タチミ・サーカスのその後
ここは、アメリカのとある大都市。そこの広場に、大きなテントが張ってある。
テントの入り口には、大きく看板が掲げてあり、『Circus Tachimi』(サーカス タチミ)という文字と、
派手な魔術師らしき人物の顔写真が、でかでかと載せられていた。その看板をくぐって、大勢の客が中から出てきた。
どうやら、サーカスの幕が閉じたようだ。一方、控え室では出し物を終えた団員たちが、くつろぎのひとときを楽しんでいる。
「今日は、お客さんでいっぱいだったね。私もやりがいがあったよ。」
そう言ったのは、まだ16歳の少女は立見 里香。サーカス団の中ではミリカと呼ばれ、団体のアイドル的存在な猛獣使いである。
そして、入り口の看板に写真で載せられていたマジシャンが、彼女の言葉に敏感に反応する。
「僕もさ、マイ・スウィートハニー。でも、『今日は』じゃなくて、『今日も』の方が正しいな。
なぜなら、このマックス・ギャラクティカが、ステージでゴージャスなマジックショーを披露してるんだからね。
やっぱり、故郷のアメリカは1番居心地がいいよ。」
「フン、生まれも育ちも東北のお前が、何言ってるんだよ!!」
背の高い腹話術師のベン、もとい彼の持っている人形のリロが、マックスの話に口をはさむ。
それを聞いたマックスは、早足で人形の元に駆け寄る。
「今は、スウィートハニーと話をしてるんだ。人形は黙ってもらいたいね。」
「ヘッ、お前のような奴は、ミリカとは結婚できないさ。
やっぱり今は、キザな魔術師よりも、歌って踊れる奴のほうが女にモテるんだぜ。」
「キミは何か勘違いしてるようだな。僕はもう、ミリカの事は諦めたんだ。」
「な、なんだとっ!!!テメェ、ミリカとは遊びだったのか!!!」
興奮するリロを無視したかのように、マックスは鼻で笑って答える。
「遊び?そんなわけないだろう。彼女となら、本気で結婚してもいいと思った。
だが、彼女にはある人しか目に入っていなかった。僕は、無言でフラレたのさ。」
「甘い言葉ばかり使うから、気持ち悪がられるんだよ。やっぱりミリカは俺のことしか目に入ってないのさ。」
「何言ってるんだ?キミなんかミリカの眼中にあるはずないだろう。もっと別の人さ。」
リロは、目玉が本当に飛び出してしまいそうなぐらい驚く。
そして、勢い余って関節から取れそうになった手をぶら下げ、頭から白い煙を噴き出して反論する。
「なんだよ!!!ミリカは誰にホの字なんだ!俺じゃなければいったい誰なんだよ!」
「鈍いやつだな。じゃあ、教えてやろう。バットだ・・・・・。」
「バット・・・・・?アイツが・・・・。」
〜♪〜〜♪〜♪♪〜〜♪
その言葉をさえぎるかのように、景気のいいリズムの電子音がタイミングよく流れてくる。
その着信メロディーを止めようと、慌てて40代ぐらいのピエロがかけつける。そのピエロの名はトミー。
このサーカス団の団長を務めている。彼は、少し息を弾ませていたが、お構いなしに通話ボタンを押した。
「は〜い、こちらトミーの電話お悩み相談室だよ〜ん。な〜んちゃって、あひゃあひゃあひゃひゃ・・・・・・・・
えっ・・・それは本当に?・・・・・・はい・・・・はい・・・・・・・・・はい・・わかりました、すぐそちらに向かいます・・・・・」
年の割にずいぶんと大声で、笑えないジョークをかました彼が、突然深刻そうな顔で電話の会話に入っていくのを見て、
団員たちはみんな不思議そうに彼に注目する。トミーが電話を終え、真っ先に聞いたのはマックスだった。
「どうした、団長。何かあったのかい?」
「バットが・・・・・バットが・・・・。」
「バットがどうかしたんですか!!!」
ミリカは心配の表情が隠せないでいた。つい、話を挟んでトミーに聞く。
「バットが・・・・・・・・意識を取り戻したってっ!」
「バットが・・・・・・・意識を・・・・・・・・。」
思いがけない言葉に、ミリカの頭は混乱していたが、だんだんその顔に笑顔と無数の涙こぼれた。
リロは、ミリカの涙を見て、マックスの言っていた意味が少しわかったような気がした。
ほかの団員たちも泣きはしないが、みんな歓喜の気持ちで満たされていた。
その翌日には飛行機で日本に到着し、タチミ・サーカスの一行は、バットが入院している病院へと訪れる。
病室のドアを開け、1人の少年がベッドで体を半分起こし、ただその状態を維持しているだけで、何もしていなかった。
が、ドアの開く音を聞き、振り向いたときのその顔は、まさしくバットだった。
だが、その彼の首元には、大きなコルセットのようなものをしていて、首が動かせそうな様子ではなかった。
さっき振り向いた時だって、体全体をひねってこちらのほうを向いていた。
それでも、半年前から意識不明だった彼が、息を吹き返したことに対する喜びのほうが、何倍も大きかった。
先頭で花束を抱えたミリカが、呆然とするバットに声をかける。
「バット・・・・。」
「ミ・・リカ・・・・」
喋りづらいのか、彼は妙なところで言葉を区切って話す。これもやっぱり、エンズイを傷つけられたときの被害なのだろうか。
医者の話でも、延髄をやられて意識があることは、奇跡としか言いようがない、といっていた。
団員たちは今、その《奇跡》に浸っている。ミリカが花束の花を、花瓶に挿しているとき、バットは話し掛ける。
「みんな・・、来て・・・くれたん・・・だ・・。あれっ、兄さ・・んは?それ・・に、団長も・・・・。」
みんな黙り込んでしまう。それを不思議そうな顔で見つめるバット。
何も知らないその顔が見るに耐えられなかったのか、意を決したようにトミーは話す。
「なあ、バット。驚かないで聞いてほしいんだ。実は・・・・・。」
・
・
・
・
トミーは、すべてを話した。団長が殺された事件、その事件の犯人としてバットの兄・アクロが捕まった事、その全てを・・・・。
最初は、泣くのを我慢してた彼だったが、話が終わったときのバットはベッドの上で大泣きをしてしまった。
ベッドがあっという間に、バットの涙でぬれてしまった。それを見ていた団員たちは、何も声をかけてあげることができなかった。
涙も声も枯れてきたのか、バットはピタリと泣き止んだ。そして、それを見計らったかのように、リロが答える。
「いつまでもピーピー泣いたってしょうがないぜ。これから会いに行こう。アクロの所にさ。なあ、ベン。」
「え、ああ、私・・?い、いや、その私は、・・そんな、・・・あの・・・」
突然話を吹っかけられたベンは、あたふたと戸惑う。それを見てバットはクスリと笑う。それを見てみんなは、安心した。
病院と留置所からの許可を特別に得て、彼らはアクロがいる留置所へ向かう。ただ、バットは半年の間植物状態で、
筋肉が衰えていたため、車椅子に乗せて、マックスがそれを押すことになった。
留置所へ徒歩で向かう間に、彼らの話が尽きることはなかった。
留置所ではすでに、アクロこと木下 大作が、アクリル板を隔てて出迎えてくれた。
「一平・・・、本当に一平なんだな?」
一平というのは、バットの下の名前である。彼はこくりと頷く。
「すまない、一平・・・。お前が眠っている間に、こんな事になってしまって・・・・・。」
「もう・・・気にしな・・くていい・・・よ、兄さん。もともとは、僕・・・のためにし・・・たことなんで・・しょ?
僕があ・・んな賭けをしたせ・・・いで、兄さんは・・・・。」
二人はお互いに恐縮しあっている。これでは、ここに来させた意味がないと思い、団員が何か喋ろうとしたとき、
突然ドアが開く音がし、中から40代半ばくらいの夫婦らしき2人組みが、慌てて中に入ってきた。
「大作っ! 一平っ!」
そう叫んで、彼らはマックスやベンやミリカたちを押しのけ、強引に2人の元へと駆け寄っていく。
アクロもバットも、最初はその2人が誰かわからなかったが、アクロが驚いた表情と、震えた声で答える。
「父さん・・・・母さん・・・。」
『えっ!?』
団員たちは、声をそろえて驚く。それもそのはずだ。なぜなら、アクロとバットの両親は、借金が返せなくなって夜逃げをし、
その際に彼ら兄弟を置いていったような人たちなのだ。アクロは鋭い表情になって、彼らに問い掛ける。
「今更、何しに来たんですか、父さん、母さん・・・。」
父親らしい、頬がこけていて、茶色いスーツを着こなした男性が、ゆっくりと口を開く。
「勿論、お前たちを迎えにきたんだ。実は先日、やっと自己破産をする決意をしたんだ。もっと早めにしておけば良かったのだが、
大丈夫だろうとたかをくくっていたら、借金取りに居場所を見つけられてしまって・・・・。」
《自己破産》・・・・借金をチャラにすると同時に、多くのきつい取り決めに従わなければならないことである。
その言葉が、兄弟に重くのしかかり、自然と暗い表情が彼らの顔に浮かび上がる。
「確かに、不自由な生活になるかもしれないが、借金に追われるよりはずっとマシだと思うんだ。
だから、一緒にまた暮らそう、大作、一平。」
「焦らずに考えて。大作は今こうして、ここに閉じ込められているけれど、私たちはずっとあなたの帰りを待っているわ。
収入の不安定なサーカス暮らしじゃ、きっとうまくやっていけないわ。」
その母親の言葉に、マックスも、ベンも、トミーも、そしてミリカでさえも、ムッときた。何か言い返そうとしたが、
アクロたちの深刻そうな表情に、言葉を失ってしまった。もしかしたら、本当に帰っちゃうかもしれないと、思ったからだ。
普段から静寂している留置所が、さらに沈黙で際立った。
アクロは、自分で車椅子を前のほうまで動かし、よく聞こえる位置まできた。
ついに決断のときがきたようだ。団員たちも、固唾を飲んで見守っている。アクロは一息ついて、端的に答える。
「僕は、家に戻る気はありません。たとえ、この留置所から出られたとしても。」
「僕も同じ・・です。」
アクロの言葉につられて、バットも自分の答えを両親に聞かす。だが、両親たちはそれに納得がいかず、慌てて弁解をはじめる。
「何言ってるんだ、お前たち。やっぱり、お前たちを捨てたことを、根に持っているのか?」
アクロもバットも、無言でゆっくりと首を横に振る。そして、代表としてアクロが答える。
「いいえ、あなたたちの事は、もう恨んでなんかいません。僕たちはただ、タチミ・サーカスに心から恩を感じています。
そんなサーカスに、別れを言うことはできません。僕たちはたとえどんなことがあっても、
タチミ・サーカスを支えていくつもりです。」
「大作、一平・・・・・。」
二人は、言葉を失ってしまったが、やがてため息を1つ漏らし、観念したかのように、兄弟に笑顔を見せる。
「わかった・・・・・。そこまで言うのなら、お前たちをタチミ・サーカスに暮らさせよう。
でも、戻りたいときは、いつでも戻ってきていいんだからな。」
『はい!』
その言葉に夫婦は安心し、トミーのほうを振り向き、右手で握手を求める。握手をしたとき、父親は言った。
「息子たちのことを、よろしくお願いします。」
「ガッテン、ショーチノスケ。あひゃ、あひゃひゃ・・・。」
そんなつまらないギャグでも、今のみんなからは自然と笑顔がこぼれました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『というわけで、タチミ・サーカスはまた日本で再開できそうです。バットは今、病院で必死になってリハビリに励んでいます。
アクロも法廷では、もう芸をやることはないと言っていたけれど、牢屋の中で腕を鍛える自主トレをしているそうです。
まだまだ道のりは遠いけれど、これから最高のサーカスにしていきます。
P.S.
来月やるタチミ・サーカスの日本公演のチケットを、一緒に同封しました。
これは、あの事件を解決してくださった、成歩堂さんへのお礼です。
チケットは3枚ありますから、真宵ちゃん、春美ちゃんを誘って、《世界一のサーカス》を見に来てください。
ミリカより』
その手紙の入った封書が、今、成歩堂法律事務所のポストに投函された。
終わり
あとがき
短編で、感動(?)系に挑戦してみましたが、どうだったでしょうか。
小説にも書きましたが、延髄は少しでも傷つけられると、意識を取り戻すことは普通不可能らしいです。
でも、それじゃあ、可哀想すぎるので、この小説で息を吹き返させてあげました。
アクロとバットだったら、きっとこういう結末を迎えるだろうと予想して書きましたが、
皆さんがどう考えるかは自由です。
小説投稿道場アーガイブスTOPへ