逆転−HERO− (エピローグ) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年05月10日(日) 21時03分39秒公開
ID:2spcMHdxeYs
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ここ数日、過ぎっては消えていた情景が、今度こそ鮮明な形となって現れる。 「夢の、つづき――あなただったのか」 「え……?」 焔城検事は思いもしないのだろう。彼女に検事を志させた少年が、目の前にいる“私”だなどとは。 「――いや、何でもない。続けてくれますか?」 焔城検事の横顔に、ふっと昏い翳が差す。多分、光の具合ではなく。 「……けれど、今は――被告人に揺るぎない有罪判決をもたらせば犯罪被害者を救える、というのは、検事のエゴだと思っている」 「何故?」 「三年前の事件のときも、今回の裁判でも、私は真多井姉妹を救えなかった。検事の……人間の出来ることなんて、たかが知れているな」 失意に沈む彼女の姿は、“検事”という存在に疑問を抱き始めた頃の私と 「検事は法廷で被告人を有罪にするために闘うもの。だが……私はそれだけが全てとは思わない」 「え……?」 かつて、私は。多少強引な手段を使ってでも、“勝つ”ことにこだわっていた。 相手の弁護士を徹底的に叩きのめし、被告人に揺るぎない有罪判決をもたらすことが、検事・御剣怜侍の存在価値であり“全て”だったのだ。 しかし、罪を憎むことだけでは救われない気持ちもある。それを教えていった“究極におせっかいな旧友”は、多分、今頃ふてくされ気味に温泉饅頭をほおばっているだろう。 「真実と向き合うこと、真実を受け止めること。真相を探すこと、真相に近付くこと。それが検事の――いや、司法に関わる全ての人間が果たさなければならない“役割”。 警察官、検事、弁護士、裁判官――それぞれの立場の人間が役割を果たし、“真相”に辿り着くことで救われる気持ちはあると、私は信じている。 三年前の事件の時、あなたは“真相”に近付こうとしたのだろう?そして、今回の裁判でも“真実”と向き合った。“検事”としての役割は、十分に果たしていると思うが」 永い、沈黙の後。 「……あなたは本当に弁護士か?」 真顔で訊かれて、返事に窮する。昨日まで敵対していた“弁護士”がこんなことを言ってきたら、ツッコミのひとつも入れたくなるだろう。 「どうして、そう思う?」 内心の動揺を悟られぬよう、問い返す。 「いや、その……途中から“弁護士”と闘っているような感じがしなかったから」 「ム……」 (弁護士かどうかは別として、一応、法廷に立つ資格は持っている)……などと、余計なことは言うまい。ややこしくなるだけだ。 ふと視線を移せば、眼下に広がる夕映えの町並み。 「……綺麗だな」 宝石をばら撒いたようにきらきらと煌く金色の海を見て、焔城検事が呟く。 「最後にこの景色が見られて良かった」 「最後?」 「……ああ。検察上層部からのお達しで、地方の検察局へ行くことになった。やはり、法廷での私の振る舞いは“検事”として問題があったようだ」 焔城検事、自嘲気味に苦笑い。 「そうか」 検事が自分を有罪に追い込もうとするなど、確かに前代未聞のことだからな。上層部もさぞかし仰天したことだろう。 「……そう言えば、あなたはどうしてここへ?」 「私は……ただの通りすがりだ」 遠い昔――私はここで、一人の“ヒーロー”に出逢った。 “彼女”は、私に一歩踏み出すことを教えていった。 “彼女”は、私の進むべき道を示していった。 「焔城検事」 オレンジ色の光が照らす凛とした横顔に、私はずっと伝えたかった言葉を口にする。 「ありがとう」 「――?! な、なんで……何であなたが先に言うんだ?!礼を言うのは、私の方――」 彼女はぎょっと私を見て、しばし無言で佇んで。 意志の強さを象徴するように固く結ばれていた口元が、ふっ…と緩む。 「……ありがとう。本当に」 それは、彼女が初めて見せた笑顔だった。 「あなたも、元気で」 私も軽く手を上げて、応える。 やがて、どちらからともなく背を向けて。 焔城検事は坂道を下る。私が上ってきた方向へ。 私も坂道を下って行く。彼女とは反対の方向へ。 ここは、我々の運命が交錯した“始まりの坂道”――再び、交わることはないとしても。 逆転−HERO− おわり |
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