月夜革命(第5話・第6話)
第七話:生命(イノチ)の巡り 月、満ちて     花、堕つる。 水、温み     闇、深し――――― 「ん…ここ…は…?」 甘い薫りが、鼻をかすめた。 「帝のお邸よ」 「紫苑…っ」 「ねぇ…晶…」 紫苑は、不敵な笑みを口元に浮かべた。そして、晶の至近距離まで近づいた。 「まず、あなたを殺しておくべきだったのね」  ドン、という鈍い音と共に、晶は下腹部に激しい衝撃を受け、そのまま倒れ込んだ。 (ごめんね、悠ちゃん…。やっぱり…あたし―――――…) 遠のいてゆく意識の中、石が静かに光り出した。 「どうしよう…」 悠と蒼紅は、別の場所に居た。 「ここが帝の邸だっていうのは分かるんだけど…邸のどの位置なんだ?」 「…“姫の記憶”、ですか?」 「ああ。ここに間違いない、けど…少し途切れてるから、どの位置かは…」  その時、風が吹いた。刃の様に鋭い、敵意に満ちた、風。 「…どうやら、お出ましの様だ」 「ええ…」 全身に黒をまとった男が、風の中から現れた。帝だ。 「久しぶりだな、姫。聞こえているのだろう?」 「残念ながら、姫は今ぐっすり眠ってるよ。あんた、何かしたろ?」 「…分かってるんじゃないか」 「当然だ。なにせ、“器”だからな、俺は」 「…イライラするガキだ。死んでもらおうか…」 「それは…こっちのセリフだ!!」 悠は光を放った。いつもより、強く。だが、黒いものにすぐ跳ね返された。 そしてそれは、真っ直ぐ悠に向かって来た。悠はよけようとした。 だが…。 「動かない…!?何故だ…足が…っ」 「…死ね」 「悠様っっ!!」 帝の術によって、悠の足は、地面に貼り付けられた。跳ね返ってきた光は、どんどん近づいてくる。 ―――――ドスッ… 鈍い音がした。 倒れたのは、蒼紅だった。 「蒼…っ」 「悠…様…」 「な…んで…っ!?」 夕の中を、“姫の記憶”が満たしてゆく。 護り巫女の、帝の“エサ”になってゆく姿。 「あなたを、お護りしたかった…」 あの日の巫女と同じ言葉を、今、蒼紅は口にした。 「だからって…」 「悠様…私は、あの日―――――…」 あの日。私が、月峰家へ来た日。 「今日から、お前の“お付き”になる、星條蒼紅だ」 私は身寄りがなく、月峰家の為に生きるようになった。 そんな私に、悠様は、すぐなついて下さった。 「俺が、守ってやるからな」 悠様は、無邪気に、笑顔でそう言って下さった。 ―――――嬉しかった。 「あの日から、私は、悠様を…生命をかけてもお護りしようと…心に誓いました」 「…っ」 「ですから、これで良かったのです」 「良くない…っ」 「…おやさしい方だ」 蒼紅は、瞳を閉じた。 ―――――どうか、お幸せに――――― 「とうとう死んだか。あの女の様に」 帝は、ゆっくりと近づいて来る。 「あの…女…?」 「巫女だよ。かつて、お前の護り巫女として死んだ、日吉晶だ」 「なん…だって…?」 「私の忠実な僕(しもべ)が、殺してくれた。あとは、お前だけだ」 悠の中で、何かが切れた。 「蒼紅だけでなく、晶まで…許さない…っ!」  悠は再び、光を放った。これまで以上に、強く、白い、銀の光。 「ふん…そんなもの…」 帝も再び、黒い闇を悠の方へ向ける。だが。 「!!?」 光に押され、帝の方へ、闇は向かう。 「なに…っ」  その時、帝は何かに突き飛ばされた。紅いものが、散った。 「お前…」 「…み…かど…」 紫苑が、紅に染まって立っていた。 「ご無事で…帝…愛しています…私の…帝…」 紫苑は、紫の光になって、天(そら)へ舞い上がった。 「…フ…」 帝は…嘲笑った。 「馬鹿な奴よ」 「!!お前…」 「私がいつ“愛している”などと言った?」 「何だって…?」 「あいつはよく働いてくれたよ。本当に忠実な僕だった」 帝は嘲笑い続けている。 「愛してくれていたのに、お前は…」 「本当の事を言ったまで。私が愛しているのは、姫だけだ。だから…」 帝は、ゆっくりと悠の方を向く。 「“お前を殺し”、姫を手に入れる」 「ふざけるな!!」 悠は怒りに震えた。 「そんなの…お前の勝手な考えで、どうにかしていいもんじゃ無いんだよ!!!」 銀の光が満ちて、悠は姫へと変化した。 第八話:革命、再び。  「ここは…」 晶は、扉の前に居た。扉を開けると、そこには蒼紅が居た。 「ここって、蒼紅さんの部屋だったの?」 「いえ…ここは“時間の間(ときのはざま)”」 「時間の間…」 「晶さんは、何故ここに?」 「…分からない。憶えてないの」 「今なら戻れるはずですよ。早く戻りなさい」 「え、でも、戻り方が分からない…」 「願いなさい。そうすれば、扉が現れる」 晶は願った。戻りたい、と。  「あっ!扉!!」 扉からは、銀の光が見えた。 「蒼紅さんも行こう?」 「…出来ません」 「どうして?」 「私は…行ってはいけない。人間じゃ…ないから」 「え…」 「混合物なんです。姫の星の民と、敵の」 「混合…物?」 「ここから、動けないんです。生まれ変わることが、出来なくなるから」 「生まれ変わるって…」 「さあ、行きなさい」  背中を押され、晶は気が付くと、元の場所に居た。 「姫…何故…!?術を解いたと!?」 銀の光の中に、姫のシルエットが浮かんだ。 『帝…あなたの勝手にはさせない』 「姫…!?」 『我が名の下(もと)に、契約を交わす。闇の力、月の力によりて、ここに滅す』 「…っ!!」 『終わりだ、帝』 銀の光が、すべてを包む。帝の身体は、闇と共に光に溶けた。 夜が終わり、朝が来た。 晶は、悠の所へ戻って来た。 「悠ちゃん!」 姫は悠の姿に戻った。 だが、悠は動かない。倒れたままだ。 「なん…で?」 息が無い。 『姫になった時、“器”のもとの人間は、消え去ってしまった』 石の言葉に、晶は頭の中が一瞬、真っ白になった。 「そんな…っ」 『我の力で、助けることは出来る』 「本当に…?」 『その代わり…』 石は一瞬、黙った。 『お前の生命、どうなるか分からぬ』 晶は怖くなった。でも。 「悠ちゃんを失う方が怖い」 晶のあの言葉に、嘘は無かった。 生命をかけても、護る。 『私が、力を貸そう』 銀の光が浮かび、声がした。 「華宮夜…姫…?」 『久しぶりだな。巫女』 「どうして…」 姫は実体化した。 『“器”から切り離された。…それに、私は星へ還らなければ』 姫はやわらかく微笑んだ。 『またそなたが死ぬのは、嫌だし、せめてもの罪滅ぼしだ。それに…』 姫は悠の方を見た。 『悠へのお礼だ。今まで身体を借りていたし、何より…』 姫の視線は、晶へ移る。 『そなたが居なくなれば、悠が悲しむ。そなたも、悠を失うのは嫌だろう?』 「…うん」  姫は、黒い玉を取り出した。 「それは?」 『“蓬莱の珠”だ。最後の神器。帝と一体化していた。浄化しなければ』 そう言って、姫は唱え出した。珠に色が戻ってくる。 『では…晶、願え。悠が戻って来る様』 「うん」 (悠ちゃん…戻って…!!)  石は白い光を放ち、姫は銀の光で悠の身体を包み込んだ。 悠の身体は浮き上がり、心臓は脈打ち、ゆっくりと目を開けた。 「あ…きら…?」 悠の瞳に、光が戻った。 「…っ悠ちゃんっ!」 晶は思わず、悠に抱きついた。 「死んじゃうかと…思っ…っ」 「ごめんな…」 泣き続ける晶を、悠はそっと抱き締めた。 エピローグ:あした。 アンティークショップ“プリシラ”。朝から、元気な声がする。 「蒼多(そうた)ーっ!早く食べないと、幼稚園遅れちゃうわよ!」 「は〜い」 「晶、今日の買い付け、どうする?」 「今日は、あたしが行って来るよ。悠は注文のやつ仕上げないと」 「あ、今日は“あの日”だから、早く帰って来いよ」 「分かってる」 「あれから…六年か」 「もう、そんなに経つんだね…」  午後。よく晴れた空。悠と晶は、ある墓の前に居た。 「蒼紅さん、久しぶり。しばらく来れなくて、ごめんね。今日も、お店、お客さんいっぱい来てくれたよ」 「蒼多も、幼稚園に入学したよ。段々、お前に似て来たよ。やっぱり、お前の生まれ変わり…なのかな」 「もう、心配しなくても大丈夫だよ」  元の世界に戻った後、何故かあかりの存在が消えていた。誰に尋ねても、「そんな人居たっけ?」や、 「知らない」などの返事が返って来るだけだった。  悠と晶は結婚し、子供が一人生まれた。 ―――――よく、似ていた。 笑顔も。紅交じりの茶色い髪も。左目の下の、ほくろも。蒼い瞳も。すべて蒼紅に似ていた。  アンティークショップ“プリシラ”。閉めるのは、何だか嫌で。二人でやってみることにした。 一生懸命勉強して、やっと去年、再オープン出来た。 「六年…長かったね」 「ああ」 「でも…長かったけど、なんか…」 「楽しかった?」 「そう!楽しかった。楽しくて、短くて…。時々、色んなこと思い出して、今生きてるってことを実感できて。幸せだなぁって」 「俺も。生きてて良かったなって」  二人は、帰り道をいつもより、ゆっくり、ゆっくり歩いた。風に、晶の長い髪が揺れる。 「ねぇ、悠」 「ん?」 「悠が居てくれて、良かった。ありがとう」 「俺も、晶が居てくれて嬉しかった。ずっと一緒に居ような、これからも」 「うん」 「晶、耳、貸して」 「何?」 ―――――愛してるよ。―――――

あとがき

物語を終えて、何だかあっという間な気がしました。もう少し長くなる予定でしたが、やっぱりこの位がちょうどいいみたいです。

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