〜醜聞〜
作者: カオル   URL: http://www.ab.auone-net.jp/~kaka/   2011年10月24日(月) 19時30分04秒公開   ID:P4s2KG9zUIE
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「美雲、アノ人と付き合っているの?」

放課後、ほうきを持ちながら教室の隅のホコリと格闘する私の背中に、誰かが話し掛けて来た。
「聞いたよッ、高そうな車に乗った大人の男だって!」
振り返った私の目に飛び込んで来たものは、少し意地の悪い表情を浮かべたクラスの女子数人だった。
「どこで知り合ったの?」
「いいなあ〜、うらやましいッ」

以前、一度だけあの人に家の近くまで車で送ってもらった事があった。どうもそれを見られたらしい。でも、それは彼女達が思っているような事ではなく、私自身が巻き込まれた事件の事情聴取が遅くまでかかった為、わざわざそうしてくれたのだ。

私が父の後を継いで《二代目ヤタガラス》を名乗っているのを彼女達は知らないし、もちろん、私はそれをクラスの誰にも話してはいない。だから、このように誤解されてしまうのだろう。
実際、あの人は歳の割には老成しているから、見た目よりも遙かに年寄り臭い。それでも私は、亡くなった父と同じ執務室を所有している検事に会うのはとても楽しいし、二代目ヤタガラスとして、共に幾つもの事件を解決へと導いてきた。だから、そんなふうにあの人の間を云われるのは、大そう心外だった。

「でも、気を付けなよ、美雲は男に対して免疫なさそうだから!」
そんな無責任な言葉に背を向け、私は黙ってホウキを動かし続けた。




「ノコちゃ〜ん、お久しぶり!」

学校帰りに立ち寄った高層階の建物の1202号室で、私はこの部屋の所有者である検事と顔馴染みの刑事を見つけ声を掛けた。この刑事は、私よりだいぶ年上だけどお互いを『ちゃん』付けで呼び合う仲。私はここで、この刑事の男性と取り留めのない無駄話しをし、あの人はそんな私達の会話を呆れたように聞き流す・・・いつもそんな感じだ。

でも、今日は何かが違っていた。

部屋に入って来た私を見た瞬間、二人の表情はこわばり、部屋の空気は凍りついた。
「み、美雲ちゃん・・・今日はどうしたッスか?」
口ごもりながらも、ようやく声を掛けられた男が返事を返す。それは、明らかに当惑を隠しきれない、といった様子だった。いつもとは違う雰囲気に戸惑う私は、救いを求めるように部屋の窓を背にして自分のデスクにいる男性を見た。しかし、それは返って私を追い詰める結果としかならなかった。
「何しに来た?!」
今まで私は、この人からこんな言葉を云われた事が無かった。例え、仕事中であってもそうでなくても、この人は私を邪険に扱うような真似はしなかった。そして、最後にあの人は、ここは君のような部外者が立ち入る場所ではない、とまで言い放った。

「用が無いのなら、早く帰りたまえ―――ッ!!」





その日から、あの人は変わってしまった。
会って話すどころか、メールを送っても全く返事が返って来なくなった。
『君のメールは、やたらチカチカして読みづらい』
そんな風に云いながらも、今までは3回に1回くらい返信があったのに―――。

何故? どうして??
幾ら考えて見ても、私自身には心当たりが何もない。
ふと、クラスの女の子達に云われた言葉を思い出した。
『女子高生って云うだけで、大事にしてくれるうちはいいけど』
『あんまり夢中になりすぎると、ウザがられて・・・ポイ捨てされちゃうよッ』

あの人に限って、そんな事ない! でも、こんな変わりよう全く納得がいかないッ。 
私は意を決して、再びあの人がいる高層階の建物へと会いに行った。ところが、今まで顔パスで通る事の出来た建物の入り口で立ち入りを断られ、仕方なく裏口に回って見るもやっぱりダメで、しまいには一階のトイレの窓からの侵入を試みるもあえなく見つかり、とうとう建物の敷地から追い出されてしまった。大ドロボウのプライドを痛く傷つけられた挙げ句、あの人に会うことも叶わず、仕方なくもと来た道を歩きながら、私は自分の立場について考えていた。

いくら大ドロボウ《ヤタガラスの二代目》を名乗っても所詮、私はフツーの高校生。でも、あの人は検事という立場にあって局内でも将来を嘱望された優秀な人。幾つかの事件を共に解決したとは云え、あの人が拒絶すれば私など、会うことすらままならない―――。

季節はすっかり秋になり、紅葉に染まった街路樹が黄金色に輝き、道にこぼれ落ちた枯れ葉が存分に季節感を漂わせている。そんな通りを歩く私に、道路を挟んだ向こう側を反対方向へと歩くあの人の姿が飛び込んで来た。思わず大きな声で名前を叫ぶが、向こうとこちら間にある車道はかなり幅が広く、周囲の騒音に遮られ私の声は全く届かない。向こうへ渡りたくともこの辺りには横断歩道すらなかった。そんな中、私はあの人が誰かと一緒に歩いているという事に気がついた。その人は肌の色は白く、髪は傾きかけた秋の陽射しを受け淡く輝き、瞳は身につけている青いピアスと同じ色をしていた。

「あッ、ムチのお姉さんだ!」
向こう側を歩く二人は全く私に気が付いてはいない。私は食い入るように二人を見た。

たしか、冥さんはアメリカにおいて13歳で検事となった天才少女だと聞く。私とそんなに歳は違わないけど、事件を追って世界中を飛び回るエリート中のエリート。お嬢様育ちで、西洋のお人形さんのように美しい容姿。しかも、あの人とは兄弟のような間柄。

お嬢様で仕事が出来て、頭が良くて、それでいて美人。
そんな人じゃないと、あの人の隣を歩くのは許されないのかもしれない―――。


強いて私と似たような所があるとすれば、父親が検事であった事・・・それくらいだ。


いつにないくらいの激しい気分の落ち込み。こんな時、本当なら布団の中でゴロゴロしながら漫画でも読んで過ごすのが一番だけど、今の私にはそれすら許されなかった。
これでも私は受験生で、志望している進学先の合格ラインは、今の実力ではビミョーな状況。私の家は母子家庭で正直、進学は経済的にかなりキビシイ。塾代だって馬鹿にならない。それでも母は、私の為に勤務時間を多くし、経済的に支えてくれている。そんな母の期待を裏切るような事をする訳には行かなかった。

塾のある日、私は学校が終わってから近くにあるファーストフード店で夕食を済ませる。一旦、家に帰るよりも時間の節約になるし、空いた時間は、これからある授業の予習や宿題の回答にあてる事も出来るからだ。

そしてその晩、塾が終わって帰宅しようといつもの道を歩いていた私は、とある事に気がついた。すでに、この時間になると辺りはすっかり真っ暗で、コンビニがあるような場所をすぎると、街灯と自動販売機の明かりだけが頼りとなる。周囲に人の気配のない寂しい場所にさしかかると私はバッグから携帯電話を取り出し、家に帰宅途中の報告をした。そして、ようやく私の自宅が見えて来たその時、不意に私の横を走り抜ける一台の車があった。私は妙な違和感を覚えながらも、無事に家へとたどり着き肩に掛けていたバッグを自分の机の上に置きながら、先程感じた違和感について考えてみた。


私は何処かで、あの車を見たような気がする――――。


そして、その違和感は・・・その後も私から途切れる事はなかった。





あの人から突然、会う事を拒絶されてから数日が過ぎた。



未だ状況は変わらず、直接会うどころか連絡さえ取れてはいない。そのような中でも、日常は容赦なくやって来る。
「ミクモ、おはようッ」
学校に行く途中、地元の最寄り駅付近で、私は同じ学校に通う友達に声を掛けられた。通りにはこれから仕事へ向かうスーツ姿のサラリーマンやOLに交じって、様々な制服を着た学生達が歩いている。その中でも私の通う学校は、公立高校と云う事もあると思うけど、制服に関しては比較的自由で、今の時期は白いシャツに高校生御用達の某ブランドのマークが左胸に小さく入ったカーディガン。スカートはチェック地で特に丈を短くしても、先生に怒られる事は無かった。(本当の所、私はスカートの下にショートパンツを履いている“がっかりスタイル”を実践している)声を掛けて来た友達の姿も、私と似たり寄ったりだ。そんな彼女に挨拶を返そうと、少し後ろを振り向いた私の視界に気になるものが飛び込んで来た。それは一台の車だった。何故、その車が気になったのかと云うと、車に付いているナンバーがこの辺りのものではなかったという事、今朝、私が家を出る時に近くに止まっていた車種によく似ていたからだった。そんな車が私の通学路である最寄り駅付近にある・・・何だか気味が悪い。何とか運転している人物を確認しようと目を凝らした時、友達から今度行われる英語のテストの範囲について尋ねられた。その問いに気を取られ、再び視線を元に戻した時、もう既にその車は視界から走り去った後だった。

あの車は、この間の夜に私の横を通り過ぎた車と同じかどう分からない。違うような気もするが、そうだとも云えない。ただ、はっきりと云えるのは、ここ数日、誰かに見られているような気がする、と云う事。私が住んでいる付近にも、時々、不審者が出るとの噂はあった。しかし、私はこの事を誰にも話す事が出来なかった。誰かに相談しようかとも考えたけど、漠然と見られているかもしれない、といった程度では問われた方も困るだろうし、特に母には余計な心配はかけたくなかった。

来月は担任の先生と保護者である母の面談において、受験する進学先を決める事になっている。一応、文系を考えてはいるが、今度のテストの結果次第では、志望先の変更も視野にいれなくてはならない。私の周囲の同学年達の雰囲気も、なんとなくピリピリとしたものに変わってきていた。

その日の晩、私は塾の講師に遅くまで質問した後、家路へと向った。いつもどおりコンビニがある道を行き、人気のない寂しい通りに差しかかると、私は自宅に帰宅途中の報告をする為にバッグの中の携帯電話を探し始めた。

その時だった、不意に背後に人の気配を感じ振り返ろうとした私は瞬間、大きな叫び声を耳にした。そこは街灯の明かりもあまり届かず、自動販売機のような光を発するものもないような場所で、私はその叫び声を発する人物をよく見ることは出来なかった。しかし、私がその人物をよく見る事が出来なかった本当の理由は、その叫び声に驚き一目散に逃げ出したからだった。

全速力でその場から駆け出し、ようやく家にまで辿り着いた時、私の心臓は今にも爆発しそうな状態だった。その晩、母はまだ帰宅しておらず、何とか鍵を使い家の中に入った後も、私の身体の震えは収まらず返って酷くなるばかりだった。家には私以外、誰もいない。思わずバッグから携帯電話を取り出し、私は「み」の行で始めるあの人のアドレスを探し始める。しかし、暫く考え込んだ末、私は静かにそれを閉じた。


本当は、今すぐにでもその声を聞きたい。
でも、今のあの人はとても私の訴えを聞いてくれるとは思えなかった。


私は、一体あの人に何を求めているのだろう―――?

保護者のような存在?
子供の頃に失った父性?
それとも・・・異性として?


・・・恐らく、その全てなのだろう。


本当はだいぶ前から自分でも気が付いていた・・・でも、私はそれを認めたくなかっただけ。


少し気難しくて、怒りっぽくって
クールなようでいて、心の中はそうではなくて―――。


頼りになる・・・私の大好きな人。


私は、二つに折りたたまれた携帯電話を握りしめながら、両の目から溢れ出るモノを手の甲で拭った。




「一条さん、よく頑張ったわね」

返却されて来たテストの回答用紙を手に取りながら、私を担当してくれている塾の講師は感嘆の声を上げた。特に、自分の教えている科目の成績の伸びにとてもうれしそうな表情を浮かべている。
「全体の点数だいぶ上がったし・・・特に、英語が凄いじゃない!」
私は講師の言葉を素直に喜んだ。最近、色々あった割には自分でもよく努力出来た方だと思う。この調子でいけば、担任の先生と母との志望先の相談もきっと上手くいくだろう。一応、本命以外にも受験するけど、すべて社会学部のような所ばかりだった。私は父の後を継いでヤタガラスを名乗ってはいるけれども、まだ本当に盗まなければならないモノを知らない。父が職責を超えてまで盗もうとした“真実”とは何か、それを知ることが二代目を継いだ私の役目。だから、私はもっと様々な事を学ばなければならないと思っている。

今回のテストの大躍進を、早く母にも知らせたい。そんなふうに想いながら私はここを後にした。いつからか外の風は冷たくなり、短いスカートが段々ツラくなってくる。でも、大学生になったらこの短いプリーツのスカートともお別れだ。自分の将来の夢が少し、現実味を帯びて来たように感じられたその時、通りを隔てた前方に見覚えのある車が止まっていた。間違いない、あの車は以前、私の横を通りぬけた車だ。何とか乗っている人物を確認しようとしたけど、暗い上に距離がありすぎて、自分が立っている場所からでどうにもならない。思えば、この車の存在から私の違和感は始まったのだ。ここはなんとしてでも、その正体を確認しなければ。いつまでも、怖がってばかりいる訳には行かない。そう、私は真実を盗むヤタガラスなのだからッ! そう決心した私はかなり強引に車が走る道路を横切った。車道を走る車からクラクションの音が一斉に鳴り響く。自分でもかなり危険な行為だと自覚してはいたが、とにかく私は夢中で、例の車に向かって行った。相手の車は私のこの行動に、驚いたようで、急にエンジンをかけ発進しようとしている。

⇒To Be Continued...

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