追憶
某日 某時刻 それは、私のはじめての法廷の日だった。 必死で法廷記録をめくっていると、ある人物名に目が止まった。 「担当検事 御剣怜侍」 ―――――――私が中学校2年生の夏。 警察は、ある事件の捜査に行き詰まっていた。 「DL6号事件」 ある朝のこと、母は私と妹の真宵を呼んだ。 「今日の依頼は警察からです。DL6号事件の被害者を霊媒します。 今日の依頼のことは、絶対に誰にも言ってはなりません。」 真宵はまだ4歳で、そんな話が理解できるわけでもなく、それでも母の言葉に うなづいていた。 午後になって、普段は街へ出ないと見られないような外車が屋敷の前に止まり、 屋敷の人々は忙しく走り回っていた。 外車から出てきたのは、品のいいスーツを着た警察の上層部の人々。 そして、小学校高学年ぐらいの男の子だった。 顔色は青白く、折れそうなほど細い体。 恐らく、事件の被害者の息子さんだと思う。 私が話し掛けるより早く、真宵が男の子のところに駆け寄ってしまった。 「あ・・・真宵!」 元気がいいねぇ、と太って赤いスーツを着た人が言った。 えぇ、私の娘たちなんですよ、と母。 2人の話を小耳に挟みながら、私は必死で真宵を捕まえた。 「真宵、お家で遊ぼう。お姉ちゃんが絵本読んであげるから」 目の色を変えて喜ぶ真宵。無理もないと思う。 私は、霊媒師ではなくほかの職業につくため、目下受験勉強中だったから。 母は家元になってから、毎日忙しく働いている。 約束どおり、屋敷の自分の部屋で、絵本を読んであげる。 「真宵ー、何がいい?」 「しらゆきひめ!」 「真宵、お天気も良いし渡り廊下に行こうか。」 真宵は無言でうなずいた。渡り廊下まで行き、絵本を開く。 この絵本は確か、私が真宵と同じか、それより小さい頃母に買ってもらったもの。 母と2人で電車に乗って父に会いに行った時、本屋さんの店先で何時間も悩んで、 やっと選んだもの。 私のたった1つの、自分の本。 気が付くと、私の目の前に人がいた。 ――――さっきの男の子だ―――― 男の子の後ろには、親戚のおばさまがいた。 「千尋様、この殿方が控えの間でお休みになりたいそうです。 「そうですか、私、氷枕を持ってきますね。」 控えの間には、男の子がさっきよりもっと白い顔をして1人で寝ていた。 「ありがとう・・・ございます。あの、名前何ておっしゃるんですか?」 初めて声を聞いた。弱々しくてか細い。 「私は綾里千尋。中2です。こっちは妹の真宵。4歳です」 「僕は御剣怜侍、小学校5年。ほとんど今年は行ってないけど・・・」 「どこから来たの?」 「さっきいた、太って赤いスーツ着た人の家。あの人、弁護士で・・・」 彼はそこで言葉を切ると、思い詰めたようにしばらく黙り、そして一言だけ言った。 「僕のおとうさんも、弁護士だったんです」 「そう、なの・・・」 私も父を亡くしていたけれど、なんと言って良いのか分からない。 しばらく沈黙が続いた。 沈黙を破ったのは、彼のほうだった。 「君の家、みんな霊媒師なの?」 「はい、女性は。」 「じゃあ、君もやってるんだ・・・その、修行?」 「はい。私だけじゃありません、妹も、霊力がある人はみんな。」 「将来は霊媒師になるの?」 「きっと、私は違うと思います。」 「どうして?」 「妹と・・・争いたくないんです。」 「どういうこと?」 「私が小さいとき、祖母が亡くなって・・・祖母は家元で、 次の家元は私の母かおばさまだったの。おばさまには、 私と3つ下の双子の女の子がいて。でも、私の母が家元になって、 2人のうち1人はおじさまのところに、もう1人は親戚のところに。 私、その頃1人っ子だったから、妹が2人いるみたいですごく嬉しかったのに。 もう、誰にもそんな思いはさせたくないの。」 「そうなんだ・・・」 「あ、ごめんなさい。こんな話・・・聞いたって何の特にもなりませんね。 何か飲みますか?麦茶と、緑茶ならありますけれど・・・」 「麦茶でいいです。」 その時だった。修験者の間から例の太ったおじさまがやってきた。 「いいムードのところ申し訳ないが、今帰らないと今日中に家に帰り着くことが不可能になって しまうのでの・・・誠にすまないが。」 彼は帰っていき、その数日後裁判が行われ、霊媒によって判明した灰根という男の 無罪が立証され、私の母は行方が知れなくなった。 太ったおじさま――星影先生によると彼はアメリカにいる親戚の家に預けられたという。 彼は狩魔という男に検事を叩き込まれ、若き天才検事として名をはせている。 ――――――――私と彼の、初めての法廷。それは勝利も敗北もないまま終わり、 私は心の中に、金色に輝く弁護士バッチを封印した。 そして、今日―――私は、美柳ちなみに決着をつける。 どんな形であれ、絶対に。私の手で。 (プルルルルルルルル・・・) 「はい、もしもし綾里ですけれど・・・センパイですか?」 そのとき私はまだ、この日に自分、そして愛する人の人生が大きく狂うとは知らなかった・・・・

あとがき

何はともあれ長っっ!!!!

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