逆転−HERO− (1)
作者: 紫阿   URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html   2009年05月01日(金) 15時51分37秒公開   ID:2spcMHdxeYs
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 ……なるほどくんのばか。何でこんな肝心なときにいないのさ。なるほどくんが手を差し伸べなくて、一体誰がまみちゃんを救えるの?一体、誰が……。

「ところでアンタは誰なンすか?さっきからやたら態度はでかいし、エラソーだし、上から目線だし、妙に逆らい難い威圧感を漂わせているし……」

 北斗刑事は黙ってしまったあたしから御剣さんへ攻撃の矛先を戻していた。

「ほぉ。私にそのような口を聞くとはいい度胸だな、刑事。しからば名乗ってやろう」
 
 御剣さん……そうだ。確かに御剣さんが名乗ればまみちゃんの現状くらいは教えてもらえるだろう。でも、それは“検事”の権限で、だ。“検事”じゃ“無罪”を勝ち取れない。

「聞かぬ方が身のためだと思うが、私は――」

 “ヒーロー”は困った人の呼び掛けに答えてくれる。……ね、そうでしょ?

(御剣さん――!)


「待った!」



同日 某時刻 留置場 面会室


 この日の終わり――私は真宵くんと共に留置場を訪れ、夜羽愛美に面会を求めた。
 少々くたびれ感のある藍色のジャケットを羽織り、赤いネクタイまできっちり締めて。
 私としてはいつものフリルタイの方が何かと落ち着くのだが、『ダメダメ、あれ付けたらゼッタイ正体バレちゃうもん』という、真宵くんの猛烈な反対にあって断念せざるを得なかった。彼女の中で私の基準があくまでもそこ(・・)なのは、何というか……複雑な気分だ。
 一体、何故こんなことになってしまったのか。私の脳裏に、数時間前の記憶が蘇る。





 真宵くんの『待った!』が掛かったあの瞬間、とてつもなく嫌な予感がしたのだ。

「まあ、いいから、ちょっと、こっちへ、とにかく……あ、ちょっと待ってて下さいねっ」

 きょとんとした表情の北斗刑事を残し、私の腕を引いて通路を後戻りすると、真宵くんは徐に口を開いた。

「ねぇねぇ、御剣さん!一生のお願いっ!まみちゃんのこと、“弁護”してあげて!」

 『ベンゴ』――言葉の意味を図りかねて(……拒否反応とも言う)、沈黙する私。
 その不吉かつ異質な響きを持つ単語を『弁護』に結び付けるまでに、数秒を要した。
「こういう時ね、いつもはなるほどくんがちょちょいのちょいで無罪を勝ち取ってくれるの。でも、ホラ、あいにくじゃない?だから、つまり、その〜……よろしくっ!!!」
 真宵くんは構わず続ける。話の主導権は彼女にあるのだ。
「ム……『ちょちょいのちょい』で負けた私は何なのだ?」
「まぁまぁ、そこはさらっと流す流す!」 
 ……逆らい難い運命の奔流に呑まれていく感覚に囚われつつも、抗うだけ抗ってみる。
「しかしだな、真宵くん。葉桜院事件の時に私が弁護人席に立てたのは、メイとイトノコギリ刑事の協力、裁判官への根回しがあってのこと。長い間この国を離れていたとはいえ、検察局に『御剣怜侍』の名を知らない検事がいるとは思えない。
 下準備もなく“私”が弁護人席に立てば、おそらくタダでは済まないだろう」
「う〜ん……あ!じゃあじゃあ、今度は“御剣さん”じゃなく“成歩堂龍一”になっちゃえばいいじゃん」
「……な、何っ?!」
「北斗刑事だって、御剣さんの顔見ても無反応だったじゃない?きっと大丈夫だよ!」
 ム……確かに。しかし、それはソレで釈然としないものを感じるが。
「前に出てきたなるほどくんのニセモノなんて髪型以外はゼ〜ンゼン似てなかったし、バッジはダンボール製だったし、みんなの頭の上に“?”マークが漂っていたらしいけど、結局その人がなるほどくんってことになって、裁判は進むしマコちゃんは有罪になるしでもうタイヘンだったんだから!
 その点さ、今回は弁護士バッジだって本物だし……そーだ!ついでになるほどくんの青いスーツも着ちゃいなよ。そうすればきっと誰も御剣さんだって思わないよ」
 弁護士バッジか。前にも経験があるが、身代わりの最低限のラインだ……な、何だと?
「待ちたまえ、真宵くん。弁護士バッジが……あるのか?ここに」
「ここにはないけど、事務所に脱ぎっぱなしにしてあるスーツにくっついたままだったよ」
 真宵くんだけでなく弁護士バッジまでほったらかして行くとは、救いようのない男め。
「――しかしだな、弁護士バッジとスーツでを変えたくらいで誤魔化せるほど、法廷という場は甘くないのだぞ。それに、私があの男として認識されるのはやはり無理がある。
 例えば、髪型とか髪型とか……髪型などだ。あいつの同じ格好をするのは、百歩ほど譲れば私の許容範囲内だ。しかしだな、あの奇特な髪型を真似するのだけは御免(こうむ)る」
「ん〜……じゃあ、髪形はそのままでいいんじゃない?“イメチェン”ってことにして、強引に押し通しちゃお!」
「押し通せるわけないだろうっ!」

 ……議論のベクトルがズレて来た。こうなるともう、完全に真宵くんのペースである。私はただ、波間に漂う小船さながら成り行きに任せるだけだ。
「だ〜いじょうぶ!なんとかなるなる!」
「……」
 だが、真宵くんが言うのならば、本当に何とかなりそうな気がするから不思議だった。

 ……とはいえ。検事としての理性が確かなうちにこれだけは声を大にして叫んでおくべきなのだろうな、私は。

「それでいいのか、この国の司法制度はッ!」

 結局――なし崩し的に説得された私は、もの凄く不本意なことに“弁護士・成歩堂龍一”を名乗るハメになった。

「でええっ!じゃあ、アンタが成歩堂龍一だったっすか?!」
「うム」
 北斗刑事の過剰反応に戸惑いつつも、一応それらしく振舞ってしまう自分が哀しい。
「『青くトガった弁護士』の?」
「……如何にも」
「警察のブラックリストにその名を轟かす、『捜査現場で会いたくない弁護士bP』の?」
「ム。そこらあたりの内部事情はいまいち把握しかねるが……そうだ」
 いつの間にやらすっかり疫病神だな、成歩堂。……まぁ、分からなくもないが。
「ひっどぉ〜い。ダレよ、そんな評価したの」
 何となく納得の私とは反対に、真宵くんはいたく憤慨した様子で北斗刑事に迫った。
「とにかくっ、まみちゃんの“弁護”は、ここに居るみつ……な、ナルホドクンがするから、情報はちゃ〜んと下さいね!」
「……むぅ、仕方ないっすね。それで、おれは何を教えたらいいっすか?」
 相手にこちらを疑う様子はない。半ば投げやり気味とはいえ、要求に応じる態度を示す。
「じゃあまず手始めに例のヤツ。ホラ、出す出す!」
「例のヤツ……?何すか、それ」
「例のヤツって言ったら『解剖記録』に決まってるでしょ?これだから新人さんは……」
「はぁ、至らなくて申し訳ないっす。で、一体誰の『解剖記録』をお求めっすか?」
「『解剖記録』って言ったら被害者のしかないでしょ?!しっかりしてよ、もぉ〜!」
「……ちょ、ちょっと!勝手に被害者を殺さないで欲しいっす!」
「え?……ジュリエット、死んでないんですか?毒を服んだのに?」
「ええ、不幸中の幸いで中毒止まりっすよ。だた、意識は戻ってないらしいっすがね」
「じゃあじゃあ、誰も死んでないのにまみちゃんを逮捕したんですか?!ヒド〜イ!」
「いやいやっ、“殺人未遂”は立派な犯罪っすよ!」
 フム。このまま真宵くんに任せていてはいつまで経っても平行線だ。そろそろ軌道を修正せねばなるまい。それに、ひとつだけ確かめておきたいことがあった。
「では、彼女の弁護を務めるものとして改めて訊こう。夜羽愛美を連行した根拠は何だ?」
 まだ何か言い足りなさそうな真宵くんを下がらせ、先ほどの問いを繰り返す。
「それは……お答え出来ません」
 真宵くんとの軽快な掛け合いから一転、警戒心を露にして黙り込む北斗刑事。案の定、だ。
 この青年が事件の話になると途端に落ち着きを無くすのは、新米刑事にありがちな組織への忠誠心だけではない。

「刑事」

「……な、なンすか?そんなにニラんでも、これ以上は何も出してあげられないっすよ」

 彼の心中を脅かす存在(モノ)。言動を制御し、意思を縛り付ける存在(モノ)――直接『事件の被疑者に他人を会わせるな』と『きつく命じ』た人物の陰を、震え気味の声に感じ取る。
 かつての私が刑事たちにとってそういう存在(・・・・・・)だったことを考えれば、その人物の正体は容易に想像が付いた。
 真宵くんを押し留めた直後、彼が一度だけ口走った名前――

「では『エンジョウ検事』とやらに伝えておきたまえ。勇み足は誤認逮捕の元だとな」

 全てを明日の法廷に持ち越すということならば、三度目(・・・)は容赦するまい。





 夜羽愛美はその『エンジョウ』という検事によって既に起訴されており、裁判を明日に控える身の上だった。成歩堂になってしまった以上、時間がないのは逃れられぬ宿命か。

「でもあの時の御剣さんの啖呵、カッコよかったなぁ〜!」
「……ム。あれはもう忘れてくれ」
「大丈夫!今の御剣さんはどっからどう見てもなるほどくんだから、自信持っていいよ」
「…………異議あり。全くフォローになっていないぞ、真宵くん」 
 と、そんなやり取りをしているうちに、私たちの待ち人はその姿を現していた。
「――ま、まよちゃんっ?!それに、成歩堂さん?!」
「あ〜ん、まみちゃ〜ん!無事でよかったよぉ〜!」
「……ど、どうしてここに?」
 アクリル板越しに繰り広げられる感動の再会……と言っても、愛美さんの方は驚きが上回っている様子。
「あのねあのねっ、ここにいる“ナルホドクン”が、まみちゃんの“弁護”をすることになったんだよ。この(・・)ナルホドクンは頼りになるから大船に乗ったつもりでいてね!」

「えええっ?!」

 真宵くんが鼻先をくっつけるようにしてかなりアヤしげな励ましを送ると、彼女はまるで幽霊でも見たような声を上げて後退った。その顔が、見る見るうちに紅色に染まる。
 嫌な予感がした。……というか、今日は嫌な予感しかしない。
 彼女は私と真宵くんの間柄をかなり誤解しているらしく、その上自分の世界に浸る傾向があるのだから困ったものだ。そして程なく、本日何度目かの“嫌な予感”は的中した。

「――だ、ダメよ!まよちゃんっ!あなたってば、なんて無邪気な誘惑をするの?!」
「へ?……どーしたの、まみちゃん?」
「だってだって、成歩堂さんはまよちゃんを助けてくれた王子様なんでしょ?」
「ええと、王子様じゃなくて弁護士なんだけど」
「そうっ、運命の王子様!ダイヤモンドよりも固い絆で結ばれた二人の間に割って入るなんて……そんなステキなルール違反、わたしに出来るわけじゃないっ!」

 真宵くんは『いつものことだから、さらっと流してくれちゃっていいよ』と笑うのだが、さらっと流せる内容ならばとっくにそうしている。いつ何時、周囲の誤解を招くような発言が飛び出すかと思うと、私は気が気でないのだった。

「まみちゃん、あのね。警察はまみちゃんが伊須香さんに毒を飲ませた犯人だと思ってるんだよ。でも、まみちゃんはそんなことしないってあたし信じてる。だからみ……じゃなくて、ナルホドクンに弁護を頼んだの!お願い、弁護させて!」
「恋は手段を選ばない。愛はいつも予定外。わたしがその申し出を受けたら、愛と友情のトライアングルが回り始まるかもしれないのよ?それでも信じてくれるというの?!」
「もちろんだよ!あたしたち、まみちゃんの無実を証明するために来たんだもん!」
「優しくするのはやめて!……わたしは孤独なプリンセス。危険な代役になるくらいなら、イバラの園に囚われたまま、独り裁きの日を待つわ」
「そんな、このままでいいわけないじゃない!まよちゃんのこと、あたしたちが絶対ゼッタイ助けるから!諦めちゃダメだよ!」
 回れ右したくなる衝動を何とか堪え、真宵くんの説得(?)が終わるのを待つ。ポケットの中に忍ばせて来た小さな塊の感触を確かめながら。
「……いいの?わたし、今夜だけシンデレラになっても」
「シンデレラでも白雪姫でもかぐや姫でもオールオッケーだよ、まみちゃん」
「ううっ!まよちゃん……ありがとう」

 肩越しにOKのサイン。どうやら話は付いたらしい。
 紆余曲折はあったが、これでようやく本来の“目的”を果たせる。昨日の今日でまたこの霊石(いし)の力を借りることになろうとは、数時間前までは思いもしないことだった。
「真宵くん。キミの友人を疑うわけではないのだが、これだけはどうしても確かめておかなければならない。構わないだろうか?」
「うん。分かってる。あたしもなるほどくんのこと、ずっと見てきたからね」
 成り行きとはいえあの男の名を借りる以上、避けては通れぬ“儀式”。
「成歩堂さん。わたしたち、ドライな関係でいましょうね。愛した人は友達の恋人、なんて展開……せつなすぎるもの」

⇒To Be Continued...

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