逆転−HERO− (エピローグ)
作者: 紫阿   URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html   2009年05月10日(日) 21時03分39秒公開   ID:2spcMHdxeYs
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(――何で?何でや、姉ちゃん。姉ちゃんは悔しくないんか?!憎うないんか……?!)

 天使のように、女神のように――

(そんな笑顔されたら……ウチ、どうしたらええの?)

「せやから、ヤコ……あんたが描いて。あたしの――“新しい物語”を」

「……っ!」

 涙と一緒に、想いが溢れる。

 分かってた。最初から。これが、彼女の好きな――大好きな姉の姿。
 自分がどんなに酷いことをされても、恨み言のひとつも零さない。
 ただ、未来だけを見て生きている――だから、誇らしい。だから、愛おしい。

(姉ちゃん、ウチは……)

「……少し、眠った方がいいでしょう」

 医者の言葉に誘われるように、流花はゆっくりと目蓋を閉じる。

「あの〜……そろそろ、いいっすか?」

 そこに、すっかり入るタイミングを見失っていた北斗刑事がようやく姿を現した。

「だれ……?」

「え〜と、おれは……」

 今にも消えそうなか細い問いに、人のいい青年が『刑事でして、妹さんを警察に連行いたします』などと言えるはずもなく、口ごもっていると。

「――ウチのカレシ。これから二人で長期旅行やねん」 
「ええっ……?!ち、違……むぐっ?!」

 慌てて否定しようとした北斗、後ろから忍び寄って来た海流に口を塞がれてもがく。

「――そう、なんだ。それじゃあ……帰って来たら紹介して、ね……」

「……姉ちゃんこそ、ウチが帰って来る前に元気になっててや。
 元気になってなかったら――ウチの新作、他の役者に演らせてまうで!」

 とめどなく溢れる涙を精一杯の笑顔で隠し、弥子は大好きな姉にしばしの別れ告げた。


  
10月21日 午後3時36分 成歩堂法律事務所


 判決から一夜明け、気が付けば私の休暇も明日が最終日。
 明日は朝一の便で出立なので、実質、今日が最後の休日となる。ここ数日の出来事が“休暇”だったかどうかは微妙なところだが、色々な意味で充実していた。
 最後の日くらいはゆっくりしようと思っていたが、『なるほどくんが帰ってくる前に事務所、片付けておかなきゃ!』という真宵くんのケナゲな想いを無視できず、私は今、彼女と一緒に成歩堂法律事務所の掃除をしている。
 私の部屋とは比べ物にならないほど溜まったホコリを払い、ゴミをまとめ、洗い物を片付け、窓を拭き、観葉植物に水と栄養剤を与え、何とか見れる状態になったところで。


どたどたどたどたどた……

ばんっ!



 喧しい足音が近付いてきたかと思いきや、勢いよく開け放たれる事務所のドア。

「ただいま〜……」
「お〜っす!おジャマしま〜す!」

 疲れ気味のギザギザ頭男と能天気なニヤケ顔男が姿を表し、人口密度が倍になる。

「あっ、なるほどくん!おかえり〜!ヤッパリさんも、いらっしゃ〜い!」

 二人を100%の笑顔で迎え入れる真宵くんの両手は、真っ直ぐに伸びていた。

「んで、お土産〜!早く早く出す出す!」
「あ〜……ハイ、これ」
「わ〜い!ありがと。お茶、淹れてくるね。ヤッパリさんもゆっくりしていってね〜」
 どさりと置かれた『何とか温泉』の紙袋の中身はといえば――
「ほぉ、温泉饅頭に温泉タマゴ、温泉の素……か。これでもかと言うほど定番を揃えたな」
「お?御剣ぃ!御剣じゃねーか!久しぶりだな、元気だったか?!」
「うム、まぁな。キミは相変わらずだな」
 土産を物色している私に気付き、大仰な様子で近付いて来るニヤケ顔男は矢張政志。厄介ごとばかり運んで来るどーしようもない男だが、何処か憎めない“旧友その1”である。
「あぁ、御剣。お前、海外視察はどうしたんだよ?」
「今は休暇中だ。キミも休みを満喫したようだな」
 旅の疲れを隠そうともせず、ぐったりとソファに身を埋めるギザギザ頭男は成歩堂龍一。厄介ごとに巻き込まれてばかりいるどーしようもない弁護士だが、数々の逆転劇を繰り広げてきた“旧友その2”――この事務所の現所長である。
「休みって言うか、無理やり矢張(コイツ)につき合わされただ…………えええっ?!御剣ィ〜?!」
「……なるほどくん、(おそ)っ!」
(ニブ)ッ!」
 ……少々抜けたところもあるが、真宵くんにとってはかけがえのない存在なのだろう。
 矢張と一緒になって突っ込む声も、何処となくはしゃいでいた。
「だだだだって、何でお前が……?!か、海外視察に行ってたんじゃ……」
「先ほど言っただろう、今は休暇中だと」
「御剣さんね、あたしといっぱい遊んでくれたんだよ!」
「うム、まぁな」
「あ、遊んで……?」
「それよりさ、そっちはどうだったの?アタミ、だっけ?楽しかった?」
「それがさぁ、聞いてくれよ!成歩堂のヤツ、頼みの綱の弁護士バッジ忘れて来やがってよ、“収穫”ゼロだぜぇ?!」
 やれやれ……何を以って『収穫』と言うのか、真宵くんの前でだけは喋るなよ。
「ふ〜ん。よく分からないけど、残念だったね。でも、おかげでこっちは助かっちゃった」
 ……『助かった』と言えるのかどうかは微妙だな、私としては。
「へ……?それってどういう――」 
「あ〜、何でもない。こっちの話!……っていうか、スーツごと置いてったでしょ、なるほどくん。ハイ、これ!」
 真宵くんが慌てて差し出したのは、この三日間、私が羽織っていたものだ。元よりくたびれていたせいか、多少の型崩れは目立たなかった。
「そうそう、そうなんだよ。ポケットに携帯電話は入れたままだったから、不便で不便で」
 成歩堂は不審がりせずスーツを受け取り、ポケットを探る。……ム、マズイ。
 蒼白い光を帯びてふっ飛ぶ携帯電話――法廷での“不幸な事故”が、脳裏に閃く。
 同じく事情を知る真宵くんと顔を見合わせ、アイコンタクトで作戦会議。
「……あれ?コレ、画面が真っ暗なんだけど……それに、なんか焦げ臭い……?」
 水面下で動くはかりごとに気付く筈もなく、成歩堂は携帯電話をいじっていた。
「あ〜……えと、感電しちゃってさ、それ」
「か、感電……?!」
「そ〜なの!この辺、すっごい嵐でさ!雷がバンバン鳴っちゃって!――ね、御剣さん!」
「うム。ヒドイ嵐だった」
「そうか〜……参ったなぁ。メモリー、大丈夫かな……?明日、電気屋行かなきゃ」
「あ、あはは……た、大変だね。あたしも付き合うよ。……あ!『明日』と言えば――御剣さん、明日にはもう発つんだよね?」
「え?もう行っちまうのか?せっかくこうして三人揃ったんだから、一杯行こうぜ!」
 真宵くんがさり気なく話題を逸らせ、矢張が喰い付いたたところで作戦終了(ミッション・コンプリート)。成歩堂の携帯電話が臨終した真相は、深い闇へと葬られた。

「そうしたいのは山々だが、荷物の整理が残っているのでな」
「あたしも手伝うよ。御剣さんがゆっくり出来なかったの、あたしのせいだもんね」
「え……?」

 さて、次なる作戦は――真宵くんを置いてナンパ旅行なぞ出掛けた鈍感男に、お灸を据えてやることだ。

「いや、今回はこれでなかなかスリリングな休暇だったぞ?」
「あの……何の話?」
「じゃ、行こっか」
「うム、そうだな。ああ、忘れないうちに“合鍵”を渡しておこう。私が出て行った後は好きに使うといい」
「……あ、合鍵ィ〜〜?!そそそそれって、どどどどういう……?!」
「あ〜、あのね。なるほどくん。あたし、御剣さんのマンションでお世話になるんだ」
「は……?そそそ、それってどういう……?」
「だから――住むんだよ、あたし。明日から、御剣さんのマンションに」
「……でえええっ?!」

 予想通り彼は壮大なる誤解をし、真宵くんの天然発言で更に我を失うのだった。
「へ〜?何ナニ?二人、いつの間にそういう仲になっちゃってんのぉ〜?!」
 矢張も興奮気味に、鼻息荒く迫って来る。フ、今日のところはこのくらいにしておくか。
「真宵くん、彼らに一から十まで説明してやってくれないか?」
「うん、いいよ。実はさぁ、かくかくしかじか……」
「な〜んだ、そういうことか。んじゃ、オレもときどき遊びに行っちゃおっかな〜?」
「来るのは構わんが、散らかすな。あれこれ触るな。家電製品等を持ち帰るな。いいな?」
「……おいおい。幼馴染のこと、ちったぁ信用しろよ」
「出来るわけなかろう。キミには“前科”があるのだからな」
「あはははっ、違いねぇや。――ってことだそうだぜ、成歩堂!……成歩堂?」
 軽い刺激のつもりが、約一名には計り知れないダメージとなったらしい。
「……ダメだこりゃ、完全にショートしてやんの」
「脇腹でも突付いてみたらどうだ?」
「……あのさ、真宵ちゃん。御剣。この状況に、一言もの申していいかな?」
 しばらくして正気に戻った成歩堂の人差し指は、ぴくぴくと震えていたりするのだが。
「――だ、そーだ。どうする、真宵くん」
「どうしよっか〜?ね、御剣さん」
「……っていうか、断固もの申させてもらうよ」
「異議あ……」


「待った!」



「え……?」
「ダメダメ!なるほどくん、今回ゼンゼン活躍してないんだから、“異議”を申し立てる資格な〜し!」
「なっ、何だよそれ……!」

 何かと世話のやける二人だが、二人が揃っていることは『成歩堂法律事務所』の“あるべき姿”なのだろう。
 ――これにて“臨時弁護士”の役目は終了、だ。

 彼らの心地好いじゃれあいを背に、私は夕日が差し込み始めた部屋を後にした。


 
同日 某時刻 屋外某所


 事務所を出たその足で、私は“ある場所”へと向かった。
 ぼんやりと、覚えている。あれは――父が殺害された裁判を傍聴した帰り。
 理不尽な判決を受け止めることが出来ず、絶望に暮れて町を彷徨い歩いた日のこと。
 辺りが黄昏に染まる頃、辿り着いた果て。子どもの足にしてみれば急勾配に思えたが、大人になってしまえばなんということはないただの坂道。
 すんなりと上れるようになったのは、ここに来たときの気持ちのせいかもしれない。

 この国を離れる前に、どうしても見ておきたかった。
 坂を上りきった場所から、黄昏に沈む町の風景(すがた)を――

「?」

 坂の半ばに差し掛かったところで、先客の人影(シルエット)が視界に入る。 

 逆光で顔は見えないが、背丈から見ておそらく成人男性――誰そ彼、か。

「――!」

 ゆっくりと、視線を上げる。夕日に()けた髪の毛のオレンジは、ここ数日何度も脳裏を過ぎっては消えていった色彩(いろ)だった。

 呆然と立ち尽くす私の気配を察知したのか、人影が振り向く。
 夕日を照り返す火色(ファイア・レッド)の鉱石を見た時、私はそれが“彼”ではなく――“彼女”だということに気付いた。

 私の意識は急速に、過去へと逆回転し始める。惹き寄せられるように、“あの瞬間”へ。

「――焔城、検事」

「……ああ、あなたか。何というか……今日は、ずいぶん雰囲気が違うのだな」

 やはり、と言おうか――彼女の視線は私の“襟元”に注がれていた。

「ム。これが一応、普段着なのでな。ところで、あなたはここで何を……?」

 困惑を抱えたまま、尋ねる。

「……見ておきたかったんだ、この場所からの眺め」
「何か、思い出でも?」
「ああ。ここは、私が検事になることを志した場所なんだ」
「そうなのか……?」
「北斗は例の誘拐事件がきっかけと思っているようだが……ここで一人の“少年”と出逢って、私は検事になることを決めた」

「――?!」

 どくん。高鳴る、鼓動。

「……失礼だが、その少年(・・・・)について、詳しくお聞かせ願えるだろうか?」
「構わないが……あまり、覚えていないんだ。あの一年後に誘拐事件に巻き込まれて、落雷のショックでそれより前の記憶はところどころ喪失していて……」

 逸る心を抑えて聞くと、彼女は記憶の糸を手繰るように、とつとつと語り始めた。

「ただ――この場所で出逢った少年の、とても辛そうな表情(かお)だけは覚えている」

 落日が照らす横顔――あの日、私に『弱虫!』と叫んで走り去った少女の面影が重なる。

「――とても、不思議な感覚なんだ。私はそれまで、警察官になることを夢見ていた。両親のように、警察官になって悪い奴をたくさん捕まえるんだ、って張り切ってた。
 けれど……あの少年の哀しそうな顔を見た時、私は“検事になりたい”――いや“検事にならなければ”と、強く思ったんだ」

 闇の中に灯った僅かな輝きを頼りに、私は悪夢から抜け出す(すべ)を探した。
 私という絶望を前にして、彼女は悪夢を振り払う(すべ)をを探したのだろう。

「あの少年が、どうしてあんなに哀しい顔をしていたのかは思い出せないけど……多分、警察官では救えない気持ちがあるんだってことに気付かされんだと思う。
 ……検事になれば、全ての悪を断罪することが出来る。犯罪に巻き込まれた人間があんな哀しい表情をするの、もう二度と見たくなかったから――」

⇒To Be Continued...

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