この善き日に
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2010年02月28日(日) 20時48分16秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
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時は流れている・・・今の彼女の成長を見てそう感じた



「もし、彼に会うのが辛いようなら・・・私はこのまま帰ってもいいと思うのだが」
「えっ?!」



ハンカチで目を抑える春美がはじかれたように運転席の男を見る
かなり自分より年上であるこの男性は、まばたきもせずに
少し眉間にシワを寄せながらまっすぐに春美を見る



「・・・御剣検事さま・・・?」



―――確かに、式に出席するかしないかを決めるのは神乃木氏の自由だ
そのこと自体、私の考えは変わらない
しかし、この少女にここまでの物思いをさせている彼自身の在り方に
納得がいかない


彼は“逃げている”ように思えてならない・・・少なくとも私はそう感じる
そして、姉のように慕っているとはいえ真宵クンの為にここまでする
春美クンの気持ちが正直、私には解らない





「ダメですね・・・私、自分の事ばかりで・・・」
春美は手にしたハンカチをポケットにしまった



「参りましょう、神乃木さまのご自宅はこのすぐ先です!」











遅い、遅い、遅い・・・おそい!!


携帯電話を握るその手に力が入る
「冥ちゃん・・・大丈夫だって」

もう、そろそろ着いているはずだけど・・・なぜ、連絡がない?
―――神乃木は見つかったの?
「アイツのことだから、上手くやるって」


あなたも馬鹿ねえ、こんな男の口車に乗せられて
弟弟子が飛び出して行った原因をつくった男を横目で見る



・・・それにしても・・・



成歩堂龍一が弁護士の資格を失っても、あなた達の
友情は変わらなかったみたいね・・・そして私の隣にいる
この軽薄な男とも―――


決して友人が多いとは云えないあなただけど、こんな形で付き合えるなんて
なんだかうらやましいわ・・・幼馴染っていいわね、怜侍



「ところでオレ“メイちゃんのムチムチ大冒険”の第二弾を考えてんのよ!
またモデル引き受けてくんない?今度はボンテージで―――」


「うるさいッ!!」














「御剣検事さま、ここです」


先ほどの喫茶店から程なく行った所に、少女が案内する彼の自宅があった
彼の住まいに関して、取り立ててどうこうという事はなかったが
私の眼をうばったのは隣接してそこにある“庭”だった

青々とした芝生に覆われたそこに、季節の花々が彩りを添えている
そして、その庭を囲むようにバラの樹が植えられていた
春のバラの開花するのは確かサクラが終わった後・・・もう少しすれば
この庭は美しいその花で満たされることになるだろう


しかし、一緒にいた少女はその庭の美しさが眼に入らないようだ



「こちらです!」



まっすぐに彼の住んでいる部屋へと向かう、低層階のその住宅の
階段を上がりドアの前に立つ



―――KAMINOGI―――
表札にはローマ字でそう書かれていた

少女がインターフォンを押す・・・しかし、応答がない
ドア叩をく、それでも結果は変わらなかった


「彼は不在のようだな」
今度は踵を返すように少女は階段を下った
そして先ほどの隣接している庭の中に、迷うことなく入って行く


「春美クン!」
仕方なく私もその後を追う。少女はその庭の奥にある一軒の
屋敷の呼び鈴をならした


「・・・はい、どちらさまですか・・・?」
「―――すみません、先日伺った者です」


あら、あなたはこの間のお嬢さん・・・そんな会話が聞こえて来た
どうやら春美クンは、この家の人間を知っているようだ


「こちらの方は“大家さん”です
先日、私が訪ねた時お世話になりました」
私達はかいつまんで、神乃木氏を探している事情を説明した



そうなんですか・・・でも、残念でしたね
神乃木さん、今日は出かけているはずですよ・・・私が今朝
庭でバラの手入れをしている時、外出される後ろ姿をお見かけしましたから
珍しくスーツ姿だったので、よくおぼえていますよ


「外出先に心当たりは、ありませんか?」
「さあ、さすがにそこまでは・・・」


・・・私達は大家に礼を云いその場を離れた・・・














突然、手の中に振動が起こった、あやうく取り落としそうになる
先ほど、マナーモードにした事を思い出す



携帯電話の着信画面・・・弟弟子からだ!



「もしもし、怜侍? 神乃木は見つかったの?」
相手が何も云わないうちから、女は聴きたいことだけ聞いてくる

「いや・・・冥、すまないが成歩堂と代わってくれないか」
しばらく合間をおいて、親友の男が携帯を手にする



「成歩堂、一つ聞きたいことがある・・・君は“彼”の身元引受人を知っているか?」





・・・私の中である考えが浮かんだ・・・

もし彼が仮釈放で出所しているならば、身元引受人が必要だ
そういった人物なら神乃木当人について詳しい
事情を知っている可能性がある


「・・・ああ、一応ね・・・」
こころなしか男の声が重く聞こえる

「教えてはもらえないだろうか?」
「・・・・・・・」
携帯電話の向こう側で親友のためらいを感じる





「・・・星影先生だよ・・・」





星影宇宙ノ介は“彼”の弁護士時代の上司だからね
弁護士が身元引受人・・・申し分ないだろう?
星影先生は身近に親族がいない神乃木さんの為に
身元引受人になったんだよ


「ならば“彼”の近況について星影宇宙ノ介は何か知っているかもしれない」

・・・私の問いかけに親友からの返事はなかった・・・






成歩堂、もう時間がない!
私は神乃木氏が君の式に出席しようが、しまいがどちらでもよい
ここで手掛かりがないようであれば、私はこのまま春美クンを連れて
そちらに戻るつもりだ―――君が決めてくれたまえ!






私は、この件に関する全ての選択を彼にゆだねた







「・・・御剣、ボクがオマエからそんなふうに云われるのは
法廷に立っていたとき以来だね・・・」





君も知っての通りボクは“証拠をねつ造した”ことで
弁護士の資格を失った―――
そのこと自体もショックだったけど、ボクが一番考えたことは
君がボクをどう思うか?・・・だったんだよ


ボクは君に会う為に弁護士になったようなものだからね
―――軽蔑されるんじゃないか
そう考えると、怖くて君と連絡を取ることも出来なかった





・・・ボクは君を信じるよ、御剣・・・





ただ、少し時間をもらえるかな・・・ボクの方から星影先生に連絡を取って
事情を説明してから、折り返し君の携帯に連絡するよ



・・・そう云って男は通話を切った



先ほどまで親友の声が聞こえていた携帯電話を握りしめ、ゆっくり息を吐きながら
車のシートに身を沈める


「どうなさったのですか?」

助手席に座る少女が心配そうに運転席の男の顔をのぞき込む
「なんでもない、もう少し待ってみよう」
そう云いながら眉間を隠すように手あてて目を閉じる




私は彼がまだ青いスーツを着て法廷に立っていた頃を思い出した
そして、その記憶は私がある事件に巻き込まれ
被告人として法廷に立たされた事件へとたどり着いた









『―――待って下さい!!』










『本当の事を話して下さい!』









『人の命が、・・・かかっているんですよ!』









『発言をしたのはあたしです・・・逮捕するなら、あたしだけにして下さい!』














彼女の行動が、限りなく有罪判決に傾いたあの裁判をつないだ














矢張、君の云う通りだ・・・私は冷たい男だな













私こそが、彼女の為に動かなければならなかったのだ―――












そんな想いにとらわれていた私に、メールが届いた




―――――――――――――
御剣、星影先生と連絡が取れ
た。この電話番号に連絡して
くれ
神乃木さんのことで是非
話したい事があるそうだよ

××××―×××―××××
―――――――――――――












「ウォッホン、御剣検事がじきじきに、このワシに連絡をくれるとはのう」

独特の咳払いと話し口調・・・この人物が神乃木氏の弁護士時代の上司
星影宇宙ノ介? 話しには聞いたことはあったが、今まで直接
彼と会ったことがなかった私はあまりのイメージのギャップに戸惑った


彼の法律事務所はかなりいい顧客を抱えて、潤っていたように聞いている
神乃木氏はかつて、そんな事務所のエースとしてそこにいた




「成歩堂君から話しは聞かせてもらったぞ、今の彼の住まいはワシが知り合いの
不動産屋に頼んで紹介してもらったのぢゃ、仮釈放の身で新たな住まいを探すのは
難しいからのう

いや、定職にはついておらんよ・・・彼は身体の事があるぢゃろう?
現在のところ入院の必要はないとのことぢゃが―――

世話になっている病院があの沿線にあるのでな、通院には都合がいいということぢゃよ」



法廷の検事席にいた“彼”の記憶しかなかった私は
なぜ成歩堂が身元引受人として星影宇宙ノ介の名を明かすのを
ためらったのかを理解した


成歩堂は彼を告発した当人だ、そしておそらく彼のこうした近況を
知っていたのではないだろうか・・・




(・・・ボクは君を信じるよ、御剣・・・)




私は、自分の中に湧き上がる感傷を振り払うように星影宇宙ノ介に尋ねた

「ぜひ彼と連絡を取りたいのだが、彼は携帯電話を所有しているだろうか?」


この質問に対しての星影の答えは私にとって驚くべきものだった








「おおお、それなんぢゃよ!! 御剣検事
実はな・・・今朝、ワシの携帯が水没してしまってのう
ダメになってしまったのぢゃ!!!

おかげで、彼の携帯電話の番号どころか連絡先も
解らんようになってしまったのぢゃよ、チミ!!

すまんが、彼に会ったら伝えてくれんかのう
ワシの所の固定電話の方に連絡を入れるようにと―――」
















星影宇宙ノ介、今度新しい携帯電話を手に入れる時は
完全防水の機種にするか、さもなくば
バックアップを欠かさないようにするがいいッ!!














万策尽きた・・・私は喪失感に包まれながら通話を切った














「―――彼は、私が思っていたほど孤独ではなかったのね・・・ちょっと
ホッとしたわ・・・」




どこかで聞き覚えのある声にふと横を見る


「あっ、あなたは!」
「お久しぶりね、御剣検事」


今まで私の隣にいたはずの高校生の少女が大人の女性に変わっていた


・・・綾里千尋・・・!


認めたくなかった・・・が、現にこうして眼の前で起こっていることに
たいして私は無力だった。おそらく失望した私の様子を見て春美クンが
最後の手段に出たのだろう


「御剣検事、もう時間がないわ! 私に一か所だけ心当たりがある
・・・戻りましょう、倉院の里へ・・・」














ゴドー検事・・・神乃木さん




アタシがあなたに初めて会ったのは病院のベッドの上でしたね
お姉ちゃんに好きな人がいるっていうことは何となく知っていたけれど


今もなお眠り続けているあなたを見て
『・・・私が先輩を巻き込んでしまった』って自分を責めていました―――


お姉ちゃん、ずっとあなたのこと変わらずに想っていたんですよ!
あなたに訪ねて来てほしい、そう思うのは私のわがままですか・・・?












―――思い出してみて―――



『神乃木さん、今日は出かけているはずですよ・・・今朝
珍しくスーツ姿だったので、よく覚えていますよ』

『いや、定職にはついておらんよ・・・彼は身体の事があるぢゃろう?』


「普段、スーツを着る必要のない彼がスーツを着て今朝、早くに外出している
彼が移動する為には徒歩・・・あるいは公共の交通機関を
利用するのではないかしら?今の彼に車の運転は無理だと思うから」


私は彼女が云わんとする事が何となく解ってきた
急いで車のキーを回しエンジンを掛ける
それにしても・・・高校生の春美クンが綾里千尋を
呼んでいるのだから当然、セーラー服を着た状態
このボディーでセーラー服―――正直かなりの違和感がある
しかし、私はあえてその事実には一言も触れなかった




車から見える風景はしだいに住宅街から郊外のものへ
そして山里のものに変わって行く
満開のサクラの並木をすり抜ける、今日はこのサクラの並木を
何回通り抜けることになるのだろう


やがて・・・私の目に綾里の本家が見えて来た
しかし、助手席の女性の指示でその前を通り過ぎる
本家の前から少し行った所に寺院のような建物が見えてきた


「ここで止めて!」
私はその建物の脇に車を止めた
その建物は周囲の緑と溶け込んで古い歴史を感じさせる
おそらくこの土地の成り立ちと深く関わりがある寺院なのだろう


彼女は車を降り、私についてくるように云う
古い苔むした階段を登るとその寺院全体を望むことが出来た


「・・・こっちよ・・・」  
私達は裏手にある墓所に向かった
そこは木々の緑に覆われ、生い茂る葉が春の日差しを受けて
美しく輝いている

細かく複雑に入り組んだ墓石と墓石の間を
彼女は迷うことなく進んでいく
そして・・・周囲とは幾分違う空間へとたどり着いた



おそらくは地元の名士の為のものだろう
今まで見た墓石とはあきらかに違う立派ともいえるそれに
こう書かれていた





―――綾里家―――




彼女は自分の墓に私を案内したのだ!




そして、そこには真新しい仏花が備えられてあり
燃え尽きたばかりと思われる線香の束のアトがそこにあった

僅かだが、まだ香が漂っているその空間を私達は見渡す

野鳥の鳴き声が耳に届く
風がそよぎ木々が揺れ葉がこすれる音がかすかに聞こえる

⇒To Be Continued...

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