逆転を取り戻す
作者: 真実の追求者   2011年07月31日(日) 10時59分52秒公開   ID:B3lXHCgMg/Y
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〜10月9日 午後6時10分 裁判長室〜


どぶろくスタジオで起こった事件の無罪判決後、僕は裁判長に呼ばれた。
「裁判員制度のシミュレート裁判、ご苦労でした成歩堂くん。」
いきなり裁判長が労いをかけてきたので、僕はちょっと戸惑った。それでも、戸惑いを見せたのは一瞬で、僕はフッと笑ってみせた。
「よしてくださいよ、裁判長。僕はこのシミュレート裁判の事件を選んで、その裁判員を誰に
するかを決めていっただけですよ。」
僕は謙遜したが、裁判長は法廷の時のように首を横に振った。
「いや、君の功績は素晴らしいものだよ。これのおかげで、日本の法曹界はもっと変わるでしょうからな。ホッホッホッ。」
裁判長の独特の笑い方がこの部屋に響いた。同時に僕も、ハッハッハッと笑った。その時、裁判
長は急に笑いをやめて、僕の方へと向き直った。
「そうでした、成歩堂くん。今夜は暇ですかな?」
何か閃いたような表情で、裁判長は僕に聞いて
くる。数秒程、僕は考え込む仕草をして、「そう
ですね」と言った。
「では、九時にこの裁判所の前まで集合しましょう。行きつけの居酒屋がこの近くにありま
すのでね。」
僕は当然その誘いを承けた。数年ぶりの酒飲み、というのもあるが、裁判長と飲むのは今の今まで一度も無かったからだ。
「では、僕は先に帰ってます。生憎、携帯電話を忘れてしまいましてね。」
「そうですか。では、後ほど。」
僕は軽く手を振りながら、裁判長室を出た。




〜同日 午後7時28分 成歩堂なんでも事務所〜

「あっ、パパおかえり!」
タッタッと小走りをしながら帰ってきたのは僕の養女、みぬきだ。
「やぁ、ただいま。あれ、オドロキくんは?」
いつもなら一緒に迎えに行くんだけどねぇ、と独り言を小さな声で呟いてみる。
「オドロキさんなら、疲れているのか寝ちゃって
るよ。」
ほら、と言いながらみぬきはオドロキくんの方へ人差し指をつきさした。確かにグッスリとよく寝ている。それと同時に、僕は心の中でやれやれと思った。緊張とプレッシャーの裁判の中で無罪判決を勝ち取ったのに、それでもまだ仕事をする気なのかこの子は。
「しょうがない。みぬき、オドロキくんをソファ
まで運ぶから、何かかけるもの用意してくれ。」
僕の呼びかけに、みぬきは「はーい」と応じた。
「ああ、そうだ。みぬき、今日はパパ、晩ご飯いらないから。」
「えーっ、折角作ったのに!」
みぬきはぷぅ、と頬を膨らませるがしょうがない。約束があるんだから。
「オドロキくんの夜食にでも回してくれよ。パパはコンビニで、サンドイッチでも買って食べ
るからね。」
「うう、解った。じゃあ、なるべく早く帰って来てね!」
みぬきが力強く促したが、正直言って不安だ。
ヘタをすれば朝帰りなんてこともあるから。
「まぁ、できたらの話だけどね。もしパパが遅かったら、オドロキくんと一緒に寝てていい
よ。」
僕はみぬきにそう言うと、みぬきは純粋な笑顔
で「うん、解った!」と言った。さて、そうこうしている内に時間が無くなってくる。そろそろ約束の場所まで行くか、といつもと変わらない格好で向かった。



〜同日 午後8時50分 地方裁判所 入口前〜


僕は裁判所の入口の前で待っていた。現在午後八時五十分。来るにはちょっと早過ぎたのかな、と小さな声で呟いた。泣かぬなら、泣くまで待とう、ホトトギスという言葉があるが、流石にそこまで粘り強くはない。早く来ないかなぁ、と思った矢先に、噂をすれば何とやら。
「ほっほっほっ。待たせましたかな?」
入口から裁判長がやってきた。革のケースを左手に持ちながら。
「そんなことないですよ。僕が早かっただけなんですから。」
皮肉めいた笑みを浮かべながら、僕は待ち合わせの時によくある言葉を並べた。
「そうですか、それでは行きましょうか、ここから歩いて十分くらいですから。」
裁判長を先頭に、僕達はある居酒屋へ向かった。






〜同日 午後9時 居酒屋「フェニックス」 店内〜



それから僕達は、他愛もない世間話をした。
裁判長の孫のこと。僕の娘、みぬきのこと。オドロキくんのこと。裁判長の奥さんのこと。そしてとうとう、あの話題が降りかかった。
「今回の法廷で、改めて実感しましたよ。」
「何がですか?」
裁判長の今の発言がどういうことなのか、僕は薄々感付いていた。が、そのまま裁判長の話に身を任せることにした。
「君にはやはり、法曹界がお似合いということです。」
ほらやっぱり。前も確かそんなことを言ってたっけな。心の中でそんな言葉を浮かべながらも、裁判長の話にまだ身を任せる。
「一度ならず二度までも…あの牙琉霧人に復讐を果たしたのですからな。」
「よしてくださいよ。僕は自分に降りかかった火の粉を払っただけ。ただ真実を……求めただけですよ。」
僕は謙遜するが、裁判長は首を横に振る。
「確かに貴方は、降りかかった火の粉を払っただけかもしれません。ですが…私は知っております。成歩堂龍一はただひたすらに、真実を明らかにする男であると。」
いつもはどこかぬけている裁判長に言われると、面食らってしまう。僕は思わず目をきょとんとさせた。
「王泥喜法介弁護士もなかなかの実力を持っていますが…私的には、まだ足りないものがあるかもしれません。やはり彼には…師匠というべき存在の法廷を見ていないからでしょうな、ホッホッホッ。」
いつもと全くといっていいほど違う裁判長に、僕は口をポカンと開けてしまった。こんなシリアスな裁判長、レアものだな、と心の片隅に思ってしまっていた。
「私の言いたいことが解りますかな?」
「要するに……僕に弁護士として法廷に戻ってきてほしい。そういうことですか?」
僕の今の発言に、数秒の沈黙が流れた。裁判長は、縦に頷いた。
「もし、この先にまた牙琉霧人のような者がまた現れたら…。この法曹界はメチャクチャになってしまいます。個人的な頼みかもしれませんが……私としては貴方に弁護士として戻ってきてほしいのですよ…。成歩堂くん。」
その裁判長の悲痛な表情に、僕は耐えられず目を左に背けた。
「だけど…、僕には法廷に戻る資格はありませんよ。ニセの証拠品を提出してしまった以上……ね。」
僕は皮肉めいた笑みを浮かばせながら、裁判長にそう告げた。だけど………。
「一週間…。」
「はい? 何がですかな?」
「一週間後、また同じ時間にここへ来ましょう。その時こそが…。僕に弁護士として法廷に戻る資格がある、ということで。」





僕の約束は少々強引だったかもしれない。それでも、裁判長は引き受けてくれた。
まずは家に帰ろう。そこからだ。
僕は事務所まで、小走りのペースで戻って行った。











〜10月10日 午前10時20分 成歩堂なんでも事務所〜

さて…どうするかな。僕は心の中で自問自答し、その結果、ある答えに落ち着いた。
昔を知っている人たちに逢おう、ということになった。
まずは誰に会おうかと、三分くらい考えた。そして、あいつの顔が思い浮かんだ。
お調子者で、女好きで、だけど友達思いで、僕の弁護士時代の初めての依頼人であり、親友。
ーーー矢張政志。
七年ぶりだから、今あいつがどうしてるのかは分からないけど…。とりあえず、会えるか会えないかぐらい、確認してみるか。
僕は携帯電話を取り出し、あいつの電話番号を打った。
電話を耳に当てる。プルル…プルル…と音がなる。
『もしもし、こちら天流斎マシスですが。』
まだあいつ、画家なんてやってるのか。そんな思いを胸に留めながらも、僕は会話を始めることにした。
「矢張政志さんはいらっしゃいますか?」
「……………」
僕の質問に、電話の相手は黙り込んだ。
『久しぶりだな、成歩堂。もう…七年ぶりか?』
電話の相手は矢張本人だったか。ならば、話は早い。
「今日、お前…。ヒマか?」
僕はおそるおそる尋ねた。あいつなら、何だかめんどくさそうとかそういう理由で破棄しそうだから。
『いや、そうでもねぇけどよ…、ナシにしとこう。七年ぶりにお前と話が出来るんだからな。』
「そうか…。助かるよ。じゃあ、事務所まで来てくれないか? 他の奴らは適当な理由つけて、外に出しておくから。」
『おおう、お前にはまだ伝えてないこと、いっぱいあるからな! 覚悟しとけよ〜!!』
「どんなことなのか、期待して待ってるよ。じゃあ、またな。」
『おう、二時ぐらいにはそっち行くからな!』
そう言って、矢張は携帯の通話を終えた。
さて…。僕も色々やらなくちゃな。
僕はニット帽を被り直しながら、仕事部屋へと向かった。





〜同日 午後2時5分 成歩堂なんでも事務所〜

さて、みぬきとオドロキくんには適当な理由をつけて外に出してもらった。これだけで半日分の苦労を背負った気がする。後は、あいつが来るだけだ。二時ぐらいには来ると言ってたので、少しくらい遅れてもしょうがないのだが…。

………ピンポーン。

おっ、どうやら来たみたいだ。僕は入口まで行って、念のために「どちらさまですか?」と窺った。相手は矢張だろうか。
「俺だよ、成歩堂!とっとと入らせてくれよ!!」
ビンゴ。僕はドアを開けて、矢張を事務所へと入らせた。
「お邪魔すんぜ〜♪」


「しかし、一体どうしたんだよ。お前から誘いが来るなんて、滅多になかったじゃねぇかよ。特にこの七年間。」
応接室を兼ねている仕事部屋で、矢張と僕は話を始めた。
「まぁ、な。それより矢張。お前最近どうだ?」
二十六になってもフリーターだったこいつは、今は順調に仕事しているのだろうか。最終的に、画家を志したようだけど………。
「ああ、うまくいってるぜ。今日も仕事バリバリあったけどよぉ、お前との約束があるからすっぽかしちまったぜ。」
ショーゲキ的な発言に、僕は口をぽっかりと開けてしまった。
「い…いいのかよ、それって。」
「いいっていいって。」
か、軽くあしらわれた……。
「そういえば、お前は今、彼女いるの?」
画家を志した時には、もう女なんか信じねェって言ってたが、実際のところ…どうなんだろう……。
「成歩堂、言ったじゃねぇか。俺はもう彼女なんて作らねェってよ!!」
「まさかとは思うがお前……。」
そうとう性格直したようだな…。
「ああ、フリーだぜ!!」
こいつも、そうとう変わったんだな。と僕は改めて心の中から思った。それと同時に、ちょっとつまんなく思ってしまう。
「そういうお前は…どうなんだよ? 成歩堂。」
急に神妙な表情を見せた矢張は、僕にそう聞いた。
「………ただのしがないピアニストだよ。」
少しの間を置いて、僕は今の自分の職業を答えた。
「お前、まだ言ってんのかよ。……弁護士に戻る気はないのか?」
七年前と同じ質問を矢張は問うた。僕が弁護士バッジを剥奪された一週間後、あいつは僕の事務所に来た。そして、さっきの質問を僕に問いかけた。あの頃は、「ニセの証拠品を提出した僕にそんな資格はない」と言って、一蹴したのだった。今はどちらかというと………。
「判らない。」
一言だけ、そう答えた。

「……ちったぁ進歩したってことか?」
誰に問いかけるわけでもなく、矢張はそう呟いた。
「昨日、裁判長と飲んでね。」
「裁判長ってあの…つるっぱげですげーヒゲ生やしてる?」
裁判長が誰なのか確認しようと、矢張は昔を思い出しながら聞いた。
「ああ、そこで言われたのさ。個人的な頼みとして、もう一度法廷に戻ってきてくれってさ。弁護士としてね。」
「そんとき、お前はなんて答えたんだ?」
「お前が七年前にした質問と同じ返答だよ。それでも裁判長は粘ったよ。今の彼に足りないものは師匠の弁護を見ていない。だからこそ戻ってきてくれって。」
言い終えると、突然矢張は首を傾げた。
「彼って誰だ? 話の流れから察すると、お前のお弟子さんみてぇだけどよ…。」
そうだ、と僕は思い出した。矢張はオドロキくんのことは知らないのだった。改めて説明するか。
「王泥喜法介。特徴はそうだな…。真っ赤なスーツに角みたいな髪型が主な特徴だね。」
「ふうん……。」
僕の説明に納得したのか、してないのかは、判らない。が、矢張がうんうん、と頷いていることから、どうやら分かってくれたようだ。
「いつの時代も、法廷にいる奴らって、個性的だよなぁ……。」
何だか、訳のわからない納得をしていた。ツッコムのも、何だか面倒くさくなってきた。
「ところで、今何時だ?」
急に矢張が聞いてきたので、僕は少々戸惑った。すぐさま壁にかけてある時計を見て、ようやく知ることができた。
「三時十五分だな。」
僕が時間を伝えると矢張は突然、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
と叫び出した。
「ど、どうした…? 矢張」
「やべぇ、もうこんな時間かよ!! ダメじゃん、締め切り明日だってのに!!!」
おいおい、なんだか申し訳ない気持ちになってくるじゃないか……。

⇒To Be Continued...

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