逆転−HERO− (エピローグ) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年05月10日(日) 21時03分39秒公開
ID:2spcMHdxeYs
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控え室――無罪判決が出た後だったら、いつもは笑顔で溢れてる場所だけど……今回はなんだか、フクザツな気分。まみちゃん、ここへ来るまでヒトコトも喋らなかった。 ……きっと、弥子さんに言われたことがよっぽどショックだったんだと思う。あたしは掛ける言葉が見付からなくて、黙って立っているしかなかった。 「――『何も知らない』だなんて、流花さんや弥子さんにとってはいちばん残酷な嘘だった。嗚呼……わたしはなんて多くの運命をねじれさせてしまったのだろう?」 「まみちゃん……」 自分の行動が……ううん、この場合“何もしなかったこと”が原因で、こんな悲劇が起こったんだもん。『責任、感じるな』っていう方がムリ、だよ。 「こんな罪深き堕天使を、誰が赦してくれるというの……?いいえ、赦される日なんて、きっと一生来ないんだわ。わたしは奈落に堕ちるだけ、地獄の業火に焼かれるだけ――!」 幽霊のように部屋の中を行ったり来たりするまみちゃんを見ていると、何だかあたしまで胸が苦しくなってきた。ううっ、誰かこの子を助けてよ……! 「罪がユルされるか否か――それは、他人が決めることではない」 すっ、と。涙に濡れて、崩れ落ちそうになるまみちゃんの前に差し出される手のひら。 「キミが今後の人生をどう生きるかによって、決まってくるのではないかな?」 その先にある、穏やかな眼差し。 「成歩堂さん……?」 「キミが決めるのだよ、愛美さん。過去の過ちを悔い改めることは、もちろん大切だ。しかし、その想いばかりに囚われてキミ自身の人生を見失ってしまってはいけない。 キミはこれから、キミに出来る精一杯のことをしていけばいい。今は苦しく、辛いかもしれないが――ゆっくりでもいい、明日に向かって歩き出したまえ」 まみちゃんを勇気付ける御剣さんの横顔は、何だかとっても頼もしかった。 「そうだよ、まみちゃん!まみちゃんは役者、続けてよ!それで、いつか主役として舞台に立ったときにさ、またあたしたちを招待してよ!あたし、ゼッタイ観にいくから!」 あたしも一緒になって背中を押すと、まみちゃんの瞳に少しずつ光が戻っていく。 「ありがとう、まよちゃん……成歩堂さん」 ふふっ、やっぱり。御剣さんは、あたしが思った通りの“ヒーロー”だった。 ピンチから救ってくれるだけじゃない、絶望のドン底から一歩前に踏み出す“勇気”をくれる人。 それが、本当の“ヒーロー”なんだとあたしは思う。 だから、まみちゃんの言葉を借りるなら。 きっと、今の御剣さんは――百万人に一人のヒーロー。 「あの……あのね、まよちゃん。わたしもひとつ、お願いしていいかな?」 「うんっ!もちろんだよ。何でも言って!ホラ、言って!」 勢い付いて、促すあたし。まみちゃんの顔、かぁ〜……っと真っ赤に燃え上がる。 「あの、その……お、お二人の……け、け、け……結婚式にはっ!ぜひ、わたしを呼んで欲しいのっ!!!」 「……あ〜、えと」 「……ホントはね、少しだけユメ見ていたの。秘めやかな愛の旋律。無事にこの闇を抜けることができたら、愛しい王子様とワルツを踊れる日が来るかもしれない……って。 でも、分かったの。裁判でのお二人の断ち切れない絆の強さを見たら、わたしのささやかな背徳なんて、あまりにも脆いもの。嗚呼、急ぎすぎた出逢いゆえの悲劇っ……!わたしの恋はチェックメイト。胸いっぱいの片思いを抱いて、寂しがりやのピエロになるわ!」 今度は羽根でも生えたように、ふわふわくるくると踊るまみちゃんの瞳は夢見がち。 「だから――“愛”という名の法の下、お二人が永遠の恋の魔法に掛かったなら、わたしは満月の夜に抱かれながら、流れ星に祈るわ。二人のエターナル☆ロマンスを!!」 あたしたちに対するまみちゃんの誤解、解けてなかったみたい。むしろ、深まっちゃってるし。……御剣さん、顔真っ赤だ。あ〜、頭からケムリ吹いてるよ。 結局、まみちゃんの誤解は解けずじまいで。この後、御剣さんはことあるごとにあたしに『誤解は解けたのだろうか?』って確認してくるんだけど――いつもクールな御剣さんの慌てっぷりが愉しいから、も少しこのままにしておこうと思うのだ♪ ――風邪なんて、引かなければよかった。 いいや、今になってみると例え風邪を引かなかったとしても、“彼女”がジュリエットの座を射止めることは、逃れようのない運命だったように思う。 彼女の演技はまさに別格――それは、天性の成せる業。どんなに努力しても練習しても超えられない壁。それ故に、憎んだ。彼女の“存在”そのものを。 そして、心の奥底で彼女の実力を認めてしまっている自分のことも赦せなかった。 彼女を認めてしまったら、自分の今までの全ての演技が否定されてしまうような気がした。聖ミカエル学園に入学して、血の滲むような努力をして……ようやく掴みかけた夢。 ジュリエットは十中八九自分に決まるという状況だったからこそ、赦せなかった。突然やって来た転校生に主役の座を奪われることだけは。一歩ずつ、確実に階段を登る自分の頭上を、いとも簡単に飛び越えてしまう女の存在の疎ましさは、筆舌に尽くし難い。 そんな内心も知らず、彼女は自分に微笑みかけてくる。天使のように、女神のように。一点の曇りもない微笑を浮かべて言うのだ。 「お互い、頑張ろ!」 「いい舞台にしようね!」 その言葉が心からの激励で、何の裏もないことは分かってる。――理性では。けれど。 一方通行の嫉妬、敵視、憎悪、ライバル意識……とても惨めに思えた。 密かに付き合っている男性がいた。三年の初め、自信を持って彼に伝えた。 「 彼は答えた。スポーツマンらしい、爽やかな笑顔で。 「主役だなんて、すごいじゃないか!絶対に観に行くよ。楽しみだなぁ!」 けれど――風邪で休んだ次の日に、ジュリエット役は決まっていた。 どんなに足掻いても、その決定を覆すことは出来なかった。 恋人には、言えなかった。「ジュリエットになれなかった」などとは。 いや、ジュリエットになれなかったことよりも―― ・ 「……彼に見せたくなかったの、流花の演技。彼女の演技を見たら、彼はきっと心を奪われてしまうに違いないもの。奪われる、と思った……主役の座も、恋人も、流花に……! あたくしは舞台に立たなければならなかったの。――たとえ、 真多井弥子が連行された直後、焔城翔の元にガブリエル病院から電報が届いた。『柚田伊須香の意識が戻った』――と。 翔はすぐに柚田伊須香の病室へと向かった。そこには、彼女の親戚だという聖ミカエル学園の現学長だという赤間桐人の姿もあった。 事件の概要は彼から聞いたのだろう、伊須香は翔の姿を認めると懺悔でもするように語り始めた。伊須香の独白を、翔は黙って聞いていた。 「……でも、あたくしには無理だった。あの脚本のジュリエットを演じることが、こんなに重荷になるなんて……。 演じている間、ずっと苦しかった。胸が、締め付けられるように……。誰かに『この役はお前のものじゃない』って言われているみたいで……」 「……」 「……赦して、なんて云えないわ。ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……本当に、ごめんなさいっ!!!」 布団に突っ伏し、髪を振り乱し、恥も外聞もなくひたすら許しを請う伊須香に、もう何の感情も湧いてはこない。 「――あなたには、然るべき処罰を受けていただく」 短い言葉だけを残し、翔は病室を出て行った。 同時刻――真多井弥子の身柄を警察へと連行して行こうとした北斗刑事に、病院に立ち寄るよう指示したのは焔城検事だった。 「刑事さん、悪いんだけど俺も入れるよう口利いてくれない?警察の権限ってヤツでさ」 北斗が人目を気にしながら特別病棟までやって来たところで、待ち構えていた阿部海流も一緒に真多井流花の病室へ入る。北斗はすぐに外に出て、病室には弥子と海流が、ずっと眠り続ける流花と共に残った。 「生けてもいいか?――あの検事さんの代わりに」 サイドテーブルの上で、海流は売店で買ってきたカーネーションとカスミソウの花束を広げる。花瓶代わりか、コーヒーポットに生け始めたところがなんとも彼らしい。 「う〜ん……やっぱり花瓶の方がしっくりくるか?看護師さんに借りてくるかな」 しかし、花とポットはさすがにミスマッチだったようで出来上がりに苦笑する。 「――なぁ、弥子。お前、罪を償ったら帰って来るんだろ?」 振られた弥子はクスリともしないで、眠り続ける姉の顔に見入っていた。 花をいじることは諦めて、海流は彼女の横顔に真剣な眼差しを注ぐ。 「帰って来たら一緒にいてやれよ、流花と。流花にはお前が必要なんだ」 「……あんたが一緒にいてたらええやん。恋人なんやろ?」 突き放すような返事に、海流はふっと溜息を吐いた。 「ああ、あの弁護士さん。ちっとカンチガイしてたみたいだな、俺と流花のこと」 「……?」 微動だにしなかった目線が、少し傾く。海流はベッドに視線を落とし、噛んで含めるように言った。 「俺たちは――“恋人”じゃなくて“戦友”だった」 「せんゆう……?」 「ああ。ビタミン広場で最後に会った日にな、約束したんだ。流花は役者として、俺は脚本家として一人前になることを。お互いエールを送る意味で、名前の一文字を交換した。 俺は流花の“流”をもらって“海流”、流花は俺の“海”を付けて“海花流(みかる)”って名乗ることを決めてさ。“海花流”の名が表に出ることはなかったけど……」 サイドテーブルの上のメモに書いた文字を、弥子に示して見せながら。 「分かんないか?俺が惚れてたのは流花じゃなくて、流花が演じてた脚本だよ。俺はずっと、あの ――お前が書いたものだってことは、さっきまで知らなかったけどな」 海流のメモから視線を外すようにして、弥子は皮肉めいた笑みを浮かべる。 「……意地の悪いこと言うんやね。ウチがあんな脚本書かんかったら、姉ちゃんはこんな目に遭わずに済んだかも知れへんのに」 踵を返した弥子の背に、海流は思わず叫んでいた。 「逃げんなよ、弥子。お前は――俺の“目標”なんだ!」 「……」 弥子は、無言。その、代わりに―― 「……い」 微かな。 「……い、い……」 とても微かな、その“音”に。 「……かおり、ね」 離別しようとしていた弥子と海流、もつれるようにしてベッドに駆け寄る。 「――る、流花?!」 「姉ちゃん……?!姉ちゃん?!」 何度も何度も呼びかけたくなるのをぐっと堪え、耳を澄ませると―― 「…………ヤコ?……ヤコ、ね?」 それは呼吸音とは違う、確かな“言葉”だった。 「先生、呼んでくる!」 その声が届いたのか、流花の表情が少し和らぐ。 「……カイ、くんも……いる、ね?」 「うん、おるよ!海もおるっ……!今、先生呼び行ったからな!」 「……ヤコ、どこに……おるん?」 「姉ちゃん!ここや!ウチはここや!」 弱々しく差し出される手をぎゅっと掴み、流花の顔ギリギリまで自分の顔を寄せる。 「……ヤコ……どこ?……どこなん、ヤコ……?」 しかし、流花の視線は虚ろで焦点も合っていないように思えた。 「姉ちゃん、まさか……目が見えてへんの?」 それから、間もなく。海流と共に現れた医師は、毒の後遺症により流花の視力が失われていることを告げた。 「先生っ……姉ちゃんの目は、もう治らへんの?!」 「詳しく検査をしてみなければ何とも……手術である程度は回復するかもしれませんが、以前と同じ状態にまでは、おそらく――」 「そんな……先生!お願いや!姉ちゃんの目を治したって!姉ちゃんは女優なんや! 目が見えへんかったら、舞台に立たれへん!芝居も出来へんっ!」 医師の白衣にすがりつき、必死で訴える弥子。 「出来る限りのことは致します。……ですが、完全に治るというお約束は出来かねます」 だが、医師の難しい表情は和らがなかった。 「そんな……!」 呆然と立ち尽くす弥子の背中を、穏やかな声が包み込む。 「――哀しまんでもええよ、ヤコ。目が見えなくたって、出来るお芝居はある。……あたし、まだ叶えてへんもんね。“海花流”の名前で舞台を踏むことも、あんたの書いた脚本でお芝居をすることも……」 自分がこんな目に遭ったことを知ってもなお、流花は微笑んでいる。 ⇒To Be Continued... |
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