逆転の哀しき窓景色(プロローグ)
作者: 麒麟   2008年11月03日(月) 17時39分56秒公開   ID:vwMtiCpyPYk
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 空から雷が容赦なく降ってくる。

 「ア、アンタ・・アイツの・・っ!!」
 
 もがく男の眼はカッと見開かれていた。
 己を殺したその人物の顔を自身の網膜に焼きつけようとせんばかりに。

 「・・っ・・っっ・・!!」

 声にならないものを口から発する男は、最後の力を振り絞り窓にかかるカーテンを掴む。
 そして必死になって何とか開け放ったカーテンの先には、男が確認したかったものがあった。

 「・・・・アイツ・・あ、あのオ・・」

 確かに見えたその姿。
 向かいの部屋から見えたその姿。
 その眼は鋭くその向かいの部屋の主を捕らえた。

 「・・っっ!!」

 最後の最後までその眼を閉じることのなかった男。
 彼のそばにいた人物は、窓の向かいに見えるその人物と目が合った。
 
 「・・・・」

 カーテンが閉じられる。
 その人物はしばし、そのままの状態でこの部屋から動くことができなかった。
 その刹那・・

 
 ゴロゴロ・・ピッシャーーーーーン!!!!!


 鋭い雷鳴が地を引き裂く音と同時に、世界は一瞬にして暗闇へと堕ちた。



 
 

逆転の哀しき窓景色






 本当は犯人が分からず誰も逮捕されない完全犯罪を計画したつもりでした。
 動機を持った人物は確かにたくさんいるかもしれない。
 けれど、その容疑者候補誰もが容疑者となりえる決定的証拠がない。
 そういう状況を作り出すことがこの計画の真の目的でした。
 しかし誤算が2つも出てきてしまったことで、自身はどうすべきか悩みました。
 1つ目の誤算は2つ目の誤算が発生しない限り大丈夫だろうと思っていたのですが、
 2つ目の誤算が最悪なことに発生した今、それを実行せざる得ない状況に陥ってしまったのです。
 その誤算は何か?それは言うまでもなく犯人が捕まったことです。
 誤認逮捕であることは自身が一番よく知っているんですけど。

 プロローグ・動き出すその事件


 10月10日 午前9時42分 地方裁判所 被告人第4控え室 

 法廷記録の最終チェックも終わり、発声練習も何度もした。
 俺の準備は万端だ!!と言わんばかりの表情を作っている王泥喜。
 「オドロキさん、無理してその表情を作っていることは丸分かりですよ」
 がしかし、みぬきにそう突っ込まれてその顔は再び強張る。
 「うぅ・・やっぱりそうだよなぁ」
 いつもの勢いは何処へやら、王泥喜はガックリとうな垂れる。
 「でも、一応みぬきのマジックショーを見に来てくれる常連ですからね。みぬきにとっては大事なお客さんなんですよ」
 「分かってるって。だからこうやって弁護を引き受けたんじゃないか」
 と言いながら、向い側の椅子に一人で座っている眼鏡の男性を見る王泥喜。どことなくひ弱そうでひょろっとした人物である。着ているあの白い服は・・白衣でいいんだろうか?
 「けど、あそこまで無口な人だとは思いませんでしたけどねぇ」
 みぬきは少し不思議そうな眼でその男性を見ている。
 「無口どころじゃないじゃないか!!自分は無罪なんです!!って叫ぶだけ叫んであとは黙秘だぞ!!」
 王泥喜は思わず突っ込まずにはいられなかった。
 「そんなこと言ったって、みぬきにはどうしようもないですよ!!」
 とここで、喧嘩になりそうなところを法廷係官になだめられた王泥喜とみぬき。そう、今回の事件で弁護を引き受けた男性なのだが、自分が無罪であると主張するだけしてあとは黙秘なのである。さすがの王泥喜もお手上げ状態だった。
 「というか、なんで俺の依頼人はこうも意思疎通がしにくいんだろうな・・」
 王泥喜は自分の依頼人を選ぶセンスがないのだろうかと自問自答する毎日をここ最近送っている。
 「うーん、きっとオドロキさんは信頼ないんでしょうね」
 「どういう意味だよ、それ」
 再び喧嘩になりそうになるが、みぬきは「冗談冗談♪」などと言って笑って王泥喜の怒りの視線をかわしていく。
 「うーん・・しかし、捜査段階じゃ大したことは何も分からなかったからなぁ・・」
 法廷記録のページを再びめくり出す王泥喜。昨日の捜査段階でみぬきと一緒に入手できた手がかりは少ない。とここで、今回の依頼人のページでふと手が止まる。

 依頼人の名前は“細田薬史(ほそだ・やくし)”。職業は製薬会社勤務の研究員だ。
 今回彼が逮捕された容疑は殺人。借金をしていた金融業者・社長を殺害した容疑で逮捕された。しかしこの金融業者、法律的には実にグレーゾーンに位置するところで、所謂闇金業者というやつだった。
 おそらく検察側は動機に関しては借金の返済苦などを理由に攻めてくるだろうと考えていた。おそらくはそれで間違いないだろうと王泥喜も踏んでいる。
 被害者の死因は毒物による呼吸麻痺。しかし詳しい情報は一切不明。茜さんは被害者が毒殺だと聞いた瞬間、カガクの匂いがぷんぷんするわね!と言っていた。本人いわく、“クラーレ”とかいうのを使った殺害じゃないかと睨んでいるらしいが、詳しい分析結果はまだだとか。おそらくは今日の法廷でその結果が提出されるのだろう。
 ちなみに被害者の名前は“金賭黒吉(かねかけ・くろきち)”。事件現場は彼が宿泊していたスターセブンホテルの13階の部屋で、事件そのものは一昨日・・いや、正確に言うと昨日の深夜に起こった。事件現場の部屋は王泥喜たちが見たところ、荒らされた形跡があった。
 しかし一番の問題は今回の依頼人・細田にあった。なんと言っても彼は、自分が無罪だと主張するだけであとは黙秘を続けているのである。これが王泥喜にとっては非常に厄介な問題だった。
 依頼を引き受けるきっかけとなったのは、みぬきがマジックショーを行っているビビルバーの常連だったことが起因している。ある日みぬきがテレビのニュース番組を見て、「あ、この人知ってる!!」と叫んでから、留置所に行って依頼を引き受け捜査をするまではあっという間のことだった。ただ、あっという間にもほどがある。こうしてあっという間にもう裁判当日なのだからだ。

 「うーん・・これはさすがにやばいかもな」
 王泥喜は法廷記録を閉じると頭をボリボリかいた。心なしか今朝の発声練習もうまくいっていない。先行きが不安すぎる。
 「しかもなんか・・細田さん、絶対何か隠してるよな」
 王泥喜の腕輪は細田と会ったときからずっと反応しまくっている。
 「うぅ・・一体何を隠してるってんだ?」
 今日までに調べた情報だと、確実に不利なのは自分自身だと王泥喜は分かっていた。
 「しかも今日の相手は、牙琉検事らしいじゃないか。オドロキくん」
 とここで、いきなり横から入り込んできた声に王泥喜はギョとした。
 「な、成歩堂さん!?(こ、この人は幽霊かよっ!!)」
 気がついたら椅子の隣に座っている成歩堂がいた。いつものようにサンダルにニット帽とやる気のない顔をしている。
 「ははっ、そんなに驚くことないだろ?驚きなのは君の名前だけにしときなよ」
 「・・というか成歩堂さん。何しに来たんですか?」
 成歩堂の言葉が若干気に障った王泥喜は、逆に静かな声で成歩堂にそう尋ねた。
 「何しにって、法廷開始前に元気にやってるか見に来ただけさ。今回の依頼人は、みぬきのショーの常連らしいしね。我が家の家計に関わる重要なお客さんだから、是非ともオドロキくんには無罪にしてもらわないと困ると思ってさ」
 「そうですか・・(結局そういうことかよ!!)」
 嬉しいような悲しいような。まぁ、いつもの成歩堂であったことにある意味安心する王泥喜ではあった。
 「ところで、みぬきから聞いたんだけど。今回の依頼人は黙秘してるって?」
 「そうなんですよ。自分が無罪だと主張するだけで・・」
 そう言って向かいの椅子に座っている細田を見る王泥喜。成歩堂もつられて彼を見た。
 「ふぅん・・なるほどね」
 成歩堂は少し意味ありげな表情になった。
 「オドロキくん。君は彼が無罪だと思ってるのかい?」
 「え?」
 いきなりの成歩堂の問いに不意を突かれた王泥喜。しかし、成歩堂のその問いは真剣そのものだった。
 「そ、それは・・信じてますけど。俺は」
 「なんで?」
 王泥喜のその言葉に速攻でそう返した成歩堂。王泥喜は再び言葉に詰まる。
 「そ、それは・・何というか、うまく言えないけど。ただ、俺の直感が語りかけてるんです!細田さんは、見た目的にはクロだけど殺人が出来るような人には見えない・・っていうか」
 我ながら苦しい答えだと思った。だが、殺人が出来る人には見えない・・というのは王泥喜の正直な気持ちだった。みぬきが何だかんだ言って常連さんだからと慕っていることもあったが。それ以前に自身の直観力が彼をシロだと言っていた。
 「直感ね・・」
 そう言うと成歩堂は面白そうに笑う。実に面白いと言わんばかりに。
 「何かおかしいですか?」
 「いや、ただね・・君が言うからにはその直感。信じてもいいんだろうと思ってね」
 そう言った成歩堂の視線が、何となく自身の腕輪に向けられているような気がした王泥喜。
 「うーん・・そうか。じゃあ僕がアドバイスできることはだね・・」
 成歩堂は腕を組みながらしばし唸っていた。
 (もしかして成歩堂さん・・真面目に考えてくれてるのか?)
 そんな疑問を感じる王泥喜。とここで、成歩堂がその口を開いた。
 「依頼人が無罪と主張し、あとは黙秘する。ただ、その依頼人が無罪であることは何となく分かる。こういう時に考えられる可能性は一つだ」
 意外と真面目な答えが出てきたことに王泥喜は文字通り驚いた。
 「ひ、一つって?」
 「それは、確実に自分の中で何か大きなものを隠している証拠だ。これを言ったら、信じてもらえなくなるんじゃないかというほどの大きな・・ね」
 そう言って成歩堂は王泥喜のほうを見た。
 「弁護士である君にも言ったら信じてもらえなくなるんじゃないか。っていう恐怖を抱いているんじゃないかな。まぁ、信頼関係が築けていないと言ったらそれまでだけどね」
 意外と手厳しいその言葉に、王泥喜は「うぅ・・」と唸るしかなかった。
 「まぁ、気にすることはない。最悪法廷の中で築き上げていく信頼っていうのもあるよ。僕もそういうパターンが一度だけあったけど、ちゃんと裁判中に信頼関係を築き上げることは出来たよ。まぁ、途中の休憩時間のときだったけど」
 苦笑しながら昔の裁判のことを語ってくれる成歩堂。しかし、それって結構ギャンブルじゃないか?と思う王泥喜がいた。
 「とにかく、焦ることはないさ。君が依頼人を本当に信じているなら。その姿をきちんと法廷で見せて戦うことで、もしかしたら心を開いてくれるかもしれない」
 そう言うと成歩堂は立ち上がった。
 「あ、成歩堂さん・・行っちゃうんですか?」
 急に立ち上がった成歩堂の姿を見て王泥喜も立ち上がる。
 「あぁ、そろそろまた出かけなきゃね」
 そう言って歩き出した成歩堂に、王泥喜が礼の言葉をかけようとした時だった。
 「・・そういえばここ、“第4控え室”だっけ?」
 その急に出てきた言葉に王泥喜は一瞬ポカンとした。何を言っているのだろう?とさえ思った。
 「第4控え室か・・もしかして、裁判は第7法廷であるとかかい?」
 さらに出てきたその言葉に、王泥喜は一瞬言葉を失った。何故ならばそうだからである。
 「そ、そうですけど・・どうしてそれが?」
 その言葉を聞いた成歩堂は振り返る。王泥喜は思わずその成歩堂の表情に驚きを隠せなかった。
 「オドロキくん。今回の事件・・想像以上にややこしいかもしれないよ」
 ニヤリとしてきた成歩堂の顔。まるでその顔は法廷に立っていた頃のあの不敵な笑みと何ら違いはなかった。
 「考え方を広く持たないと事件の本当の姿が見えてこないかもしれない。それだけは注意したほうがいいね」
 そう言って出口へと向かっていく成歩堂。出口の扉でさっきまで姿が見えなかったみぬきと鉢合わせになる。どうやら控え室の外にいたようだ。
 「あ、パパ。来てたの!?」
 「おー、みぬき。ちょっとオドロキくんにね、喝を入れに来てたところさ」
 相変わらず何というか、臭い親子間での会話を見せつけてくれる二人がそこにいた。
 「喝かぁ・・ちょうどいいところにきてくれたね。オドロキさんったらね、なんか今日は自信なさそうなんだよ。みぬきたちの家計に関わる大事な常連さんなのにさ」
 さすが親子と言うべきだろう。
 (しかしみぬきちゃん・・細田さんのことを慕っているのか金づるとしてしか見ていないのか分からないな)
 王泥喜としてはそんな考えが頭をよぎる会話シーンが繰り広げられている。
 「はは、そうだね。でも大丈夫。ちゃんと喝を入れといたから心配ないよ」

⇒To Be Continued...

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