紛れて、何を引き出そうとしてるンすか!とにかく、おれに話せるのはここまでっすからっ!」 御剣さんの巧みな誘導尋問はここで打ち止め。あとはもう、直球勝負しかない。 「じゃあ、これからまみちゃんはどうなっちゃうんですか?やっぱり、裁判ですか?!」 問い詰めると、北斗刑事は気まずそうに視線を逸らす。 「それは、ね……焔城(えんじょう)検事が決めることっす。でも、あの人のことだから多分――」 この人、悪意を持って意地悪してるんじゃない。むしろその目は、まみちゃんに会わせられないことをあたしに謝っている。北斗刑事もイトノコさんと同じ、正直で誠実で真面目でとてもいい人なんだと思う。 ……けど、世の中には“どうにもならない現実”っていうものがあるんだよね。 当たり前でしょ?!あたしがお姉ちゃんを手に掛けただなんて、冗談でも言わないでよ。 ……けど、ダメなんだ。あたしにとって当たり前なだけじゃ、ダメなんだ。 御剣さんは殺人なんてする人じゃないもん。信じてるよ、あたし。 ……けど、あたしは覚えてる。ギリギリまで追い込まれた まみちゃんが犯人なわけないじゃない。そんなこと、あたしが一番よく分かってる。 ……けど、裁判になったらまみちゃんに不利な証拠や証人がバンバン出てくるだろう。 あることないこと言って、責め立てる検事さんなんかでてきちゃったりもするだろう。 状況に流されやすい裁判長のことだから、あっさり『有罪』にしちゃったりして……。 ――あたしの時のように。 ――御剣さんの時のように。 ピンチに“ヒーロー”が現れなかったら……きっと、罪を、 ⇒To Be Continued... |
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