逆転の哀しき窓景色(1)
作者: 麒麟   2008年11月09日(日) 18時36分29秒公開   ID:vwMtiCpyPYk
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 失敗した時に受けるペナルティは無限大のものであることはもはや間違いない。だが、王泥喜には間違える不安がなかった。何故なら、この事件のかたちが見えつつあったから。
 「その可能性が隠されている証拠はこれですっ!!」
 王泥喜がそう叫んで突きつけたのは“現場写真”だった。
 「こ、これは・・現場写真ですかな?」
 何度も資料で見せられているその写真を、こうして再び見せつけられた裁判長は意味が分からずそう尋ねた。
 「えぇ、その通り、現場写真です」
 王泥喜のその言葉に牙琉は訝しげな表情をする。
 「おデコくんさぁ、それだけじゃその可能性ってのが分からないよ。もっとどの辺に可能性が隠されているのか教えてくれないかい?その人差し指でさ」
 確かにまだ誰もまだ分かっていないその様子に、王泥喜は写真を全体に見せつけながらその可能性が隠された箇所を指さす。
 「その可能性が隠されているポイントはここです」
 一部分・・というよりそれは写真全体を指していた。
 「つまり何処なのよ?」 
 茜もふざけるなと言った表情だった。それは口調にもそのまま表れている。
 「だから、この部屋全部ですよ」
 ニヤリと笑う王泥喜に、これまた一同が驚愕する。
 「オドロキさん・・みぬき、意味がさっぱりなんですけど」
 みぬきにすら分からないその可能性。王泥喜しか分かっていないそれは、ますます王泥喜以外の人々の首をかしげさせる。
 「全体です・・これを見れば明らかですが、部屋は相当争った形跡があります。散らかっている」
 王泥喜は淡々と話を進める。
 「まぁ、そうでしょうな」
 裁判長はそんなこと分かっているという顔で言う。
 「これだけ争えば、細田さんは何か痕跡を残してしまったかもしれない。だからそれを隠滅しに部屋へ入ったでしょう」
 牙琉はそれを聞き一言。
 「それっておデコくんさ、被告人が犯人だって言ってるんじゃないの?」
 確かにそう聞こえる。いや、先ほどの検察側の主張と何ら変わりはない。
 「そう思うでしょうね」
 「何だって!?」
 だがその言葉で、今まで王泥喜が言ってきたその台詞を今度は牙琉が言う羽目になる。
 「簡単な話です。ちょっと発想を変えればいいだけなんですよ」
 そう言うと王泥喜は細田を見る。
 「細田さんは俺たちに対し、自分が無実であること以外は何も話してくれなかった。その理由もこう考えれば納得が出来る。“細田さんは被害者の金賭さんと争っていたのは疑いようのない事実だった”・・そう考えればね」
 被告席の細田がビクッと動くのが見えた。おそらくはその言葉に反応したのだろう。
 「弁護側は主張します。被告人・細田薬史は被害者と借金返済に関して争った。そしてその時、何かのはずみで被害者・金賭さんを気絶させてしまった。それを見た細田さんは殺してしまったと勘違いして現場から逃走。のちに自身の痕跡を消さなければならないと考え、鍵のかかったドアからの侵入を諦め、ベランダを使い窓から侵入・・自身の痕跡を消したとね」
 王泥喜が導き出した結論のすべてだった。
 「つまり王泥喜くん・・それは、この事件の犯人は別にいるということなのですか?」
 裁判長が驚きを隠せないといった表情で口をパクパクさせている。
 「そういうことです。つまり、細田さんは争った時の自身の痕跡を消すために再び現場へと侵入をしたにすぎないのです!!」
 初めて自信を持って言える主張が今ここに、完成した。
 「異議あり!被告人は争っただけだって!?だったらおデコくん、彼はどうしてそれを素直に言わないのさ!!それこそ不自然極まりないじゃないか!?」
 「異議あり!状況をよく考えればそんなこと明らかじゃないですか!!牙琉検事!!」
 そしてまた、初めて牙琉の異議に対してまともな異議で返すことができる王泥喜。
 「いいですか?細田さんは争った結果、被害者は突き飛ばすか何かして気絶させてしまったわけです。この状態で金賭さんを殺したと勘違いした細田さんは逃走します。しかし結果的に自身が痕跡を消すために再び現場へと侵入したところを見られて逮捕されました。その時、警察から告げられた金賭さんの死因が“毒殺”だったことに細田さんは大きな衝撃を受けたでしょう、何故なら自分は争った結果、金賭さんを殺したと思いこんでいて毒殺なんてした記憶はなかったんですからね!!」
 法廷内がその言葉にざわつきだす。
 「静粛に!静粛に!静粛に!静まりなさい!」
 裁判長が木槌を打ち鳴らす。
 「異議あり!しかしおデコくん!突き飛ばして気絶と毒殺じゃ状況がまるで違う!細田薬史は現場へ再び侵入した時に、被害者が毒殺されていることに気づくんじゃないのか!?」
 「異議あり!お忘れですか!?牙琉検事!!被害者は毒殺ですが首筋に注射器のようなもので刺されて殺されたわけです。首筋の注射器痕のようなものがそれを物語っている。しかし、そんな小さな跡は注意深く首筋を見ないかぎり分からない!つまり、再び現場へ訪れた細田さんは、倒れたままの金賭さんをみて、自分が突き飛ばしたか何かしたさいに殺したとまだこの時点では思い込むはずなんですよ!!」
 牙琉の異議を正面から真っ向否定する否定する王泥喜。やっと自身の番が回ってきたような感じになる。
 「異議あり!だがおデコくん!だから何だと言うんだい?被告が争っただけなんて分からないじゃないか。争った結果注射器のようなもので刺した可能性を否定できるのかい?君はそれを否定できていないじゃないか!!」
 しかし若手実力派というだけは牙琉検事は、すぐさま攻めどころを変えてくる。だったら殺害していないという可能性までは示せていないと。
 「た、確かにそれはその通りです。ど、どうなのですかな?弁護人?」
 裁判長が王泥喜のほうを向いた。確かにそれを言われてしまうと話は振り出しに戻ってしまう。
 「うっ・・殺害していない可能性だって・・(部屋への侵入のもう1つの理由ばっかで、そんなの考えてすらなかったぞ)」
 王泥喜は言葉に詰まる。
 「お、オドロキさん!ここで止まったら負けですよ!」
 みぬきがせっかく自分たちに流れてきた空気を堰き止めまいと必死になる。
 「で、でもそればっかりはさすがに・・」
 「何言ってんですか!オドロキさん!じゃ、じゃあせめて、細田さんが犯人だと仮定してありえないことだけでも言っていきましょうよ!」
 みぬきの提案に王泥喜がどういうことなのかという表情を見せる。
 「つまり、検察側は毒物を用意して犯行に及んだ細田さんの計画犯罪だと言っているわけでしょ。だったら、この犯行における計画的じゃない部分を指摘するんですよ!」
 「・・!!そ、そういうことか!!」
 その提案の意味が分かった王泥喜は法廷記録のページをめくる。そう考えればそこの反論ポイントはこれしかない。
 「異議あり!牙琉検事、細田さんが犯人だとして、明らかに妙な点は存在します」
 ニヤリと再び笑う王泥喜、それに今度は牙琉がゾクッとした。
 「そ、それは何だって言うんだい!?」
 「簡単なことですよ、懐中電灯にベランダの手すりの指紋ですよ」
 王泥喜の攻撃はまだ終わらなかった。
 「いいですか、毒物を用意しているかなりの計画的犯行です。毒物は普通じゃ入手できないようなクラーレです。しかし、そのような計画犯罪を練っていたらば、懐中電灯をうっかり現場に忘れたり、指紋を残したりするでしょうか?いや、それ以前に現場に痕跡をうっかり残してしまうこと自体おかしすぎる!!」
 「・・うぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!」
 ここで初めて牙琉が法廷で悔しがる表情を見せる。
 「弁護人の言う通りです。まったくもって反論のしようがない!」
 裁判長も大きく納得。流れが一気に王泥喜たちに向かって傾きつつあった。
 「だけどアンタたち!だったら細田はどうして取り調べの時に自分の無実を主張しないのよ!?アンタの主張だと細田は“毒殺”だと知った瞬間、自分が犯人じゃないと気づけたわけじゃない!?だとしたら素直にそう証言したほうが得策に決まってるじゃない!まだ細田が本当のことを言わなかったことの説明になってないわ!」
 しかしここで意外なる伏兵、証言台の茜が先ほどの王泥喜の主張の穴をついて反撃をしてきた。どうもこの事件、珍しく茜も相当自信を持って捜査をしているようだ。
 「た、確かに承認の言う通りです」
 しかしこれまた他人の意見に流されやすい裁判長である。対する王泥喜、これに関しては反論ができるようである。
 「茜さん、仮に細田さんが死因を“毒殺”だと聞いた時点で自分が犯人でないと気づいたとしますよ。そこで素直に自分が犯人でないと言ったところで、現場への侵入と逃走の目撃証言がある。これの真偽を問いただされたとき、彼が素直に本当のことを言えるでしょうか?」
 王泥喜の問いに茜は即答する。
 「言うに決まってるじゃない!不利な状況から脱するにはそれしかないわ!」
 そう言うのは言うが、では実際の細田はどうだったろうか?王泥喜は続ける。
 「はたしてそうですかね?目撃証言から本当のことを言ったとして、事件現場の1305号室に侵入した細田さん以外の人物の目撃証言はありません。ここで認めたら、現場へと入ったのは細田さん1人だけだということになってしまう」
 「・・あっ!!」
 茜がようやく王泥喜の主張のポイントに気づき言葉が出てこなくなる。
 「ただでさえ毒殺ということで細田さんを取り巻く環境は不利です。自身は職業柄毒薬を入手しやすい立場にあるうえに、部屋にあった注射器の入ったカバンも押収されている。しかも動機に関しても否定が出来ない関係上にあった。ここで細田さんが現場に再び侵入したことを素直に言ったとして、警察が信じるでしょうか?」
 「そ、それは・・」
 そこまで言われると「信じた」とはっきり言えない茜は口ごもる。
 「だから細田さんは、取り調べの段階で自信を守るために何も言えなかった。しかしその結果起訴までされてしまった。そして裁判となったとき、俺たち弁護側には死因の違いから間違いなく“無実”だということは分かっているからそれだけは主張できた。ただ、本当のことを言うと信じてもらえなくなる。そう考えて俺たちにまで現在それ以外のことは黙秘を繰り返しているのです!!」
 相変わらずざわざわとうるさい法廷内。裁判長が木槌を何度も叩きつける。
 「静粛に!静粛に!静粛に!弁護側の主張は確かに筋が通っています。どうですか!?牙琉検事!?」
 今度は自信に問いかけが回ってきたことに牙琉は、内心悔しそうな表情を見せながらも反論した。
 「良い感じにアツくなってきたじゃないか・・だったらボクは聞くよ。おデコくん、つまり君は真犯人がいると考えるわけだ。しかも、細田薬史が金賭を気絶させ逃走し、その後ベランダを使って再び侵入するまでの30分という空白の時間に、別の人物が現場へと訪れ殺害し逃走したのだと・・そう主張するわけだね!?」
 悔しがりながらも状況を冷静に分析した牙琉はそう尋ねた。
 「その通りです!それしか考えられない!」
 王泥喜は認める。いや、そう考えないと細田の無実はありえないのだ。
 「異議あり!だったらさ、おデコくん。その真犯人は当然、ドアから堂々と侵入したわけ?」
 「な、何ですって!?」
 苦し紛れではあったが、的を得た反論だった。
 「だってさ、被害者の部屋はあれでも密室だったわけだ。入るには被害者の金賭にドアを開けさせるしか手段はないだろ?」
 「そ、そんなの!気絶していた金賭さんが意識を取り戻したら開ける事はできます!」
 当然そう主張するしかない王泥喜。ここで牙琉は、悔しがっていた体勢から起き上がると尋ねる。
 「だったらさ、その真犯人は金賭がドアを開けてやるような人物だったわけだ?」
 「そ、そうなりますね・・!」
 明らかに雲行きが少しずつ怪しくなってくる。
 「ふぅん・・ボクたちの捜査線上に浮かび上がってこなかったそんな人物がいるわけだ。当然、おデコくんはそれが提示できるんだろうね?」
 「・・て、提示ですか?」
 それを言われて困ったことになった王泥喜。真犯人の提示である。
 「そこまで言うからには出来るんだろ?そしてその真犯人は相当計画的にこの犯罪を練ったんだろう。だって、ボクたちがその痕跡を見つけ出すことが出来なかったんだから」
 ここにきて状況がまたしても完全にひっくり返った。再び王泥喜の額から大粒の冷や汗が流れ出す。
 「し、真犯人ですか・・」
 「ど、どうしたんですか!?オドロキさん!!ここで一発ドカンと決めてくださいよ!!」

⇒To Be Continued...

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