帰り道
「いましたか?」 「駄目だ。見つからん」 「全く…一体何処にいったんでしょう、はとりさん」 「俺が知るか。とにかく探すぞ」   話し声が下を通り過ぎて行った。 止めていた息を吐き、座りなおして木の幹に背を預ける。 季節は秋。 さらさらと涼しい風が葉を騒がし、髪を遊んでは通り過ぎていく。            帰り道 涼しい。 髪が短くてほんと、良かったと思う。 相方、ナツみたいな肩より幾分か長めの髪をしていようものならこの時不快で仕方ないだろう。  風はそう強くない。 それでも人の髪をゆらし遊ばせるのには十分なくらいだ。 格好つけて呼ぶなら紅と山吹色。単調に呼ぶなら赤と黄色。 単に明度の問題だが、今回の場合は赤と黄色、と呼んだほうがしっくり来る気がする。 紅葉はまだ始まったばかりだ。落ち葉もまだ少ない。 そもそも、紅葉なんてものはすぐ茶色になって朽ちていくものだ。 そこんとこ、自分の好みとは外れている。美しいものは永遠に残るのものだと、ナツからメンバー、団長にまで語ったりもした。 それでも賛成するものはいない。かと言って反対するものもいない。 ビミョーなところというよりは、興味が無いといったほうが正しい。 だから、紅葉が美という風流な人間はこの組織にはいない。 一応、ナツが葉を山とかき集めて、芋を焼いて喜んでいる様は眺めていて何となく微笑ましい光景なので、 全く役に立ってない訳では無いのだが―― そういえば何時だったか、焼き芋でスイートポテトを作ってくれた事があったっけ――。 何のつもりか知らないが貰っといてやったらやたらと嬉しそうな顔をしていた。 確か、他のメンバーは誰一人としてそのスイートポテトを貰ってくれなかった、って呟いていた気がする。   当然だ。 形が変と言うような物ではなく、ぐちゃぐちゃというような物でもなく、なんかこう気分的に食欲をそそらないような…。 本来、スイートポテトというものはいい香りを発するものであって、ナツの作った異臭を放つようなものを差し出され、 喜んで受け取るような人間はいない。 自分だって、相手がナツだったから受け取ったようなもので、差し出した相手がもし、 ボブだったりした日にはあの手この手でいびり倒していただろう。 時雨や天満ならまだしも団長にまでそのスイートポテトを持っていって無事だったのだから、 つくづく凄い奴だと思う。一種の人徳である。 要するに、ナツを大切に思っているのは自分だけでは無いと言うことで、何だかんだ言ってみんなに甘やかされて大切にされている。 最も、ナツだって紅の一員だ。 つまり、ブラックリストに載るだけの犯罪を犯し、多く殺している。 言動はいちいち餓鬼っぽく、ちょこまかと動き回って始終楽しそうにやっていて、 そんな風に明るくしていてもその実は犯罪者と称されるに足りる影を持っているのだ。 勿論、俺自身も同じに。 だが、それでも任務が無い時、任務中でも戦闘以外のとき、例えば移動中であったり、そんな時。 そんな時、どうしてもナツはなんだか可愛く見えてしまう。 大切だと、心からそう思う。 むしろそんな時に限らず四六時中。 ずっと前からいつも普段からずっとずっとずっと。 目を瞑ればすぐに思い出せる笑顔が。 その存在が心の救いで、ほっと息をつけるそんな暖かい、居場所。 真っ赤な原色に染まった葉が風にもぎ取られてはらりと飛んで来る。 常緑の枝をかいくぐって手元に届いたそれを、何とはなしに指先で捕まえた。 その鮮やかに明るい色にナツの笑顔がふと、重なる。 だがそれは長くは続かない。 すぐに茶色に干からびて、散って、土になって。 後に残るのは、色の、鮮やかな原色が揺れる、その記憶だけ。 記憶。 忘れてしまえば、何も残らない。 指の先でひらひらと遊んでいた赤が、再び吹き抜けた風に煽られて手からもぎ取られていく。 「……」 手のひらを開いてもそこにはもう何も残らない。 一瞬だった。 一瞬で何も無くなってしまった。 いつか―― いつか、ナツと一緒に居られる時間は終わるのだろうか。 確実に、間違いなく、いつか必ず。 耐えられるだろうか、その時、その喪失感に。 失う時は一瞬で足りる。 瞬く間に幻のように消えてしまって、残るのは記憶だけ。 そっと目を閉じた。 いずれ失う幸せなら ほんの一時の気休めなら 初めから与えられないほうがどんなにか―― 幸せを知ってしまったら それを失った時、不幸だと感じる。 それならそんなもの、初めから無い方が。 「この辺りはさっき探したぞ。本当にこっちなのか?」 「時雨とボブの探し方が下手なんだって。あたしの勘に間違いはないよ」 声が近づいて来る。 先刻から一人分増えて、三人分になった足音が近づく。 聞き間違うはずもない、ナツの声が混ざっていた。 見つけられる筈がない。 気配は完全に消している。足跡もつかないよう細心の注意も払った。 見つからない。 誰にも。 結局は離れ離れになる。 結局はひとりなのだ。 「はとりぃ」 声が呼ぶ。 驚いたことにそれは真下だった。 「…?別に気配もありませんよ。ナツさん間違いじゃ…」 ボブの声にナツは自信満々に答える。 「あたしが、はとりの場所を間違う訳ないでしょ」 さらっと、そんなことを言って。 「はとり〜。あたしが見つけてあげたから、降りてきてよ〜」 見えてないくせに。 自然に、普通に、呼びかける。 口に手を添えて、上を向いている顔が目に浮かぶようだった。 「居るんでしょ、ねェ。」 「――…」 よく分からないが言葉が出てこなくなった。 降りようかどうしようか迷ったその時、下からガサガサと葉を揺らす音が聞こえてきたと思う直後、 ナツがひょっこりと顔を出した。 「やっぱり居た。あたしがはとりを見つけられないなんて思ったら、大間違いだよ」 嬉しそうに楽しそうに笑う。 返す言葉が無くてただ見つめていたら、ナツが急に優しく微笑んで。 「はとり。はとりは絶対あたしが見つけてあげるから」 ナツはまたにこりと笑う。 「だから、安心して」 「…………」 屈託の無いその笑顔。 下から呼びかけてきたボブと時雨に言葉を返すその横顔を、ちょっとだけ抱きしめてみる。 ナツは少し驚いた顔をして、 やっぱり笑って背中を叩いてくれた。 「帰ろう、はとり」 呼びかける声に 「…ああ」 ようやく返事をして。 木の根元では時雨とボブが待っていた。 探したんですよとかもうすぐ飯だとか何とか言って先導するように歩き始めた二人にナツがついて行く。 そして数歩行った所で振り返って、 「はとりー」 笑って、 手を 差し伸べた。 いつかはこの幸せな時も終わってしまうのだろう。 きっとこれはただの気休めで 初めから無い方がどんなにか。 それでも 差し伸べられた手に自分のても重ねてみた。 手を握ってくれたその温もりを この温もりを 失いたくない。 無い方がマシだなんてとんでもない。 今この時これほどに幸せでいられる事に感謝して。 いつか終わってしまうとしても 出来る限りこの時が長く続くこと今はただ、祈って。 この温もりを この幸せを その笑顔を ずっと忘れずに 永遠に忘れずに 今はただ、歩いて行こう。 たったひとつの大切な居場所に帰る、 この帰り道を                                 *fin*

あとがき

ひっさびさに、頑張ったーー!! なんか、キャラ設定っていっつも似たようなものですね。ボブは始めの台詞を言った人!笑えます! ああ、でもなんか、台詞少ない。 今回は編集しまくりました(笑

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