逆転−HERO− (1) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年05月01日(金) 15時51分37秒公開
ID:2spcMHdxeYs
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それは、格闘技で『ギブアップ』を意味する白いタオルのように。KO寸前のロミオさんにとっては、天の助けだったろう。 「す、す、すみませんでしたぁぁぁ〜〜〜〜っ……!!!」 脱兎の如く駆けていくロミオさんと入れ替わるようにやって来たのは、四十歳前後の女の人だった。役者さんじゃないことは、こざっぱりとまとめた服装と髪形を見れば予測が付いた。けれど、あたしたちを驚かせたのはその人が、 「劇団エデンの座長を務めております、伊吹 倫子(いぶき りんこ)と申します」と、名乗ったことだった。 「――先ほどからのお話、窺わせて頂きましてよ」 伊吹さんはあたしたちに最前列の座席を勧めてから口を開く。 「ご熱心にあたくしたちの舞台を見て下さったご様子で、心より感謝いたしましたの」 「ム。……恐れ入ります」 御剣さんの熱を下げる効果はバツグンの、物腰柔らかな口調で。 「それに……ラストシーンに関しては、あたくし、申し開きの仕様もございません。貴方に厳しくご指摘頂いた通り、あれは苦し紛れの演出でしてよ」 「どういうことですか?」 深々と頭を下げる伊吹さんに、御剣さん、今度は紳士的な態度を保って問い掛ける。 「……解って頂きたいのは、劇団エデンといたしましてもあの幕切れは不本意なものだったことですの。 ただ……こちらもよんどころなき事情を抱えておりまして、あの場はああするしかありませんでした。全ては座長であるあたくしの判断であり、責任はあたくしにございます。お見苦しいものをお見せしたこと、この場にて深くお詫び申し上げますわ」 平謝りの伊吹さんを前にして、あたしと御剣さん、どちらからともなく顔を見合わせる。 タブン、考えてることは同じ。つまり――重要なラストシーンを変えたり端折ったりしなければならなかったほどの『よんどころなき事情』とは何か?ってこと、だ。 「……もしや、何か良くないことが起こったのでは?」 あたしの脳裏をちらつく不安を、御剣さんが音にする。 ――そう、まみちゃん。劇団員に何かあったのなら、あたしだってのんびり成り行きを見守っているわけにはいかない。 「あ、あの……あたし、まみちゃ……夜羽愛美さんの友達で、綾里真宵と言います。彼女は大丈夫なんですか?!」 詰め寄るあたしに、伊吹さんは心持ち柔らかな微笑を向けて言った。 「あら、そうでしたの。ええ、心配要りませんわ。 「ほぉ?『彼女なら』とは……まるで他の誰かは大丈夫でないような言い方ではないか」 「――!」 伊吹さんの表情がさっと曇る。さすがは御剣さん。相手の言葉尻を捉えて更に一歩踏み込むのはお手のもの。後は黙って答えを待つのみ。ただし、視線は外さずに。 「実を申しますと、伊須香……あ、ジュリエット役の者が、急病で倒れまして……今、奥で休んでおりますの」 無言の圧力に根負けしたのか、やがて彼女は重い口を開いた。 「それで代役を……?」 「こんなことは初めてで、座長としてこれから色々と対処しなければならないことがございますの。……申し訳ありませんが、これ以上はお答えいたしかねますわ。 出来ればこの場はお引取り願えませんこと?あたくし共に今少し猶予を与えて下さるのなら、次にお会いした時には誠意を持って応対させて頂きましてよ」 二つ目の質問に対する答えはない。強めの口調に確かなキョゼツ。伊吹さんの眼は、これ以上は立ち入ってくれるな、と訴えている。 あたしたちは警察じゃないから、伊吹さんの意思を無視して強行突破、なんてことは出来ない。伊吹さんが時間をくれと言うなら、その言葉に従うしかないんだよね。 仕方ないなって表情で頷く御剣さんに倣い、あたしは黙って、席を立った。 ほとぼりが冷めるのを待つ間、私たちは学園祭の催しを見て廻ることにした。演劇と逆方向、最初の並木道を垂直に横切り、校舎の白壁に沿って歩く。 案内板によれば、『コ』の字形になった校舎の内側――『A garden of angel』と銘打たれた場所に飲食物の模擬店があるのだそうだ。 「早く、早く〜!」 パンフレット片手に先を行く真宵くんの足が、前方から漂ってくる甘い匂いの強さに比例して速くなる。今が昼時であることを考えれば無理もないことだった。 「わぁ!スゴ〜イ!」 校舎の角を曲がって右手、花と緑に彩られた中央庭園を取り囲むようにして立ち並ぶ模擬店には『 そして、左手――立て看板に寄れば『Paradise of angels』は、芝生を中心とした囲いのない開放的な空間だった。広場の向こうに林立する手入れの行き届いた植栽は背後に広がる風景と絶妙に融合し、まるで一枚の絵画の中にいるような錯覚に軽い眩暈を覚える。 こちらでは純白のパラソルを掲げたウッドテーブルや据え置きの白いベンチに腰を落ち着け、紅茶のポットを手にした女性との給仕を受けながら、中央広場で催し中のミニコンサートに耳を傾ける人々の姿が見られた。 英国風景式の二つの庭園でゆったりと流れていく午後の優雅なひとときに、誰もが抗うことなく身を委ね、庭で出会う人たちや植物との対話に酔っている。 私と真宵くんもその輪に加わるが如く、ガーデンテーブルのひとつに腰を落ち着けてフィッシュ&チップスのバスケットとアフタヌーンティーのセットを注文した。 「英国王室御用達な感じがそこはかとなく漂ってるよねぇ……」 ラズベリージャムと生クリームをたっぷり付けたスコーンをかじりながら、真宵くん。 「そうでもないぞ。例えばこの『Fish & Chips』は、白身魚とフライドポテトで英国庶民に最も愛されている料理のひとつだ。それに、あの露店――『Flapjacks』とは天板にオートミールのココナッツの生地を敷き詰めて焼くだけの簡単な菓子なのだよ」 とかく英国の料理は味付けがくどく、菓子に至ってはやたら甘い、とは言わずと知れた定評だが(私自身、その洗礼を受けたこともあるが……)、ここにあるものは塩気も甘みも程よく整えられており、そこからはこれらを作った者の細やかな心遣いが汲み取れた。 「しかし、これが学園祭か……なかなか奥深いものだな」 ひたすら感心する私に、真宵くんは何故か浮かぬ 「う〜ん、あたしにはちょっと格調高いかな。普通はもっとこう……雑然とした感じなの」と、ぼやきにも似た呟きを洩らす。 「ほぉ……?」 「例えばあたしのガッコでは、ソースと 「……それはまた、エキサイトした学園祭だな」 想像の域を超える話だが、とにかく『学園祭』の様式は学校によって千差万別らしい。 高校時代――既に今は亡き師・狩魔豪の元で徹底した法曹教育を叩き込まれていた私に『学園祭』と言うものの記憶は全く無い。クラスの誰かに模擬店を出すとかで誘いは受けたが、少なくともその当時、祭りなどを楽しむ心境でなかった私はは しかし、今ならば――置き去りにしてきた記憶の分も楽しめると思う。 事実、私はここの場の雰囲気や彼女の話の何もかもを新鮮に感じているのだから。 「ねぇ、向こうになんかスゴそうな建物があるよ。行ってみよっか!」 がたん!と勢いのついた椅子の音で、私の意識は現実へと引き戻される……が、声はすれども姿はない。辺りに視線を走らせると、真宵くんは既に『 彼方にあっても目を引いたその建物は、近付けば更に圧倒的な存在感を持って我々を迎えた。幅はざっと50メートル、高さがドーム状になっている先端部分で10メートルはあろうかという、真新しいガラス張りの建造物――どうも『温室』らしい。 その下半分は鉄の格子で遮られているため所々にしか見えないが、様々な 「わぁ!何か花がいっぱい咲いてる〜!もー、この格子がジャマだなぁ。ええとぉ……」 真宵くんはガラスに鼻先をくっつけるようにして中の様子を探っていたが、どうにもならないと知るや入り口を探して周囲をうろつき始める。 「…………ねぇ、御剣さん。ちょっと、こっち来て来て〜!」 真宵くんの姿が見えなくなって少し経った頃、その場に留まっていた私は随分と離れた場所から名前を呼ばれた。声の響き具合からして、真宵くんは温室の裏辺りにいるようだ。 温室の角を二回曲がると、予想通り彼女の姿を認めることが出来た。 「どうかしたのか、真宵くん」 彼女の前には鬱蒼とした白樺の林が広がっている。林の前には有刺鉄線を絡めた木の柵が、誰の立ち入りをも拒否するかのように打ち立てられていた。 「ここから林の奥に入れそうなんだよね〜。どう思う、御剣さん」 壊れかけの木の扉を目ざとく見付け、指差して同意を求めつつも、その内心は先へ進む気満々のようだ。こうなると止めてもムダだということは長い付き合いで知っていた。 (……どうやら私に選択権は残されていないらしい) 好奇心の赴くままに駆け出す真宵くんの後に続いて、私も一歩足を踏み出す。 かさ、かさ……かさ。 足元の草は先程までの瑞々しい芝生の弾力とは打って変わってまるで生気が無く、私が歩を進めるごと、無気力に倒れていった。 何年も手入れがされていないことは一目で判った……が、ふと足元に視線を落とすと、私や先を行く真宵くんよりも以前に踏みしだかれた草が所々あるのに気付く。 華やかな表の世界だけでは飽き足りない物好きな人間が、私たちの他にもいるらしい。それに。草や枯れ枝に埋もれた石畳の断片は、ずっと以前に定期的に人の行き来があったことを物語っている。もっとも、今は見る影もないのだが。 骨を突き立てたような白樺の間を縫って、道なき道をしばらく歩く。先程までの色彩溢れた空間に比べれば、ここはあまりにも退屈で平坦で静穏で、変化がなさ過ぎた。現実から切り離された灰色の時間――鮮やかに残るつるバラの花弁の記憶すら風化させてしまう程の、絶望的な 「……真宵くん、そろそろ引き返さないか?この先には何もなさそうだぞ?」 背中の辺りにふと薄ら寒いものを感じて数メール先を行く人影を呼び止めたが、 「んー、もうちょっと……」 返ってきたのは全く臆する素振りのない声。山歩きで慣らしているからなのか、それとも好奇心が先立っているのか、彼女の歩みは殊のほかスムーズだった。 それから少しばかり無言で歩いて――ほぼ同時に、私と彼女の足並みが 白樺が左右に割れて少し開けた場所にぽつんと佇む、レンガの障壁を前にして。 「……これも、温室?」 「いいや、どうも違うようだ。――上を見たまえ、屋根がない」 「あ。ホントだ」 私たちの前に現れた障壁はほぼ正方形に、何かを取り囲むように打建てられており、上部は吹き抜けになっていた。その規模、約10メートル四方。 「じゃあ、何?」 「フム……」 二つ目の問いには答えようがなく、一緒になって考え込む。ここに突っ立っているだけではもちろん内部は見えない。入り口らしきものも特に見当たらなかった。 「登れるかな、この壁」 ……真宵くんの好奇心は留まるところを知らないらしい。が、一応忠告はしておく。 「ざっと3メートルはあるぞ」 「う〜ん、無理かなぁ。じゃあねぇ……」 彼女はまだ諦めきれない様子で恨めしそうに虚空を睨んでいたが、何を思い付いたのかぱんっ!と、お馴染みの合掌ひとつ。 「御剣さん、肩車して!」 「なっ……?!と、唐突に何を言い出すのだ、キミは!」 「……え?あたし、何かヘンなこと言った?」 (少なくとも、うら若き乙女の発言ではないぞ?)……喉まで出掛かった言葉を飲み込み、 ⇒To Be Continued... |
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