この善き日に
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2010年02月28日(日) 20時48分16秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
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間違いない、今日だれかがここを訪れている!














綾里の家では大広間に両家の親族一同がこれから行われる
結婚式の為に着席していた
その大広間の末席に友人として出席している二名が
未だ戻らぬ二人を待っている





慣れぬ正座に耐えながら、心の中で女は弟弟子に叫んだ
(式が始まってしまうじゃないの、いい加減に綾里春美と戻って来なさい!)

空席になっている隣の席を見て、もう一人の幼馴染もバツが悪そうにしていた










広いその墓所を巡り祈るような気持ちで“彼”の姿を探し求める
もうすでに式は始まっている時間・・・思えば随分回り道をしたような気がする





それでも・・・これは必然だったのかもしれない、たどるべき道をたどり
今、我々はここにある

















「・・・それは何の冗談だい?コネコちゃん・・・」







墓所を一望出来る小高い石段に腰掛け
ダークなスーツに襟元のシャツのボタンを少し外してベージュのコートを身にまとう
一人の男と年齢に見合わぬセーラー服を着た女性が向かい合うようにそこにいた



「あなたも春美ちゃんが高校生になったことは知っているでしょう?」
改めて自身の姿を確認する女が云う


「ああ、大きくなったなあ・・・あの娘も」
そして自嘲ぎみにこう付け加える




「オレも・・・歳を取るはずだぜ・・・」


少し離れた墓石に身をかくすように、もう一人の男が二人の会話を耳にする





「なあ千尋・・・教えてくれ」
銀の仮面の男が目の前の女を仰ぎ見た









「オレのこの“地獄”はいつまで続くんだ?」














・・・そろそろ、お式が始まりますのでお願いいたします・・・



仲人を引き受けてくれた女性に手をひかれ大広間に向かう
すでに花婿と参列者は席についているその中を
静かに花嫁が自分の席につく
思えばこの日を迎えるまで色々なことがあった
母を亡くし、姉を亡くし―――叔母に裏切られた


綾里の家に生まれたことを恨んだことがない、と云えば嘘になる




・・・でも、そのおかげで成歩堂龍一という人間に出会えた




この日を迎えるまで、ちょっと時間がかかったけど
彼を待つことが出来て本当によかったと思っている













「教えてくれ、千尋」

自分がしでかしたことではある、覚悟もしていた
しかし、地獄から甦った男が本当のそれを知ったのは罪を犯した後―――







「・・・先輩・・・」




目の前の男に出会った頃の“彼”の面影を探す
あれから、ずいぶん時が経ってしまった
生きとし生ける者みな平等に時は流れる


そして・・・生きとし生ける者のみに時は流れる
もはや魂だけの存在になった女が自責の言葉を身の内から絞り出す










「ごめんな・・・さい・・・私は―――」 その答えを・・・持ち合わせてはいない!














長い沈黙の後、銀の仮面の男は襟元のボタンを止め
コートのポケットから白いネクタイを取り出し
自らの襟にそれを結び始めた・・・












大勢の親族が見守るなか、この地域独特の儀式が
滞りなく行われる。それが済むと銚子を持った遠縁の年少な者が
用意された杯に御神酒を注ぐ。花婿と花嫁に

無事に三三九度の杯を交わし終えたとき
末席にある奥の襖が静かに開き一人の男が入ってきた
そして、その者は場の空気を乱さぬように自分の席に正座する



・・・怜侍・・・



狩魔冥は小声で隣に座る男に尋ねた
「神乃木は見つかったの?綾里春美はどうしたのッ?!」
しかし男は無表情なまま、まっすぐ前を向いている


怜侍、なぜ何も云わない?あの二人はどうなったの?
それでも男は無表情を押し通す
女は質問することを諦めた―――その時、再び末席の襖が開いた




その者は、春美に伴われて現われた。参列者一同の視線を集めるその男
かつて真宵の姉の恋人であり、真宵を美柳ちなみの刃から守った
命の恩人であり、そして真宵の母の命を奪った男
『オレに綾里家の敷居をまたぐ資格はねえ』そう云って
今まで、千尋の墓参りすら来たことがなかった
そんな男が・・・綾里家の親族が集まるこの日にここを訪れた







・・・・神乃木さん・・・!







新郎として正面の席から彼の姿を見た成歩堂は神乃木の
心中を思うと目頭が熱くなった
ふと横を見る、真宵の目から光るものが流れている
高砂が流れるなか、神乃木は横に座っている顔見知りに銀の仮面からでも
それとなく判る挨拶を送った
(よっ、久ぶり・・・だな)
気がつけば、先ほど無表情を装っていた男は姉弟子の方を見て
口元だけで笑っている


・・・ナニよッ!もったいぶって・・・!


そんな様子を見てもう一人の幼馴染は安堵の表情を浮かべた














「・・・正直、初めは来るつもりはなかった・・・」

式が終わって参列者がそれぞれ庭に降りて談笑しているなか
成歩堂はようやく神乃木と話しをすることが出来た


「だが、オレもいつまでこうしていられるか―――」
そう考えるとな・・・

かつて復讐のよりどころとされた男が語りかける
「神乃木さんは、ちっとも変わっていませんよ・・・」
「お世辞を云っても何も出やしないぜ、まるほどう」
のど元でクッと笑う


「オマエさんにも色々あったようだがその分、幸せにしてやれよ
まあ、オレがこんなこと云えた義理じゃねえがな」




その時、後ろから声をかけられた

「・・・ゴドー検事・・・」
「おいおい、オレはもう検事じゃ―――」


振り向いた先には自分が刃から守った恋人だった女性の妹がいた
その姿を見た時、かつて自分が犯した罪が結局この日を迎える為にあった
のではないか・・・そう思えた



「ずいぶん大人っぽくなったなあ・・・千尋よりイイ女になったんじゃねえか?」
「もう、神乃木さんたらッ!」
からかわれてムキになるその様子は、やはり以前の真宵そのままだ


ふと神乃木はあらたまった表情になり、顔の半分を覆っていた
彼の身体の一部をはずし、隔てのない眼で二人に向き直った






「綾里真宵、アンタよく辛抱したなあ・・・たいしたもんだ
その分目一杯幸せにしてもらうんだぜ」








・・・それとな、まるほどう・・・














絶対にオレみたいになるなよ!














そして、アンタの嫁さんを千尋のようにするな!














綾里家の悲しい夫婦関係を生まれてくる子供に見せるなッ!














―――アンタ達ならそれが出来る・・・












「・・・神乃木さん・・・」














「オーイ、オメエら!」
少し離れた所から矢張の呼ぶ声が聞こえる



そんな所でしめっぽくなっていないで、こっちで写真撮ろうぜ―――
目もとを手で拭いながら、なんとか笑顔をつくり自分達を呼ぶ声に応える













・・・満開のサクラを背景に・・・









本日の主役である二人を真ん中にして、皆で写真という名の記憶を納める







時々、舞い落ちる








淡い色合いのそれに、今ここにある喜びをかみしめながら―――














西暦2027年、春・・・吉日













END
■作者からのメッセージ
長いお話もやっと終わらせることが出来ました。
続きモノを書いて感じたのは一定のテンションを保って書くことの難しさでしょうか…
でも、とても楽しく書かせて頂きましたよ!
最後までお付き合い頂きまして本当にありがとうございました。

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