この善き日に
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2010年02月28日(日) 20時48分16秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
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「とうとう、アイツも年貢の納め時ってヤツだな・・・」

車の後部座席で踏ん反り返るようにして
外の景色を見ながら幼馴染は今さらのようにつぶやく
窓から見える景色は都心からそう離れていない距離にもかかわらず
日本の田舎的風景をかもし出す

「婿養子か・・・アイツも大変だなあ」
ハンドルを握る男がそれに答える
「・・・しかたあるまい、旧家の家元と一緒になるのだからな」

「婿養子って、何なの怜侍?」
ハンドルを握る男の隣に座る女が尋ねる
口ごもる運転席の男の代わりに後部座席の男が口をひらく

「うーん、そうだなあ・・・まあとにかく
いろいろ大変なんじゃねえの?よくわかんないけどさ」

女はアメリカ育ちなので“婿養子”という言葉が持つ
独特のイメージの意味がよく分からない

「真宵クンの家は代々霊媒道を営む家系だからな、その家の婿に入れば
いろいろと気苦労もあるだろう」




―――季節は春―――




成歩堂龍一と綾里真宵は長い時間を経てようやくこの日を迎える事が出来た


弁護士としての資格をはく奪されたきっかけとなった事件の解決を得て
ようやく“過去”に決着をつけることが出来た

養女である“みぬき”はマジシャンとして修行の為、海外へ
千尋さんから受け継いだ事務所は王泥喜法介が引き継いだ


思えばとても長い時間が過ぎていた―――
それでも真宵は待っていたのだ・・・この日が来ることを信じて



都心では、もうすっかりサクラが散ってしまったが
ここ“倉院の里”ではまだサクラは満開のままだった



赤いボディーの車が満開のサクラの並木をすり抜けるように走りすぎる














「失礼します」


そう断りを入れて、ふすまを開ける
部屋に入るなり少女が感嘆の声を上げる



「おキレイです・・・真宵さま・・・・!」



日本家屋が持つ独特の重厚感が漂うこの屋敷の一角に
本日の主役である花嫁がすべてのしたくを済ませそこにいた
純白の和装の花嫁衣装・・・頭には真っ白な綿帽子がのせてある



「ありがとう、はみちゃん」
この時点で春美はすでに涙目

―――今からそんなんでどうするの?

同じ部屋にいた親戚から、そんなふうに云われてしまった


真宵も春美も共に家庭的には、あまり恵まれていない
だからこそ従姉妹同士の二人は実の姉妹以上に接してきた
そんな“姉”と慕う真宵が
晴れてこの日を迎えたことが、自分の事のようにうれしかった


「あ、あの・・・先ほど“御剣検事さま”“狩魔検事さま”それと
なるほどくんの幼馴染の“マシス様”がお見えになりました」


春美はすっかり見違えるように成長し、今では綾里の家の助けとなっている存在だ
今日は高校の制服である濃紺のセーラーを身に付けている


その知らせを聞いて、真宵の顔がほころんだ
しかし一瞬・・・不安げな表情を浮かべる



春美もその意味を理解し・・・少し眼を伏せた―――














「おっ、久しぶり!元気だった?」

本日のもう一人の主役、花婿である成歩堂龍一が三人を出迎えた
さすがにニット帽も無精ひげも今日は無い
羽織と袴、完璧な和装の花婿そのもの

黒の礼服に白のネクタイの男二人と一緒に、黒を基調とした
膝頭が隠れるくらいの丈のワンピースを着た女が車から降りて来る


「本日はおめでとう・・・成歩堂龍一」


相変わらずのフルネーム呼びに苦笑する
「・・・ありがとう、狩魔冥」


あらためて成歩堂の姿を見た矢張がからかう
「今日を限りにオメエのことを“成歩堂”って呼ぶこともなくなる訳だな」

花婿に促されて三人は大きな旧家のたたずまいに相応しい門をくぐり
玉砂利を踏みしめながら玄関へと赴く
入口には今日のこの日を迎えるにあたって祝いの飾り付け
鶴や松など、この地域独特の風習がなされている



それにしても今時、屋敷で結婚式が行われるとは
それだけ広い、と云ってしまえばそれまでだが
改めて“家元”の名前の重さを感じさせる



玄関から案内されるままに奥へと進んでいく
南側に面した縁側にそって広い庭が目に入った


そこには大きなサクラの樹があり、今がまさに満開の状態

その庭のサクラのあまりの見事さに思わず足を止める
特に芸術家でもある矢張はこのサクラの樹がとても気に入ったようだ



「あとで、このサクラの前でみんなで写真でも撮ろうぜ!」


“結婚式”が行われる大広間はすでに何名かの両家の親戚が座っていた
花婿と花嫁が座る正面には、綾里の家に代々伝わる屏風が飾られており
そこを軸に広間の両側に両家の親戚の席がしつらえてある







「・・・真宵さま・・・」
控えの間で物思いにふける真宵が、だれに話しかける訳でもなくつぶやく―――


「やっぱり・・・無理なのかな」
今、姉と慕う女性が何を考えているのか・・・春美にはわかっていた









「・・・どうしたの?」
控えの間から出て長い廊下を俯いた様子で歩く少女に声をかける
「なるほどくん!」
そこには本日のもう一人の主役、花婿とその友人達がいた

「せっかくのおめでたい日なのに、ずいぶん浮かない顔ね」
濃紺のセーラー服を珍しそうに眺めながら、淡い髪色の女が云う
「・・・狩魔検事さん・・・」
春美の様子に何か察するものがある花婿が尋ねる


「もしかして、あのこと?」
少女が小さく頷く


柔かい日差しがそこに立っている5人の影を廊下に刻む
サクラと共に新緑が庭全体を明るく照らし出す
その光景は見る者全てに“春”を感じさせる


そんな景色に背を向けるように少女は視線を下に向けた


「一体、どうしたって云うの?」
この状況にすこし焦れてきた女が説明を求める

「今日、式に出席してほしかった人がいたんだよ」
春美の代わりに成歩堂が答える
「誰なの?一体」













「・・・神乃木さんだよ・・・」








あまり人の来ない納戸代わりに使われているような部屋の前で
場所を変えて話しを続ける


かつては真宵の姉の恋人であり、真宵を美柳ちなみの刃から守った
命の恩人であり・・・そして真宵の母の命を奪った男
『―――俺に綾里家の敷居をまたぐ資格はねえ』
そう云って姉の千尋の墓参りすら来たことがなかった


「ずいぶん前に“出所”はしているんだよ、今日のことも伝えてはあるんだけど・・・」
過去を振り返るように元弁護士が口を開く


「私も何度か直接お会いして、お願いしたのですが・・・」
「ありがとう、春美ちゃん」
わざわざ、学校帰りに何度も神乃木の元に足を運んでくれたことを知っている
成歩堂は礼を云う


「神乃木氏に連絡はしてみたのか?」
ここまで話しを聞いていた幼馴染が初めて口を挟む
「連絡のとりようがないんだよ・・・携帯電話の番号までは知らないからね」
もっと正確に云えば、携帯電話を持っているかどうかさえわからない


「じゃ、どうしようもねえじゃねえか」
もう一人の幼馴染が結論を下す

「本人もこの日のことはわかっているのだろう?それでも来ないとなると
それは仕方がないのではないかな・・・真宵クンや君にとっては残念かも
しれないが出席するかしないかを決めるのは彼自身だ」
成歩堂もそれに頷く
「もちろん、そうなんだけど・・・」


「何だよ、御剣!オマエ相変わらずそんなこと云ってんのかよ!」
普段、あまり真剣な表情を見せることのない男が云う


オマエに云われなくてもコイツはそんなこと判ってんだよ!
ただ、マヨイちゃん・・・嫁さんの気持ちを考えると、っていう事だろう?!
オマエ冷たいヤツだなあー、そんなことも分んねえのかよ!!



ぐぐぐっっ・・・男が唸る


「云われたわね、怜侍」女が眼を細めた


「とにかく式までにはまだ時間があるから、もう少し待ってみよう春美ちゃん」
「・・・ハイ・・・」




「成歩堂、式は何時から始まるのだ?」
先ほど、冷たいと云われた男が尋ねる
「遠方からも分家の方々が多く出席されるので、午後からのお式になります」
春美がそう答える


「神乃木氏がどこに住んでいるのか、知っているのだな?」
「はい、○○市にある○○線の○○駅付近です!」

男が腕時計を見ながら云う
「車で行って帰って来る時間はある・・・どうする行ってみるかね?
行ってみた所で必ずしもそこに当人が居るとは限らないが」


突然の提案に躊躇する春美と成歩堂に、矢張の言葉が背中を押す

「迷っている時間は無いぜ!ここで来るか来ないかって待っているよりも
探しに行ってみてもいいんじゃねえか?何か解るかもしれないぜ!」




「―――どうするかね?」




セーラー服の少女が両手を胸の前で握りしめる
「・・・お願いいたします!」





車に乗り込みシートベルトをつける

背中を通してその車種独特の振動とエンジン音が身体に伝わってくる
助手席側の車の窓から少女が視線を向けた

「行って参ります」

右に合図を出し、サイドブレーキを下ろそうとしている男に
和装の男が声を掛ける



「御剣、春美ちゃんを頼んだよ」



視線を合わせ軽く頷く、発進の為の前後を確認した後
その車は二人を乗せてすぐに視界から遠くなった


今、車に乗って飛び出して行った男の心中を推し量るように元弁護士が云う
「・・・矢張、オマエに云われたことアイツかなり気にしてるゾ」
それを受けてもう一人の幼馴染はさらッと云ってのける
「でもよう、オレの一言があったからアイツあそこまで動いたんじゃねえの?」



「いいわねえ・・・古い友人って」
そんな男達に呆れたように女は赤い車を眼で追った












ハンドルを握り、アクセルを微調整する男が心の中で吠える
私は受けた屈辱は決して忘れない・・・矢張、覚えているがいい!


「―――すみません、お手数おかけしてしまって」
助手席に座るセーラー服の少女が両手を膝の上に置きシートに小さくなっている


真宵の願いを叶える為に“彼”の住まいを訪ねる案内役として
春美は御剣に同行した

「いや・・・それよりこの先、道が混んでいなければいいのだが」

もし、彼が向こうに現われた場合すぐに連絡をくれるように冥には頼んである
幸い渋滞にぶつかることもなく、なんとか目的地付近まで来ることが出来た
春美の道案内で某沿線の駅付近にある住宅街を縫うように車を動かす
「あっ、ここ止めて下さい!」
少女の声で住宅街の中にある喫茶店のような建物の近くで車を止めた


「ここは・・・?」


以前こちらで、あの方にお会いしたことがあります
なんでも、こちらのご主人とはお知り合いなのだとか
―――とても、よくいらっしゃっているようです



「立ち寄ってみるかね?春美クン」
この少女がここまで云うのだから何か予感があってのことだろう


私達は車を降り、その喫茶店のドアをあけた


私はそこを見て、なるほど・・・と思った
少し薄暗い空間にはカウンター席があり、向かい合う形のテーブル席が
窓際に置かれていた。店内には数名の客とコーヒーの香り、そしてジャズが流れている
・・・いかにも、あの男が好みそうな店だ


「・・・いらっしゃいませ」
白いネクタイの礼服姿の男と濃紺のセーラー服の少女ふたり組みを
店主がまじまじと見る。残念ながら店内に“彼”の姿はなかった


「神乃木氏は今日、こちらに来てはいないだろうか?」
この店の主人と思われる人物に尋ねてみる

「アンタ達、神乃木さんの知り合いかい?」
その時、私のとなりの少女を見て店主が何かを思い出した

「アンタ、以前ここに来たことが・・・確か雨の日に」
「!!」


そうだ、確かに雨が降っていた日だ。私が商店街の会合から戻った時
店から飛び出して行った制服姿の女の子がいた
神乃木さん心配しとったよ、アンタが傘を持っていなかったから
濡れて帰ったんじゃないかって


「・・・・・・・・・・」
俯いた少女が僅かに震えている

「アンタ、神乃木さんのムスメさんかい?」
「失礼する・・・行こう、春美クン」


これ以上、ここにいると色々聞かれることになりそうだ
私は彼女の肩に手を掛けて促すように店を出た
車に戻り改めてエンジンを掛けようとした私は、その時はじめて
助手席の少女が泣いていることに気が付いた



―――いったい、どうしたのだッ?!



訳が判らぬまま、助手席の彼女が落ち着くまでしばらく待つ
「・・・申し訳ありません・・・」
制服のポケットからハンカチを取り出し目にあてたまま、彼女はようやく
話しをはじめた


私どうしても、お式に来て頂きたくて何度か直接お願いに上がりました
あの方は綾里家を訪れることは頑なにお断りされましたが、それでも
私のことは気遣って下さいました

そして色々お話しているうちに、私はあの方と
お会いすること自体を楽しみにしている自分に気が付いたのです
でも、そんな私の心の中をあの方は見抜いておりました
『オレはアンタの父親代わりにはなれないぜ』って・・・
まだ子供ですね・・・私、その場から逃げ出してしまいました―――


・・・そこまで話をして、助手席の少女はもう一度涙をぬぐった




―――御剣検事さま―――




私、真宵さまの為にあの方を探しながら
実は、あの方にお会いするのが怖いのです!
私はきっと、あの方をまともに見ることが出来ない・・・






「・・・春美クン・・・」





初めて出会ったときはまだ幼かった少女が・・・すべての者に平等に

⇒To Be Continued...

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