約束の逆転(最終話)
いつも真実は、明るい光だけではない。
暗い暗黒に包まれる真実も計り知れない。
真実を知ることで成長するか、はたまた闇に堕ちるか。
それは、真実を求める自分次第だ。
- 9月12日 某時刻 成歩堂法律事務所 -
やはり数日では、受けた傷は癒えるものではなかった。
事務所に来た成歩堂の顔は暗い。おまけにそれを出迎える真宵の顔も底知れぬほど暗い。
二人の心とは裏腹に、空には青く澄んだ快晴が広がっている。
爽やかな風が、事務所の部屋を通り抜けた。
「なるほどくん、コーヒーいる?」
「ん……」
真宵の言葉に軽く頷いた成歩堂だったが、やはりどこか暗い。
そんな成歩堂を真宵は心配そうに見ながらも、自分も同じような顔をしている事に気づき肩を落とした。
「ぼくは……」
と、成歩堂が突然言った。
真宵はコーヒーを入れる手を止めた。
「ぼくは正しかったのかな?依頼人の為とはいえ、あまりにも辛い真実を暴いてしまったんだ。
十寺さんはこの真実を知って、幸せにはなれないし、目を背ける事も許されない。
ぼくは……正しかったのか…?」
成歩堂はそう言うと、机に肘をついて突っ伏してしまった。
「なるほどくん……」
かける言葉も見つからず、真宵はただ名前を呼ぶ事しか出来なかった。
と、その時。
「成歩堂 龍一!!」
突然テンションの高い女性の声と共に勢いよくドアが開き、思わず真宵はその場に滑った。
もちろん、狩魔 冥だった。
「かかか、狩魔検事!」
「昨日の裁判、色んな意味でとても不愉快だったわ。もちろん……それなりに詫びでもあるんでしょうね」
「何を期待してるんですか!いや、それよりも…もうその話は止めて下さいよ」
勢いに乗って反論していた成歩堂だったが、昨日の裁判を思い出し、目を伏せた。
その雰囲気を見て、思わず冥もその勢いを無くした。
「な、何を珍しく落ち込んでいるの。別にあれは……そうね、別に貴様のせいでは無かったわ!」
冥には珍しく、慌てて言葉を繋ぐ。
だがそんなものは効いてはなく、成歩堂はただため息を漏らした。
「た、ため息を出すな!」
「いてぇぇっ!」
その場の雰囲気に負け、思わず冥は成歩堂に向かってムチを出して打ち始めた。
「いい、成歩堂 龍一!一つの事件を、常に次の依頼人の為に、いちいち引き摺っていてはいけないのよ。弁護士の常識でしょう?」
「判ってますよ!でも……ぼくは、何が正しいのかが判らない…」
それを聞いた冥は、軽くため息をつくいた。
「バカはバカらしい考え方しかできないようね。そんな簡単な事で悩んでいたのかしら?バカもここまでくると呆れるわ」
冥はそう言い、成歩堂をムチで勢いよく叩く。
「いってええぇっ!だから叩かないでください!!」
「判ってないから叩いただけよ」
「判ってない……?」
叩かれた傷を擦りながら成歩堂は疑問の声を出したが、冥は面倒くさそうにまたため息をついた。
そして法廷でとるあの得意のポーズを取りながら、言った。
「何が正しいか、誰が正しいか。そんなものは……無いわ」
「「!」」
今まで暗そうにしていた成歩堂も、それを黙って見ていた真宵まで、その言葉に驚いた。
「だからこそ人は、自分がしたい事をするんじゃない。それに……」
冥はそこで一呼吸置くと、銀色の髪をさらっとなびかせた。
「″何かが正しい″んじゃない。″自分がそう思うものが正しい″のよ」
冥の厳しくも優しいその言葉に、成歩堂と真宵はしばらく呆けていた。
だが暗かったその顔は、すぐ笑顔へと戻っていった。そして二人は笑いだす。
「かっ…狩魔検事…。ゴドー検事並にくっさ〜〜〜〜っ!!」
「なっ…!人がせっかく元気付けてやったというのに、この綾里 真宵!」
「………っ…!」
「声も無く笑うな!!」
「いったぁぁっ!あっはははははは!!」
二人が笑いながら逃げ回るのを、冥は羞恥と怒りで顔を赤くしながら追いかける。
しばらく二人の笑い声と、冥の怒声、そして走り回る三人の足音が事務所内に響きわたっていた。
三人がそうしていると、事務所のドアが開いた。
「こんにちはッス!………って何スか!!一体何が起こってるッス!?」
いきなり三人の壮絶な追いかけっこを見た糸鋸は、思わず焦りの声をあげる。
「ヒゲ、一体何しにきた!」
「どわわっ!!い、痛いッスよ!」
怒りからなのか、いつも叩いている糸鋸を意味も無く叩く。
「昨日の裁判がいや〜なムードだったッスから様子見に来たッスが…全然元気じゃないッスか!」
「いや〜。さっきまでは私もなるほどくんも、すっごく暗かったんですけどね」
真宵は苦笑しながらそう言った。
「でももう大丈夫です。狩魔検事が元気づけてくれましたし」
「なっ…!勝手な解釈をするな、成歩堂 龍一!」
「そうだったんスか。一足遅かったッス…」
「ヒゲも残念そうに言うな!」
男二人をビシバシを叩きながらも、冥は図星を突かれていたのか顔を赤くしていた。
「あ、あの〜……」
今にも寝てしまいそうなその声に、一同は動きを止めた。
「はぁ…はぁ……刑事さん、置いていかないでくださいよ〜。こう見えて、私結構足遅いんですから〜…」
どう見ても足は遅そうだ、という一同の心の突っ込みは、果たして彼女に聞こえているのだろうか。
走ってきたのであろう、少し息切れ気味の燈六 聡華がいた。
「す、すまねッス!つい駆け足できてしまったッス」
「というか、二人で来たんですか?」
「この子がどうしてもあんたに会いたいって言ったから、しょうがなくッス」
「あ、しょ〜がないとか言わないでくださいよ〜!」
相変わらずのぼけっとした顔で怒りながら、聡華は胸の前で腕を組んだ。
「弁護士さん。ほんと〜にすみませんでした。私がもっとちゃ〜んと見ていれば、あんな回りくどいことしなくて済んだのに」
「もう済んだことですからいいですよ。安心してください」
「それにしても〜……未だに信じられないです。あの優しいせんせ〜が……」
聡華はそう言うと、悲しそうに顔を伏せた。
成歩堂はそんな聡華を見ると、優しく笑いながら言い始めた。
「…確かに彼女は殺人犯だよ。けど、ちゃんと人としての心は持っていた」
「…………」
「君が慕っている先生は、本当に優しい心を持っていたんだ。そうだろう?」
「ど〜いうことですか…?」
「先生が君に向けた笑顔は、偽りに見えたかい?」
「!」
「そういう事だよ」
成歩堂はそう言い、聡華に笑いかけた。
「……そ〜ですね。私、せんせ〜の笑顔、大好きです」
そして、聡華も嬉しそうに笑った。
と、
「なるほどくん、はみちゃんがいるよ」
「えええっ!?」
いつも真宵以外の女性と話している時に、必ずと言っていいほど現れる春美。
今まさにその条件に合っているので、成歩堂は思わず身構えた。
だが、
「な〜んてね!嘘、嘘」
と、真宵は可笑しそうに笑いながら言った。
そして春美がいないと判ると、成歩堂は安心しながらがくっと膝を落とした。
「悪質な嫌がらせをしないでくれぇ、真宵ちゃん…!」
「でもはみちゃんがいたら危なかったね。もうパンチ一発じゃ終わらなかったね」
「うぅ……」
成歩堂が半泣きになっていると、糸鋸が思い出したように手を叩いた。
「そういえば手紙が来てたッスよ。あんた宛てッス」
「勝手に人の郵便受け見たんですか。まぁいいですけど……」
そう言いながら成歩堂はその手紙を開けた。
手紙を読み始めた成歩堂は、突然真剣な顔つきになりながら読み始めた。
しばらく成歩堂はその手紙を読んでいたが、読み終わると、手紙を封筒の中へ戻した。
「な…何々!?依頼の手紙じゃないの?」
「いいや。十寺さんからだった」
意外な人物に驚いた一同だったが、一番早く反応したのは冥だった。
「な、なんですって!?今すぐ読みなさい、成歩堂 龍一!」
「読むからムチを構えないで!えっと……」
ムチを上に掲げて構える冥を恐れながら、成歩堂は読み始めた。
「成歩堂さんへ。
前略。
突然の手紙に驚かれた事でしょう。
本当は面と向かい合って話すのが礼儀なのでしょうが、オレにはそんな勇気はありませんでした。
なので手紙という形を取らさせてもらいます。本当にすみません。
先日の裁判での無罪判決。本当に有難う御座いました。成歩堂さんには感謝してもしきれません。
成歩堂さんは優しい人です。たから今回の事で気を落としているかと思います。
でも、これで良かったんです。雅もこれでやっと『オレとの約束』という鎖から解放されました。
赤い糸や、約束は関係ありません。これからはオレが彼女を、自分なりに愛し続けていきます。
たとえ、二度と出てこれなくても、この世からいなくなってしまうとしても…。
これからもどんな真実が待ち構えていようと、オレはそれをあえて受け続けます。
オレにはそれが出来ると、自分を信じています。
成歩堂さんに教わった『信じる心の強さ』を持って、ずっと自分を信じていきます。
それでは。またどこかで会いましょう。
十寺 康信」
成歩堂はそこまで声を出して読むと、もう一度封筒に手紙を戻した。
「十寺さん……」
真宵は涙ぐみながら、思わず十寺の名前をぽつりと出した。
「十寺 康信は強くなったのよ。あなたも″自分を信じる心″とやらを持ってみればどうかしら?」
「自分を……信じる…」
成歩堂は何かを考えるように俯いたが、すぐに顔を上げた。
「ぼくは弁護士だ。ぼくは依頼人を、そして自分を信じていくよ」
そう言って、成歩堂は勇ましく笑った。
「なるほどくん…!」
「それでこそあんたッスよ」
「ようやく判ったようね」
「私、感激です〜」
四人が嬉しそうにそう呟く。
真宵は成歩堂の腕を掴むと、ぐいぐいと引っ張った。
「真、真宵ちゃん?どうしたのさ」
「お祝いだよ!裁判が終わった日はしなかったんだから、今からぱぁ〜っとやろう!
……ラーメン屋で」
「……ちょっと私情入ってなかった?」
「そ、そんな事無いよ!」
二人ともいつものやりとりを、今までに無かったほどの笑顔でした。
今までの暗い感情は無くなったのだから。
「しょうがないから私もついて行こうかしら?」
「自分も行くッス。金が無いッスけど……奮発するッス!」
「私もご一緒していいですか〜?」
「もちろん!」
皆のその言葉に、真宵は嬉しそうに手を合わせた。
成歩堂も、真宵の後ろで嬉しそうなため息をついた。
すると突然真宵が後ろを振り向くと、成歩堂に向かって言った。
「もちろん……なるほどくんの奢りでね!」
「え?」
「マジッスか!?感激ッス!」
「えぇ?」
「そうね。ヒゲの為にも貴様が出しなさい」
「ええぇ?」
「わぁ〜!ほんと〜ですか?」
「ええぇぇ?」
全員からの脅迫とも言えるこの言葉に、成歩堂はただ疑問の声をあげるだけしか出来なかった。
だがしばらくすると、成歩堂は全てを理解したようにため息をついて、言った。
「ちょっと……一言、いいかな?」
その声を聞いた四人は、嬉しそうに笑った。
「オッケーだよ。いつでも言って!」
綾里 真宵。
「しょうがないから、今日は貴様に花を持たせてやるわ」
狩魔 冥。
「いつものいくッスか?遠慮なくいくッス!」
糸鋸 圭介。
「私、あの台詞大好きです〜!」
燈六 聡華。
「じゃあ……お言葉に甘えて」
成歩堂は軽くセキをすると、四人に勢いよく指を突きつけた。
そしてまるで裁判所にいる時のように、彼は言った。
「異議あり!」
五人の笑い声が事務所から遠ざかる。
すると窓から入ってくる風が、成歩堂の証拠品ファイルにあった一枚の写真を飛ばした。
それはあの二人の、愛を誓った傷跡の写真。
その写真は、まるで羽根でもついているかのように、太陽に向かって飛んで行った。
あとがき
お疲れ様でした〜。これで「約束の逆転」は全て終わりです。
偶然これだけ読んでくださった方、全部読んでくださった方、どちらにしろ有難う御座いました。
やはり逆転裁判のキャラには笑顔ですよね!最後は笑顔で締めくくりました。
読んでくださった方も、これで和やか〜な気持ちになっていてくれたら幸いです。(有り得ない)
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