逆転探偵第一話:理科室の悪魔
作者: 異議あ麟太郎   2011年06月18日(土) 21時43分01秒公開   ID:0iv14BfJ/zk
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プロローグ
 雨がノイズ音を奏でて降り続いている。部屋の中は薄暗く重苦しい雰囲気が漂っていた。
 部屋の中には二人の男がいた。一人は机に座り、一人は机に座っている男に何事かしきりに語りかけている。それは必死の訴えのようにも見えるし、怒りを相手にぶつけているようにも見えた。
 重々しい雰囲気の中、突如机に座っていた男がいきなり立ち上がり、相手の男に詰め寄る。両人の表情は醜い獣のように歪み、憎悪の感情が剥き出していた。
 しばらく睨み合っていたその時である、片方の男が懐からキラリと光る“何か”を取り出し、男に体当たりした。 体当たりされた男は「ぐっ」という低いうめき声を上げると、腹部を抑えその場に崩れ落ちる。苦しそうに息をしながら、途切れ途切れに何事か口にしようとするが言葉にならず、やがてそのまま倒れて動かなくなった。
 倒れた男を見てもう一人の男は思わず天を仰いだ。その顔には何かを成し遂げたという達成の表情と踏み越えてはならない一線を越えてしまったという悲痛の表情が交じり合っていた。
 なぜ、自分がこのような手段に打って出たのか? 他に何か手はなかったのか?
 全てが終わり冷静になった今こそ男は自分の行為の重大性を自覚し、わずかに後悔し始めた。しかし、すでにそれは意味のないことであった。自分の足元で転がっている男は死んでいる。もう後戻りはできない。
 男は大きく呼吸をし、自分が立てた計画の第二段階を実行に移すことにした。
 外からは男の犯した罪を断罪するかのように雨音が鳴り響いていた。

-6月22日午前8時坂下町2丁目−
 乳白色の空からは冷たい雨が降り続けている。泥水が歩くたびにズボンの裾にはね歩行者の足取りを重いものにする。
 雨に濡れたコンクリートからあの独特の臭いがする。蒸し暑さを感じさせる小雨ではないのがせめてもの救いだろうか?
 一人の少年が歩いている。身長は百六十pほどで、髪を上にツンツンに立てているせいで正しい身長が見ただけでは判断がしがたい。顔は小さく、目は大きめで、全体的に見て非常にバランスが整っている。
 ここのところ雨が続いていて、少年はふさぎこんでいた。湿気は髪を整えるのに非常に邪魔になる。梅雨の季節は彼にとってただ不愉快なものであった。
 やがて彼の視界に彼が通っているらしき中学校が見えてきた。四階建ての一般的な学校の校舎である。校門には続々と生徒が入っていく様が見られる。
 遠目に見ると、校舎には重い雲が圧し掛かっているように見える。少年はそそくさと歩みを進め、校門をくぐり中へと入って行った。

-同日午前9時15分坂下中学2年4組-
 彼が教室内に入ると、大抵どこの学校もそうであるように、いつもと同じ朝の喧噪に満ちていた。この騒がしい教室内に先ほど書いた少年はいた。
 彼はそのまま真っ直ぐ自分の席に向かい、腰を下ろすと鞄の中から分厚い文庫本を取り出すと周りの雑談に加わろうともせず読み始める。
 五分ほどして、彼のいる教室に一人の教師らしき男が入って来た。髪を角刈りにして、体格がよく身長も高い。一見体育教師に見えるが実のところは数学の教師である。
「おはよう。全員席に着いて、ホームルーム始めるぞ」
 教師がそう言うと全員ぞろぞろ着席をする。少年も読んでいた文庫本に栞を挟むと机にしまう。
「じゃあ、出席を取るぞ」
 担任の教師がそういい終わらないうちだった、どこからか悲鳴が轟いた。その瞬間に教室中がざわめき立つ。
「静かに。みんな落ちついて」
 教師が騒いでいる生徒を静かにさせようとするがなかなか静かにならない。生徒の間で何事が起こったのかと話し声が飛び交う。
 しかし、例の少年は他の生徒とは違い一人静かにしていた。まるであたかもこんな騒ぎにはなれているかのように。
 不意に教室のドアが開け放たれ教師と思われる男が入ってきて、担任の男に近づくと何か耳元で囁く。担任の男はとたんに表情を歪めると「自習にする」と一言だけ残し、もう一人の教師とともに教室から出て行く。
 教師が出て行くと生徒達は自習などするはずもなくとたんに何が起こったのかと再び話し出す。
 すると、再びドアが開け放たれ今度はどこかのクラスの生徒が入ってきて「大変だ!練磨先生が理科室で死んでる」そう叫ぶとその瞬間一斉に生徒達が立ち上がり教室から出て行った。

-同日午前9時22分坂下中学第2理科室-
 理科室の前には生徒たちが群がって人ごみができていた。ある者は携帯のカメラで中の様子を撮ろうとするが教師に見つかり取り上げられる。
 ある者は理科室の前に立ち生徒を中に入れまいとしようとしている教師を押しのけて無理やり現場に入ろうとしていた。
 やがて例の少年が現れて生徒の人ごみをいとも簡単にすり抜けて行き、教師が入り口を塞いでいるのを知ると近くの生徒を突き飛ばして教師のすきを作りその瞬間に彼はついにすばやく現場に入った。
 彼の視界に飛び込んできたのは今まで彼が見たこともない奇妙な光景だった。理科室の中は煙だらけである教壇の方をみると被害者の練磨という教師らしき男がうずくまっていた、そして彼は死体に近づいて行く。
 すると先ほど彼に隙を作らされた男が彼に気がつき声をかける。
「お、おい君! なにをやっているんだ!やめなさい!」
 教師は死体に怯えているのか声が震えている。
「え? なんでですか?」
 彼はとぼけた声で言う。
「なんでって当たり前だろ死体だぞ! 君が今近づこうとしているのは!」
 教師は死体に対する恐怖と死体に恐れをなしていない彼の態度に対する怒りが入り混じって声が裏返っていた。
そして教師はさらに続けてこう言った。
「君は何年何組の誰だ! 言いなさい!」
 少年は静かに答える。
「え、俺ですか? 二年四組の成歩堂龍介(なるほどうりゅうすけ)って言います」
 龍介は微笑みを浮かべていた。


-同日午前9時36分坂下中学2年4組-
せっかく現場に踏み込んだもののあれから俺や他の生徒は教室に戻され教師たちが一一〇番通報し、その十分後警察が来て今一人一人事情聴取を受けているという状態だった。
 それにしても中学校で殺人事件だなんて世も末だな。年々増加し続ける犯罪数と犯罪者、それにしたって、中学校で教師が殺害されるなんて前代未聞だ。
 しかしあの現場教師に止められてよく見れなかったけどドライアイスが立ち込めてたよな何でだろう・・・・。
「龍介! 事情聴取お前の番だぞ」
「へーい」
 教師に言われ仕方がなく腰を上げ、重い足取りで警官に付き添われながら俺は事情聴取を受けに行った。そこでとんでもない出会いが待ち構えているとも知らず。

-同日某時刻坂下中学1階会議室-
 事情聴取は一階の会議室で行われていた。俺は目つきの悪い警官に付き添われて会議室のドアを開ける。
 会議室の中には二人の警官が座っていた。一人は若く年は二十七、八歳ってところだろうか、もう一人の刑事は変な色のコートを着ていて、無精髭になんと競馬場でオッサンがやっているように耳に赤鉛筆を掛けている。年を結構とっているみたいで五十代くらいだろうかおそらく若い方の刑事の上司だろう。見ているとなんだか変な懐かしさを覚える。
「えっと、君。つっ立ってないでそこの椅子に座りなさい」
 若い方の刑事に進められるがままに座り、刑事たちと向かい会う形になった。
「えーと、君は成歩堂龍介くんだね。」
 言葉使いがたどたどしい。大丈夫か?
「ええ、そうです。」
 と答えるといきなり年配の方の刑事が口を開いた。
「待つッス! 気楽くん今、成歩堂って言ったッスね?」
「ええ言いましたが何か?」
「そこのあんた!」
 と年をとった刑事が俺方を見てでかい声を上げる。
「え、俺? なんですか?」
「あんたの父親成歩堂龍一って言う名前じゃあないッスか?」
 思ってもいない言葉が出てきた成歩堂龍一――確かに俺の父親だ。
「そうですけど、あんたいったい誰なんですか?」
「自分は糸鋸圭介って言うッス。こっちは気楽商事(きらくしょうじ)君ッス」
 イトノコ刑事は俺の方を懐かしがるように見て言った。
「んでイトノコさん。俺の父親が成歩堂龍一だからどうしたって言うんですか?」
「実は自分はあんたの父親の友人みたいなもんで懐かしくなって、ところでお父さんは元気にしているッスか?」
 嫌なこと聞きやがるこの刑事。
「知りませんよ……。父親の顔なんて見たこともありませんから」
 そう見たこともないんだ。


-同日午前9時38分坂下中学1階会議室-
「どういうことッスか見たことないって!」
 イトノコ刑事は怒りの表情を浮かべ、机を叩き、ものすごい迫力で俺に迫ってきた。隣にいた気楽刑事はその迫力に圧倒され呆然としている。
「別に……じゃあ言いますけど、俺の親父は……成歩堂龍一は生まれてまもない俺をおいてどこかに失踪しやがったんですよ」
 触れられたくない過去……父親に捨てられたかもしれないという不安から今までずっと忘れようとしていた。
「そんなわけないッス! あんなお人好しの弁護士が自分の息子をおいて失踪だなんて嘘ッス」
 イトノコ刑事は信じられないというような表情を浮かべていた。
「でも実際あったんですよ。それより早く事情聴取を始めてくださいよ。」
 まったくむかつく刑事だ……右の頬に一発ストレートでもかましてやろうか。
「わかったッス」
 イトノコ刑事はそう言うと静かに自分の席にもどった。
「気楽君、事情聴取を始めるッス」
「あ、はい」
 気楽と呼ばれた若い刑事は分厚いファイルを開いてやっと事情聴取を開始した。
「まず最初に君は死体が発見された時どこにいた?」
「教室で朝のホームルームを受けてましたよ」
「それを証明してくれる人は?」
 やれやれこの刑事そんなことも聞かなきゃわかんないのか?
「そんなこと考えればわかるでしょ? 二年四組の生徒とその時授業をしていた先生です」
「ああ、それもそうだね」
 気楽刑事はなるほどというような顔をした。
「君は死んだ被害者練磨千次(れんませんじ)先生と仲はよかった?」
「別にふつうでしたよ。特に仲がよかったわけでも悪かったわけでもなかったし」
「じゃあ、君は……」
 と気楽刑事が言いかけたところで俺はある一つの質問をすることにした。
「現場に充満していたドライアイスの煙、あれはなんだったんですか?」
「え?」
 若い刑事はマヌケ顔を浮かべてして俺の方を見た。
「えっとあれはね、って子供の君には関係のないことだよ! ドライアイスの煙も密室のことも!」
 どうやらこの刑事とんでもない大バカやろうみたいだな。まあ、俺は得をするけどね。
「へえ、密室ねぇ」
「あっ!」
 若い刑事はしまったといわんばかりに口をおさえた。
「気楽君! 何を言ってるッスか君は!」
「すいません! イトノコさん」
 まるで、漫才のようなやりとりだ。イトノコ刑事は無能な部下を叱り、無能な部下は素直にその叱りを受けていた。でもイトノコ刑事もバカっぽい顔してるけどね。
「どういうことですか密室って?」
 このチャンスを逃すわけにはいかないな。絶対密室のことを聞き出さなきゃな。
「いやだから君には関係ないって言ってるだろ。」
「もういいッス気楽君、彼に全部事件のことを話して事情聴取を終わりにするッス」
 ため息をつきながらイトノコ刑事はそう言った。
「うう、わかりました。事件の第一発見者である一年二組の生徒が理科室に言ったときには鍵がかかっていて、ドアについている小さなはめガラスごしからドライアイスの煙と教壇のところでうずくまっている被害者を目撃してその後教師たちを二人呼んで、ドアに体当たりして開けたんだ。ちなみにドアは君も知ってのとおりスライド式だ。鍵は理科室の中の会ったよ」
「ちょっと待て、うずくまっている練磨先生を目撃したってことは練磨先生かどうかはその時は確認できなかったのか?」
 俺が言うと気楽刑事はちょっと嫌な顔をしたがとりあえず無視した。
「そうだよ、それどころか死んでいるのも確認できなかったんだ。でも、最初に目撃したのが練磨先生だったのは確かさ」
 気楽刑事は得意そうに言った。
「その根拠は?」
「一年二組の理科の授業の担当は練磨先生だったし、ドアが破られるまで生徒たちは目を離さなかったそうだから」
「なるほどね。被害者の死亡推定時刻は?」
「今朝の八時ごろだよ。ちょうど運動部の生徒達が朝連をしていた頃だ」
「どうもありがとさん。じゃあイトノコ刑事に気楽刑事また会いましょう」
 気楽刑事の情報を聞き終えると、そう言って俺は会議室を後にした。

-同日午後7時5分綾里春美の家-
「ただいま」
 そう言いながら俺は家の玄関を開けてリビングに向かう。

⇒To Be Continued...

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