あなたと私が離れた日
彼との出会いは5年前、場所は裁判所の地下資料室。
そこで私は彼の姿を見つけた。
それは私にとって運命のような出来事だった。
あの時、彼とお近づきになった理由はただ1つ。
――彼に殺人事件の証拠の隠滅を手伝わせるためだ
それがあの男との出会い。
あいつは証拠隠滅を助ける単なる操り人形にすぎない。
その時は、本当にそう思っていた・・・
「あの、お姉さま・・・」
「何よ、あやめ」
「お姉さまは、成歩堂っていう人からペンダントを取り戻したいんですよね?
その役、私がやっても良いでしょうか?お姉さまになりすまして」
その時には、あやめが何をしたいのか分からなかった。
だから、何の疑いもなくそれにOKをしてしまった。
自分でやる手間が省ける上に、恋人なんておぞましい言葉に汚されないですむ。
ただ、そう安易に考えていた。
それが、全てのことの始まりだった。
「あの男からペンダントをちゃんと取り戻せたの?」
「付き合ったばかりだから、なかなか言い出す機会が無くて・・・」
「あの男にペンダントのことは言った?」
「リュウちゃんが返してくれなくて。次は必ず・・・」
「ペンダントはまだなの?」
「まだです。今度は頑張りますから」
「ペンダント・・・」
「ごめんなさい・・・」
半年待ったけど、もう耐えられない。
いつもあなたは「ごめんなさい」の一言で片付けてしまう。
代わりに話すことと言えば、愛しのリュウちゃんとのデートの話ばっかり。
それも、憎らしいほどに純粋な笑顔で。
それが気にくわなかった。
私はいつ犯人とバレるかもしれない恐怖に怯えてるのに、
何であなただけは、そんなに楽しそうなの?
そもそも、私が彼に証拠を託さなければ、出会うこともなかった人なのよ。
私の気持ちも考えず、自分ばかり良い思いをするなんて。
それが気にくわなかった。
「もういいッ!自分で取り返すから。あなたは黙って見てなさい!!」
そして、その日はやって来た。
お昼にこっそりと盗んでおいた風邪薬に毒薬を仕込んだ。
後は拾ったと装って、あの男にこの薬ビンを返すだけでいい。
これで、全てが終わるのよ。
そこで私は、あいつに出会ってしまった。
成歩堂龍一と一緒に話しているあの男。
毒薬を盗むためだけに付き合っていた男、呑田菊三。
今さらながらよく“ノンちゃん”なんて、歯の浮くような呼び名が言えたものだ。
・・・彼女とは、もう会わない方が良い
雷の音に紛れて聞こえてきた、その彼の残酷な言葉。
――残酷? どうして。私には関係のないことよ。
いいか、聞くんだ。あの女はな・・・
ゆうべ、オレたちの実験室から毒薬を盗みやがったのさ。
心臓の鼓動が激しく高鳴る。何でなの!?
確かに、私は実験室から毒薬を盗んだ。
でも、それを呑田に気付かれたことが、どうしてこんなに苦しいの?
・・・やめてくれッ! 彼女のコト・・・そんな風に言うなッ!
突き飛ばされた呑田の下敷きになった傘が、豪快に折れる音だけが響いた。
初めて会った時、なぜ成歩堂龍一にペンダントを渡したか。
見るからに奥手で単純で気弱そうな男だったからだ。
そんな男が、私のことを悪く言った呑田を突き飛ばしたのだ。
それは一瞬の出来事だった。
だが、その一瞬の中で私の心は動かされ、やっと今までのわだかまりに気付いた。
私は知らず知らずのうちに、共犯者の操り人形に恋してたのだと・・・
だから、ずっと彼とくっついていたあやめを憎らしく思った。
だから、私の悪口を彼に言っている呑田の言葉を苦しく思った。
だからこそ、私は彼を絶対に殺さなければならないと思ったのだ。
ペンダントを取り返すためじゃない。
彼を私一人の物にしたまま、永遠に保管するためだ。
もうあやめの手なんかには触れさせない。
呑田の魔の手からも彼を解放させなければいけない。
彼は突き飛ばした呑田の顔もまともに見ないまま逃げていく。
私は、呑田の元へと近寄った。
彼はゆっくりと起きあがって、私の姿を見た。
「あれ?美柳さん・・・どうしてここに?」
私が見ていたとも知らずに、さっきの会話など無かったかのように振る舞う呑田。
私の視線に、突き飛ばされた衝撃で切れた送電線が目に入る。
時は今しかない。
彼と私をを引き離そうとするこいつの存在が、私にとっては邪魔なんだ。
こいつは殺さなければいけない。
殺されなければならない。
殺したい。
殺すの。
――殺せ。
私はゆっくりと、送電線のコードをつかみ取った。
「もう、誰にも邪魔はさせないッ!!」
バチィッ!!
何の迷いもなく、その送電線の端を目の前の男の胸元に押しつけた。
電気が軽くショートした音と共に、再び呑田は地へと付いた。
二度と起きあがっては来なかった。
そして、私も捕まってしまった。
一番殺したかった彼を殺せぬままに―――
送電線が切れてから、呑田さんが感電死するまでの、10分間!
その間、あなたは何をしていたのですか?
法廷で再会したこの世で最も憎い女の、私の最も嫌いな台詞が蘇る。
助けも呼ばず、ヘッドフォンでお歌を聞きながら・・・
“どちらもファイト!” と応援していたのかしらね!
黙れ・・・黙れ、黙れ黙れ黙れッ!!!
私の気持ちも知らないくせに、よくもそんなふざけた言葉を・・・
殺そうと思えばすぐにでも殺せたのよ。だけど、出来なかった。
自分のあんな気持ちを認めることが辛かったから。
彼はあやめに心を奪われてしまったことに気付いてしまったから。
待った! この裁判、ちょっと待ったあッ!
千尋さん、見そこなったよッ!
ちいちゃんは・・・ちいちゃんは、そんなコトしないやいっ!
責められている私を必死で助けようとする彼。
もうやめて!! 私をこれ以上苦しめないで!!
あなたのやっていることは優しさなんかじゃないのよ。
未練を余計に残すだけなの・・・
それがわからないの!?
なるほどくん。どうして・・・そこまでして、この証人をかばおうとするの?
え・・・っ! だ、だって! ぼく・・・彼女に、クビったけだから!
でも、あなたがクビったけな“彼女”は“美柳ちなみ”じゃない。
あなたの見ている“ちいちゃん”はあやめなのよ・・・
私がここにいる理由なんて無い。
彼女は現場で、すべてを聞き、そして・・・見ていた。
“呑田菊三を生かしておいてはあぶない・・・!”
・・・彼女は送電線を使って、呑田菊三の口をふさいだのです。
彼は私のためではなく、あやめのために呑田を突き飛ばした。
いくら私と彼が出会ったところで、彼はあやめとしてでしか私を見てくれない。
だから、彼に恋してしまった私の気持ちが、余計に苦しかった。
そんなことを2人の会話の一部始終を見ながら考えてたのよ。
“呑田菊三を生かしておいては危ない”? 見当違いも良い所ね。
あなたには私の気持ちなんて一生分かってもらえないし、分かってほしくもない。
全ては彼のために呑田を殺し、彼自身も殺害しようとしたことなんて。
私が彼にアクセサリーを渡さなければ、こんなコトにはならなかった。
私の気持ちに気付くこともなかった。
気付いたときには、既にあやめに盗られていた。
私の知らない所で、呑田は彼と私を引き離した。
法廷 に顔を出せば、綾里千尋がすべてを壊した。
誰も彼もがみんな憎い。
もう、誰を殺すのもバカらしくなってくるわ。
誰か一人を確実に殺せることが出来るなら・・・そうね。
「判決を言い渡します。美柳ちなみを死刑に処することとします」
・・・私の命をここで絶ってやる。
最後に私の顔は、知らない間に笑っていた。
きっと、これで全てが解放される。そう思っていたからだろう。
でも、私は1つだけ心残りがあった。
それは、今まで言いたくても言えなかった一言。
言うことさえ拒み続けてきた、あの人を想う一言。
最後まで言うことはなかったけれど、死んでもこれは私の心の中で生き続けるはず。
でも、せめて心の中だけでもそれを言わせて――
――大好きよ、リュウちゃん・・・
あとがき
これはリクエストによって生まれた小説です。
やっぱり、こういう恋愛系の小説って書くのが難しいですね。
ダラダラと長編を書いてる自分が、短編を書くだけでも苦労しました。
タイトルはゴロだけで作ったので、内容と合ってないかもしれませんが・・・
3−1の裏にこういう真相があったのなら、
自分は少しちなみさんに同情してしまいますね。
それでは、これをリクエストしてくれたJさんに捧げたいと思います。
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