夏の思い出
それはどうでもいい事だった。
そう、他人から見れば本当にどうでもいい事。
戦争や拉致とかと、比べるにも値しないこと。
だけど、俺たちにとっては本当に意味のあることだった。
本当に、本当に―。
7年前の、夏。
「その木、採ってくれよ?」
「うるさい、自分だけ楽しないで、瞬!」
俺の願い事はあっさりと却下され、しぶしぶ眼前に広がる白銀の浜辺をゆっくりと歩き、少し曲がっている流木を手に取る。
「理奈、お前、女なんだからもうちょっと言葉に気をつけぐぼっ!」
最後の言葉は流木を投げつけられ、途切れる。
「いいから、さっさと焚き火用の木、集めてよ」
そういい残すと、さっさと自分の班の中へ戻っていった。
「ったく、最低の女だな・・・・」
そう呟くと、俺はまた流木を拾い始めた。
俺の通う中学校では、毎年3年生が海でキャンプをすることとなっている。
なんでも、「受験の前に、友との思い出を作る」ためなんだそうな。
そして、キャンプファイアー用の流木を集め、今に至る、という訳だ。
「暑い〜・・・もう死にそう・・・」
力なく呟く。その目の前には、いつの間にか理奈がいる。
「ほら、あと少しだから、頑張って」
そう言う理奈の顔に笑みが見える。その顔に見とれ、木を拾うのも忘れて見入った。
さっきは最低の女なんて言ったけれど、実際は物凄く可愛い。
白い肌。
端正な顔立ち。
腰まである黒い長髪。
そして首から下に流れている流麗な曲線。
そのどれをとっても、一級品だ(と思う)。
「どうしたの?顔赤いよ?」
そう言われて、我に返る。
「な、なんでもねえよ」
慌てて言い返す。我ながら、情けない。
「そう、じゃ、さっさと集めてね。私泳いでるから」
そう言って、浜辺を駆けてく。
その姿にまた俺は見とれていて、手が止まっていた。
―空は晴天。一つの曇りも無し。
やがて、夕方になっていった。空には燃えるような太陽と、辺りにちらほら見える様になった星が輝いていた。
周りの班から大きな笑い声が聞こえる。
俺の隣に一つの影。
「おう、頑張ってたな?」
「・・・何の用だ、流」
突然出てきた流に、俺は思いっきり敵意を示す。
流は、茶色い長髪が似合う、「美」が付いてもいい少年である。
それに対して俺は、冴えない顔で、黒い髪に短髪という、まるで正反対の容貌だったりする。
「一人だけ楽しやがって・・・俺は今まで木を集めてたんだぞ」
そう、理奈と別れた後も、なぜか別の班から俺に流木を集めろという依頼がきて、俺は流木を集めていた。
まあ、俺はパシリだって事か・・・。
「そう邪険にすんなって、好きな理奈ちゃんと仲良くできたか?」
その声に、俺は戸惑う。いや、理奈は可愛いよ。確かに可愛い。
けれど好きって訳ではなくて、けれども嫌いではないような・・・。まあ、とりあえず、
「うるせえ、お前も手伝え」
そう、言っておいた。
結局、二人で夕飯前まで木を拾っていた。
空には赤く燃える太陽。その赤い太陽を見ると、胸が苦しくなった。
―何だろう、この感じ・・・。
辺りはすっかり暗くなり、あの燃えるような太陽の面影はどこにも無い。
その代わりのように空には、淡い輪郭の銀の光を発する満月が輝いていた。
そんな夕飯の後のことだった。
「よーし、肝試しやるか!」
そう言ったのは誰だったろうか。流か?それともほかの誰かか?
まあ、そんな事はどうでもいい。問題は、
誰と理奈が組むか?
だった。当然理奈は可愛いので、誰もが狙う。俺は・・・まあ、組みたい、かな・・・。
他に可愛い子はいないし。うん、仕方ないな。
そう自分を納得させ、言葉を発した。
「どうやって組決めんだよ?」
俺のその言葉に触発されたのか、
「インチキ無しな!」
とか、
「卑怯なマネすんなよ!」
と、声が飛び交った。その声の矛先は、流だった。
ははあ、やっぱりあいつが言いだしっぺか。そうだったんだ。
「・・・じゃあ、くじ引きは?」
流が言う。満場一致で賛成だった。
「ほら、一人ずつ引いていけ」
と、おもむろに流が箱を取り出した。
すげえ、用意良いよ、流。肝試しやる気で来たんだな・・・。
そんな考えを遮る様に声をかけられる。
「ほら、瞬、お前から引けよ。」
と。
俺が前に出て、箱の中のくじを引く。底に何か張り付いているものがある。なんだ、これ。
俺はそれを思いっきり引っ張った。
そのくじに書いてあった名前は、「理奈」だった。
理奈は、顔を伏せて、笑っていた。
隣で流が悔しそうな顔をしていた。
―緊張の息。
―速まる足音。
その全てが俺の五感を刺激する。
女の子と二人っきりで。
しかも夜。
俺にとって何もかも始めての事で、何をどうすれば良いか分からなかった。
「なんか・・・緊張するな?」
俺が声をかける。
「・・・・・うん」
そのまま俺たちはただ歩いていった。
まだ夜は長い。ふと辺りを見渡すと、月の発する銀の光が周りに満ち溢れ、海はその水面に暗闇を浮かべている。
草むらを掻き分けて、ただひたすらに歩いた。
眼前に黄色い光が見える。蛍だろうか。その光を見ながら、俺は理奈に話しかける。
「蛍、綺麗だな・・・」
「うん、綺麗だね」
そんな会話を交わしながら、また歩く。
「・・・ねえ」
理奈が俺に問いかける。気のせいだろうか、さっきまでと声のトーンが違う。
「なんだよ?」
そこで俺たちの動きは止まった。蛍が一つ二つと飛び交っていた。
結局言葉は詰まり、また歩き出した。
言いたいことは分かっている。
思うことは同じ。
言葉にしてたった2文字。
なのに出てこないその言葉。
そう、たった二文字。
「好き」
と。
ゴールが近づいてくる。結局言えなかったな。まあ、いいや。夜はまだ長い。もっと一杯話そう。
そして言葉以外の何かで想いが伝わればいい。
あと500メートル。
それにしても何考えてるのかな、理奈は。
やっぱり、今、言いたい。
300メートル。
ああ、もう終わりか―。
いや、終わりにしたくない!
「なあ」
沈黙を破って出した声。
二度目の停止。
俺は恥ずかしさを押さえ言った。
「俺、お前のこと―」
全て言い終えたとき、理奈は笑ってうなずいた。
「私も」
と、言葉を発して。
空には淡い輪郭の月が、ただ俺たちを見守っていた。
そして7年後―。
俺は浜辺にいる。
ここで、あいつに伝えたいことがあったから。
もう23才なんだ。
あの日と同じ、いや、あの日よりも強い気持ちが俺のなかに有る。
浜辺に人影が見えた。
俺は指輪を握り締め、理奈の所へ駆けていった。
まだまだ夏は、始まったばかり。
あとがき
ちなみに流木はよく燃えます。普通の木の2倍くらい燃えます。はい。
小説投稿道場アーガイブスTOPへ