信じるということ
作者: サタ   2009年01月19日(月) 17時04分56秒公開   ID:/uHfxAJItPI
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    1
あの世間を騒がせた事件からひと月が過ぎた頃。
私は自分の執務室で過去扱った事件のファイルを整理していた。
ひと月前。私はあの事件を担当した。
前代未聞の首席検事の犯行。
幸いなことに首席検事は犯行を認めていたからキレイに片付くだろうと思っていた。
だが、キレイに終わるわけがなかった。弁護士があの男だったから。
あの男、成歩堂龍一はいつものごとく事件を解決し真実と真犯人を暴いていった。
その真実の中には私の知りたくない事実も含まれていた。
証拠隠滅、捏造。
二年前、私は捏造されたものを証拠品として法廷に提出した。
それは決して許されないこと。
父と成歩堂が嫌っていたことを私は二年前犯してしまったのだった。
その事実が事件が終わった今もなお私を苦しめている。
そしてもう一つ、私を悩ませることがあった

    2
夜、夢を見る。それはあの事件の真犯人が私に残した言葉。
―キミは……ボクと同じニオイがするからね―
違う。私はあなたと同じではない。
―いずれキミにも分るよ……必ず―
私はあなたの様になりたくはない…!
―たった一人でヤツらと戦うためには
“何が必要なのか”をね―
…………!!
あの事件が解決してからひと月たったのに私はあの夢を見てしまった。
私が必死に忘れようとしていた言葉も蘇る。
事件の真犯人、厳徒局長が最後に私に向けて放った言葉だ。
厳徒局長は被告を追い詰める“武器”を手に入れるために罪を犯した。
局長は犯罪者が野放しにされることが許せなかったのだろう。
だからあのような悲劇を起こしてしまった。
このことを世の中では“歪んだ正義”と呼ぶのだろう。
私も犯罪者が野放しにされるのは許しがたいと思っている。
しかし、私は局長とは違う。
確かに“武器”は必要だ。だが、
その為に罪を犯そうとは思わない。
それに、私は一人ではない。
成歩堂達がいるからだ。
それなのに、それを否定しようとする自分もいる。
何を甘えたことを言っている。
一人ではないだ?…笑わせるな。
今まで貴様はたった一人、自分の力で生きてきただろう。
それに貴様は有罪判決のためならば何でもすると自分で言っていたじゃないか。
その言葉を否定する自分。
確かに、私は過去成歩堂達の前でそうだと言った。
でも、今は違う。
私はあの男に助けられたのだ。今まで追求することをあきらめていた真実で。
あの男は勝敗など関係なく真実が大切だと教えてくれたのだ。
そしてまた否定する自分。
あの男に助けられた?それは本当か?
一月前の事件を思い出してみろ。
あの時真実が明らかにならなかったらおまえは普通でいられただろう?
真実が明らかになってしまったから、今おまえは苦しんでいるんじゃないか。

違う!確かに私は今苦しんでいる。だが、
あの男が真実を明らかにし、それで救われた人たちがいる。
確かに、真実は時には人を傷つけるが、時には人を救うこともあるのだ。
成歩堂とならば私は真実を追求することができるかもしれない。

そんなきれいごとをよく言えるな。いいかよく聞け。
おまえは裏切られたんだ。今までに何度も!
真実なんて言う夢を追っかけていていいのか?
あの男だっておまえのことを裏切らないとは限らない。
いつかおまえのことをアイツも裏切るかもしれないんだぞ!
その言葉に反論できない自分。
厳徒局長の言葉を否定する自分と肯定する自分。
私は局長の様になってしまうのだろうか?
いつしか私は、アイツからの連絡を絶つようになった。

    3
今日も私はファイルの整理をしていた。
仕事の依頼はきたが私はそれを断っていた。
今は、仕事をする気にはなれなかった。
成歩堂達からも連絡は来るが無視をした。
本当に自分の中で「何か」が死んでしまった気がする。
今整理しているファイルも終わるので、次のファイルに取り掛かろうとした。
すると……
「御剣!今まで何やってたんだ!?僕からの連絡、ずっとつながらないじゃないか!」
執務室のドアを思いきり開けて飛び込んできたのは成歩堂だった。
「な…成歩堂!?何故ここにいる!?」
私は驚きを隠せない。
「何でって……お前が全く連絡を寄越さなかったからだろ!電話もメールも駄目だったから来たんだよ!」
「私は来た理由を尋ねているのではない!どうやって私の執務室まで来れたのかを聞いているんだ!!」
「イトノコ刑事が入れてくれたよ。お前の様子が最近おかしいって言ったら『いいっすよ!自分も検事のこと心配っスから』って言って快く入れてくれたぞ」
くそ……あの刑事め。今度の給与査定楽しみにしていろ……!
「イトノコ刑事かなり心配してたぞ。それにお前最近全然法廷に立ってないらしいじゃないか?」
成歩堂が私の眼を見ながら言った。私はそのまっすぐな瞳を見ることができなかった。
「…貴様には関係ないだろう」
「関係なくないだろ!?イトノコ刑事は厳徒局長の事件からおかしくなったって言ってたぞ!」
「……」
「それにお前あの時……辞表書いてたよな?あれ、まさか本気じゃないよな!?」
「それが何だと言うんだ……?」
私はあくまでも冷静を装って答える。
「それが何だって……ふざけるなよ御剣!!」
「私は別にふざけてないが」
「何で検事辞めるんだよ!お前は悪くないだろ!巴さんだってそうだって言ってたじゃないか……」
「……ねつ造された証拠品を法廷に出したのは担当検事だった私だ。責任をとるのは当然のことだろう?」
自分で喋っていておかしいと思う。確かにそのこともあるが本当は……。
「なあ、御剣。それが理由か?もしかして本当は違うんじゃないのか?」
「……!」
この男は嘘を見破るのが本当に得意なようだ。だが……
このことだけは本当にやめてほしい……!このまま追及されると私は……
壊れてしまう。
「もしかして……まだ、気にしてるのか?あの言葉……」
「だ、黙れ!!」
「御剣……」
今まで冷静さを保てていたのにアイツの一言でそれが一気にはじけた。
成歩堂は突然激昂した私に対してとても悲しそうな眼を向けている。

成歩堂……私をそんな憐れむ眼で見ないでくれ。

成歩堂……君は今の私のことをどう思ってるんだ……?

「……お前さ、そんなに厳徒局長の言葉重く考えるなよ……。ほら、最後に裁判長に向けて言ってた言葉もあるだろ?」

“「御剣ちゃんとなるほどちゃん。この二人がいれば大丈夫だよ」”

「な、だからさ、そんなに気にするなよ」
「……何がわかる……?」
「えっ?」
「貴様に何がわかると聞いているんだ!!今まで尊敬し信じていた師匠に裏切られ
挙句の果てには検事局にまで裏切られた気持ちを!!貴様にわかると言うのか!!?」
私は今までどこにもぶつけることのできなかった気持ちを成歩堂にぶつけた。
「……前にも言っただろう?私も厳徒局長と同じ事を考えていた。犯罪者と闘う為には“武器”が必要だと……」
今の私は一体どんな顔をして語っているのだろう?
「いつか……いつか私も、力を求める限り局長と同じ事をするかもしれない……!
こんな、こんな気持ちで検事が務まるとでも思うのか?」
声がふるえているのが自分でもわかる。きっと私は悲しそうな顔をしているのだろう……。
そんな私を見て今まで黙っていた成歩堂が口を開いた。
「で、でも!お前は一人じゃないだろ!!巴さんだってそう言ってたじゃないか!」

“「あなたは一人じゃないわ。御剣くん」”

「たしかに……、確かに宝月首席検事はそう言ってくれた!!……だが、本当にそうか?」
「え…」
「一人じゃないと言われることと、自分が一人じゃないと本当に実感することとは違う。私は……」
私は今までずっと一人だった。それでも、寂しいとは思わなかった。
それは自分の信じた道を進んでいたからだと思う。
それが今では孤独感が付き纏う。
「私は……まだ……」
あの時孤独感に、絶望に打ちひしがれていた私に手を差し伸べてくれたのは間違いなく成歩堂達だった。
それなのに……私はそれを認めることが出来ない……。
「御剣!!」
急に成歩堂が私の名を呼んだので私は怯んでしまった。
「お前、自分が一人だって思ってるのかよ!?」
「……」
「お前が一人じゃないって実感できないのはそれを信じることが出来ないからだろ!!?」
「!?」
「あのひょうたん湖の事件の時、イトノコ刑事に真宵ちゃん。それに矢張だってお前の無罪の為に走り回ってた!!」
確かにあの時、糸鋸刑事は私の無罪を証明するために徹夜で頑張ってくれた。
確かにあの時、真宵クンは法廷で身を張って私を助けてくれた。
確かにあの時、矢張は私のために証言台に立ってくれた。
成歩堂は続ける。
「茜ちゃんだって……巴さんだってお前に感謝してるんだぞ!!それでも一人じゃないって実感できないのかよ!!?」
確かにあの時、茜クンは私に対してありがとうと言ってくれた。
確かにあの時、宝月首席検事は心の底からの笑顔を見せてくれた。
それなのに、何故私はそれを信じることが出来ないのだろう?
「……お前の中に僕達は存在しないのかよ……」
「……!!」
その時、私はようやく理解した。私が信じることのできなかった理由……。
私は……傷つくのが怖かったのだ。
私は……裏切られるのが怖かったのだ。

私は……自分を信じることができなかったのだ。

私は湖の事件で“裏切られる”という恐ろしさを知った。
それまでの悪夢から解放されたのは嬉しかった。だがそれよりも、
師匠に裏切られたというショックの方が大きかった。
そして今度は……、
検事局に裏切られた。
だからこそ信じることが出来なかった。
どんなに楽しくても……どんなに嬉しくても、
心の底ではこんな時間は長くは続かないと考えている自分がいる。
また裏切られたくない。また傷つきたくない。この傷を深くしたくない。だったら、

自分から近づくのを止めよう。この幸福感を信じないことにしよう。

もし、一人じゃないことを信じたら……
裏切られたときの傷が大きいから。

信じていなければ裏切られたことへの傷は小さい。いや、

傷自体がつかない。

そして私は、

自分が自信を傷つけるかもしれないと疑っているんだ。

私は局長のようになるんじゃないか?
私は“歪んだ正義”に囚われてしまうんじゃないか?

私は……今まで恨み嫌っていた犯罪に手を染めてしまうんじゃないか?

私は自分を信じきることが出来なくなってしまった。

だからだろうか?今の私には白い成歩堂を見てると自身が黒に染まっているかのように見えてしまう。

その考えに至ったとき私は……ある一筋の光が見えたような気がした。私はその光をつかむ為に……
ある、決断を下すことにした。

「成歩堂」
「!!」
「これから私は検事局長に用があるんだ。もう帰ってくれないか?」
「御剣……」
私は机から立ち上がったとき、ある質問を思い立った。
「ああ。それと、質問がある。お前は弁護士になる前何になりたかった?」
「え……?」
突然の質問に成歩堂は驚いた様子だった。それでも少し照れたように
「う〜ん。実はシェイクスピアの役者になりたかったんだよね」
とはにかみながら答えた。
「そうか。後もう一つ。何故君は弁護士という職業を選んだ?」
「え……んーそうだなあ」
と少し悩んだ挙句成歩堂は
「友達を……苦しんでる人たちを救いたかったからかな」
と真っ直ぐとした眼で答えた。
「そうか」
私はドアに手をかけた。
私の新しい道へと続くであろうこのドア。
「じゃあ成歩堂、またな」
私はそう言葉を残し、
ドアを開いた。

    4
「御剣君。君、本気かい?」
「ハイ」
私は今、成歩堂と別れ検事局長室にいる。
ここにいるのは新しい道へと歩むためだ。
「この休職届って……?」
「ハイ。今は休職をさせてください」
「検事を辞める……って訳じゃないよね?」
「いつになるかは分かりません。でも、私はまた検事として法廷に立ちます」
「……そうか」
「じゃあ私はこれで。失礼します」
私は執務室に戻った。成歩堂はすでに帰ったようだ。
私は椅子に座り、メモを用意する。
文字を書こうとする手が止まる。決意が少し揺らぐ。
私が今まで信じてきた検事……。
それでも、検事の定義が変わることを受けとめる為に……
私は決意を固めた。

「検事・御剣怜侍は死を選ぶ」

執務室を後にし検事局の外へと出て、私は検事局を見上げた。
成歩堂。君はあのメモを見て何を思う?私を嫌うか?私を愚かだと思うか?
だが、成歩堂。今の私にはこうするしかないんだ。他にも方法はあるかもしれない。それでも、
私はこの方法を選んだ。
今の私は局長の言葉を忘れる事が出来ない。幸福感を信じきることができない。
自分を信じきることが出来ない……。
だから私は視野を広げる。君は沢山の可能性の中から弁護士という職業を選んだ。
私は幼いころから法廷に目を向けていた。
それ以外は私にはありえないことだった。

⇒To Be Continued...

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