逆転の哀しき窓景色(1) | |
作者:
麒麟
2008年11月09日(日) 18時36分29秒公開
ID:vwMtiCpyPYk
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「えぇ、そう言ったけど何か変?」 対する茜はまだ気づいていないようだ。少し異議に対して不機嫌な顔をしている。 「茜さん。俺は少なくともこれが計画殺人だとは考えてません」 「えっ!?」 王泥喜の言葉は意外だったのか、茜は少し戸惑う。 「王泥喜君。それはどういう意味ですかな?」 裁判長も首をかしげている。どうやら本気で分かっていないらしい。 「どういう意味も何も、根拠はこの懐中電灯です!」 先ほど提出された懐中電灯を根拠としてあげる王泥喜。 「もしかしてそれが現場に落ちていたってことかい?だとしたら拍子抜けだな。計画的犯行でも忘れ物をするうっかりな犯人くらいいるだろう。ま、ボクはしないだろうけどね」 ある意味問題発言をさらっとした牙琉だが、王泥喜はそこでニヤリとする。 「忘れ物をしたにしても、問題はベランダにこれを落とす経緯です。それがありえない」 「経緯・・ですか?」 その言葉にまたも首をかしげる裁判長。まだ分からないらしい。 「牙琉検事。あなたが仮に犯人だとして、懐中電灯を落とさないにして、問題は計画殺人でこんな意味不明でかつリスクの高いことをしますか?」 「・・どういうことだい?」 王泥喜の言葉が的を得ていたのか、牙琉検事はそれ以上は何も言わない。 「簡単なことですよ。犯行にどうして懐中電灯が必要なんですか!?」 その発言に一瞬法廷内がポカンとする。 「おデコくん。そりゃあ事件が起きた時間が夜だからじゃないのかい?」 何も言わなかった牙琉検事だが、誰も突っ込まなかったのでさすがに話を進めるためにそう反論する。 「だとしても、自分の部屋の明かりと被害者の部屋の明かりがあればベランダ間の移動は十分だと思いますけどね。俺は」 とここで、さっきから唖然としていた茜が反論する。 「で、でもアンタ!真夜中のベランダ間移動はさすがに明かりも持たないんじゃ危険じゃない!14階から13階へ移動するのよ!」 「そうですか?だったら茜さん、“懐中電灯を持って”移動してみます?」 「・・あっ!!」 そこでようやく王泥喜の主張の意味が徐々に分かってくる茜。 「俺には少なくとも出来ませんね。だって片手が塞がってちゃ危険すぎるし、仮にも現場には照明があるから持ってく必要もない。無意味だ」 そう言われてようやく話が理解できたのか、裁判長がただ一言。 「なるほど!」 そのまんますぎる。 「異議あり!だけど出来ないことでもないんじゃない?やっぱり暗闇の中を移動するリスクは高いとボクは思うけどな」 牙琉検事が思ったことをそのまま口にする。だが、王泥喜の反論は終わらない。 「異議あり!暗闇の中を移動する危険性以外のリスクもあったと俺は思いますけどね」 そう、ここがもう一つのポイントだった。 「だって、ベランダ間の移動自体が西エリアの宿泊客に見られる可能性があるのですから!!」 「・・っっ!!!!」 とここで、初めて牙琉検事が取り乱す。 「オドロキさん!これってやったんじゃないですか!?」 みぬきもようやく状況が自分たち側に傾いてきたことに興奮を隠せない。ここで王泥喜はさらに畳みかける。 「それに、これが計画殺人だというならば、被害者の部屋のドアから堂々と侵入すればいいじゃないですか!?何しろ借金返済のために来ているんです!細田さんは自らが来たことを金賭さんに伝えれば部屋には容易に侵入できたはずです!!ベランダ移動の必要性がまったく見えてこない!!」 思いっきり茜と牙琉に人差し指を突き付ける王泥喜。茜は思わぬ王泥喜からの反論に言葉が出てこないようである。 「た、確かに弁護人の主張は間違っていません。私もそれには同意せざる得ません!」 裁判長も大きく頷いて王泥喜の異議を認める。王泥喜とみぬきがやっとこの不利な状況を打開できる。まさにそう思った時だった。 「異議あり!ちょっとおデコくんに好きなことを言わせすぎたみたいだね」 不敵な笑みを浮かべながら牙琉が異議を唱えた。どうも全ては想定の範囲内だと言わんばかりの顔だ。 「ど、どういうことですか?牙琉検事?」 王泥喜はやっとこの状況を乗り越えられると思っただけに、またもや嫌な予感を感じずにはいられない。 「おデコくんさ、2つのことを見落としてるよ。もしかしたら、“知らないだけ”かもしれないけどさ」 そう言うと牙琉は手持ちの資料を王泥喜に提示しながら話を続ける。 「1つは目撃された時間帯だよ」 「目撃時間・・ですかな?」 裁判長はその眼を牙琉へと向ける。 「そう、目撃時間さ。証言でもはっきりしているけど、被告人が目撃された時間は午前1時15分頃。これが部屋を出てきた時の時間で、ベランダから侵入してきた時間帯も大体それの5分ほど前だったと判明している」 「・・つまり、ベランダから被告人が侵入したのはおよそ午前1時10分頃ということですな?」 「そういうことさ」 裁判長の言葉に頷く牙琉。しかし、それが一体どういうことなのか王泥喜には分からない。 「まだ分からないのかい?おデコくん?ここで問題なのは、被害者の死亡推定時刻さ」 「!! し、死亡推定時刻だって!?」 その発言で王泥喜は慌てて法廷記録から解剖記録を取り出した。 「死亡推定時刻は・・午前0時50分頃!?」 これを見た王泥喜の顔からは、色々と複雑な表情が読み取れる。 「ちょっと待ってくださいよ!これだと・・細田さんは金賭さんが殺されてから20分後に現場に入ってきたってことになるじゃないですか!?」 みぬきが王泥喜の代わりにその複雑な表情になった原因とも言える矛盾を叫ぶ。 「そうさ!つまり彼は、被害者を殺害してから20分後に再び被害者の部屋へ侵入したのさ!」 牙琉がこの矛盾の答えを提示する。しかし、これではあまりにも理解に苦しむ。 「異議あり!そ、そんなバカなっ!ど、どうしてそんな不自然なことを被告はしたと言うんですかっ!?」 王泥喜は慌てて異議を唱える。こればかりは認めるわけにもいかない。 「まぁ、とりあえず落ち着けよ・・おデコくん。刑事クンさぁ、被告が被害者の部屋に訪れた“最初”の時間って分かってるんだろ?」 しかしそんな異議は想定内だと言わんばかりに牙琉は、平然とした顔で茜にそう尋ねた。最初の時間・・つくづく弁護側にとってはいやな言葉であった。 「最初の時間・・?あぁ、あの被害者の職場の日程表の話ね」 茜は最初、何のことだかさっぱりな顔をしていたがやがて思い出したのか話を続ける。 「警察の調べでは、被害者は事件当日の午前0時30分に事件現場の部屋で被告人・細田薬史と借金の返済をする予定になっていたらしいわ。きっとその日も、被告はその時間に事件現場を訪れたと考えられているわ」 茜から発せられる事実に頭の中を整理する王泥喜。今回の事件は、時間軸の整理で少し混乱が生じそうである。 「では、その時の返済の話で口論になり、被害者を0時50分に殺害したと言うのですかな?」 裁判長も頭の中で慎重に内容を整理しながら話を進めている。 「そういうことだね、だから部屋は相当荒されていた。被害者と被告が争ったんだろうさ、そこで被告は最終的に被害者の後ろから注射器のようなもので刺したわけさ」 牙琉のほうは時間軸が理解できているのか、比較的すらすらと話を進めていく。 「だけど、それだったらどうして細田さんが1時10分にまた現場に侵入するんですか!?明らかに不自然だ!」 王泥喜のこの主張はもし、事件がそこで終っていたならばもっともな正論だと言えただろう。だが話はそこで終わらなかった。 「被告人の細田はそこで、いったん現場から自分の部屋へ逃走したのよ。で、その20分後に現場に戻った。現場に残された自分の痕跡を今度は消すためにね。これがあたしたち捜査本部の見解よ」 茜の言う捜査本部の見解にゾクッとした王泥喜。というかそもそも、それ以前にはこの発言に突っ込みどころが多い。 「異議あり!だとしたら、何故細田さんはドアからでなくベランダから侵入するんですか!?ドアから殺害時侵入したなら、次もドアから侵入するのが普通でしょう!」 「異議あり!おデコくん、君の頭は本当にどうかしてるんじゃないかい?最初と今度とでは部屋への侵入に対するスタンスが全くもって変わっていたに決まってるじゃないか!」 しかし、その突っ込みどころが本当に穴だったとしたら、この男が見逃しているわけがない。 「それはどういうことなのですか?牙琉検事?」 裁判長の問いに牙琉は淡々と答える。 「良いかい?最初の訪問は被告人の借金の返済のためだ。つまりさ、鍵のかかっている被害者の部屋は被害者自身が開けてくれたわけさ。その時間に被告人が訪れるのは分かっていたわけだからね」 それに続くように茜も証言台からこう発言する。 「そして殺害後にドアから逃走。しかしそのあと被告は、事件現場に自身の致命的な痕跡を残していることに気づき、再び部屋に侵入しなくてはならなくなった。けど、今度は被害者の部屋のドアを開けてくれる人間が中にはいないのよ」 「開けてくれる人がいない・・ああああああああああああ!!!!!!!」 その言葉で意味に気がついた王泥喜、思わず悲鳴をあげるしかなかった。 「そうさ、だから被告人はベランダから窓伝いで侵入するしかなかったわけさ!窓からなら鍵がかかっていても割ってしまえば鍵をあけることは出来る。まぁ、実際には割れてなかったから鍵は開けっぱなしだったんだろうけどね」 壁を叩きつける牙琉は得意げにそう言った。まさに隙がなかった。 「しかし、鍵を開けてもらったのならば逃走しても、また入ることは出来たのでは?」 裁判長が素朴な疑問を口にする。だが、正直この主張だけは王泥喜も出来なかった。何故ならば・・ 「オートロックだったんでしょ?ホテルのカギは・・」 冷や汗まみれの顔で一応だが、もしものこともと思いそう言った王泥喜。 「そういうことね」 しかし茜の言葉であっさりとそれは打ち砕かれた。 「あぁ、あの締め出される仕組みのことですな」 裁判長もそれを聞いてやっと納得をする。しかし、締め出されるという表現もいかがなものか。 「ま、そういうわけで被告は窓から侵入。逃走に関してはドアから出て行けばいいだろう。オートロックでも内側からは逃げることは出来るしね」 牙琉が念のために付け足した。まさに隙がなさすぎる。 「な・・なんてこった」 完全に逃げ道を封じられた王泥喜の言葉はそれしかなかった。 「そして2つ目、これはおデコくんが言う懐中電灯を持ってのベランダ移動は不自然だということに関する反論なんだけどさ。実はあの時、懐中電灯がないと誰も動けなかったんだよ」 さらに追い打ちをかけるように牙琉は2つ目のポイントをあげる。 「う、動けないだって?」 これ以上まだあるのかと王泥喜はガクガクであった。 「そう、事件当夜の天気・・覚えてるかい?」 突然天気の話を持ち出した牙琉。それには王泥喜のかわりにみぬきが答える。 「えーっと、確かあの日の夜は・・凄い大雨でしたね。というか嵐って感じ?みぬきの大切なマジックパンツも外に干してたらびしょ濡れだったなぁ・・」 嵐だった事件当夜。それがどう関係しているというのか。分からない王泥喜に茜がその関係性を告げる。 「事件当夜、その天候のせいでスターセブンホテルは停電したのよ。落雷によってね。それが午前0時52分の出来事だと記録が残ってるわ」 「・・て、停電だって!?」 懐中電灯使用の意味が徐々に分かってきた王泥喜。しかし、認めたくなかった。 「そうなんだよ、おデコくん。事件当夜停電が発生してね、事件現場の東エリアは電力が復旧したのが午前1時14分・・部屋から出てくるのが目撃された1分前に電力は復旧したばかりだったんだよ」 「それでは牙琉検事、それまでは現場は暗闇だったと?」 「そういうことさ」 裁判長の質問にそう答える牙琉。つまり、これで懐中電灯使用の理由が提示されたことになる。 「つまり、あの時東エリアは暗闇だった。暗闇の中のベランダ移動はさすがにリスクが高い。だから被告人は懐中電灯を使用せざるえなかった。もし闇の中で足を一歩踏み間違えば地上へ落下するリスクがあったわけだからね!!」 「・・・・!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 もはや完全にノックアウト寸前にまで王泥喜は追い込まれてしまった。その証拠に声が出ていない。もう何度目か自身にも分からないほどだろう。 ⇒To Be Continued... |
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