18年目の逆転〜放たれたDL6・5の死神〜(最終章)
 人はその探究心ゆえから、目の前にある全ての謎を解き明かそうとする。  これは人が真実を追い求めるように、神が人に与えた定めなのかもしれない。  だとするならば、この事件もようやく・・全てが終わる。  たくさんの人の様々な想いが交錯した事件。  決して忘れることが出来ぬ大きな事件に今、終わりが告げられようとしている。  そう・・まだ見ぬこの事件の本当の正体によって。  人はその探究心ゆえから、目の前にある全ての謎を解き明かそうとする。  そう・・逆に言えば、目の前に謎が現れねば気づくことの出来ない存在もある。    「今、この盤上の駒を操っているのは、果たしてあなたか?それとも私か?  そして、この盤上で踊らされている駒は・・果たして私か?それともあなたか?」  その盤上の駒を操っていた人間を、さらに大きな盤上で操っていた  このゲーム(事件)のプレイヤー。    今、盤上の駒たちの反撃が始まる。  プレイヤー最大の誤算・・それは、駒が心を持った人間だったと言うこと。  闇はいつしか、必ず照らされる。光があるから闇も存在するのだ。  この事件の最後の闇が消え、本当の幕が遂に下ろされる。  そう、これはいわば最後の攻防。  皆さんは気づいただろうか?この話のタイトルを見て・・  死神は、“放たれている”のだ。  The final chapter 〜終末の光〜  第1部・兄妹  12月29日 午前0時 ひょうたん湖自然公園・広場  「・・う・・さ・・・ぎ?」    手に持っていた銃が震えている。  「おい!宇沙樹君!!大丈夫か!?」  目の前で御剣が何度も、その場に倒れた女に対してそう言っている。    「・・う・・そ・・・だ。」    茂みから女の後を追って走ってきた2人の男。  「・・う、宇沙樹ちゃん!!!!」  2人ともスーツを着ていた。  「しっかりするんだ!!宇沙樹ちゃん!!」    「どうして・・だ?」  まるで、本当にまわりの時間が止まってしまったかのようだ。  「御剣!宇沙樹ちゃんはどこを撃たれたんだ!?」  「これは・・恐らく右肩を撃たれたようだ!」  1人は成歩堂龍一だ。どうやらまだ生きていたらしい。  「宇沙樹ちゃん!しっかりしてくれ!宇沙樹ちゃん!!」  もう1人の男は・・見覚えはある。  「どうしてお前が・・ここにいる?」  俺の頭の中で何度もそう聞き返した。だが、返ってくる答えはみな、悲痛な声ばかり。  だが、1つだけ言える事があるとすれば・・。  「俺は今、大切な人を・・撃ってしまった?」  現に撃ってしまっているのに、どうしても疑問形になる俺の思考回路。  もはや、自分が今まで何をしてきたのかすら忘れてしまいそうな勢いだ。  「・・か、上片・・さん?」  「う、宇沙樹ちゃん!!大丈夫かい!?」  しばらく倒れていた宇沙樹は、しばらくして目を開く。  「びっくりして・・気絶しちゃったんです・・・・かね?」  そう言っている間にも、御剣と成歩堂が右肩の止血を行っている。  「もういいから!何も喋らなくていいから!!」  宇沙樹の言葉でようやく理解できた俺、そう・・今ここにいるもう1人の男は、 宇沙樹と一緒にいる弁護士で、半年前にDL5号事件の真犯人を暴いた“上片正義”だ。  「上片さん・・お兄ちゃん・・は?」  「え?」  宇沙樹の発したその一言に、御剣・成歩堂・上片は目を疑った。  「君のお兄さんなら・・まだいるが・・。」  御剣は目の前に突っ立っていた東山怜次を見ながら言う。  「まだ・・いるんですね。」  そう言うと宇沙樹は、ゆっくりと立ち上がった。  「う、宇沙樹ちゃん!?む、無理は・・」  「無理なんかしてません!!」  本気で心配していた上片に向かって、本気でそう怒鳴った宇沙樹。  「一応・・止血はしたが、あまり動かないほうが・・。」  御剣が宇沙樹にそう言おうとしたとき、それを成歩堂が静かに止めた。    「宇沙樹・・どうして・・・・ここに?」  真っ直ぐと、怜次に向かって歩いていく宇沙樹。その姿からは、痛みすらも感じられない。  「どうして・・なの?」  宇沙樹は兄の目を見て、最初にそう尋ねた。  「・・どうして?」  彼はただ、黙ることしか出来ない。  「やっと・・見つけたのに・・どうして?」  宇沙樹は唇を何度も噛み締めながらそう言って近づく。  「どうして・・って。」  再会した兄と妹。妹は何度も尋ねてくる。「どうして?」と。それに対して、納得のいく返事の出来ない兄。  「どうしてなのか・・って聞いてるのっ!?」  そのまま兄の体を、右手で叩きつけた妹。それにただ、自然と体が動くことしかできない兄。  「何で・・どうして・・こんなことをしちゃうのよ!?」  何度も、何度も・・しきりに両手で兄を叩きつける妹。泣いていた。  「・・それは」  再会して初めて見る妹の泣き顔に、兄はどうしたらよいのか困惑するばかり。  「誰も・・こんなことしろなんて言ってないじゃない!!」  次第に兄を叩きつける力は増していく。  「だけどお前は・・宇沙樹は、家族を・・」  「家族が何よ!!」  そう言った瞬間、思いっきり兄の体は地面へと叩きつけられた。  「やっと会えたのに!またお兄ちゃんはいなくなっちゃうじゃない!!」  「!!」  妹の右肩からは、止血に使われたハンカチらしきものから血が滲んでいるのが分かった。  「全部・・茂みの中で話は聞いてた!!」  ボロボロと涙をこぼしながら、その場に膝から倒れこむ妹。  「でも!ちゃんといたなら!どうして真っ先に私と会ってくれなかったのよ!!!!」  ゆっくりと顔を起こす兄。妹はポシェットから何かを取り出していた。  「これ・・私もずっと肌身はなさず持ってたの・・知ってた?」  「・・そ、それは!」  妹が取り出した1枚の紙切れらしきもの。それを見た瞬間、兄はやっと全てが繋がった。  「まさか・・御剣怜侍!アンタの持ってた・・写真のコピーは・・・・」  御剣はゆっくりと頷いた。  「そう・・だったのか。」  意外だった。御剣のコピーしたあの家族写真・・元を持っていた人間がまさか、妹だったとは。  「これは・・お母さんが持っていた写真・・」  持つ手は震えていた。  「お母さんは、この写真をいつも大事そうに部屋に飾ってた・・あの事件の後、私が診療所を出て、 1度あの家に戻った時・・この写真だけが、ポツリと残ってた。」  それは今から6年前、宇沙樹が17歳の頃だった。  「大事にしてるはずだよ・・だって、家族の写真だったんだもん。」  目が真っ赤だった。  「そのあとね、私・・お父さんとお兄ちゃんたちを探そうとしたの。」  宇沙樹は宇沙樹で必死だった。  「1人でね、探し回ったんだよ。少ない親戚たちを手がかりに・・夏休みにずっと1人で。」  宇沙樹にとって、長く辛い夏休みだった。  「3人が住んでいたっていう、アパートだって見つけ出したのよ・・なのに、もう誰もいなかった。」  あの時、彼女は空き部屋になっていた当時の住まいを見つけ、泣いていた。  「それから何度も、お兄ちゃんたちを探したけど・・結局手がかりは見つからなかった。」  あの事件の後、養子に出されていた怜次はアメリカへと渡っていた。そしてそこで家が火災にあった時、 1人家を抜け出し行方不明となってしまっていた。宇沙樹にとって、怜次の足取りを掴むことはほぼ不可能に近かった。  「怜次兄ちゃんは・・養子に出されてアメリカにいると知った。それでその養子先に問い合わせた。 けど、火災に巻き込まれ行方不明って言われた。」  当時17歳で、どうやって問い合わせたのかは知らないが、それこそ必死だった宇沙樹がいた。  「恭平兄ちゃんは・・親戚の家をたらい回しにされていて、最後は結局行方が分からなかった。」  恭平・・彼もまた、あの事件の後消息を絶った。親戚中を周ったが、誰1人として殺人犯の息子と言う理由で、 世間体もあったのだろう・・彼を受け付けなかった。最後に彼は、1人であてもなく彷徨いつづけ、ある施設に辿り着いた。 そこで彼は初めて、居場所を見つけた。  きっと17歳の宇沙樹では、その施設の場所までは分からなかったのだろう。無理もない。  「そしてお父さんは、警察に殺人事件の容疑者として捕まったと聞いた・・私は会おうとした。 なのに、死刑判決を受けていて、お父さんは3年前に死んでいた。」  あの有罪判決後、計量裁判もあり・・東山章太郎は4年後の2005年に死刑が執行された。 丁度宇沙樹が3人を探し始める3年前の出来事だった。  「けど、私は拘置所で・・拘置所の職員から私が、お父さんの娘だって言ったら・・これを手渡されたの。」  ポシェットから宇沙樹は、今度は小さなノートを取り出した。  「そ・・そいつは?」  兄である怜次も初めて見る物。当然恭平も知らないだろう。  「これは・・お父さんが死刑執行前まで書きつづけていた日記なの・・」  「と、父さんの・・日記・・!」  宇沙樹は兄に、その日記帳をゆっくりと手渡した。  「・・・・。」  何も言わずにそれを受け取る怜次。  「・・・・・・父さん。」  それを読む兄、自然と涙が流れてくる。  「それには、お父さん自身が・・無実であると必死につづっているところがあった。 それなのに、有罪判決を受けて死刑にされることについて書いてあった。」  日記の文字はほとんどが滲んでいた。  「お父さんは、もう・・自分の運命が逃げられないものだと悟ってた。だから、ここには自分が無実であることの訴えと、 もう1つのことが・・書かれてた。」  何度も何度も、声をあげて泣き出しそうになるのをこらえる宇沙樹。  「もう1つの・・ことか。」  兄は唇を噛み締めた。  「それはね・・残した私たちのことだった。お母さんが死んで・・自分も近い将来死ぬ。 そうなった時、残された私とお兄ちゃんたちへのことが、たくさん書かれてたの。」  日記のページの字が滲んでいる理由・・これは書いているときに父が流した涙なのか? はたまた読んでいた宇沙樹が流したもの?だが、1つだけ言える事・・  「・・父さんらしいよ。」  今また、それが新たな涙によって滲んでいっているということ。  「だから・・私は決めたの。」  「・・え?」  宇沙樹がこの日記を読んだのは、17歳・・高2の夏休みも、終わりに近づいている頃だった。  「お父さんが無実だって言うことを・・残された私の手で、絶対に証明してやるんだ!って。」  その言葉を聞いて、ハッとしたのが後ろで話を聞いていた上片だった。  「まさか・・宇沙樹ちゃん。だから君は!!」  宇沙樹と初めて上片が会った時、彼女はある大学の法学部に在学していた。それがきっかけで、彼女は今では、 上片の法律事務所のメンバーとなっている。  「そうですね・・上片さん。だから私ね、弁護士になろうとしたの。」  「宇沙樹・・ちゃん。」  上片はそのまま顔を下にやった。  「それにね、もし弁護士になれたら・・お兄ちゃんたちも、見つけることができるかもしれないな・・って思ったの。 だって、色んなことが知れるじゃない。弁護士になれればさ・・」  「・・宇沙樹。」  兄は静かに泣いていた。  「もしさ・・弁護士になってお父さんの無実を証明したら、それを知ったお兄ちゃんたちが、 私に会いに来てくれるかも・・って望みもあったんだよ。」  だが、弁護士になる前にこうして再会してしまった。本来なら、喜ぶべき再会のはずだった。  「なのに・・なのに・・恭平お兄ちゃんは警察の人間になってたのに、お父さんの事件だって調べることができただろうにさ・・」  公園の地面の砂を掴む妹。  「・・怜次お兄ちゃんなんかさ・・私よりもずっと早く・・・・弁護士になってったっていうのにさ・・ アメリカで・・とっても強い弁護士になってた・・っていうのにさ・・」  その砂を思いっきり兄に向けて投げつける妹。何度も、何度も。  「なのに・・なのに・・どうして2人とも・・・・私に会おうとしないで・・こんなことばっかするのよ!?」  泣きながら、兄を責め続ける妹。  「そして・・私に会おうともせずに・・何でいなくなっちゃうのよ!!!!」  そう、目の前にいる兄は既に死んでいる。もう1人の兄も、有罪判決を受ければ、これだけの凶悪な連続殺人だ。 その先に待っているのは・・死刑判決しか考えられない。  「もし会ってたら・・真っ先に止めてたのに!!私が今ここにいなかったら!!絶対にそのまま私と、 1度も会わずにいなくなっちゃうつもりだったんでしょ!!」  「それは・・」   もう、何も言うことができない兄。  「私の最後の家族も・・いなくなって・・とうとう私1人じゃない!!どうしてくれるのよっ!!」  妹はただただ・・そう叫びつづけた。  「私・・こんなことしてほしくなかったのに!!もっと一緒に、長く会うことができたかもしれないお兄ちゃんたちが、 私を残していなくなっちゃうようなことだもん!!なおさら嫌に決まってるでしょ!!」  「・・!!!!」  兄はそのまま、何も言わずに顔を下げた。  「バカ!!バカバカバカ!!!!」    ・・俺は。  「・・うっ・・ううぅ・・うわあああああああああああん!!!!」  ・・俺たちは。  「うあああああああああん!!!!!!!!!」  ・・最低の兄貴だな。  妹の泣く姿を、面と向かって見ることの出来ない兄。  「俺たちは・・もっと早く気づくべきだった。」  そのまま立ち上がる怜次。御剣・成歩堂・上片は、その姿を黙ってみていた。  「取り戻せない・・家族の温もりを取り戻そうして、こんなことをしちまった。」  本当に、最低の兄貴だった。何もしてやることができない・・史上最低の。  「残るものは哀しみだけ・・何故気づけなかった。」  悔やんでも、悔やみきれない。  「そして・・あの頃の家族の温もりは取り戻せなくても、何故、まだ温もりを与えてくれる人間がいる事実に気づけなかった?」  妹の姿を見ることすら、恥ずかしくできない。  「こんな鉄の塊じゃ・・何も救えねぇ。妹も・・他ならぬ俺達自身も!何故気づけなかった!?」  手に持っていた銃を、そのまま地面にポトリと落とした。  「俺はもう死んじまった・・この計画で、自らの人生に自ら幕を下ろすことを決めちまったからな。」  ポケットからリモコンらしきものを取り出した怜次。  「もう、後戻りはできねぇ。あいつもどうせ・・このまま生きていたとしても死刑判決だ。 どのみち、俺たちが昨日の裁判で無罪になったとしても、自らの幕は自らの手で下ろすことを決めていた。」  そのまま宇沙樹に背を向けた。  「俺たちは、2人とも法に生きていた人間だ。法を職としていた。だから、罪あるものに処罰を・・それがモットーだった。 今回の事件で、罪がある奴らに俺たちが・・自らの手で処罰を与えちまったように、 その処罰を殺人と言う罪のある行為で行った俺たちにも、処罰が必要だ。」  俺は既に、その処罰を受けている。  「あとは・・あいつが処罰を待っている。」  全ては終わった・・殺すことは出来なかったが、これが運命だ。  「恭平・・これが、宇沙樹の望んだことだったんだ。なら、俺たちもここで終わらなきゃならねぇんだ。 お前なら、分かってくれるよな?」  本当に、俺と言いお前と言い・・バカな双子だったな。2人いるってのに、 この結末に気づけなかったなんて・・犯罪の計画は完璧にできるのにな。  「・・皮肉だぜ。」  ボタンをそのまま、力強く押した。  「チェックメイト・・だってよ。」    ・・・・・・・。  ・・・・・・・・・・・・・・。  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・な、何故だ?  俺は再び、ボタンを押した。だが・・何も変わらない。  「な、何故だ!?ど、どうして!?」  「自分自身で幕を下ろす・・やはり、その気だったか。」  俺の目の前に、御剣がいつの間にか立っていた。  「な・・み・・御剣!?」  俺は信じきれなかった・・だが、まさか?  「貴様が真宵君を監禁していた貸しビル・・その部屋から、大量の“C4爆弾”が見つかった。」  「お、お前・・!!」  何てことだ。最後の最後まで・・見破られていたのか?  「プラスチック爆弾の一種だと言う話だが、こいつは・・どこかからリモコンでスイッチを押すと、 装置が作動して爆発するものだったらしい。言っておくが、夜9時前には爆発物処理班が全て撤去した。もう、爆発はしない。」  「・・ばれてたか、けどあいつは・・。」  「悪いが、その手ももう潰した。」  御剣は、何ともいえない微妙な表情でそう早々に言った。  「何だと!?」  「・・爆発物処理班が撤去の作業をしている時、署では捜査員が東山恭平の身体検査を徹底的に行っていた。 そして・・見つけたのだ。毒入りカプセルを1つ。」  それを聞いた俺は、まさにやられた・・と感じた。  「貴様があの貸しビルを監禁場所に選んだのも、全て計算のうちだった。あの貸しビルを初めて訪れた時、窓から署が見えたのだ。」  御剣はさらに、こうも言った。  「そして、同じく署の・・しかも取調室の窓からも、あの貸しビルが見えたのだ。」  どうやら、完全に気づかれたようだった。  「最初は偶然かと思ったが、あの貸しビルに爆弾が・・しかもリモコン操作で爆発すると知った時、 また・・貴様が殺されたと聞いたとき。まさかと思ったのだ。」  御剣は俺たちの計画を見抜いていた。  「貴様らがこの事件・・どんな結末を迎えるにしろ、最後は自らの手で幕を下ろす・・つまり、最後は必ず死ぬ気だったとしたら? その場合、もし裁判で有罪を受けてしまった場合はどうするか?まさに今回のパターンだ。」  俺は黙ってその話を聞きつづけていた。  「既に1人は死んでいる・・ならば、もう1人はどうするのか?どのみち、死ぬとしても全てが終わった時でないといけない。 しかし、1人は捕われの身でその終わりを確認できない。」  俺は思わず笑いそうになった。全てが分かってるなら、言っちまえば良いのに。  「それで調べたところ、あの貸しビルは留置所からでも確認できた。つまりだ・・あのビルは監禁場所と同時に、 目印の役割も果たしていたのだ。」  御剣は核心を突いた。  「そう・・全てが終わった時に、あのビルに仕掛けた爆弾を爆破させる。あの貸しビルは、捕われの身の片割れが何処にいても、 その爆破の合図によって、全てが終わったことが分かるように用意された・・目印だったのだ。」  そして、そいつが爆破された時。  「合図を確認した片割れは、隠し持っていた毒入りカプセルを飲み・・自ら幕を下ろす。その気だったわけだ。どうだ?東山?」  「そこまで分かってちゃ、どうしようもないな。」  俺はしばらく考える。後ろでは、まだ宇沙樹が泣いている。  「まず、宇沙樹とあいつを・・会わせてやってくれ。あいつは、お前が全てを知ったことで・・生き延びたわけだ。 今の俺は・・少なくとも宇沙樹に顔を合わせることはできねぇ。」  「・・いいだろう。」  さて、もう時間も無い。言いたいことは早く言っちまうに限る。  「あと、綾里真宵だが・・これ以上彼女の体を借りるわけにはいかねぇな。無事に返してやるよ。」  「そうか・・。」  その言葉を聞いてか、御剣と一緒にいた成歩堂龍一は、安堵した様子を俺に見せた。  「・・そしてだ。」  徐々に俺の感覚が、ふわぁ・・っとした軽い感じになる。  「あいつを生かせちまった罰だ。御剣怜侍・・よく聞け。」  「何だ?」  最後に、俺たちの計画の高さを土産として残していこうじゃねぇか。  「俺たちは、この事件を実行し始めてしばらくして・・ある疑惑を抱いた。ただ、俺たちがこう言うのも何だが、 怖くて確かめてはいねぇ。」  きっとそれは、御剣の奴も感じ取ってるかもしれないがな。  「何だというのだ?」  「・・それはな、盤上を操っている真のプレイヤーだ。」  何だか、俺自身が言うのも馬鹿みたいだが・・さすがにあいつの命を助けられたんじゃ、確かめねぇ訳にもいかなくなっちまった。  「真のプレイヤー・・だと?」  「あぁ、そうだ。もし、真のプレイヤーがいたとしたら・・俺たちにとってこれほど屈辱的なことはねぇ。 だから、俺たちは最後にある仕掛けを施した。けどな、それを確かめることが俺たちにはできねぇ。」  そう、だからこれは・・俺たち最後の計画が御剣に、完全に打ち砕かれた時に確かめようと思っていた。 またとねぇ機会だ・・言わないわけにもいかねぇな。  「真のプレイヤー・・もしそれが、アンタも勘付いているなら・・それはアンタ自身の手で確かめることだ。 それくらいはアンタの頭でも分かるさ。問題は証拠さ。」  「証拠か・・。」  そう、その場合・・きっと決定的な証拠はないだろう。  「アンタならきっと、俺たちが最後に施した仕掛けに気づけるはずだ。そいつを・・うまく利用すれば、 俺たちがまさかと思っていた事実が、本当なのか確かめることができる。」  御剣はしばらく考え込んでいた。横にいた成歩堂龍一は、まったくと言っていいほど理解していなかったが。  「私も、すでにこの事件に関わっているであろう・・もう1人の重要人物は見当くらいついている。」  その目を見る限り、どうやら本当みたいだな。  「そして、貴様らが最後に施した仕掛けも・・恐らくは気づいている。」  俺は苦笑した。そこまで気づけてるなら完璧じゃねぇか。  「その仕掛けを・・生かすか殺すかはアンタの腕次第だぜ。」  「そう言うことだろうな。」  本当に、敵に回すと厄介な男だぜ。俺の体は・・徐々に綾里真宵から抜けていく。不思議なもんだ。 全然苦しくもねぇ。ま、死んだ人間に苦しみはねぇんだろう。  「あぁ・・そうだ。最後に。」  顔を合わせることができなくとも、これだけは・・してやりたかった。涙を拭いて、ゆっくりと。    「ありがとな・・宇沙樹。」  そう呟いた。  「・・え?」  上片の横で泣きじゃくっていた宇沙樹が、その声を聞いてふと顔をあげた。  「宇沙樹が、本当に大切なものを教えてくれた・・俺たちがもはや、忘れちまったものだ。」  宇沙樹はその姿を見て、立ち上がった。  「捨ててしまったと思っていた・・人間の心。そいつはまだ、ちゃんと残されていたらしい。」  俺は最後の力を振り絞って、腕を挙げた。と言っても、綾里真宵から借りた腕だが。  「先にいなくなっちまうけど心配するな。」  「・・お、お兄ちゃん?」  涙を拭ったっていうのに、また出てきてやがる・・まぁ、せめてもの救いは、その涙がすでに、 魂が流しているものになっている・・ってところだろうか。  「兄ちゃんはな、嬉しい時でも苦しい時でも悲しい時でも・・いつでも、お前を見守っているから。」  そして最後に・・言わせてくれ。  「それしかできなくなっちまった・・最低な兄貴だが、許してくれ。」  左腕が高く上がったと思ったら、後ろにいる妹に・・さよならと腕を振った兄。  「・・お、お兄ちゃん?お兄ちゃん!?」  ここで、体がふと揺らいだ。成歩堂が慌てて駆け寄る。  「・・ま、真宵ちゃん!?」  その肉体はすでに、綾里真宵のものに戻っていた。  「な・・なるほど君?」  その声で目覚めた真宵は、まわりの光景を見て何事かと驚いた。  「・・御剣さんに、上片さん?・・う、宇沙樹ちゃんまで?」  今までに見たことの無いその面子に、少々面食らう真宵。それもそうだろう。  「私・・今まで一体?」  一同は、何も言うことができなかった。  「・・お兄ちゃん。」  「え?」  宇沙樹がふと漏らしたその言葉に、真宵は反応した。その時の宇沙樹は、空を見上げていた。見えるのは、星と月のみ。    第2部・黒幕  同日 午後4時16分 検事局・上級執務室1202号室  全ての資料が整った。執務室の前に用意された資料の数々。  「どうやら、彼らの言う真のプレイヤーの正体が見えてきた。」  御剣は目の前にある資料に目を通しながら、1つの仮説を遂に完成させる。  「我々は、このプレイヤーによって駒のように動かされていたわけか。」  御剣の頭の中で浮かび上がった、あるもの。御剣はどうしたものかと考えた。そしてその結果。  「これは、少なくとも私だけの事件ではない。この事件に関わった全ての人間に、協力をしてもらいたいのだ。」  執務室に招かれた面々は、緊張した面持ちでいた。  「御剣・・それは、間違いないんだろうな?」  「あぁ、ほぼ・・99パーセント確実だ。」  招かれた1人、成歩堂は信じられない表情をしている。  「そして、ここに集まってもらった者達には・・全てを語るべきかと考えたのだ。」  そこにいた人間は全部で5人。  成歩堂龍一、綾里真宵、上片正義、鹿山宇沙樹、灯火あかり。  「それは、本気で言っているんでしょうね?御剣怜侍?」  あかり検事の目も疑いに満ちていた。  「それら全てを含め、ここに至るまでの経緯を話すべきと考えたのだ。」  御剣は手にとった資料を眺める。これが、おそらく全てだ。  <弾丸>  東山を留置所前で撃った弾丸。線条痕が犯人たちが持っていたものと一致しなかった。  <東山のスーツ>  大量の血が付着していた。スーツのポケットには弁護士バッチがある。  「全てのからくりは、18年前から始まっていた。」  御剣は語りだした、この事件の真相の全てを・・。  「そんな・・信じられない。」  話を聞いていた上片は次第にその内容を疑った。  「それは、間違いないんですか?御剣検事さん!」  宇沙樹もそう聞かずにはいられなかった。  「あぁ、おそらくだ。だから・・全てを明らかにすべく、私は直接対決をしようと思っている。」  直接対決。これはきっと、どの戦いよりも難しい。  「そこで、下手に動けないように今ここにいる5人にも協力を求めようとしたわけだ。」  そして、まだ本当の目的は達成されていない。ここで御剣1人がノコノコ出ていくのは、無謀なことなのだ。  「でも、そこで直接対峙するとしても、あそこには沢山の・・」  上片がここで異議を唱えた。それには大きな問題があったからだ。  「そうですよ!あそこには・・」  宇沙樹も同意見らしい。やはりこれは、無茶なことなのか?  「いや・・刀技快登にそこは頼んでみれば何とかなるかもしれないわ。」  と、ここで一言発したのがあかり検事。  「刀技検事・・だと?」  御剣はここで、なぜ刀技の名前が出るのかが謎だった。  「上片弁護士と宇沙樹なら知っているはず、刀技快登なら協力をしてくれるはずよ。あの人がいるから。」  「あの人・・まさか!?」   上片がハッとあることを思い出した。  「刀技快登に頼めば、今日か明日には何とか整えてくれるはずよ。」  「ならば、彼に協力を仰ぎ全ては・・」  御剣はここで、運命のXデーに標準を定めた。  「12月30日・・大晦日前日だな。」  最後の最後、盤上の駒たちの反撃が始まる。  12月30日 午後7時57分 ??????・??  大きなテーブル。そこに7人の人間が座っていた。  「うん・・久々に美味しい料理が食べれるとは、嬉しいものだ。」  7人・・テーブルの右サイドには奥から順に、鹿山宇沙樹・灯火あかり・綾里真宵が。  「いつもは子供たちがいて、なかなか大変なのだが・・助かるよ。」  「刀技検事とあざみさんのおかげですよ。」  あかり検事がスープを一口飲むとそう言った。テーブルの左サイドには奥から順に、御剣怜侍・成歩堂龍一・上片正義が。  「それで、今回ここに来た男性は一体?是非ここを訪れたいということだが・・。」  そして、問題の人物がテーブルの一番奥・・この6人を見渡すことのできる正面奥に1人。  「それはね・・」  宇沙樹がここで、テーブルに座っている御剣怜侍を不審そうに見ていたその人物に、少々言葉を詰まらせながらこう切り出す。  「どうも、ここについて聞きたいことがあるとかで・・。」  「聞きたいこと?」  ここにいる6人全員は、全てを知っている。だが、未だに信じることができていない。御剣を除いては。  「申し遅れた、御剣怜侍と申す。」  御剣はここで、口を軽く拭くと挨拶をする。と言っても、最初にここを訪れた時に一応はしたはずだが。   「話したいことについてなのだが・・」  御剣は全員の表情を伺う。5人はまだ何かをためらっている。御剣は意を決した。  「単刀直入に話そうと思う。私としては、自首をしてほしい。」  御剣の言葉が、一瞬にして場を凍らせた。  「・・自首?いきなりやって来ていきなりこの人は何を言っているんだ?」  とぼけた顔をしてとぼけた返事をするその人物。  「・・いきなりか、しかし、あなたにとっては私がここを訪れたことは計算外のことであったが、 逆にチャンスでもあったのではないだろうか?」  御剣はその人物を見据えながらそう言う。  「全く・・何のことだか。」  シラを切りとおすつもりか?いい加減それには耐え切れなかった御剣。遂にこの言葉を発した。  「私には全てが分かっている。半年前から発生した警察関係者連続殺害事件、及び東山兄弟が行ったDL6・5号事件 絡みのこの一連の事件。全ては裏である人物によって仕組まれていた。」  御剣は座ったまま、自分のすぐ左斜め前にいる人物を目で捕らえたまま・・その指をゆっくりとそいつに指す。  「東山兄弟と言う“DL6・5号の死神”を放った全ての黒幕。それは“日安寺健次郎”さん!あなたではないのか?」  その指の先にいた人間。それは間違いなく・・宇沙樹とあかりにとっては大きな意味を持つ人間で、上片と成歩堂、 それに真宵も半年前に会った人間。  「それはまた、いきなり物凄いご冗談を言われますな・・御剣さん。」  “日安寺健次郎”その人であった。  「これが果たして本当に冗談で言っているのか?今から私が話す事をじっくりと聞いてから判断して欲しい。」  「・・いいでしょう。」  テーブルで静かに佇む2人の男。それを、成歩堂・真宵・上片・宇沙樹・あかりの5人が見守っている。  「まず、私が最初に疑問に思ったのは・・東山兄弟がどうやって自分たちの人生を狂わせた、 忌まわしきSSUプランの存在に気づいたのか?という点だ。」   そう、全ての出発点はそこからだった。  「SSUプラン・・私には何のことだかさっぱりだな。」  ゆっくりとした口調でスープをすすりながらそう答えた健次郎。  「直に分かる。今は黙って聞くことだ。」  御剣はそのまま強い口調で続けた。この事件・・彼が黒幕で真のプレイヤーであることは間違いない。 しかし、だとするとあの東山兄弟をも操ったことになる。相当な強敵だということは紛れもない事実だ。  「SSUプラン・・こいつのことを当時関わった捜査員が、本庁の管理官と言う立場にいた東山恭平に話すとは考えづらい。 さらに、このプランを提案した中心人物・黒安公吉をはじめとする上層部が漏らすなど断じてありえぬ。」  じっくりと話のさわりに入っていく御剣。だとしたら、どこからこれは漏れたのか?  「SSUプランは、内容から見ると非常に物議をかもしだすシロモノだった。犯罪者を警察の工作活動に利用する・・ 簡単にまとめればそんなところだ。」  こんなものが世間に公表されたら、物議をかもし出すことはすぐに分かる。だが、逆に言えばそれはあることを意味する。  「そんなプランが警察上層部・公安部から提案された。当然、内部でまず大問題になったはずなのだ。」  内部でまず発生した議論。これを最初から考えるべきだったのだ。そう、これは東山兄弟も動機として言っていた。 彼の母親で公安部捜査員の鹿山理沙は、このプランの反対派だったと。  「よってこのプラン、賛成派もいれば当然・・“反対派”が存在したことになる。」  御剣はここで日安寺の目を見る。だが、彼の目に変化は無い。恐ろしいほどのポーカーフェイスだ。  「反対派が次第にどうなったのかは知らないが、その反対派は・・なんとしてもこのプランを消してしまいたかったはず。」  そして、ここである人物が登場してくる。  「話を戻そう。ここで、私は署で取り調べをしていた東山に対し尋ねた。誰からSSUプランの存在を聞いたのか? するとだ、彼は面白いことを証言した。」  その証言内容。そいつが決定的だった。  「彼らは警察内部からDL6・5号事件の当時の捜査や捜査員について調べていた。とここで、当時のことをよく知る、 本庁の公安総務課の捜査員・・しかもその中でかなりの上にいる人物から聞いたらしい。」             「この事件には、SSUプランと言うある計画が絡んでいる。」  その発言が全てだった。  「公安総務課・・実態が知れない公安部の中の組織だ。スパイ活動などをしているのではないか?との噂だが、 そこの捜査員からこのSSUプランは漏れていたのだ。」  御剣の話の内容を聞いていた健次郎、首をかしげた。  「さっぱり分からないな。それと私が何だと言うのだい?」  話の流れからすればもう分かるはずだろうに。御剣は腹ただしくなった。  「分からないか?そして、東山はこうも証言した。その公安総務課の捜査員の名前について。」             「日安寺捜査員・・俺がこのプランを聞いた人間はその男だった。」  他の5人の顔がそれに対して反応する。  「日安寺・・これほどまでに珍しい苗字の人間を私は知っていた、DL5号事件を資料で読む中・・何度も目にしたからな。 被害者の子供たちが治療を受けていた診療所の医師の苗字と同じだ。」  そう、つまりこの男には、もう1つの顔があった。  「日安寺健次郎さん。あなたは本庁公安部総務課の捜査員なのだ?違うだろうか?」  「・・私が、警察の人間だと?」  衝撃すぎる内容だった。御剣はその問いに頷いた。  「馬鹿な、私はそもそもここで“こころ診療所”の医師を・・」  「それは仮の姿だ。早い話・・あなたは潜入捜査員、まぁ、スパイというのが正しいだろうな。本庁のスパイだったのだ。」  本庁のスパイ。御剣は自分で言っていて笑えてきた。まさに漫画や小説の世界だ。  「スパイだって・・面白いことをあなたはおっしゃりますね。だったら私は、この診療所に何のスパイをしていたと言うんですか? 私ももう歳だ。難しい話は困りますがね。」  「何もこれは難しいことはない。ならば、何のスパイだったか明かそうではないか。」  御剣はそのまま彼を見つづけた。それに対し顔色1つ変えない男。強敵だ。  「あなたは、半年前に殺害された“日安寺こころ”・・いや、旧姓で言うべきだろう。“綾里こころ”のスパイだったのだ。」  そう、ここで問題になるのが日安寺こころの経歴だ。  「綾里・・こころ・・。」  健次郎はそう言ったきり何も言わなくなった。  「彼女は倉院流霊媒道の血を告ぐ綾里一族の人間だった。倉院流霊媒道といえば、遥か昔からこの国の政治にも 大きな影響を及ぼしてきた一族。ある種、公安部から見てみれば危険因子だった。」  だからこそ、警察は18年前に失踪した綾里舞子についても、極秘でその動きを追っていた。  「しかも、その綾里こころに至っては、特に危険視する必要性のある人物だった。それは、真宵君が半年前に調べてくれていた。 ある事件の捜査で・・真宵君。」  「・・え!はい?」  突然呼ばれた真宵は、多少動転した。  「彼女が持っていた特殊な能力・・ここで言ってくれないか?」  「え・・ここでですか?」  真宵は少々悩んでいたが、御剣がそれを強く促したことで、その能力を口にした。  「それは、他人に霊力を与えるもの・・って聞きました。」  その言葉、日安寺健次郎に与えるものは大きかったはずだ。まだ顔には出してないが。  「そう、こいつはかなり驚異的で危険視すべきだ。だからあなたはマークしつづけていた。だが、何があったかは知らないが、 ある日彼女は里を追放された。その禁断の力を使用したことで。」  その人物こそが・・半年前に成歩堂達が辿り着いた真実。  「その時、霊力を与えられたのがあなただった。健次郎さん!」  「・・・・なるほどねぇ。」  そのゆったりとした口調では、まだ何も掴めない。御剣は続けた。  「つまり、あなたはどういう経緯でその能力を得たかは知らないが、あなたと彼女が結婚していたことが物語っている。 あなたたち2人はその潜入捜査がきっかけで出会い恋に落ち結婚した。」  そして付け足す。  「もしくは、これで“こころ”という人間を自分の近くに置くことで、監視しやすい位置に持ってきた。」  つまり、これで全てが整ったわけだ。  「そう、あなたは本庁の人間だったのだ。それはきっと、調べればすぐに分かることだ。言い逃れは出来ない。」  御剣はさらに続けた。  「そして取り調べによるとあなたはその時、東山恭平にこうも言っていた。私はSSUプランに対して 反対と言う立場を取っていたと・・これならば、SSUに賛同していた本庁の人間を殺すあの兄弟からすれば、 あなたを殺す動機も無いし必要すらない。さらに言えば、本庁のDL5・6号事件の捜査にも潜入捜査のため関わってなかった身だ。 これを漏らす事で殺される心配も無いと判断したのだ。」  長い長い内容の話。全てはまだまだこれからだが、これに対し日安寺は、水を一口飲むとその重い口をあけた。  「ふむ、話としては悪くないだろう。だが、1つ分からない。」  これからが本当の戦いとなるだろう。日安寺はこう言い出した。  「仮に、それが事実だとしましょうか。私がSSUというものを東山という人に教えた。それで東山と言う人が警察関係者を殺した。 つまり、私は彼らを殺す動機があったと言いたいみたいだが・・」  コップを静かにテーブルに置いた健次郎。  「私はあなたの話の中だとSSUの反対派だ。反対派が反対と言う理由だけで賛成派を殺すのは馬鹿げている。 そのプランが早い話、私がおじゃんにしてしまえばいいだけではないのかな?」  ため息混じりで御剣にそう語る健次郎。その顔には、まだ笑みすら浮かべている。  「確かに、そうかもしれぬな。」  御剣はその余裕な笑みを見ながら息を飲む。黒幕と考える人間だけある。全く持ってその自分の攻撃は 予想通りといった表情に感じられる。  「・・だが、あなたがその賛成派に殺意を抱いた動機があるから事件は現に起きている。 実は、賛成派を殺害しなければならない理由がちゃんとあったのだ。」  「・・面白いことを言う。なら、あなたのお話を聞かせてもらいましょうか。御剣検事さん。」  皿に盛った肉を一切れ、口に入れる健次郎。どこまで余裕なのか?  「まぁ、さすがにここまでくれば公安部の捜査員であることは認めたようだな。ならば言おう、反対派は反対派でこのプランを、 どうしてもこの上層部・公安部内で廃止に持ち込みたかったのだ。」  このSSUプランのポイント。それはまだこれが、警察内部・・しかもかなり状況が特殊な部分でしか議論されていないことだった。  「こいつが世間に公表された場合、プランが成立しようと廃止になろうと、ある問題が起きるのだ。 警察に対する世間の、大きく激しい批判・・だ。」  ただでさえ、警察局や検事局は最近批判の嵐だ。  「検事局の狩魔豪の不正事件。警察局の巌徒海慈局長の逮捕に繋がった一連のSL9号事件をはじめとする宝月主席検事事件。」  まさに司法の信頼が揺るいでいるここ1,2年。  「おのずと見えてくるはずだ。今も検討中であるSSUプランを廃止にするため、反対派が取るべき行動は。」  そう、これらの一般世論を考慮すれば、反対派はどういう活動を余儀なくされるのかが見えてくる。  「そう、水面下でこれを公表せずに廃止に持ち込むのが最善の策なのだ。そしてそれを、反対派は知っていて全員そうしていた。」  だが、それを無にする行為が発生した。御剣は新聞記事を取り出した。  「しかし、28日の夕日新聞の夕刊。ここにSSUプランの存在がすっぱ抜かれていたのだ。 警察内部からの投書・・との話だったが、これは流れからして反対派が取った行動とは思えぬ。」  その新聞記事をテーブルに静かに置いた御剣。健次郎はまだ肉を噛み続けていた。  「つまり、この投書をしたのは公安部でSSUプランの“賛成派の人間だった”という答えが出てくるのだ。」  肉を黙って噛み続ける健次郎。目を閉じながら・・ゆっくりと。だが、その耳は御剣の話を聞きつづけていた。  「早い話。当時はSSUに賛成して、DL5・6号事件の不正な捜査をしていた捜査員が、18年後に今になって、 その行動に1つの想いを抱いたのだ。これは、本当に正しい出来事だったのか?と。」  この考えこそが、この連続殺人へと彼を向かわせたのだろう。  「夕日新聞の話によると、この投書が届いたのが1年程前のことだ。そして、事実確認に約1年を費やしていたらしい。 その結果、今の記事に至るのだが・・」  ズバリこれが、捜査員殺害の動機の核心だろう。  「それをあなたは自分の立場から入手していた。何者かがSSUのことを夕日新聞に投書したことをだ。 そして、それは反対派がするはずもない行動。つまり、投書した人間が賛成派だとあなたはその時知ったのだ。」  御剣は肉を噛み続けている健次郎に指を指した。  「あなたは危機を覚えた。この情報が新聞社に流れてしまったと。さぁどうすればよいか?このままその投書をした 賛成派を放置していれば、もっと詳しい情報が流れてしまうかもしれない。」  つまり、1つの恐怖だ。  「しかも、その情報を漏らす人間が、賛成派からさらに出るかもしれない。自分たちが18年前にしたことを疑惑に 思い始めた当時の捜査員たちによって。そう、まるで最後に殺された捜査員、神風国斗のような考え方を持ち出した捜査員のように!」  世間からこれ以上のSSUの情報漏れを防ぎ、批判を最大限に食い止める。そっちに反対派は方向転換を迫られた。  「そう、だからその当時の捜査員からこれ以上情報が漏れないように、 つまり口封じのために殺害しなければならないと判断したのだ!」  そして、ここからが重要なポイントだった。  「そこであなたが目に付けたのが、SSUによって家族をメチャクチャにされたことで復讐を企んでいた東山兄弟だった。」  ここからがこの男の恐ろしい計画の始まりだった。  「わざとここで東山恭平にSSUを教えることで、あの兄弟が復讐のために殺害へと踏み切る最後の後押し・・ 決定打をあなたは打ち込んだのだ。」  いわばこれは、1つの苦渋の策だった。  「殺人を犯す東山兄弟を利用をして、SSUプランを漏らす恐れがある賛成派を殺害させた。つまり、表上は東山兄弟の復讐だが、 裏ではあなたのもう1つの動機が働いていた。そう、東山兄弟はあなたによって巧に操られていたのだ。」  まるでそう、これはSSUプランを東山兄弟で実行した形になる。その最初で最後の作戦が、 SSUプランを使ってのSSUプランの抹殺。  「そして、殺人を犯した東山兄弟は法の力で最後に罰せられる。何も残らないわけだ。 逆に言えば、あなたが殺害する予定だった人間以外をあの兄弟が殺しても、最後には法の力・・ つまり死という形で償わせることで全ての解決を図ろうと考えたのだ。」  その死と言う形が死刑。そしておそらく、健次郎が殺害する予定も無かった人間が木槌太郎や、 撃たれて重傷を負った成歩堂・星影・狩魔冥・綾里春美たちだったのだろう。  「まさにそれらの予定外の犯行も、法の力で警察である自分自身が死と言う最期を与えることで、 正義と言う解決を図った。まさに、SSUという歪んだ正義を提唱した公安部・上層部が考えつきそうな得意な分野だ。 まさにその歪んだ正義がこの犯行でも見れたわけだ!日安寺健次郎!」  御剣が言った言葉。それに改めて衝撃を受ける面々。だが、彼だけが至って冷静だった。  「歪んだ正義・・まさにそうなのかもしれないな。」  肉を飲み込むと、健次郎は再びスープに口をつける。  「だが、それには1つ矛盾があるのじゃないかな?御剣くん?」  「・・矛盾?」  健次郎はスープを飲みながら御剣の顔を伺う。  「いいかい?確かに動機は揃っている。しかし、この事件では新聞記事によると、SSUというものを提唱した黒安公吉。 さらにはその息子の公太郎という男も殺されている。彼らを私が殺そうとする動機が分からない。まがりなりにも黒安公吉は、 これの提唱者。口を割ることは捜査員と違って考えられなくないかな?」  「・・確かに、それはその通りかもしれないわね。」  その言葉にあかり検事が、重々しく反応した。  「そうだろう?あかり?私がそんなことをするように思えるかい?宇沙樹もだ・・。」  「えっ!?」  ふと、体をビクッと震わせた宇沙樹。頷くことが出来ない。  「それは確かに、あなたがSSUのことを外部に漏らす可能性のある人間を殺害する・・ という動機だけで見れば当てはまらないだろうな。」  御剣が、2人に対してそう優しく語りかけていた健次郎に対してそう告げた。  「動機だけで・・?」  「そうだ。つまり、あなたは黒安親子殺害に限っては、別の動機を抱いていたことになるのだ。SSU以外の大きな。」  そう考えると辻褄があう。そして、それも父親を陥れた人間を殺害しようとした東山兄弟を 巧に利用することで自らの存在が隠せるのだ。  「別の動機が・・あったと?」  「その通りなのだ。あなたとこころさんの間に生まれた息子の存在が、その動機を立証させている。」  健次郎の眉が、ピクリと動いた。  「健次郎さんの息子・・。」  上片が俯いたままそう呟いた。  「あなたの息子は、今から18年前の5月14日に・・ある事故に巻き込まれている。」  新たな資料を取り出した御剣。18年前の5月14日。これがもう1つの動機の正体だ。  「一応、読み上げようとおもう。2001年5月14日午後6時ごろ。平夫妻宅の窓ガラスに銃が発砲。 割れた窓ガラスの破片で家にいた1人の少年が負傷。警察は犯人として少年Kを現行犯逮捕。」  18年前の新聞記事。ここにはある“発砲事件”の記事が書かれていた。  「犯人は未成年だったために、名前は公表されていないが・・特別に警察の内部資料を読ませてもらった。 容疑者・少年Kの名は、黒安公太郎だった。」  そう、黒安公太郎は連続発砲事件を起こす前に、別の発砲事件で逮捕されていたのだ。  「のちに彼は証拠不十分で不起訴となっているが、どうやら発砲事件の常習犯だったようだ。 しかし、ここで注目すべきはこの負傷した少年だ。」   負傷した少年の名前。明らかに矛盾しているのだ。  「負傷者・日安寺心次郎(ひあじしんじろう)、13歳。」  資料の負傷者欄を力強く指さす御剣。そう、苗字が日安寺だ。  「何故か、発砲された家に住んでいる者ではない人物が負傷をしているのだ。しかも日安寺という苗字。 これは、あなたとこころさんの間に生まれた息子さんで間違いないな?」  無言で押し通す健次郎。持っていたフォークをゆっくりと置いた。  「さらに、この事件にはもう1つの奇妙な点がある。発砲された家に住んでいた者。 それが、18年前に東山章太郎が逮捕されるきっかけとなったDL5号事件の最後の殺人。その被害者・平夫妻だ。」  最後の被害者・平夫妻と日安寺夫妻の息子の繋がり。これがポイントとなった。  「一応、こころという人間の監視のために夫婦になったあなたは、何があったかは知らないが子供まで授かった。 きっとそこには捜査以外の感情があったのだろう。」  持っていた資料をその場に置いた御剣。  「そして、ここは診療所・・平夫妻とは医師繋がりだ。おそらく医師関係で顔見知りとなっていたのだろう。 調書にははっきりと書かれている。」  事件資料の平夫妻の調書がそれを示していた。  「事件があった5月14日。日安寺夫妻に依頼され息子さんをあずかっていた・・と。その時に起きたのがこの事件だったのだ。」  健次郎は大きくため息をついた。  「やれやれ、全く意味が分からないな。それが黒安親子を殺害した動機なのかい?私自身の息子を撃ったと言う。」  「・・結果的にはそうなるだろう。」  御剣が出した言葉。結果的・・。  「結果的・・と?」  やはり、全てにおいて重要なのは一連の最後の事件だった。健次郎の問いに御剣は答えた。  「実はだ、今から18年前。DL5号事件が世間的に終幕を迎えたあと、新たなる事件が発生しているのだ。」  そう、これは今明かすべきもう1つの真実。  「18年前の12月30日から翌年の1月26日にかけて、平裏病院職員連続殺害事件が発生してる。 これは未解決で時効を向えた事件だ。」  この未解決事件、何故これが話の話題に出たのか?答えは1つだ。  「日安寺健次郎さん。あなたは・・この事件の犯人なのだ。」  健次郎の動きが一瞬止まる。  「・・何度も言うが、話にならないな。」  「そして!」  その言葉を遮って御剣は無理やり続ける。御剣が言いたかったのはむしろこちらだ。  「平夫妻殺害事件の真犯人もあなただ。日安寺健次郎!」  突然の告発。健次郎はその言葉に“まさか・・”といった表情だ。  「話が飛躍しているんじゃないか・・これは。」  確かに、飛躍しているように感じる。だが、御剣にとってはこれが全てを気づかせるきっかけだった。  「実はだ、平夫妻殺害事件に関しては、1つだけ納得がいかない矛盾点が存在していた。」  矛盾・・この正体を突き止めたとき。御剣は平裏病院職員連続殺害事件というもう1つの事件の辿り着いたのだ。  「一連のDL5号事件の犯人は志賀真矢。だが、平夫妻殺害事件に関してだけは黒安公太郎が犯人だと考えられていた。 所轄署も最初はそう思っていたし、本庁も父親の黒安公吉の指示によって組織ぐるみでその事実を隠蔽していた。」  だが、もしこれらがチェスボードで踊らされている駒だったとしたら?  「しかし、それがもし何者かによってそうなるように仕組まれているとしたら?」  今も昔も、全てはこの男によって皆操られていたとしたら?  「毎回君の話は理解するのが疲れるよ。」  ソッポをむく健次郎。だが、この男は全てを知っているはずだ。  「先ほど言った矛盾。それは、平夫妻を殺害した本物の凶器。黒安公太郎の所持していた拳銃なのだ。」  そう、これだけが28日の審理で御剣が唯一納得できなかった謎。  「黒安公太郎は池に近づくことができない人間だった。水に対して極度の恐怖を抱いていたからだ。 しかし、そんな人間のくせにありえない行動を彼はとっている。」  強引に28日の18年前の再審では辻褄を合わせたが、やはりこれは無理だ。  「それは、自らの凶器を名松池に投げ捨てると言う行為なのだ!これだけは、どう考えても理解に苦しむ!」  よく考えてみてほしい。もう1度18年前の事件の全てを。  「黒安公太郎は銃を名松池に向かって投げ捨てた。これが見つかれば確実に犯人は黒安公太郎になってしまう。 だから、本庁は必死で池の捜索をした。だが、見つからなかった。」  そして、これがあったのは意外な場所だった。  「では何処にあったのか?場所は名松森の木だった。そこに引っかかっているのを所轄署の小城伊勢刑事が発見したのだが・・ 何故、黒安公太郎は銃を池に向かって投げ捨てたのか!?」  先ほども言ったが、黒安公太郎には1つだけ弱点があった。  「彼は水を怖がる・・つまり、池には近づけないのに何故、池に向かって投げ捨てたのか!? 仮にも、池にちゃんと投げ捨てられたかの確認は自身ではできないというのに!」  それに、犯罪心理学から考えればもっとありえないことがある。  「そんな水を怖がる黒安公太郎なら、凶器は池には投げ捨てず持ち去り、何処か遠くで捨てたほうがよっぽど確実なのに、 何故そうしなかったのか!?」  全ての事実が、1つの真実を指し示している。  「答えは1つ!黒安公太郎は平夫妻を殺害した真犯人ではなかったのだ!そうでなければ説明がつかない。 つまり、あの事件には別の真犯人がいたのだ!」  しかもこれは、かなり複雑な動機を持った人間だ。  「銃を投げたその人物は、黒安公太郎が犯人であるかのように見せるためにわざとそうしたのだ。 ということは、その真犯人は黒安公太郎を真犯人としてでっち上げる工作をしていた。」  そして、この事件の犯人が黒安公太郎でないとすると、一体誰なのか?  「そうなれば、問題はその犯人の正体。ここで思い出して欲しいのが、平夫妻と一緒にいた当時5歳の息子、平凡太の存在!」  ここに全ての答えはあった。  「最初我々は、本庁が両親を殺す黒安公太郎を目撃した子供の記憶を捏造するために、志賀真矢が犯人であると言う事実を 隠していた日安寺夫妻を脅迫し、それを公表しない代わりに記憶の捏造をさせ、東山章太郎を陥れようとした・・と考えた。」  だが、全てが仕組まれたものだったとすれば、話は全然変わってしまう。  「あなたはSSUには反対だった。だから、志賀真矢が犯人であると言うことを隠した理由は、おそらく純粋にこころさんと 一緒に志賀真矢をかばおうとしたからだろう。」  これには計画性はない。つまり、偶然の産物。これを計画に上手く組み込ませたのだ。  「ポイントは、黒安公太郎が犯人で無いなら・・平凡太は本庁の取り調べで犯人が黒安公太郎とは言わないはずだったということ。 しかし、本庁が記憶の捏造をしている以上、そう言ったのだ。」  これだと矛盾がまたしても生じてしまう。  「平凡太が見た本当の犯人は、東山章太郎でもなく黒安公太郎でもない・・第3の人物のはずだったのに、何故そう言ったのか?」  つまり、ここで大きな勘違いをしていることが分かったのだ。  「健次郎さん。早い話勘違いなのだ。平凡太の記憶が捏造されたのは黒安から東山への記憶変更の時ではない。 一番最初に真犯人から黒安へと記憶変更がされていたのだ。」  だから平凡太は最初、犯人は取り調べで黒安公太郎だと証言をした。  「その捏造された平凡太の記憶を捏造させるために、本庁が弱みを握ってあなたたちに記憶の捏造を迫った。 だが、これはあなたの計画どおりだった。つまり、平凡太は捏造された記憶をさらに捏造されたのだ。」  健次郎はゆっくりと顔を御剣へと向ける。  「そんな信じられないような証拠が、どこにあるんだい?」  証拠。そんなものは1つしかありえない。  「これらの全ての状況から考えると、その真犯人は平凡太の記憶を捏造している。 そして、記憶の捏造が行えるこの事件の関係者は1人しかいないのだ。」  そう考えたとき、自ずと真犯人の正体は限られてくるのだ。  「つまり、この事件の真犯人は日安寺健次郎。あなたなのだ。」  健次郎を見据える御剣。だが、健次郎はまだ負けを認めなかった。  「理解できない・・さっきから私もそれしか言えないな。」  御剣の提示した答え、その1つ1つに反撃を仕掛ける健次郎。  「まず、仮にそうだとしようか。だったら私は、黒安公太郎を目撃した平凡太の記憶を東山章太郎を目撃した記憶に変えたことに なるが、そいつは本庁に脅迫されてでなく、最初から本庁が記憶の捏造をさせようとしていた事実を私が知っていたことになる。」  「そうなるであろうな。」  それに対しての反論を健次郎は静かにする。  「だとしたら?私は何の動機もない東山章太郎を陥れたことになるが・・そんなことを果たして私がするだろうか?」  章太郎の娘、宇沙樹をちらりと見ながら言った健次郎。だが、その反論はお粗末過ぎる。  「東山章太郎を陥れる動機ならあるではないか?先に私が証明した。SSUプランの存在だ。」  「・・・・。」  SSUプラン。その反対派に東山章太郎はいた。しかし、彼の反対方法は少し違っていた。  「彼は反対派だった。しかし、妻を殺した犯人をSSUによって黙認していたために反対派に回ったのが彼だ。 そして彼は、反対派の中でもそいつを世に公表しようとした人間だ。」  そう、日安寺健次郎にとってはあってはならない存在だったのだ。  「反対派の中でも唯一。SSUの被害者だった彼は、それを世に公表する形で反対を試みた。つまり、当時にとってみれば あなたにとっても脅威であるし、SSUによるDL5号事件の犯人隠蔽を図っていた賛成派にとっても脅威だった。」  そう、互いにSSUに対する姿勢は異なっていた。だが、結果的に招いたことがある。  「ここで、双方の動機が一致したのだ。SSUを世に公表させないために東山章太郎を消すべきだと。」  ここから日安寺健次郎の念密な計画が動き出した。  「公安部は平夫妻殺害が起きなかったとしても、いずれは東山章太郎を陥れるために何かの事件を起こしていただろう。 そしてあなたは、その陥れる事件として平夫妻殺害計画を組み込ませることにしたのだ。」  御剣は平夫妻殺害事件の全貌を語りだした。  「まず、黒安親子に対して動機を持っていたあなたは、どうすれば黒安親子に復讐ができるか考えた。」  ここで、東山章太郎を陥れつつ、さらに黒安親子をも陥れることができる事件が発生した。  「そんな中、証拠不十分で起訴を免れた黒安公太郎が、再び事件を起こした。それが、連続発砲事件だ。」  東山章太郎と黒安公太郎。この2人が出会った運命の事件だ。  「この事件によってある出来事が生じた。その1つ目が本庁の犯人隠匿・・父親の力がまたしても影響していたのだろう。 そして2つ目が、犯人の姿を目撃した東山章太郎の存在。」  これによって本庁・・いや公安は、SSUとその事実の2つから、早急にこの男を消す必要が生じた。  「そして決定打となるのが3つ目、黒安公太郎が東山章太郎の銃を奪ったことだ。」  これが、平夫妻殺害事件において大きな意味を持っていた。  「公安部の捜査員だったあなたは当然この事件を知っていた。 そして、黒安公太郎が東山章太郎の銃を持っていることに注目したのだ。」  そして、運命の日はやってきた。  「あなたは恐ろしい殺人計画を生み出した。まず、黒安公太郎が所持していた元からの銃をあなたは盗んだ。」  銃を盗む。ここでのポイントはそこだった。  「その盗んだ黒安公太郎の銃で、名松池に呼び出した平夫妻を息子である凡太の前で殺害。 そしてここで、平凡太の記憶を黒安公太郎が犯人だと言うものに捏造した。」  さらに、彼の計画はそれだけでは終わらなかった。  「そのあと、名松池の看板にQ.E.D.の血文字を残した。 このことで、何とか犯人の黙認に成功していたDL5号事件をぶり返させた。」  同時にこれは、何としてでも別の犯人をでっち上げてこの事件を世間的に収束させなければならないように仕向ける方法だった。  「さらに、黒安公太郎の銃を池に向かって投げ捨てた。だが、偶然にもこれが高く上げすぎて木に引っかかったのだ。」  これで全ての準備は整った。  「この状況を見て、警察は残された弾丸の線条痕から所轄署が犯人として黒安公太郎を断定する。 それを知った黒安公吉は真っ青になったはずだ。」  さらにその自体に拍車をかける出来事が生じた。  「さらに、犯人はDL5号事件の“Q.E.D.”を名乗った犯行をしていた。 志賀真矢を黙認していた本庁公安部にとっては痛すぎた。 さらにその容疑者として黒安公太郎が挙がっている事実。さらに自体は最悪化していた。」  そして2つの事実が明らかに状況を悪くする。  「平凡太が目撃した犯人も黒安公太郎。さらには黒安公太郎の銃が何処かへ行って行方不明。もし、現場付近で見つかったら? 犯人が黒安公太郎でないとしても状況は明らかに彼を犯人として指し示している。半年前の発砲事件の件もある。 今度こそ決定的な証拠が見つかったら言い逃れできない。」  そう考えたとき、黒安公太郎に残されたあるものが彼の運命を決定付ける。  「ここで、黒安公太郎が東山章太郎の銃を半年前に奪って持っている事実が残っている。そう、だからここで彼らは考えた。 こいつを使って東山章太郎に全てをなすりつければ・・と。」  御剣は全ての関連性を見出した。  「そしてこのことを実行できるのは全てを知っている人間・・おそらくはあなただけだ。」  じっと座りつづけている健次郎。ふとグラスを持って立ち上がった。  「それで、終わりかい?」  「まだだ。」  御剣も立ち上がる。計画はそれでは終わらない。  「18年後。あなたが黒安親子を陥れたことにより、東山恭平・怜次の2人が黒安親子に対し殺意を抱き、殺害を実行した。 これも計画のうちだったのだろう?」   18年を経て残りのターゲットも殺害する。考えただけでも寒気がしてくる。  「あなたは黒安親子に対して、SSU以外の動機を持っていたと考えられる。それも殺害したいほどだ。 だからここで、自らは手を汚さずしてあの親子を消す方法を考えたのだ。」  ゆっくりと、体を健次郎のほうへと進めていく。  「だから、その動機が分からないな。息子を撃たれたから?だからその動機で黒安親子を殺したいと思ったとでも言うのかい?」  「そうだ。」  健次郎は窓辺へと歩み寄りながら、グラスに入ったワインを一口・・流し込んだ。  「じゃあ何故平夫妻まで殺害したと言うんだ!?平裏病院関係者殺害も然りだ!私には彼らを殺す動機が無い!」  「あったのだ。」  御剣は窓辺で外を見ながら叫んでいる健次郎に変わらぬ口調で言った。  「どこに!?息子が撃たれただけで何故だ!?黒安親子以外は責任などないじゃあないか!?」  「あったのだ。」  そうでなければ事件は起こらない。  「意味が分からないな。息子が撃たれただけで何故平夫妻たちまでも・・」  「本当に息子さんは撃たれただけだったのだろうか?」  御剣が放ったその言葉。健次郎は振り向いた。  「どういう意味だい?それは。」  「・・日安寺心次郎。彼は実際、殺されていたのでは?」  健次郎はワインを一気に飲みほした。まるでヤケのようだ。  「何を馬鹿な。実際新聞では生きているとされているではないか。警察資料もすべて! そもそも、それは私自身が知っていることだ。」  御剣はそれでも表情を変えなかった。  「それでも死んでいた。いや、その生きていると思っていた日安寺心次郎が偽者だったら?」  「馬鹿な・・根も葉もなさすぎる。」  窓辺のサッシにワイングラスを置いた健次郎。だが・・  「5月14日。日安寺心次郎が平裏病院に撃たれて出血多量の状態で搬送された時。全くの同時刻に同じく、 日安寺心次郎と同じ13歳の男子中学生が出血多量で搬送されているのだ!」  資料を再び手に持つ御剣。  「資料ではその13歳の男子中学生が死亡し、日安寺心次郎が助かったとなっているが。それがもし逆だったとしたら?」  御剣はその資料を持ってゆっくりと健次郎に近づく。  「実際死亡したのは日安寺心次郎で、生きていたのがその13歳の男子中学生だったとしたら?」  「話にならんな。生きていたのは間違いなく私の息子だった!」  健次郎は依然としてその主張を譲らない。  「確かに外見上はそう見えたのだろう!現にその13歳の男子中学生の親族も遺体が本人であることを確かめている。」  「ならば問題はないだろう!」  いや、そこにもし問題があったのならば?御剣は続けた。  「2人の手術を担当した医師。それが平夫妻だったのだ。言っておくが、平凡子は整形外科医だ!」  整形外科医・・全てが繋がる瞬間でもある。  「本当は、黒安公太郎は日安寺心次郎を殺害してしまった。しかし、父親の公吉が殺人事件になると厄介になると考え、 裏で動いたのだとしたら?」  御剣は構わず続ける。健次郎は目を丸くしている。まさか・・と思っているのだろう。  「事件が殺人から傷害・もしくは殺人未遂になれば。だが、日安寺心次郎は死んでしまっている。」  しかし、ここでラッキーな出来事が起きたのだろう。  「ここで、偶然にも同じく出血多量で日安寺心次郎と歳も同じ男子中学生が搬送されてきた。しかも瀕死状態で。 だが、まだ息の根があったとしたら!?」  御剣と健次郎の間は縮まっていく。  「もし、そこでその男子中学生が一命を取り留めたら?黒安公吉は考えた。平凡子は整形外科医だ。 あの夫妻とどんな繋がりがあったかは知らないが、預かっていた子供が死んだのだ。負い目もあっただろう。」  実際その闇はすでに時効であるかもしれない。だが、ここで言えることがあった。  「死んだ日安寺心次郎と生き残ったその男子学生。手術で2人は顔を整形され、存在が入れ替わり、 “男子中学生の顔をした死んだ日安寺心次郎”と“日安寺心次郎の顔をした生きている男子中学生”が生まれ、 両者が入れ替わった状態で親族に返されたなら?」  健次郎は腕を組む。眉間にはシワがよっている。明らかに何かが感じ取れるほどの。  「それなら動機は繋がるかもしれん。息子殺害を隠した病院関係者を復讐として殺害。聞こえは悪いが全ては繋がるだろう。」  しかし、反論が終わったわけではなかった。  「だが、すぐにばれるのじゃないか?仮にも中身は違う人間だ。」  「普通ならばの話だ。」  御剣はすぐにそれを否定した。それがばれなかった理由・・ちゃんとあったのだ。  「実は、生きていた男子中学生。とある精神障害を持っていたのだ。」  その男子中学生について調べた資料を読み上げる御剣。  「資料によるとその男の子は多重人格障害に悩まされていたようだ。そして、ある日それに耐え切れなくなった彼は、 家を飛び出したという。」  その言葉を聞いた宇沙樹とあかり。この2人が何かを思い出す。  「それ・・って。」  宇沙樹は愕然とする。  「そして、家を飛び出した少年を追いかけた姉が、近所の川で手首を切った状態で身を投げていた弟を発見し 119番通報した!・・そういう話らしいのだ。」  「まさか・・!!」  あかりは絶句した。これは2人が半年前に聞いたある話と同じだった。  「その男子中学生。名前は“志賀明”。紛れもない“志賀真矢の弟”なのだ!」  御剣は資料をテーブルに投げ出すと続ける。  「つまり、人格が不確かだったのだ。志賀明は。しかしそれも日安寺夫妻にとってみれば事件のショックで おかしくなったと解釈したのだろう。だから当然、記憶について少し治療をしていったのかもしれない。 こうして、志賀明自身は自分が日安寺心次郎だと思い込んでしまう。」  健次郎の目の前で、御剣は指を突きつけた。  「そう、そうすればばれないと黒安公吉は踏んだのだ!そしてそれにあなたは気づいてしまった。 しかも志賀明が日安寺心次郎に身も体もなってしまった後に!」  そう考えれば、全ては解決だ。  「これが動機の全てなのだ!」  あとは今生きているという“日安寺心次郎”のDNAを調べれば裏づけは可能なはずだ。  「さぁ、これでもう言い逃れはできない。日安寺健次郎さん!」  御剣はその指を突きつけたまま動かなかった。ジッとただ、健次郎の姿を見つづける。  「・・・・茶番はもうたくさんだ。」  日安寺健次郎は何度目になるだろうか?呆れたような口調で御剣にそう言葉を投げかけたあと、ため息をついた。  「確かに御剣君。君の説明には筋が通っている。しかし、全て状況から判断し推測した仮説にすぎない。」  御剣の腕を掴み、その指を下げさせる。  「全て証拠が存在しない。また、平夫妻の事件や平裏病院については時効が成立している。」  さらにその表情には勝利を確信している節があった。  「もっと言うならば、そんな人を操っていたなんて・・決定的な物的証拠もないのに信じてもらえるわけが無い。 私は無実だ・・違うかい?」  確かに、決定的な証拠が存在しないのも事実。このままでは日安寺健次郎を起訴どころが逮捕も出来ない。 決め手が薄すぎる。  「だが、あなたがそれでも決定的証拠を残していたのならばどうだ?」  「・・何だって?」  しかし、御剣もまた勝利を確信している節があった。何故ならば・・  「あなたが無実かどうか・・今から数分もしないうちに分かるはずだ。」  御剣は扉へ向かってこう叫んだ。  「糸鋸刑事!もういいぞ!」  「了解ッス!!」  ガチャ・・と扉が開いた。全員の視線がその扉へ向かう。  「やっと待っていたかいがあったッスよ。飯も食えずにこのまま出番がなかったらどうしよかと思ったッス。」  糸鋸はそう言って部屋へ入ってきた。  「刑事か・・誰かと思えばいつぞやの。」  健次郎は静かにそう言うと、再び椅子に座りなおした。  「長く立っていると歳のせいか、腰が痛くてね。」  「そんなあなたに、会ってもらいたい人がいるのだ。」  御剣はそう言うと、扉の前に立っている糸鋸に目で合図を送る。  「会ってもらいたい人だと?」  「そうだ。」  その言葉とほぼ同時に、扉の奥から糸鋸に連れられて、1人の男が部屋に入室した。  「・・・・随分と、冷静な人間じゃねぇか。」  黒いスーツに身を包んだその男。それはまさしく・・。  「あなたに会ってもらいたい人間。それは彼なのだ。」  御剣が会わせたい人間・・言うまでもなく東山だった。  東山兄弟が仕掛けた最後の罠。  そして、黒幕を追い詰める決定的な証拠。  これら長い事件に遂に終止符が打たれる。  長い長い18年間の闇。  遂にその闇に、一筋の光が差し込まれようとしている。  第3部・光  「彼は・・!?」  目の前の黒スーツの男を見て、健次郎は言葉を失う。  「彼の名前くらいは知っているだろう。今回の事件で有名になった男であるからな。」  御剣は東山を見ながら健次郎にそう言った。  「話は全部隣で聞かせてもらった。やっぱり、俺たちはアンタにしてやられていたようだな。」  東山は健次郎を睨みつけた。だが、健次郎は余裕だ。  「果たしてそうかな?彼の話を聞けば誰もがそう思うかもしれない。しかし、証拠はない。」  椅子に座り、東山を見る健次郎。この部屋に集まった御剣をはじめとする全ての人間が、この状況を緊張した面持ちで見ている。  「証拠はなくてもな、俺たちがアンタの存在を証言すれば、アンタも逃げられないと思うぜ。」  不敵な笑みを浮かべる東山。だが、健次郎はいたって冷静だった。  「そうかな?君たちのような大犯罪者の証言。誰が信用するだろうか?只でさえ、状況証拠と憶測だけで難しいだろうに。」  健次郎の言うことは最もだ。御剣は横でそのやりとりをゆっくりと見守る。  「確かに難しいかもしれねぇな。だが、確実な足跡くらいは残るものだと思うがなぁ・・。」  「はて?何のことだろうな?」  東山と健次郎の会話。その真意を見出すのは難しい。  「アンタの誤算は、俺たち兄弟が非常に計算高い人間だった・・ってことだろうよ。」  しかし、その兄弟を操ったのなら、それ以上に日安寺健次郎は計算高い人間と言うことになる。  「操るも何も・・証拠がないだろう?君?」  健次郎は苦笑している。  「君・・ときやがったか、日安寺健次郎。」  東山は前髪をいじりだす。独特なポーズだ。  「アンタの計算高さの上を行くのは難しいことだろう。だが、俺たちだって馬鹿じゃない。」  そう、この計算高い東山兄弟以上に計算高い日安寺健次郎をやりこむ。まさに頭脳戦。  「捕まる前に2人で考えてたんだ。もし、俺たちの裏に誰かがいたら?ってな。 だって、あまりにもうまく行き過ぎていた気がしたんだからな。」  東山兄弟は何かに気づいてはいた。前髪をいじりながら語る東山の口調は、とてもゆっくりでもあった。  「それで、捕まりもし有罪判決を受けたら・・と色々策を練った。そして今の計画に至るわけだ。」  「君の話も意味が分からないな。」  健次郎は突っぱねた。だが、構わず東山は続けた。  「俺たち兄弟の罠に、アンタは見事はまったんだよ。日安寺健次郎さんよぉ!」  東山の挑発的な語り口。  「君と弟が考えた罠に私がはまった。さっぱり意味が分からないな。」    !?  部屋にいた健次郎を除く全ての人間が、一斉に健次郎へと注目した。  「・・君と弟だと?」  東山の顔がゆっくりと変化していく。恐ろしい笑顔へと。  「健次郎さん。今何と言ったのだ?」  御剣も聞き返した。  「・・どういう意味だ?」  健次郎の顔が曇りだした。  「今確かに、君と弟・・って言ったな?日安寺健次郎。」  東山の言葉に、その場にいた全ての人間が頷いた。  「確かに健次郎さんはそう言ったな。上片君。」  「・・はい。確かにそう聞きました。成歩堂さん。」  2人の弁護士コンビも確かに聞いていたその一言。  「な、何がおかしいと言うんだ?私のさっきの言葉のどこが・・」  健次郎は気づいていない。あるミスに。  「健次郎さん。あなたはさっきこう言った。君と弟・・とだ。」  御剣は東山に向かって指を指した。  「つまりそれは、あそこに立っている人間は兄。東山怜次だと言っているのだな?」  「・・だから何なんだ?それのどこが変だと言うんだ?」  健次郎の言う言葉。全てが事実を物語っている。  「健次郎さん。あなたの発言は矛盾しているんですよ。」  成歩堂が座ったままの状態でそう発した。  「矛盾・・だと?」  「えぇ、そこに立っている人間は・・」  成歩堂がそう言おうとしたときだった。御剣が急に割り込んできた。そして一言。   「そこに立っている人間は・・確かに“東山怜次”だからなのだ。」    !!!!!???  その御剣の言葉に、今度は御剣と東山・・そして健次郎以外の人間が驚愕した。  「そこに立っている人間が確かに・・」  成歩堂が言ったこの言葉、次の瞬間他の4人の台詞と一斉に被った。    『確かに東山怜次!!!!!!!!!!!????????』  だが、この事実に笑っていない人間が3人いた。  「もう意味が分からないな。そこにいる人間が確かに東山怜次なら、問題はないんじゃないのか?」  1人目が日安寺健次郎。  「違うな。問題はそこではない。」  2人目が御剣怜侍。  「そういうことだ。日安寺健次郎。」  3人目が問題の男だ。  「御剣!?一体どういう意味なんだ!?それはっ!?」  成歩堂は御剣に物凄い勢いで尋ねだす。  「ならば成歩堂。聞こうではないか?何故そこに立っている人間は東山怜次ではないのだ?」  「そ、それは・・。」  成歩堂はいきなり初歩的な質問をされ戸惑う。  「だってそれは、留置所前で撃たれた人間が東山怜次だったからでしょ?だとしたら、 今ここに立っている生きている人は、東山恭平じゃないといけないはずじゃないですか!」  代わりに上片がそう主張した。そう、生きているのは東山恭平のはずなのだ。  「その通りなのだ!殺されたのは東山怜次で、今ここで生きているべきはずの人間は東山恭平なのだ!」  御剣が東山を見ながらそう叫んだ。東山は笑っている。  「だが健次郎さん!あなたはここにいる人間を東山怜次だと断言した!それは何故か!?」  「・・な、どういう意味だ?」  健次郎はあまりのことに理解できていない。  「いいか?留置所前で東山兄弟が撃たれた時。殺されたのは怜次のほうだった!」  だが、ここで御剣が1つの罠を仕掛けた。  「しかしそれを私は報道規制で流させなかった。よって一般人はそのことを知らない! また、撃たれた事実を知っている警察関係者も殺されたのは怜次だと思っている!」  御剣はここでテーブルをバン!と叩きつける。  「ならば!警察内部から情報を得たとしても、あなたは死んだのは怜次だと思うはず!しかしその逆を言ったのだ!」  健次郎の顔をじっくりと見据えながら追い詰める御剣。  「つまり!警察内部から情報を得たならここにいる人間は恭平と言うはずなのに言わなかった。 ということは、警察内部の情報をあなたは得ていない!さらに報道規制からこの事実は一般人には分からない!」  そう、ここでありえないことが分かる。  「健次郎さん!どこで撃たれた人間が東山恭平だと知ったのだ!?」  さらにここで、御剣は1枚の紙切れを出した。  「それと、皆には言っていなかったが、ここに筆跡の鑑定書がある。DNAは一卵性双生児なので無理だったため、 それで調べさせてもらった。」  ここにはもう1つのありえないことがあった。  「筆跡鑑定から、今ここに生きている人間は・・間違いなく東山怜次だという結果が出ているのだ!」  その言葉に3人を除く全ての人間が言葉を失う。  「そう!つまり撃たれた人間は東山怜次ではなく、本当は東山恭平だったのだ!!我々は皆、東山兄弟に騙されていたのだ!」  「じゃあ、あの時ひょうたん池で会った自称・怜次と名乗った霊は、恭平だったのか!?」  「あぁ、そうだ!成歩堂!」  ここで、東山怜次がさらに付け足した。  「俺がな、撃たれた時に恭平のところへ行って、怜次と叫んだんだ!そしたらな、警察関係者全てが 撃たれた人間を俺だと思い込んだのさ。実際は恭平だったのにな。」  その言葉は、明らかに1人の人間に向けられていた。  「ということは、我々は撃たれた人間が怜次だと思っていたのに、ここに1人だけ本当は撃たれた人間が 恭平だと知っていた人物がいるのは・・明らかにおかしいことなのだ!!」  そう言われた健次郎。彼の顔からは先ほどまでの余裕な表情が一切消えていた。  「しかし!撃たれた本当の人間が恭平だと知っているから何なんだ!?それが何を意味する!?」  健次郎は必死に反論をする。そう、そこがポイントだ。  「何を意味するのか?あなたが何故撃たれた人間を恭平だと知っていたのか?理由は1つしかありえん!」  御剣は再びテーブルを叩くと続けた。  「実は、東山兄弟を撃とうとしたのは鹿羽組だったのだが・・その理由は東山恭平が鹿羽組に内通していた事実を 隠そうとしたからというものだった。」  鹿羽組と恭平。内通していたからクリーニング・ボンバーの1件が成立したのだ。  「逆に言えば、有罪判決を受けた場合それを利用して、東山恭平は自らが撃たれるように仕組んだ。 それを利用したのが真宵君誘拐霊媒殺人の計画だったのだ!」  そこで東山が、次に健次郎に向かって説明を続けた。  「当然アンタはそのことも知っていたんだろう。ある程度俺たちの計画を知らないと動けないからな。 だからこそ、アンタは殺される人間が恭平でないとこの計画が成立しないことを知っていた。 何しろ、殺される動機があるのが恭平だ。だから霊媒されるべき人物は恭平に設定されている。 よって当然死ぬ人間が恭平じゃないと困るだろう?」  御剣はここで、この兄弟の始まりを語りだした。  「だが、ここからが東山兄弟の罠の始まりだったのだ。1日目の審理。東山怜次はツイン弁護士として黒スーツで入廷している。」  そして御剣は次に、恭平に着目した。  「そして、恭平は起訴された日をはじめ、服装は逮捕されたときと同じグレーのスーツだった。」  しかし、矛盾がここで生じてくるのだ。  「なのに、2日目の審理では恭平のスーツが怜次と同じ黒に変わっているのだ。」  これは須々木マコの成歩堂殺害未遂の目撃証言で判明している。  「須々木マコは証言で、確かに黒スーツの男が成歩堂を撃ったと証言した。そしてそれに私も同意した。 何故なら被告席の恭平はあの時確かに黒スーツだったのだ。」  ここで御剣は前日の行動をまとめなおす。  「12月27日。私は留置所の恭平を監視していたが、その時は既にスーツは黒だった。 だから、成歩堂銃撃現場に黒スーツの恭平が現れたと須々木マコが証言した時。 確かに服装は一致していると思った。しかし、逮捕時の服装と全く違うのだ!」  となれば、どこで黒スーツになったのか?  「私はもう1度考え直した。すると、既に初日の裁判では黒スーツに恭平はなっていた。 そう、硝煙反応の偽造の時にスーツをすり替えたのだ!」  だが、ここでのポイントは硝煙反応だけではなかった。  「これにより、東山兄弟は2人とも黒スーツになった。さらに、2日目の裁判では怜次が 仮面を壊しているが、あれも計算のうちだったのだな。」  同じスーツに壊れされた仮面。これで準備は万端だ。  「スーツが同じ。さらに両者とも素顔を晒す。そう、これでどっちが恭平でどっちが 怜次が区別がつかなくなったのだ!さらに、2日目の裁判前に2人はこっそり持ち物を入れ替えた!」  「も、持ち物を入れ替えたですって!?な、何のために!?」  あかりが尋ねてきたが、答えは簡単である。  「単純な話だ。恭平が撃たれた時。怜次がいくら恭平に向かって怜次と叫んでも、 持ち物に警察手帳があったら無意味だからだ。」  そう、これは保険でもあったのだ。  「じゃあ、あの時怜次は本来持つべきの弁護士バッチではなく警察手帳を、 恭平は本来持つべき警察手帳ではなく弁護士バッチを持っていたのか!?」  成歩堂がそう言った。まさにそのとおりだ。  「そう!だから警察は撃たれた人間が怜次だと思ったのだ!」  ここに見事にすり替えが完成した。そして、問題は次の部分だ。  「これによって見かけだけではどっちが怜次でどっちが恭平か見分けがつかなくなったのだが、 逮捕された鹿羽組の組員が、このように証言している。」  御剣はポケットから紙切れを取り出した。  「俺たちは恭平管理官に、パトカーで連行される場合2台のパトカーで連行される場合は1台目に。 1台のパトカーに連行される場合は左側のほうに座る。と連絡をもらった。」  その紙切れは証言書だった。現行犯逮捕された2人の組員の。  「これに間違いはないな!?東山怜次!」  「あぁ、これは確かに恭平が指示した内容だな。」  怜次は笑っていた。さて、ここで御剣は証言書を健次郎の目の前に置くと言った。  「さて、あの日。東山兄弟は1台のパトカーで連行された。つまり、恭平はパトカーの左側に 座っていたことになる。しかし、実際死んだのは怜次だった。」  だが、それを聞いた真宵が首をかしげた。  「あれ?でもそれじゃあその人たちはパトカーの右側から出てきた人を撃った・・ってことなの?」  しかし、それを聞いた成歩堂は異議を唱えた。  「でもそれだと、あの組員2人は指示を無視して右側の怜次を撃ったことになる。 矛盾してるんじゃないのか?組員は恭平を殺そうとしているのに。」  そう、明らかにそれは矛盾しているのだ。  「その通り、それでは明らかにおかしい。だが、2人をパトカーに乗せた警官たちはこう証言しているのだ。」  そう言ってさらに1枚証言書を取り出した御剣。  「パトカーでは右に恭平、左に怜次を乗せた。とだ!」  それを聞いた健次郎。徐々に顔色を変えていく。  「それじゃあ、鹿羽組の組員が指示どおりに左側から出てきた人間を撃ったら、死ぬのは東山怜次になるわね。」  あかりが考え込みながら言ったが、次はこれを上片が否定した。  「だけどあかり検事。実際に撃たれたのは恭平という話じゃないですか?これって・・」  そうなのだ、またしても矛盾が生じる。  「つまり、恭平を撃った人間は・・間違いなくパトカーの右側から出てきた人間を狙っていたことになるんだよな。」  怜次がにやぁ・・と笑いながらそう言った。その笑みは健次郎に向けられていた。  「そうなのだ。つまり・・東山恭平を撃った人間は最初から東山恭平の指示を無視していたのだ。」  御剣は警官の証言書と組員の証言書を健次郎の目の前に並べた。  「最初から指示を受けていた組員2人が、そんな無視をするとは考えられぬのだ。」  しかもそれだけではない。証拠品も矛盾しているのだ。  「さらに、恭平を撃った弾丸。線条痕が組員の所持していた銃と一致しなかったのだ。さて、どういうことだろうか?」  御剣は健次郎の顔を覗き込む。これで終わりだ。  「これが指し示す事実は1つ。東山恭平を殺した犯人は鹿羽組の組員ではなかったのだ!」  「じゃあ、私のお兄ちゃんを殺した犯人は!?」  宇沙樹が立ち上がった。この流れから考えるとその犯人は1人しか考えられなかった。  「その犯人は、何としてでも恭平が死なないと最後の霊媒計画が成功しないことを知っていた。 だから、恭平が確実に死んでくれないと困る人間。」  しかし、ここで東山兄弟のした余計なことが犯人を動かさせた。  「だが、最悪なことに2人の服装は連行時、2人とも同じ黒スーツだった。 しかも、怜次は仮面を捨ててしまったために、2人とも素顔だ。」  御剣はゆっくりと罠の全貌を語りだす。  「つまり、どっちが恭平か組員には分からない。よって間違えて怜次を殺す可能性も考えられたのだ。 それでは霊媒計画が成功しない。」  おそらく報道規制されることなども考え、間違えて撃ってしまった場合、気づくのが遅れるであろう ことも分かっていた。そうなると、28日中に決着はつかなくなってしまう。28日が終われば2人は 計画が終わらなくても死ぬことを決めていただけにそれは防がなければならなかった。  「その人物は殺されるべき人間は、鹿羽組に殺される動機を持っていた恭平と知っていた。 だが、恭平が直に鹿羽組にその指示をしていることを知らなかったのだ。」  だから、恐れていたのだ。  「よって、間違えて怜次が撃たれる事を恐れた。だから、自ら裁判所から連行される様子をコッソリと見て、 恭平がどっちに乗ったのかを確認した後・・留置所で撃ち殺したのだ!!」  御剣はテーブルの証言書を持つとスーツに戻した。つまり、その犯人は組員2人を出し抜いて撃ち殺したことになる。  「だから、右側に乗っていた恭平が撃たれたのだ!」  健次郎は黙っている。怜次が付け加えた。  「つまりさ、撃たれた人間が恭平だって本人達以外で知ってるのは、恭平を撃った犯人自身だけなんだよ。」  「そして、あなたはここにいる人間が怜次だと知っていた。そう、撃たれた人間が恭平だと知っていたのだ!」  御剣がさらに付け足した。2人のレイジが今、全ての黒幕にトドメを刺す。  「貴様自身がさっきはっきりと認めたのだ!東山恭平を撃ち殺したのは自分だとな!!日安寺健次郎!! 貴様がこの一連の事件・・死神を放った真犯人なのだ!!」  過去の事件の決定的な証拠は存在しない。東山兄弟を操って犯罪を実行した決定的証拠も存在しない。 だがしかし、ここで最後にボロを出した。  「そんな・・!!」  宇沙樹は言葉を失った。実の兄を殺した人間が、目の前にいることに対し言葉が出ない。  「確かに、この一連の事件・・決定的な証拠は無かった。」  御剣は窓辺へと移動する。健次郎は椅子に座って俯いたままだ。  「しかし、最後の最後・・本当に最後の事件で、あなた自身が殺害したと言う証拠が出てしまった。 くしくも、その証人はここにいる全ての人間なのだ。」  何も言わない健次郎。怜次は椅子を何処かから引っ張り出すとドカッと座った。  「全ての事件に関わった証拠がなくても、殺人罪1件・・どれでもいいから一連のやつで逮捕できれば、 裁判じゃあ計量審理で考慮される。代表的な例が世間を騒がせた美柳ちなみの1件だ。アンタも知ってるはずだぜ。」  その言葉に、過去の事件を思い出したのか。成歩堂がため息をつく。  「美柳・・ちなみか。」  怜次は頭を掻いた。  「正直、アンタが裏で俺たちを使ってるんじゃないか?予感はないこともなかった。だが、恭平と悩んだものだぜ。 それを計画上で暴くべきなのか?ってな。」  「・・それは、どういう意味なのかしら?」  あかり検事が尋ねた。この2人が自らを操っていた人間をハメることに対し悩む。考えづらいことだ。  「簡単なことさ。日安寺健次郎は、宇沙樹の恩人でもあったからだ。いや・・今じゃ俺たちより大事な家族の1人だ。 ただでさえ、半年前の事件で色々あったのによ。」  しかし、彼らは最終的にこの選択肢を選んだ。  「だが、俺たちが全てを終わらせる気なら・・やっぱり、これも明らかにすべきなんだろうな。って思ったんだろうな。」  怜次は俯いたままの健次郎を見据えながら、そう呟いた。  「・・凶器についてだが、半年前の日安寺こころ殺害事件で全ての真相が明らかにされてしまった時、猟銃で自殺を 図ろうとしたと聞く。だからきっと、この診療所を捜索すれば、東山恭平を撃った弾丸の線条痕と一致する凶器があるだろう。」  御剣は逃げられないことを最後に証明する。  「あなたが東山恭平殺害の犯人だという証拠が出た今、この診療所の捜索は可能になった。凶器が出てきたら絶対なのだ。」   椅子に座っていた健次郎。ゆっくりと無言のまま立ち上がる。  「何処に行く気なのだ?」  その動作を見逃さなかった御剣。  「我、ここまでか・・。」  やっと出した黒幕の最後の言葉。  「別に何をしようというわけでもないさ。今更銃を持つ気にすらならん。ただ、東山兄弟が君を殺せなかったのは誤算だったな。」  テーブルの真正面に立つ1人の男。窓辺に立つ男を一瞥すると目を閉じた。  「君がSSUを知る最後の人間。私の計画だと、東山兄弟の念密な計画を破り逮捕し、起訴し、有罪に持ち込む検事がいたとしたら、 その検事はSSUを知ったことになる。」  大きく息を吸い込む健次郎。  「まぁ、東山兄弟がもとから復讐をしようとした相手が御剣怜侍で、検事だったことを考えると、丁度いよいのかも知れんな。 東山兄弟が君に動機を持つように、同じくこの事件に関わりSSUを知った検事を殺さなければならないと思っていた私。一致する。」  健次郎が最後に計画の上で殺すべき人間も、あの2人と同じ御剣だった。  「事件に関わった検事を彼らは個人的な動機で消してくれる。これほど楽な話は無かったのにな。」  健次郎が右手をゆっくりと御剣にかざした。  「銃が使えなくても、私には記憶を消す手段と言うものがある。それを半年前に知った人間も、ここにはいるはずだ。」  半年前の事件。忘れもしない日安寺健次郎の能力。DL5号事件のあの事実を隠すため、彼は特殊な能力を使った。  「意地でも私を殺す気なのか?」  「無論、私の計画に狂いは最後まで許されないんだよ。御剣くん。」  健次郎は右手を御剣にかざしたまま、自分の椅子の後ろにあった棚へ近づく。  「この君が導き出した結論の記憶を消し、それでも不都合があれば殺してしまえばいい。さいあくここにいる全ての人間の 記憶を消せさえすれば、誰も私には近づけなくなる。再びな。」  左手を自分のズボンのポケットに入れた健次郎。取り出されたのは鍵だった。  「やっぱりか・・。」  「え?」  真宵がその動作を見て納得した。成歩堂はそれに対し不思議そうな反応をする。  「君たちが来ると聞いたとき、手出しできないようにここに隠しておいて良かったよ。」  棚にある1つの大きな引出し。鍵を差し込むと鈍い音がした後、そいつは開いた。  「こ・・これは!?」  上片がその棚から取り出された物を見て、半年前のあの出来事を思い出す。もうこの段階で物凄い光を放っている。   「これがある限り、全てはやり直せる。」  左の手の平に、その眩いばかりの光を放つ水晶を置く健次郎。かざした右手は御剣を狙ったままだ。  「特に、君の記憶は絶対に消さねばならない。」  そう言った瞬間、部屋中にありえないほどの光が広がっていく。そしてその中でも特に眩い部分が御剣を襲う。  「これが・・!!私たちの記憶を消した光!!」  あかり検事がそう言った時、既に部屋中は逆に真っ白で何も見えなかった。  「私の・・勝ちだ!」  部屋中を覆い尽くす光。だが、光とは別の力を持った何かが・・健次郎を襲った。  「・・・・・!?」  左手に走る違和感。そいつは明らかに水晶に異変が起きていることを意味した。  「・・なっ!?これは・・どういうことだ!?」  健次郎は我が目を疑った。水晶に無数の亀裂が生じていたのだ。しかもそれは現在進行形で続いている。  「日安寺健次郎。あなたの誤算はここに、私がある女性を連れてきたことだろう。」  「なにっ!?」  健次郎は水晶にやっていた目を自分の前へ向けた。すると、そこには御剣が立っていた。  「お・・お前!?な、何故平気なんだ!?」  そうこう言っているうちにも水晶の亀裂は大きくなっていく。やがて、音をたててそれは欠けていく。  「全ては、これのおかげなのだ。」  御剣はスーツの内側を健次郎に見せる。そこには、御剣が打った最後の策があった。  「これはっ!?」  健次郎が我が目を疑う。何故なら、そこにはびっしりとお札が何十枚も貼られていたのだ。  「これは、ここにきた全ての人間が見えないところに無数に貼っている。いわば、水晶対策なのだ。」  「お前・・何故それを!?」  水晶の光が徐々に異常を来たしていく。  「これは、私が直々に用意したお札よ!」  健次郎はその言葉でハッ・・と後ろに振り向く。そこにいたのは・・  「き、貴様は!!」  健次郎の背後で、自らの勾玉を健次郎の水晶にかざしているのは、言うまでもなく倉院流霊媒道家元・綾里真宵だった。  「私のお札の効果でみんなの記憶は消えない!そして、その水晶はもう終わりよ!!」  真宵はそう言うと目を閉じて、何かを大きな声で唱えだした。   「そ・・それはっ・・!?」  真宵の勾玉から、水晶とは違う別の光が放出される。2つの光が部屋中を照らしつける。  「もう、半年前と同じ手には乗らないんだからっ!!」  真宵の唱える口調が厳しくなる。と同時に水晶に入る亀裂のスピードが速くなる。  「・・なっ!や・・やめ・・やめ・・・・!!」  健次郎が亀裂の入っていく水晶を見て悲鳴に近い声をあげる。だが、もう遅かった。 水晶はどうしようもならないほど元の形を失っていく。そして・・  ピキキ・・パリィーーーーーーン!!!!!!!!!!!  「ぐあぁっ!!!!」  健次郎の手のひらで、無数の光と共に一斉に砕け散る水晶。  「今度こそ・・終わりなのだな。」  御剣はその光景を見て、ただそう呟いた。  同日 午後8時40分 こころ診療所・食堂  「もう、反論はないな?」  御剣はゆっくりと健次郎に尋ねた。健次郎は無言のまま水晶の破片を、ただただ呆然と見つめていた。  「・・糸鋸刑事。」  「了解ッス。」  糸鋸がこれまたゆっくりと健次郎に近づくと、その手に手錠をかけた。  「おじさん・・。」  宇沙樹はその光景を、見ることしか出来なかった。あかりは黙ってその場に俯いた。  「それにしても、念密に計画され尽くした犯罪計画も・・念密すぎて逆に失敗することもあるのだな。」  御剣は健次郎に向かって1枚の紙切れを見せた。  「健次郎さん。これが何か分かるか?」  「・・・・これは?」  1枚の紙切れ。それは例の貸しビルで発見されたものだ。  「あなたは鹿羽組に殺される動機を持っているのは恭平だと知っていた。だから、恭平が死なないと霊媒計画が ダメになると思い、東山恭平殺害に自ら動いたのだったな。見分けがつかない事実も然り。」  健次郎は何も言わない。御剣は続けた。  「だが、そうやってあなた自身を動かすことを目的にこの計画が作られていたのなら?どうだ?東山怜次?」  「・・そういうことだな。」  椅子に座ったままの怜次。目を閉じると頷いた。  「アンタが動いてくるならそれでよし。アンタが動かず鹿羽組が動いてもそれでよし。 ただ、変わるのはそれで、俺が死ぬか?恭平が死ぬか?ということ。」  目を開けると、健次郎を見た怜次。罠を語りだした。  「だが、霊媒計画で霊媒される予定の人間は、殺される動機のある恭平だった・・っていう理由で、 アンタは恭平でなく俺が殺されたら困るから動いた。」  ただ、それで終わるはずが無かった。  「けどな、それでアンタが黒幕じゃなかったら・・俺が死ぬことになる。その場合、霊媒計画は失敗だ。 意味がなくなっちまう。だからな、こうしたんだよ。」  そう言うと、顎で御剣を指した怜次。  「そういう・・ことなのだ。」  「・・なっ!!?」  御剣が見せた紙切れの意味を悟った健次郎。  「これは、東山兄弟が真宵君に霊媒をさせる人間の名前を書いたメモ用紙なのだ。 写真と一緒にあったのだが、ここにははっきりと書かれているのだ。霊媒をしてほしい人間の名が・・2人!」  紙切れに書かれていた名前。それは、“東山恭平”と“東山怜次”の2人だった。  「顔は双子で同じゆえ、1枚で事足りる。そう、あなたが動かないで違う人間が、怜次を殺してしまっても、 霊媒計画に支障はないように2人は作っていたのだ。」  「そ・・そんな!!」  健次郎は愕然とした。  「まさに、してやられたわけだ。貴方が動く必要はなかった。しかし、それを知らないために動き、 見事あの兄弟に罠にはまったわけだ。」  御剣は苦笑しながら、椅子に座っている黒スーツの男を見た。  「・・そういうことだぜ。」  そう言うと怜次も立ち上がった。2人の計画はどこまでも念密だった。  「もし恭平が撃たれちまったら、アンタが動いた可能性は2パーセントくらいだろうと踏んでいた。 最後、御剣が報道規制をし・・さらにアンタが俺を怜次だと見抜ければ、残りの98パーセントは埋まる。」  怜次は最後に冷たく言い放つ。  「そして、埋まったわけさ。皮肉だな。」  健次郎は静かに体を起こした。  「本当に・・誤算だったようだ。」  健次郎の誤算。それはおそらく2つ。  「東山章太郎の2人の息子が、ここまで頭の良い人間になったこと。そしてもう1つ、御剣怜侍。 君がこの事件に関わったことだ。」  2人のレイジを目の前にし、健次郎はそう呟いた。  「それじゃあ・・あとの話はゆっくり警察ででもしようかね。」  健次郎は進んで歩き出す。その姿を複雑な様子で見つめている成歩堂・上片・真宵・宇沙樹・あかりの5人。  「糸鋸刑事。日安寺健次郎を頼む。東山怜次は私が連行しよう。」  「了解ッス!」  糸鋸は扉から健次郎のほうへと駆け寄る。健次郎は自らの身を糸鋸に静かにゆだねた。  「おじさん!!」  宇沙樹は悲痛な叫び声をあげた。だが、健次郎はその足を止める様子は無い。  「どうして!?どうしておじさんが!?」  健次郎は答えない。  「何で!?どうしてあんなに優しかったおじさんが!!」  「宇沙樹!!」  席から健次郎のところへ走り出そうとする宇沙樹。それを隣にいたあかりが後ろから止めた。  「何で!?どうして捕まえるのよ!!離して!!」  「いいから!!今はそのままにしてないさいよっ!!」  半年前の大事な人の死、大事な人の逮捕。そして宇沙樹はさらに兄の死と逮捕を経験した。そんな中、 さらに2人はまたしても・・大事な人を失ってしまう。  「おじさん!私はずっと分からないことがあった。半年前のおばさんが死んだ時の事件よ。」  健次郎がふと足を止めた。  「あの時、警察の上層部から担当検事を私にするように・・と検事局長から聞いたわ。何故なのかずっと不思議に思っていた。」  半年前。上片とあかりが争ったこころ殺害事件の裁判。  「仮にも私は診療所出身者。言わば被害者は身内だった。身内を担当検事に推す。何らかの不正があるかもしれないのに どうしてそんなことをするのか?上層部も知ってるはずのなのに不思議だったわ。」  あかりは宇沙樹を掴んでいた腕を離すと、健次郎のゆっくりと近づいた。  「ただ、今初めておじさんが警察の上部にいる人間だと知って、1つの可能性が出てきたわ。 それはわたしの検事としての腕をかって、何としてでもあざみさんを有罪にし、18年前の真矢姉さんが 犯人だった事実を隠そうとした。」  あざみさん・・半年前のこころ殺害事件で逮捕された女性だ。彼女は無罪判決を受けた。   「私もおじさんに、利用されたっていうの!?」  宇沙樹はそのあかりの悲痛な叫びに気づいた。半年前のあの事件。そこにも健次郎が絡んでいたのなら、それは明白なことだ。  「どうなのよ!?私も利用した言うの!?答えて!?」  テーブルの隅に置かれていたクマちゃん2号のぬいぐるみが、持ち主のその表情を見て悲しそうにしている。  「それは・・いずれ明らかになるだろう。取り調べなどでな・・“あかりさん”。」  「・・!!」  灯火さん。その言葉にあかりは足を止めてしまう。今まであかりのことを健次郎は、子供時代は無しにして、 大人になった今では“灯火くん”と呼んでいたのだ。  「そして“宇沙樹さん”。辛い思いをさせてしまったようで悪かったね。君のお兄さんたちが復讐のために動こうと していたことは昔から分かっていた。そしてそれに、私は拍車をかけさせてしまった。計画のためにね。」  「・・おじさん!」  そしてまた、宇沙樹に対しても“宇沙樹さん”と呼んだ健次郎。大人になった今、“鹿山くん”と呼んでいた 健次郎は最後の最後、2人に対してそう言った。  「ただ・・分かってくれないか?」  健次郎は1度も2人のほうへと振り向きはしなかった。  「私はね、確かに18年以上も前の事だ。警察のスパイ活動としてこころさんに近づいていた。 しかし、時が経つにつれ変わっていったものがある。」  2人の悲しい視線を感じてか、彼の背中は震えて見えた。  「それは・・こころだ。そして私は守ろうとした。こころさんを含めて・・診療所に来たこころを病んだ子供たちをだ。」  椅子に座ったままでいる成歩堂と上片、そして水晶の欠片を拾い集めていた真宵も、その言葉にずっと聞き入っていた。  「だからこそ、SSUプランは脅威だった。あれは下手すれば、倉院流霊媒道を脅威に感じた警察が、 彼女たち一族を犯罪者としてでっち上げ、利用する可能性も否定できんかったらからだ。」  「そ・・そんな!」  真宵は衝撃的な表情だが、よく考えれば綾里舞子が失踪した時、警察だけはずっと行方をマークしてその居場所を知っていたように、 綾里家の影響には大きいものがあった。  「こころさんを守るためにも、そして・・真矢くんも守ろうとしていたんだ。」  御剣と東山の2人も、その様子を黙って見ていた。  「SSUを消さなければならない。だが、私も1人の警官だった。これを世に公表してしまうと、警察の信頼は崩れてしまう。 馬鹿な話だが、警察の人間として・・そこだけは妙なプライドがあったのかもしれないな。」  SSUプラン。それが引き金だったのか?  「そしてだ、私の息子が黒安公太郎に撃たれたとき。さらに死を実際に知ったのはそれから5ヶ月後の話だ。 全てを調べ、真相を知った私は・・遂に動いてしまった。」  いや、彼にとって引き金はこれだったのかもしれない。  「本気で殺そうと考えた。そうした時、守りたい者を守ろうとする思いと、警察の人間としてどうするべきかという考えの 2つで葛藤していた私は、これら全てを払拭する方法を思いついたのさ。」  健次郎はそう言うと歩き出した。そして最後に・・  「ただそれは、自分自身の弱さを隠そうとするだけの行為だと・・今気づいたよ。もっと他に方法はあったはずだったのにね。」  もっと他の方法。今思えば非常に悔やまれる話だ。  「これから私が必死に守ろうとしてきた警察というものは、これからどうなってしまうのだろうな?私の行いで・・ 本当にそう言う意味でも、何をやってきたのだろうな?」  再び歩き出した健次郎。横で糸鋸がゆっくりとその歩調に合わせる。  「本当に・・こいつが必死に守ろうとした警察ってのは、ヘドが出そうな闇の組織だな。」  怜次は御剣のほうへと歩み寄る。  「その体質が、俺たちの家族も葬っちまった。その結果俺たちがいる。言い訳かも知れねぇが、 俺たちも被害者だったはずなんだよな。それがいつの間にか、憎んでいた組織に利用される結果になっちまったとは、 俺たちも馬鹿なもんだよ。」  手錠をつけられていなかった怜次は、御剣に両手を差し出した。  「さぁ、約束の時間は当に過ぎた。手錠かけて、さっさと俺も連行するんだな。」  「・・手錠は必要あるまい。」  御剣は素っ気ない口調で言った。  「いいのか?俺は逃げるかもしれないぜ?ひょっとしたらそこの川に身を投げるかも知れねぇ。」  来る途中に見た吾童川を思い出しながら言った怜次。だが、御剣はそれでも素っ気ない。  「それをしないことは私が一番よく知っているのだ。」  「・・へぇ。」  その場に残された7人。御剣はそっと呟いた。  「彼らが守ろうとした闇に包まれた組織。この事件を機に、光が差し込まれるのだろうな。」    だが、それはあまりにも・・  宇沙樹にとっても、あかりにとっても、東山兄弟にとっても、  そして・・父を失った御剣自身にとっても。    「遅すぎる・・真実と言う光がな。」    その光を得るための犠牲は、大きすぎるものだった。  1月6日 午前11時21分 留置所  年末の悪夢が過ぎてはや1週間。新しく迎えた年が、あなたにとって良い年でありますように・・。 などというムードはここにはない。  「東山怜次!面会だ!」  看守が俺にそう告げた。全く、留置所とは暇で暇で仕方のないところだ。  「急げ!東山!」  「言われなくてもそうするさ。」  俺は自分の部屋・・と言っても檻だが、そこからのろのろと立ち上がると面会室へと向かった。  「あれから1週間だな、まだ7日しか経ってねぇのか。」  部屋から出ると狭い廊下を歩く、まったく・・ここは安物件のボロアパートの廊下かよ?  「入れ!」  看守が面会室への扉を開けた。まぁ、さっきの続きになるが・・ボロアパートはこんな冷たいコンクリートの壁はないのは確かだな。  「ったく、こんな年明け早々。俺のところに訪れる奴はどんな暇人だ・・よ。」  扉をくぐった俺。面会室のアクリル版越しに見えた人物を見た瞬間。言葉が詰まってしまう。  (こりゃ、前言撤回だな。)  俺は看守に軽く頭を下げると、用意されたパイプ椅子に腰掛ける。いや、本当にここは予算がないんだな。  「さてさて、こんな冷たいコンクリートの屋敷へようこそ・・だな。」  正直俺としては何と言って出迎えてやるべきか分からなかった。  「こんな地へようこそ・・いや、正確にはありがとう・・だな。ありがとう、宇沙樹。」  俺は目の前に座っている実の妹に、少し目線を逸らしながら言った。  「兄のところへ来た妹は、そんなに変人なの?」  「いや、そういうわけじゃないがな・・。」  やられた・・済ました顔して怒ってやがったか。  「私も色々と忙しいんだから!もうちょっとで弁護士の資格も取れそうなんだよ!」  おっと、そう言えば宇沙樹は弁護士志望ってやつだったな。そう思い出した俺は、少し複雑な表情になる。  「弁護士か・・、お前はきっと良い弁護士になれるさ。宇沙樹。俺と違ってな。」  兄妹そろって弁護士か、なんと言うのか運命なのだろうか?ただただ、俺は自己嫌悪に陥る。そりゃそうだ。 俺と言う人生においても先輩なやつが、史上最低の弁護士だったのだから。  「お兄ちゃんだって、立派な弁護士だったんじゃないの?」  「そりゃ違うな。まぁ、そう思ってくれてる・・ってなら構わないが、俺とお前じゃ目指した理由が違う。」  俺は天井を見上げた。正直この手の話題は苦手だ。  「でもお兄ちゃんは、お父さんのような人を見たくないから・・弁護士になったんじゃないの?」  「・・・・。」  宇沙樹の純粋な言葉は俺の胸に刺さりやすい。確かに、そんな時期もあったのだろうか?  「御剣さんから法廷での話を聞いたんだ。」  「何?」  俺は天井へ向けていた目を・・というか体全体をアクリル版に驚きのあまり打ちつけた。思いのほか痛ぇ。  「だ、大丈夫!?お兄ちゃん!?」  宇沙樹はアクリル版いっぱいに顔をくっつけると心配そうな表情で俺を見た。一方俺は、顔をさすりながらも強がる。  「だ、大丈夫だ。それより・・御剣は何て言ってたんだ!?」  正直顔の痛みより、そっちのほうが気になる俺だった。  「あ、それね。いや、聞いたとき驚いたんだけど、お兄ちゃんが尊敬していた弁護士って御剣さんのお父さんって言ってたの。」  俺は正直、それを聞いた瞬間後悔した。やはり御剣に対するあの動機を言うべきではなかったな・・と。  (まぁ、法廷で言わなくても警察での取り調べで言わざるえなかっただろうがな。)  ただ、その後の取り調べの様子を思い出すと、結局は分かっちまうことか。  「あぁ・・そうだな。父さんを最後まで信じ、救ってくれようとした恩人だ。俺は御剣信のような弁護士になって、 将来父さんのような人が1人も出ないように戦うことを決めたんだ。」  あくまで当時は・・だ。いつからこんなに歪んでしまったのか?正直当時も復讐で歪んでいたことも事実だ。  「ただ、それも上っ面の理由だ。本当は俺が恭平と一緒にやろうとしていた犯罪のために得ようとした職でもある。 基本的には最低の弁護士さ。」  俺は宇沙樹にそう言ってやった。いや、ここでだからこそ言ってやらねばならない。俺はこうして犯罪者として逮捕され、 起訴されちまってここにいるのだから。  「そんなこと・・ないよ。」  「ん?」  宇沙樹は小さく反論した。何故だろう?妹のその姿に俺は弱い。  「恭平兄ちゃんだって、警察の人間なったんだよ。それはきっと、お父さんのように誤認逮捕される人が出てこないように・・ そして、お母さんが殺されたことを憎んで、犯罪者を1人でも多く捕まえたいから。そう思ったから警察の人間になったんだよ!」  「・・・・。」  俺は頭を掻く。宇沙樹は自信を持って言ったが・・はて?そうだったか?  「宇沙樹・・そいつは本当か?」  「本当!いや、絶対そうだって!!間違いないよ!!」  俺は妙に引っかかる。あいつはそんなことを・・いや、言ってたような気もするが憶えてねぇ。きっとそれは昔のガキの頃だろう。  「だがあいつも、結局は犯罪のために得ようとした職なんだ。根本的な部分は俺と同じさ。」  一応、俺が妹を想うように、あいつも妹のことを想っているはずだ。ならばここはあいつがするはずであろう主張を 俺が代わりに言ってやらねばならないはずだ。  「俺たちは、そこまで綺麗な志を持っちゃいなかった。」  「そんなことないっ!!」  宇沙樹はそれを瞬時に全否定した。いや、こいつは頑固そうだ。俺たちに似て。  「・・面白いな。何故そう言える?」  俺はここでその理由を宇沙樹に問う。さて、こいつの主張を聞いてみたいもんだ。  「それは簡単じゃない。私のお兄ちゃんたちだからに決まってるでしょ!」  「・・・・ほぉ、宇沙樹。お前の兄貴だからか?」  俺は笑う。いや、微笑程度だな。宇沙樹があまりにも真剣な表情だから。  「しかし、それは根拠としては薄いな。法廷じゃ検事の異議1つで崩壊する主張だ。」  「ここは法廷じゃないもん!」  いや、この切り返しの速さは一品物か?こいつは手ごわそうだ。思わず前髪をいじってしまう。 ちなみにこの動作、俺が何か考えるときの仕草でもある。  「その異議は正論だな。認めるよ。しかし、お前の兄だからって何故そう言えるんだ?」  それが俺の一番知りたいところ。正直立派な兄だった記憶すらないが・・それはお前も同じはずだろ?恭平?  「だって、優しい心を持ってるんだよ!?」  「やさしい・・こころ?」  意外な言葉に俺は驚いた。何だか周りの時間が数秒止まっちまったように。  「大量殺人犯が・・優しい心だって?かけ離れたことを言うんだな。宇沙樹は。」  俺は宇沙樹にそう言った。俺たちに優しさとはありえないだろう。しかし宇沙樹は、それに対しても反論をした。  「だって・・だってお兄ちゃんたちは、私のことをずっと忘れずに想っていてくれてたんでしょ!?」  「・・・・。」  その言葉に、何となく宇沙樹の想いを俺は感じ取った。  「そりゃあ、殺人は決して許されることじゃないよ。それに、2人とも私から離れちゃ でも、少なくとも私のことを想っていてくれたんでしょ!?」  その宇沙樹の想いは、涙という形で俺の目に映った。俺はその時、何かに気づいた。  「・・・・そうだな。少なくとも、お前を想ってのは紛れもない事実だ。」  そうだ、思い出した。こんな俺でも、アメリカでの弁護士時代。確かに復讐心とは違った心があった気がする。  「お前も・・そうだったのか?いや、そうだったんだよな?」  「・・え?」  双子はいつでも以心伝心・・何て言う。俺たちはそうだったのか全く持って分からない。というか思ったことすらなかった。 しかし、これだけは同じ気がする。宇沙樹がそう言ってくれているのだから。俺たちにとって大切な人間が。  『あぁ、そうだな。俺もそんな時があった気がするよ。怜次。』  「そうか・・やっぱりか。」  俺は宇沙樹の後ろにあいつがいる気がした。いや、いたから今・・話したんじゃねぇのか?  「・・お、お兄ちゃん?」  おかしいな。俺もおかしくなっちまったのか?宇沙樹の後ろにあいつが見えるような。  「・・・お兄ちゃん?どうしたの!?」  「・・!!あ、いや・・その・・何でもない。」  ふと正気に戻ると宇沙樹の声が聞こえた。俺は慌てて返事をした。流石にこれは言えないな。  「さっきから後ろばっかり気にしてるみたいだけど、何かある?」  「い、いや・・何でもないがな・・。」  思わずしどろもどろになる。宇沙樹は座った体勢のまま後ろを見た。  「・・・・!?ああああああああああああああっっっ!!!!!!!」  「うおっ!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!?」  俺は宇沙樹が叫んだことで、まさか本当にあいつがいたのか!?と何ともいえない表情になる。 だが、予想に反して答えは違っていた。  「なっ・・何さりげなくドアを開けて覗いてるんですか!?上片さん!?それに、成歩堂さんに真宵さんまで!?」  「は?」  俺はそれを聞いた瞬間。どっと力が抜けた。  (何だ・・覗きか。)  いや、それだけだと非常に卑猥に聞こえるが。  「あ、いや・・それはね!!宇沙樹ちゃん!!」  「もう!成歩堂君がダメだからばれちゃったじゃない!!私と上片さんは完璧だったのに!!」  「うんうん・・って僕かい!?真宵ちゃん!?それはいくら何でも!!」  上片と成歩堂と真宵の3人がそろってコントを繰り広げている。  「本当に・・ビックリしたぜ。」  俺はそのままへたりこんだ。  「すいませんが、そろそろ面会時刻が終了します。」  とここで、看守が宇沙樹に面会時刻の終了を告げる。ざっと15分程度か?この面会は。  「っと、もう時間らしいな。俺は先に失礼するぜ。」  「・・あ!お兄ちゃん!」  宇沙樹はゴタゴタを繰り広げているドアから体を正面へ戻した。俺はすでに立ち上がっていた。  「・・あの!聞きました・・その・・あの・・」  聞いた?何となくそれで見当はついた。  「有罪判決か?」  「・・うん。」  宇沙樹はこっくりと頷いた。なるほどね。そういうことか。  「まぁ、火を見るより明らかだろ?俺の罪状はさ。」  俺はニッコリと笑ってやった。そう、俺が起訴されたのはあの30日の出来事のあとだった。  裁判所関係は年末のこともあって31日と正月の3日までは休みになっていたため。 俺が起訴されたのは1月の4日のことだった。そうなればあとは序審制度だ。 そのスピードが売りの制度は、翌日の5日に裁判を行った。俺が全てを認めていたこともあってか、 当然だろうが1日で判決は下された。そいつは言うまでもなく“有罪判決”だった。  「あとは高等裁判所での計量裁判を待つだけさ。」  そうか、宇沙樹は俺の有罪判決を受けてここに来たのか。そう思うと嬉しい話だ。優しい妹じゃないか。  「私が弁護士にもうなってたら・・お兄ちゃんを弁護出来たのに。」  「・・なぁに、そう思いつめることでもないだろ?」  俺が高等裁判所で受ける判決ももう、目に見えているがな。けど、ちょっと正直な気持ちが俺に出そうになる。  「宇沙樹・・お前はとっても優しい奴だ。俺はそれを兄として、誇りに思うよ。それはきっと、恭平も一緒だと思うぜ。」  立ち上がった俺は歩き出す。  「だからこそ今、後悔してる。もっとこんなに優しい妹と、一緒に居たかった・・ってな。」  「・・お兄ちゃん。」  もう俺の末路は目に見えていた。だから余計に思う。今更何を言うか・・と人は言うだろう。  「でも、俺はいつでも心はお前のそばにいるつもりだ。恭平がそうであるようにな。」  俺は振り向いた。するとそこには・・やっぱり居やがったんじゃねえか。てめぇはよ。  「離れてしまっても、俺たちはいつでもお前を見守り続ける。それが俺たち・・先に居なくなっちまう家族としての義務だからな。」  俺はそう言うと、宇沙樹の後ろで笑ってやがるアイツに伝えた。  (俺はまだ当分お前のところへ行くのには時間がかかりそうだ。それまで頼むぜ。)  俺は再び扉へ向かって歩き出す。  『あぁ、任せとけ。それまで俺が1人でしっかり見守ってやるよ。』  そうかい。そりゃすまねぇな。  俺はその言葉をはっきりと聞いた気がした。  「じゃあな。」  右手を去り際に上げる俺。手を振ろうとした。  「・・また!会いに来るからね!!」  宇沙樹の一言は・・とても嬉しかった。そう言い表すことしかできないだろう。  「・・ありがとな。」                              ・・ガチャン  面会室の扉が閉まる。これほど虚しい音がこの世に存在するのか?と思うほどだ。  俺は無言で看守と共に部屋・・と言っても檻だが、そこへ帰る。そしていつも通り壁際に寄り添うと座り込んだ。 看守が扉に鍵をかける音がした。  「もっと・・一緒に居たかった。」  たった1つの小さな窓から差し込む小さな光。外にはどんな自由があったのだろうか? いや違う、正確に言うならば、俺自身が自ら手放した光だ。  「もっと・・生きたかったよ・・。」  冷たい床に落ちた雫が、窓から入る小さな光を反射していた。眩しいほどに・・。  1月28日 午後4時2分 墓地  今日は父の月命日。  「父さん・・。」  忙しい仕事の合間をぬって、遂にやってきた父の墓。  「去年の12月28日、母と一緒に来れなかった事をお許しください。」  今思えば去年はあの事件で墓参りどころではなかったことを思い出す。結局事件は30日。大晦日直前まで私の頭を悩ませた。  「その代わり、18年前にあなたが無念の思いを抱いたまま死んでしまったあの事件。遂に終わりました。」  線香に火をつける、そして手を合わせた。  「18年・・長い月日でしたが、検事として・・真実を明らかにした。」  目を閉じる。  「しかし、検事も弁護士も変わりがないことに気づいたのです。」  この事件。DL6号事件の関係者が関わっていると知った途端。私は動かずにはいられなかった。 何故なのか?宿命だったのだろうか?  「何故なら、1つの闇に真実と言う名の光を照らすのは・・検事や弁護士だけとは限らないと知ったからです。」  やはり、宿命と言うのは1つあるだろう。父が果たせなかった想いがあの事件にはあった。  「現に、警察というものも時としては分からないものです。」  今回の事件が与えた影響は大きい。SSUが世間に及ぼした力は凄まじかった。  「ですが、どんなに真実が闇に深く埋まっていても、それを見つけ出そうとする光はあります。 小さな光でも、やがて集まり大きくなる。」  目を開けた。墓に添えた花束が妙に綺麗だ。  「今回の事件・・私が出会った犯人でさえ、奥底には私たちと似たようなものがあった。」  ただ、形が違うだけ。  「つまり、最終的にはそれをどんな形で表すのか?そこが皆違っただけの話。 それだけで、こうもなってしまうことには、恐怖を感じます。」  立ち上がる。私は父に一礼した。  「それでは、失礼します。」  墓を後にする私。   「さて、あとは退院祝いということで冥のことろにでも行くとするか。」  鞭の洗礼に気をつけねばな・・と私は思っていた。  ・・4ヶ月後    4月28日 午前10時 高等裁判所・第1法廷  「これより、東山怜次に対し判決を言い渡す。」  判決言い渡し日である4月28日。俺はこの計量裁判。全面的に全てを受け入れる気でいた。 まぁ、強いて言うなら弁護士だけ違ったが・・こいつは宇沙樹がつけた弁護士だ。 何でも宇沙樹が世話になっている事務所の弁護士らしい。  俺は断ったのだが、どうしても・・と宇沙樹が聞かなかった。やはりそこは血筋なのか? 言い出したら聞かないところがそっくりだ。あのあとも、何度も何度も宇沙樹は会いに来てくれた。  「判決、死刑。」  俺は表情1つ変えなかった。まぁ、当然だな。  「判決理由。被告人は2019年6月・・」  長い長い判決主文。宇沙樹がつけてくれた弁護士は、俺が逮捕後、全面的に捜査に協力したことから色々と主張してくれた。  しかし、当然そんなことじゃ覆らねぇだろう。アメリカの司法取引じゃあるまい。死刑じゃなかったら何が妥当なのだろうか? アメリカと違って懲役300年なんてもんもねぇし、終身刑も日本には存在しねぇ。  「以上。被告人・・聞いていましたか?」  そうこう思っているうちに数十分にも及んだ判決主文の朗読は終わっちまった。  「はい、全て聞きました。」  実際は分からないが、俺はそう言ってしまった。  「最後に、何か言うことはありませんか?」  そんなことを言ってくる裁判長はとても珍しい。  「そうですね・・何かあるとすれば。」  俺は考えた。ここは、やっぱり素直に言うべきなのか?俺はその場で無表情のまま言った。  「全てを法の裁きとして受け止めます。しかし今では・・」  直立不動のまま、俺は言う。  「もっと生きたかった・・そう思います。」  傍聴席からどよめきが聞こえた。  「・・・・。」  裁判長は黙っていた。しかし、1つだけ言っておく。  「しかしそれは、自らが生きたい・・という理由からではありません。」  その言葉を発した瞬間、法廷内は再び静かになってしまう。俺は構わず続けた。  「こんな殺人犯の私でも、生きてて欲しい・・と心から願う人がいてくれたことから、私はそう思いました。 身勝手かもしれませんが、その人を私は裏切ったのです。」  法廷内に響く俺の声。裁判長は最後に言った。  「あなたは、大切なものに気づけたようですね。それが遅かったことが、悔やまれます。」  まったくもって同感だった。  「これにて閉廷します。」  閉廷の木槌が俺の心に重く響いた。  ・・8ヵ月後  12月28日 午前9時 拘置所  「東山怜次。出ろ。」  朝の出来事だった。看守が俺を呼ぶ。  「ちょっと待ってくれ。」  俺は日記帳をペンを置いて閉じた。そしてそれを持って出ようとする。  「こら、何を持っている!?手ぶらで出ないか!」  「どうせ、その時が来たんだろ?これくらい持たせろよ。」  俺は看守の言葉を無視して出た。その時・・言うまでもないだろう。拘置所で死刑を待つ死刑囚は、 夜ビクビクしていて寝れないらしい。何故ならば翌日の朝一番に自分の前を通過する看守の足が止まってしまったら、 それは死刑執行を意味するからだそうだ。だから朝、看守が自分の前を通り過ぎた瞬間。 死刑囚は安心してその場で寝てしまうとか。昼夜が逆転してるわけだ。  「もう、この独房から差し込む光も浴びられないか・・。」  俺は少し寂しさを覚えた。ようやく慣れてきたというのにな。  「さてと・・死に顔くらいは美しくしてくれるんだろうな?」  「・・黙ってろ。」  看守も俺の話を無視してやがる。そして早速通された部屋だが、坊さんが木魚を叩いていた。  「何だ?こいつは?」  「・・死ぬ前の行事ってやつだ。」  看守はただそう一言言った。よく見ると用意されたテーブルには、シンプルだが木魚に線香・・あと、仏様か? そんなものがあった。あと、変な木の板に妙な文字が書かれてやがる。これが世に言う死んだ奴に与えられる名前・・ってやつか?  「俺はどうせ地獄に行くんだ。こんなお経聞きたかねぇがな。」  「一応聞いておけ。」  仕方なく聞くことになる俺。全く、死ぬ前だってのに眠くなっちまう。一通りのことが終わると、 看守が俺を椅子に座らせた。目の前にはテーブルだ。  「何か死ぬ前に残すメッセージはないか?」  テーブルには鉛筆や手紙が用意されていた。  「遺書を書け・・ってことか?」  看守は頷いた。なるほどね、死刑前の行事はそんなものなのか。  「別に書くことは無い。この日記帳に全ては記してあるからな。あ、でもちょっとだけいいか?」  俺は日記帳。今日の日付をつけると今日のことを書き始める。  「へぇ・・今日は12月28日だったんだな。俺が逮捕されて1年目か。」  数秒で日記を書き終えた俺は、そいつを看守に手渡した。  「こいつを俺の妹に渡してくれ。」  「いつも面会に来ている彼女か?」  分かってるじゃねぇかよ、俺は頷いた。  「さてと、じゃあ行きますか。」  俺は自ら進んで死刑台へと歩き出す。全く、死ぬ気で居たのに面倒なことばっかり先にさせやがって。  「おい、君!」  看守が俺を止めた。  「何だよ?」  看守は俺みたいな死刑囚が不思議でたまらないのだろう。  「・・死ぬことが、怖くないのか?」  ハッ・・愚問だな。  「確かに死にたくはない。もっと生きたいさ。」  だがな、それは許されない。  「俺に生きてて欲しいと心から願う奴がいる。俺はそいつのためにもっと生きててやりたかったと思ったさ。けど・・」  覚悟はしていた。しかし、涙は出るものなんだな・・とつくづく感じた。  「そいつはあまりにも、都合が良すぎるだろ?人を殺した身勝手な俺には?」  看守は黙って俺のそばによった。  「お前は、本当はこんなことをするような奴じゃなかったんだろうな。」  「・・さぁな。」  俺はそのまま涙を拭くと歩き出した。けど、涙が止まらねぇ。  「目隠しをする。いいな?」  「・・はい。」  俺は目隠しをされた。俺の視界は真っ暗になる。もうこの目でものを見ることは一生ない。  「やっと、お前のところへ行くんだな。」  首に紐がかけられたことが分かった。  『怜次にはもっと生きててほしかったよ。俺は。』  何だよ。それは嫌味か?俺はその時、あいつの声を聞いた気がした。不思議な話だ。  「宇沙樹・・ごめんな。俺・・さ」                             ガタンッ・・  その瞬間。俺の足元にあった床は消えてしまった。  俺の命が消えちまうのと・・同じくらいあっけない感じがした。  1月16日 午後12時46分 共同墓地  私が花を持ってそこへ向かっている時、既にそこには1人の女性が手を合わせていた。  「宇沙樹くんか。」  まだ寒い1月。コートを羽織っていた私は思わず震える。  「・・御剣さん。」  宇沙樹は御剣が花を持っているのを見て、すぐさま気づいた。  「御剣さんも、来てくれたんですか?」  「あぁ、悪かっただろうか?」  正直私も複雑な気持ちだ。  「いえ。お兄ちゃんも喜ぶと思います。」  宇沙樹は笑顔を見せた。これが無理をして見せているのものなのか?御剣には分からなかった。  「花を・・いいかな?」  「すいません、わざわざ。」  宇沙樹は御剣に礼をした。  「いや、そんなに気をつかわないでくれ。」  御剣はそう言うと手を合わせた。私に彼の死刑執行が知らされたのは、父の命日の墓参りから帰ってきた時だった。 丁度成歩堂からその電話を受けた。  「ここに来ると、少し安心するんです。」  「・・安心?」  閉じていた目を開けた御剣。宇沙樹はお墓に目をやると、ゆっくりと喋りだした。  「この間、ここにお母さんの骨も持ってきたんです。」  「・・そういえば、離婚していたのだったな。」  「えぇ。」  宇沙樹は持ってきていた線香やらをまとめだした。帰り支度だろう。  「手伝おう。」  「・・すいません。」  あれから1年。時が経つのは早い。  「あそこには、お父さんとお母さん。それにお兄ちゃんたちがいます。」  その言葉は、どことなく寂しい。  「私を除いた家族が全員。ここにはもういるんですよね。」  “もう”いる・・普通に考えてみれば悲しいことだ。  「でも、お兄ちゃんは言ってくれた。大切なものに気づかせてくれたのは私だって。恭平お兄ちゃんも、怜次お兄ちゃんも。」  一通り荷物をまとめると、帰りだす宇沙樹。御剣もそのあとを追う。  「そして2人とも言ったの。こんな兄貴で許してくれ・・って。」  しかし、2人はこうも言った。  「やっぱ似てますよね。双子って・・そろって最後にこう言ったんですよ。どんな時でも、俺は宇沙樹を見守っている・・って。 逆に言えば、それだけしかできないけど・・ですって。」  宇沙樹は笑っていた。御剣は似ている・・と思った。その笑顔がある少女と。  「あの2人らしいな。」  「でしょ?御剣さん?」  彼女はこんなにも強い。本当に不思議なものだ。  「怜次お兄ちゃんなんですけどね。執行前に私にこれを・・って看守さんに渡したんです。」  「・・ん?これは?」  宇沙樹が見せたもの。それは・・  「日記帳です。ずっと書いてたみたいですよ。」  日記帳。彼らの父が独房で書き残していたように、彼もまた書き残していたらしい。  「去年の12月28日の部分。もうほとんど書くべきことはそれ以前に書いたみたいですね。 最後の日だけ、看守さんに頼んで書かせてもらったらしいです。」  そう言って御剣に日記帳を手渡した宇沙樹。御剣はその日記帳を開いた。  「たったこれだけを書き残して、お兄ちゃんは死刑台に自ら上がったそうです。」  御剣はその言葉を見て数秒、何かを考えた後これを閉じた。  「泣いていた・・と私は聞いた。」  「それ、私もです。何故か止まらなかったらしいです。本人曰く。」  日記帳を宇沙樹に手渡すと、御剣は駐車場へと向かう。2人とも苦笑している。  「この文章には思いっきり言ってやりたいものだ。“異議あり!”と。」  「私もです。だけど、本人の名誉のために黙っておいてあげましょう?」  「・・そうだな。」  御剣はここで、別れの言葉を宇沙樹に言う。  「さてと、今日は車で来たのだ。仕事の途中なもので・・ここで失礼する。」  丁寧に礼をした御剣。宇沙樹は慌てて礼をしかえした。  「いえいえ、こちらこそ!兄のためにすいません。本当に・・それに。」  宇沙樹は頭をあげると、再びこう言った。  「お兄ちゃんたちも、きっと喜んでますよ。」  「そうだといいがな。」  2人は互いにもう1度礼をすると、墓地をあとにした。  2020年12月28日  今ここに、28年間の人生が終わる。  それにしても、拘置所内の電気の明かりは強い。眩しくて涙が出てくる。    何かで滲んでいる日記帳最後の文章。  そこには、死神から人間へと戻った彼の、  精一杯の強がりで、全てが締めくくられていた。              18年目の逆転 〜放たれたDL6・5の死神〜                          FIN

あとがき

 The final chapterは“終末の光”。  序章と本章の2部構成でお送りした連載。ここに今、完結です。  第1部・兄妹。宇沙樹と兄の会話ですかね?宇沙樹が弁護士を目指している理由の詳しい話が明らかになりましたね。 序章でもちょっとそれ絡みな話が最後にありましたが、決定的だったのはやはりこの部分の理由だそうで・・。 そしてまた、あの兄弟も最後の最後であんな罠を仕掛けていたとは。  第2部・黒幕。さて、ストーリー史上最も無理がある部分です。えぇ、黒幕です。誰もがこの意外な黒幕の存在に 驚かれたかもしれません。しかしですね、これ結構前から決まってまして、18年前の平夫妻殺害事件のプロット 組み立ての時点で、犯人になりうる人物って絞られるよな・・と感じたのが序章製作前の話。 そう考えれば結構前からこれは決まっていたことになりますが・・やっぱ読者にアンフェアですよね。 まぁ、今回は推理と言うより読んでもらうだけのほうが面白かったのかもしれません。あと、苦情と矛盾は受け付けません。(ぁ  第3部・光。色んな光が登場した最後。もう解釈は読んだ人たちに任せます。あえて言うまでもないだろう。 ちなみにここ、死刑執行前の様子を描くのが大変でした。何しろ本屋で立ち読みした実際の死刑執行前のことを 分かりやすく説明した漫画を思い出す必要があったため。しかし、まさかこんなところを書くことになるとは・・ 本人がビックリしてました。(?  さて、御剣視点で書くのは疲れましたね。(?  今回の連載ですが、大きな目標は実は1つでした。自分が書いたオリジナルキャラクターの1人。 宇沙樹のストーリーを描くということ。実はこっちがメインでした。ただ、物語の性質上、14章くらいまで内緒にせざる 得ない状態でしたが。そのため14章で驚いた人は多かったかもしれません。  ですが、それ以上に今回驚いたかもしれないのが黒幕と言う存在。これまた序章関連だっただけに、序章から読んでいる人が いたら驚きだったかもしれませんね。  それにしても、今回の連載も長かった。そしてストーリーが難しい。読者に悪いことをしてしまったと反省しております。 いや、書いている自分自身もう嫌です。こんなスケールがでかく難しい話。(ぁ  今回の長期連載は序章と本章ともに、全然違う方向性で描かれたものでした。序章は精神障害などの詳しい用語などで始まり、 本章は色んなところでトリックだらけ、かつ検察側視点で動く裁判。というか展開が二転三転以上してるか?四転五転?それ以上?  とにかく、色んな意味で頭を使いすぎ、自分自身でもプロットを何度も何度もまとめないとパニックを起こすくらいでした。 特に今回の第2部と第3部の頭部分。終わった時は思わず歓喜の雄叫びを上げてました。(聞いてない  えー、長くなりましたが。  今回の作品。最後まで読んでくれた方々、また序章を含め全てを読んでくれた方々。さらには、全部は読んでないけど 部分部分読んでくれている方々。もしくはこの最終章が訳分からなかったけど読むのが初めてだよという方々。  ・・・きりがないな。とにかく少しでも読んでくれた方々にお礼を申し上げます。自分のような妙な人間の書いた長ったらしくも 難しく、理解に苦しむ部分もあったかもしれないこの長編小説。読んで頂いて本当にありがとうございます。  それではこの辺で失礼いたします。以上、作者麒麟でした。

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