逆転の哀しき窓景色(1)
作者: 麒麟   2008年11月09日(日) 18時36分29秒公開   ID:vwMtiCpyPYk
【PAGE 2/6】 [1] [2] [3] [4] [5] [6]


 「な、何をですか?」
 思わず聞かずにはいられないその何か。
 「決まってるじゃない。上の階の客室ベランダから1305号室のベランダへと移動している被告人よ」
 法廷の空気が一瞬ピタリとなった。
 「なっ・・なっ・・何ですってえええええええ!!!!」
 王泥喜がそう叫んだ瞬間、法廷内が一気にざわついた。
 「静粛に!静粛に!しょ、証人・・そ、それは一体どういうことなんですか!?」
 裁判長が木槌を叩きつけながら茜に尋ねる。
 「どうもこうもないわ。被告人も事件当日の夜、スターセブンホテルに宿泊していたの、被害者の真上の部屋である1405号室にね」
 嫌な予感は的中だった。王泥喜の叫びに更なる追い打ちがあの男からかけられる。
 「つまり、被告人は自分の泊まっていた部屋から真下の被害者の部屋へ、外のベランダを通じて移動していたんだよ。ああ見えても実にアグレッシブなことをしているんだよ!彼はね!」
 被告席に座る見るからにひ弱そうな男を指しながらそう牙琉。明らかに動揺しまくっているその様子からそれが嘘ではないことが誰からも見て明らかである。
 「異議あり!しっ、しかし!細田さんの部屋のベランダから出てきた人物が細田さんとは限らないじゃないですか!!」
 とりあえず異議を唱える王泥喜。いや、無意味なことは分かっているがこの状況では異議を唱えるしかなかった。
 「異議あり!ボクたちを見くびってもらっちゃ困るね。おデコくん。もちろんベランダを忍者の如く移動した人物が被告人であるという証拠もあるんだよ!」
 壁を叩きつけると牙琉は証拠品の提示を茜に促した。
 「・・ん、あれのことね」
 そう言うと茜は1本の懐中電灯を取り出した。
 「それは何ですかな?」
 裁判長の問いに茜は答える。
 「これは科学的に見ても懐中電灯ですね。一応これはスターセブンホテルの客室に、非常用として1本ずつ備えられているモノです」
 それを見たみぬきが真剣な眼差しで王泥喜に一言。
 「オドロキさん・・あれってまさか、さっきの証言で茜さんが言っていた遺留品のことじゃないですか?」
 みぬきの言った言葉は間違いなかった。それはその言葉を聞いた牙琉検事の顔がニヤついていることからも明らかだ。
 「そうさ、これは現場である1305号室のベランダで発見されたモノさ。調べてもらったところ、被告人が泊まっていた1405号室には備えの懐中電灯がなかくてね。もしかしてと思ったらビンゴさ。その懐中電灯には1405号室のものであるとシールが張ってあるからね!」
 「さらにアンタには悪いけどこれ、被告人の指紋でベッタリだったわ。あ、あと1305号室のベランダの手すりにもね」
 限りなく致命的な証言が次から次へと王泥喜へ浴びせられる。
 「お、オドロキさん・・これって」
 「か、限りなく細田さんがベランダ越しへの移動をした証拠にはなるだろうなぁ・・」
 そう考えるしかなかった。限りなくヤバイ状況だ。しかし問題はその意味だ。

 <スターセブンホテルの上面図>
 大きな“コの字型”をしており、それぞれの直線部分ごとに東・西・中央エリアに分かれている。
 客室の窓は全部“コの字”の内側部分にあり、東エリアと西エリアの客室は窓越しに覗ける構造。
 被害者のいた1305号室と細田さんのいた1405号室は共に東エリアにある。

 <懐中電灯>
 事件現場のベランダに落ちていた。
 細田の部屋に備え付けられていたもので細田の指紋がついている。

 「まぁ、これが被告人の目撃証言のすべてといったところさ」
 牙琉検事は涼しい顔でそう言い放つ。冷や汗まみれの王泥喜とは対照的だ。
 「ふむぅ・・話はよく分かりました。では王泥喜くん。尋問を続けてください」
 「は、はい・・」 
 裁判長に促されて尋問の続きを行う王泥喜。ただ、今の新事実だけでもう心境としては最悪だった。
 「ま、まだまだ大丈夫ですよ!オドロキさん!反撃の糸口はまだ残ってますって!」
 みぬきがそう言って王泥喜を励ます。確かにまだ突っ込みをいれていない証言は残っている。この状況を打破するポイントはそこにあるかもしれない。
 「そ、そうだな。とりあえずやってみるか・・」
 気を取り直した王泥喜は再び尋問を再開してみることにする。
 「それで茜さん、犯行手段から考えても被告人しか犯人はありえないってどういう意味ですか?」
 そう、一番の疑問点がまだ残されていた。犯行方法である。
 「あぁ、それね。それは被害者が薬殺されたってことよ」
 自分の専門知識を披露する場面が出てきたからか、茜はイキイキと語り出す。
 「薬殺・・って、直接の死因となった毒薬は何か分かったんですか?」
 「えぇ、バッチリ判明したわ」
 そう言うと茜はまるで子供のように勢いよく説明しだす。本当に分かりやすいというか何というか・・
 「直接の死因は猛毒性アルカロイドによる筋肉の弛緩で引き起こされた呼吸麻痺。早い話がクラーレが使われたみたいね」
 茜の早口な説明にちんぷんかんぷんなみぬきと裁判長。
 「あるかいろいど・・ですかな?」
 「全然意味が分からないです!オドロキさん!」
 とりあえず王泥喜も意味は分からない。だが、一つだけ分かることがある。
 「その、クラーレって毒物が使われたんですね?」
 むしろそれしか分からなかった。
 「そう、クラーレが使われたの。これはね、ちょっと変わった毒物で消化管からはほとんど吸収されないのよ」
 自慢げに語るがさっぱりな王泥喜。とここで、牙琉検事が助け船を出す。
 「消化管から吸収されないってことはだよ、つまり青酸カリみたいに口などから混入させる・・早い話が飲ませるっていう手段じゃ殺すことができないって意味さ」
 飲ませるという手段では無理。王泥喜はそう言われて解剖記録を再確認する。
 「じゃあどうやって毒を体内に注入したんですかね?犯人は?」
 みぬきの疑問は当然と言えば当然だが、王泥喜は答えを見つけていた。
 「被害者の首筋にあった注射器痕、これがクラーレの注入痕ってことですか?」
 牙琉検事は意外そうな顔をした。
 「そういうことだね。おデコくんにしては理解が早いじゃないか」
 (余計なお世話だ!!)
 機嫌を損ねる王泥喜。そして茜はさらに説明を続ける。
 「南米で原住民が昔狩りに用いていたのがこのクラーレなのね。だから今回の事件の場合、犯人は注射器痕とあるけどつまりは“針のようなもの”にクラーレを塗りつけていて、それで被害者の首筋をグサリと刺したわけよ」
 そう言ってニヤリとする茜。してやったり顔だが何がしてやったりなのか意味が分からない王泥喜。

 <金賭黒吉の解剖記録(修正あり)>
 死亡推定時刻は10月9日午前0時50分頃。死因はクラーレによる呼吸麻痺。
 被害者の首筋に注射器痕のようなものがあり。そこから毒物が注入されたと推定される。
 なお、被害者は体に数か所打撲による痣が残っており、殺害前に争ったと思われる。

 <科捜研からの報告書>
 被害者殺害に使用された毒薬はクラーレと断定。
 クラーレは飲ませるのではなく傷口に注入するかたちで効果が出る毒物で、
 筋肉を弛緩させ、最終的には呼吸麻痺に陥らせるものである。
 被害者の正面から犯人は、針を用いて首筋を刺したものと見る。
 

 ただ、そうなると問題が出てくる。
 「それで茜さん、肝心の凶器は見つかったんですか?」
 「・・!! そ、それは・・」
 捕まえたと思った王泥喜。そう、この法廷ではまだ肝心の凶器が見つかっていないのだ。
 「確かにそれは重要な点です。どうなのですか?証人?」
 裁判長も味方につけて追及する王泥喜。反撃の糸口が見つかりそうだ。
 「そ、それは・・まだ見つかっていないわ」
 決まりが悪そうにそう口にした茜。まだ見つかっていない・・どうやら唯一の反撃手段となりそうな材料である。
 「おそらく被告人がどこかに処分したんだろうね。現在ホテル内を目下捜索中というところだよ。警察が逮捕した時、まだ彼はホテル内にいたから凶器はホテルの何処かにあるはず・・見つかるのも時間の問題さ」
 そう言うと壁をダンと叩きつけた。
 「本当にこういうことはボクの歌の中だけにしてほしいよ!“恋のアトロキニーネ”のようにね!」
 そう言った瞬間、おそらくファンであろう女性たちのざわざわが聞こえてきた。
 「さりげなく宣伝してる場合かよ・・」
 「まぁ、もう100万枚売り上げてますしね」
 どうにもガリューウェーブの曲名のセンスが理解できない王泥喜。
 「とりあえず、その話は最もだと俺は思いますが・・」
 机をドンと叩いて王泥喜は話を進める。その音で例のざわざわは何とかおさまった。
 「とりあえず・・って何だよ」
 不満そうな牙琉検事はとりあえず無視し続け話す王泥喜。
 「問題は細田さんがそんな薬物を入手できる人間だったかということです。クラーレなんてもの、そう簡単には入手できないと俺は思いますけど」
 入手経路がはっきりしないと話は進まない。だが、牙琉検事はすぐさま切り返してきた。
 「異議あり!おデコくんはやっぱりおデコくんだったみたいだね」
 「は?」
 今度は王泥喜が機嫌を損ねた。だが、この質問ばかりはさすがに愚問だったようで、茜も呆れた顔をしている。
 「被告人は真田下(まだしも)製薬会社の薬品開発研究員だということを忘れているようじゃ、話が通じないのも無理はないね」
 憐みの眼で王泥喜を見る牙琉。王泥喜は「しまった!!」という顔をする。
 「真田下製薬と言うとあの一時期有名になった製薬会社ですな。親会社だったMD製薬からの分離でかなり話題になっていましたな」
 裁判長も知っているくらいの大きな製薬会社。そう言えば確かにそんなことを言っていたような気がすることを思い出した王泥喜。
 「MD製薬っていうと、パパが昔お世話になってたような話を聞いたことありますけどね」
 「そりゃ違う意味でだろ・・」
 成歩堂の過去の事件資料から存在自体は知っている王泥喜。だが、今はそれどころではない。
 「ちなみに被告人は薬品開発研究員の第4部署の副主任で、薬品は自由に管理できる地位にいることがわたしたちの調べで分かってるわ。そして、真田下製薬にはクラーレも実験用のサンプルとしてあることも同時に判明してるわ」
 「・・っっっっ!!!!!」
 茜の言葉にもはや声にならない悲鳴をあげる王泥喜。
 「それに、被告人の部屋から鞄の中に入った何本かの注射器も見つかってるわ。もしかしたら、その持ち込んだ注射器の針にクラーレを塗って被害者を殺害し、問題の注射器はどこかに処分したとわたしたちは睨んでるわ」
 「ちゅ・・注射器入りのカバン?」
 もはや絶体絶命の王泥喜は被告席の細田を見る。
 「本人曰く、自宅での実験用に持ち帰ってるらしいけどね」
 涼しい顔でそう説明した牙琉検事だが、信じていないのは明らかである。
 (くそっ・・何だかもう疑惑のオンパレードじゃないか!細田さん!)

 <細田の鞄>
 細田の部屋から発見。
 中には大量の注射器が入っていたとのこと。

 八方塞とはこのことだろう。茜は最終的にこう証言しなおす。
 「まぁ、そういうことを考慮した上で、これらの犯罪は計画的殺人だとわたしたちは考えてるのよね。動機はこの日、借金のうちの100万円を返済予定だったらしいけど、それが払えないことによる殺人でしょう。被害者の会社、闇金融だったって言うし・・取り立ても尋常じゃなかったらしいわ」
 それに牙琉検事も付け加える。
 「それでまぁ、揉めに揉めて現場で被害者と乱闘になったんだろうね。被害者には打撲痕もあるし、部屋には争った形跡もあった」
 裁判長も深く頷いている。かなりマズイ状況であることは言うまでもない。
 「オドロキさん、なんか状況がまずいですよ!」
 「そんなこと・・言われなくても分かってるよ」
 しかし王泥喜としてはかなり追いつめられている状態だ。せめてここで何か一つでも有効な異議を唱えておきたいところではある。
 「せめてさっきの茜さんの証言に付け入る隙があればいいんですけどね・・」
 真剣そのものみぬきの言葉に王泥喜はハッとした。さっきの証言である。
 (待てよ、さっきの証言なら突っ込めないか?新しく分かったあの新事実と合わせて考えれば・・)
 その瞬間、その場限りではあるかもしれないがある考えが王泥喜の頭をよぎる。 
 
 「異議あり!」

 その誰よりも大きな異議で、法廷中は一瞬ビクッとなる。これも日頃の発声練習の成果だろう。
 「茜さん、計画的殺人だと考えている。と言いましたよね?」
 王泥喜はその鋭い眼を茜と検事席に牙琉に向ける。

⇒To Be Continued...

■一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集