願いごとはただ一つ
作者: トウコ   URL: http://retouko.web.fc2.com/   2009年03月15日(日) 23時07分33秒公開   ID:0iv14BfJ/zk
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 わかっとると思う時ほど、ほんに人はわかってへん。
 その事実を知りながら、人はそれでも思い込む。昨日も今日もあるもんは、明日もきっと同じやと。そんな保証、どこにもあらへんのに。




 つまらへん、とは確かに思うとったんや。
 俺はソファに浅く座ったまま、背もたれにもたれ、次々とチャンネルを変えていく。けれどどれもしょーもないもんばっかで、俺はため息まじりにテレビを切った。昼のテレビはおもろないし、机の上に放置の、水滴まみれのアイスティーは飲み飽きた。
 つまらへん。ため息まじりでそう呟くほど、俺は時間を余しとったんや、確かに。
「つまらないならさ、友喜(ゆき)君」
 そこへふと、俺の名前を呼ぶ声。おかしい。俺のうちには今、俺しかおらんはずやった。けれど気づけば俺の真隣、従姉の桜がおるやないか。
 こいつ、いつの間に。
 愕然とする俺を無視して桜は、それはにこやかに微笑んだ。
「七つのボールを探しに行こう」
 ――すまん、言うてる意味がわからへん。

 それはとある休日のこと。俺は夏が終わった今、部活もなく、のんびりとした日々を過ごしとる時やった。徐々に迫り来るセンター試験ゆえ、誰も遊びに付き合うてくれへん。指定校推薦で進路が決まっとった俺は、家でぼーっとその日の予定を考える毎日を送っとった。
 そんな俺に対し桜は一般受験組。必死こいて勉強せなあかん組や。それやのに自分、ここで何やってんねん。
「七つのボールを集めようって言ってんの」
 呆れてなんも言えへん俺に繰り返す桜。なんやねん、七つのボールってなんやねん。
「なぁそれまさか、ドラゴン……」
「あぁー! 著作権!」
 なんでやねん。口語に著作権あらへん。
 ――まぁええ。そんなとこツッコんどったら埒あかん。これツッコんだら他もツッコまなあかんねん。
 例えば、頭の安全第一ヘルメットとか。桜の背中の馬鹿でかいリュックとか。極めつけはリュックから出てるでかい二つのスコップや。
 お前今からどこ行くねん。文明大国日本で、どんなサバイバルなこと起こるねん。
「一応聞いたるわ。七つのボール見つけてどないすんねん」
「龍を呼び出して、願いごとを叶えてもらうに決まってんでしょ」
 桜はぐっと親指をたてて。
「大学合格しますようにってさ!」
 絶句。
 さすがの俺もツッコむ言葉を失った。ありえへん。阿呆や阿呆やと思うとったが、まさかここまで阿呆やったとは。
「桜、俺がええこと教えたる」
 俺がにっこりと微笑みながらそう言えば、桜は身を乗り出して頷いた。
「ボールのありか?」
 んなもん知るか。
「んなもんどーでもええからはよ勉強せいアホンダラ」
 正直、正論過ぎやと思う。
 しかしながら阿呆の子に正論は通じへん。桜は激怒すると、俺にチョップをくらわした。更に桜は俺を睨み「それで受かったらバカなんて存在しないのよ!」と魂の雄叫びを上げた。
「ボールのありかもわからないし! 友喜に期待したあたしがバカだった!」
 なんで俺がそんなこと知らなあかんねん。
 それから桜は一時間延々バカの存在意義を語り切り、そうして更に三十分後、俺が折れた。人語の通じへん人間を説得するのは無理、俺はその事実を悟ったのだ。
「じゃあ探しに行くよ!」
 あぁ好きなだけ探したってくれ。元気一杯の桜の背後で、俺は深いため息をついた。




 初秋。夏の終わりとはいえ、まだ日射しは強い。俺は眩しさに目を細める。
「神社へ行くよ、友喜」
 桜はうちの近所の神社を指し示す。うちの近所であり、桜の自宅近くである神社。そういや昔は、ようこの神社で遊んだもんやった。
 夏には蝉がよーさんおって虫取りには最適やったし、この辺りは一方通行の細い道やから車もほとんど通らへん。せやから遊びやすかってんや。
 神社は住宅に囲まれてそう広ない。せやけど、ちっさい頃はえらく広い場所に感じとった。いくつもある鳥居や神棚、そして幹の太い広葉樹。ちっさい俺らが隠れるには絶好の場所。格別神社の御神木は幹が太く、桜と二人並んでも、すっぽり隠れてまうほどやった。
 御神木の廻りは俺と桜の秘密基地やった。基地作るで、と段ボールぺたぺたはっつけて、住職によぉ叱られたわ、そういえば。
「で、神社で何するん?」
 俺は問う。桜は振り返り、めいっぱいの笑顔を浮かべてこう言うた。
「祈るの。七つのボールが見つかりますようにって」
 せめて己の合格祈れ、阿呆。
「あんなぁ、神さんに頼んだ所で結局どうにかすんのは人間やで? 己が道を開くんや」
 俺は言う。前を歩く桜はしばらく黙っとった。会話のテンポの良さだけが取り柄のはずの桜が黙ることは珍しい。
「桜?」
「友喜らしい意見だね」
 桜は大口をあけて笑う。それはいつもの桜やった。

 結局俺の意見は流され、神社でお参りは遂行された。つーか真剣に願いごとしすぎや。
 俺は桜の真剣な横顔を見ながら肩を落とす。こない真剣に勉強しよったら大学受かるわ。桜はどうも頑張りどころがずれてんねん。まぁ、それがほっとけんとこでもあるんやけど。
 ――――弱みやなぁ。なんて。
「じゃあ友喜くん」
「な、何やねん。急にしゃべんな阿呆」
「何慌ててんの?」
「なんもないわ阿呆」
「阿呆って言い過ぎでしょ」
 納得いかないという顔をしながらも、諦めたように息をついた桜に、俺は胸をなで下ろした。
 惚れた弱みだなんて言葉、口が裂けても言われへん。
「で、友喜」
「なんや」
「あの木の下」
 桜は言いながら、神社の少し奥まった所にある広葉樹を指差した。俺らがお参りした一番でかい神棚より奥にあるそれは、例の御神木やった。相変わらず御神木は大きく枝を広げ、この神社の主として堂々と立っとるようやった。
 桜は杉の木を指し示したまま、空いた手で俺にスコップを一つ差し出す。お砂場用やない、土木用レベルのでかいやつや。自分もスコップを握りしめ、桜はにこりと元気よく笑う。
「掘るよ、友喜」
 なんでやねん。
「まさかお前あそこにボールがあるとでも」
「あるのよ、あそこに」
 桜は人差し指で自分の頭を指した。お前、いつレーダー機能つけたんや。
「いやや。罰当たるわそんなん」
「大丈夫」
「大丈夫ちゃうやろ、御神木やで? どっからくんねん、その自信」
「だって今大丈夫でしょ?」
「は?」
「だから大丈夫!」
 意味わからへん。なんやねんその主張。そら今は元気や、ぴんぴんしとる。それが一体なんやっちゅーねん。
 首を傾げる俺。そんな俺の背中をせかすように押す桜。今日のこいつはどうもおかしい。いやいやいつもおかしいねんけどなんかちゃうねん。
「――まぁええわ、掘ったる」
 俺は覚悟を決めて、スコップを杉の木の下につきたてた。案外堅い。
「おぉ! やる気だね、友喜」
 しゃーないやん。これでお前が勉強する気になるんなら。
 俺はスコップの柄にもたれかかって息をついた。鼻歌まじりにスコップをつきたて、掘ろうとしたものの案外土が堅くて掘れず、悔しげに顔を歪めながらスコップと格闘しよる桜。がに股で顔を真っ赤にしよって、気張る姿は可愛さの欠片もあらへん。せやのにこんな女に振り回される俺。
「あ、友喜! 掘れた! 掘れたよ!」
「あぁそうかよかったな」
 俺は投げやりに言うた。それでも嬉しそうな桜を見て、思わず微笑んでもうたんは、やはり弱みのせいなんやろ。
 こいつ、人の気も知らんと。そう思うて、俺はため息をついた。

 せやけど後に思う。ほんまに人の気も知らんかったのは、俺やったと。




 桜が嬉しそうならええか、と始めた発掘作業。しかしながらそない甘いこと思っとったら、この阿呆にはあかん。俺がそう気付いたんは、それから数時間後のことやった。
 この阿呆レーダー桜。こいつがまたボンコツもボンコツ。「御神木の下に埋まってるのはわかるけどー、どの辺かわかんない!」とかぬかしよる。ついでに深さもわかんない、とか言いよるからさぁ大変。しかも御神木の根元の土の堅いこと。なかなか掘れへんとくれば、数時間たっても発掘作業は進まへん。
「あ、こっちのほうかもしれない」
「あ、やっぱりさっきのところのもうちょっと深くかも」
 ――阿呆か。
「ほんまこの下、埋まってんのか。埋まってへんやろ」
「埋まってるってば!」
 どっからくんねんその自信。
 堂々と言い切る桜に俺はうなだれた。一方桜は本気で、この下に何か埋まっとると信じとるらしい。
「なぁ、暗なってきたし、明日にせえへん?」
 御神木は大きな広葉樹ゆえ、根元はあんま陽が射さへん。そのうえ日が暮れてきとるから、当然根元は暗くて見にくい。もう少しで掘れへんくなるのは明確やった。
「あ、それなら懐中電灯あるよ」
 なんでやねん。
 桜はリュックから当然のように懐中電灯、しかも二つを取り出し、足元に置いた。
「ナイト作業準備はこれでばっちり」
「……あぁ、せやな」
 それ以上、何も言えへん。俺は桜の背後のリュックを見た。桜は俺の視線に気付いたらしい、胸を張って言い切った。
「ちゃんと寝袋だってあるんだから」
 一晩中掘る気かい。
「見つかるまで頑張るんだからね」
 訂正。一生掘る気かい。
「ええ加減にせえ、このど阿呆! そんなん準備する暇あったら勉強せえ!」
 どこまでも自信満々に言い切り、胸を張る桜に俺はキレた。ついにキレた。
 俺はスコップを地面に突き立てる。そうや、ちゃんと桜が勉強しよったらええねん。こんなんつき合わされる意味ないねん。
「今の時間かて、勉強しとった方が有意義やで」
 ほんまつき合おうてられへん。
 俺はスコップから手を離し、腕を組んだ。すると桜は俺にムッとした顔を向ける。逆ギレかい。
「あたしは掘るよ。友喜がなんて言おうとさ!」
「阿呆か。時間のムダやろ」
 再度木の下を掘り出した桜に対し、強い意志を込めて、俺はスコップを地面に叩きつけた。
 どうやこれで掘らへんことがわかったやろ。わかったらしい。桜は一瞬だけ手を止めた。「時間のムダ」と桜が俺の言葉を繰り返す。
 そして次の瞬間、桜の表情が消えた。
 俺はあまりの驚きに、ぽかんと口を開けたまま止まってしもうた。桜が無表情なんて、そないなことがかつて一度でもあったやろうか。――どんなに昔を思い出してもあらへん。
「なんでムダなの?」
 桜の声がやけに低く響く。
 何でって。こんないなことしとる間があったら、勉強すんのが普通やろ。神にどんだけ祈ったって、自分がやらへんかったらなんも意味ない。そやろ、それが正論や。
 けど今の桜に俺は正論を言えへんかった。そんくらい桜は真剣やった。その姿は痛々しいくらい。なんでそない真剣になんねん。
「桜」
 俺は桜の腕を掴む。桜はさすがに作業の手を止めた。スコップから目を離し、俺を見る。桜の真剣な眼差しがまっすぐに俺に向く。桜は少し哀しそうやった。
「勉強なら俺が教えたってもええ。そうせい」
 俺は意味もなく、足元の土を蹴飛ばした。桜から目を逸らす。見てられへんかった。桜の哀しそうな顔なんて、ほんま滅多に見いひんから。
「志望校、一緒なんやろ。俺と」
 俺の視界の端に、桜が目を見開くのが見えた。驚きが桜の表情に出よる。桜の口元が「なんで?」と動いた。
「なんで、知ってるの」
 あぁ、知っとった。桜が担任に、受かるわけないから変えろ、と言われたことも知っとった。そんでお前が、イヤだとひたすら言い続けとったことも知ってんねん。偶然、職員室でのケンカの声、聞いとったから。
 せやから桜が、大学合格のために必死になんのは嬉しかった。俺と一緒の大学に行きたいと桜が張り切るなら、そら俺かて全力で支援すんで。
 神様に祈ってでも受かりたい。受かってほしい。そう思ったんは俺も同じ。実力でも運でもこの際龍の力でもええ、受かったらええ。
 そしたらまた四年間、一緒にいられんで。
「ちゃんと頑張ったらできへんこと、ないやろ」
 桜はしばらく黙っていた。俯いたり、視線を彷徨わせたりしながら、何度も俺の顔を見た。
「そうだね、そうだったかもしれない」
 桜は言うた。ゆっくりと。
 それから桜は俺の腕をほどき、またゆっくりと土を掘る。スコップを握る桜の顔は、今にも泣き出しそうやった。
「桜、どないしたんや。おかしいやろ。なぁ頑張るとこ間違うてるて」
「違うよ」
 桜が目元をぬぐった。同時に顔に土色がつく。
「違うんだよ、友喜」
 そして、顔についた土を拭うように、桜の頬を一筋の涙が伝った。
 そん時やった。スコップの先と、何や、金属らしきものがぶつかる音が響いたんは。
 桜はスコップを投げ捨てると、座りこみ、穴の中の土を両手でかきわけた。一心不乱、その必死さに俺は何もできへんかった。数秒後、桜が目を真ん丸にして手を止めよるまで。

⇒To Be Continued...

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