椿
救いたい人がいますか?
助けたい人がいますか?
大切な人はいますか?
椿
薄暗い、埃っぽい部屋で、蝋燭の火が揺らめいていた。
数人の人だかりが円を描くように出来ている。
中央には、縄で縛られた二人の人間。
緑の鎧に身を包んだ、関羽と関平。
その鎧は何人もの赤い血で染まり、周囲の暗闇と同化する。
一人の兵士が、一刀の銀剣を持ってくるのが見えた。
「如何しても、呉には降らぬと申すのだな……」
冷たい声で、孫権は関羽に問う。
先程から、同じ問いかけをする孫権に、関羽は断固として首を縦
に振らなかった。
「何度問われようとも、拙者の答えは変わらぬ。
兄者だけが、拙者の主だ」
毅然とした態度で、自分たちを見下ろす孫権を見返す。
その決意が、決して変わらない事を悟るや、孫権は静かに後ろへ
下がる。
引き換えに出てきたのは、銀剣を持った兵士。
関平の横にいた関羽が、他の兵士によって前に出される。
「……っ」
二人の距離が離れる瞬間、関羽は自分の息子に向かって微笑み掛
ける。
一瞬だけの最後の笑み。
やめて、まって。
殺さないで……。
叫びたいくらいに言いたいことはたくさんあった。
でも、声が出ない。
静かに、銀剣が振り上げられていく。
「兄者…誓いを果たせられなくてすま――――」
振り下ろされる瞬間が酷く、ゆっくりに瞳に映る。
それでも、避ける事も止まる事もなく、それは関羽の首筋に吸い
込まれて行くように落ちた。
暗闇に落ちる一筋の銀の光。
ピチャ……
関平の顔に、赤い雫が飛び付く。
それはゆっくりと垂れ落ち、床に落ちる。
「……!? ……や」
目前には、静かに転がる生首と、胴体。
赤い血溜まりの中に、身を沈め。
「ち、ちうえ……」
何故、如何して?
認めたくない現実。
言葉が出ないまま、関平は左右に弱々しく首を振る。
嫌だ……。
「嫌だ、如何して……っ!」
夢であって欲しい。
また笑って欲しい。
約束、したじゃないですか。
生きて、生きてまた蜀に帰るって。
「あぁぁあぁぁあぁぁぁああぁ!!」
悲鳴だけが、その場を飾った。
「其奴は釈放しろ」
孫権が静かに言う。
何故?
殺して……。
あの人がいない今を生きていくなんて出来ない。
殺して……。
頬には一筋の涙。
ただ、助けたかった。
こんな自分を息子にしてくれた貴方を……。
喉が枯れるくらい、声を出し続けた。
その場で縄を解かれた瞬間、近くにいた兵士の剣を引ったくり、
孫権の下へと一気に駆け出す。
許さない……。
自分から、あの人を奪った貴方を。
いっその事、釈放なんかじゃなく殺してくれればいい。
そうでなかったら―――――
せめて、貴方を殺して、自分も死ぬ。
絶対に、許さない……。
あと、数歩。
周囲の護衛兵を斬り捨て、孫権に向かって刃を振り上げる。
「許さない!お前だけは絶対に、絶対に許さない!!」
「っ! 幼平」
振り下ろされる瞬間、関平の腹に刃が食い込む。
「!!??う、くぅ」
その手から、剣が落ちる。
乾いた音を立てて床に落ちる剣と、自らの血で出来た血溜まりの
中に崩れ込む関平。
痛みが、体を占拠していく。
だが、それは一瞬の事で、すぐに何も感じなくなった。
ただ、物凄く眠たい。
静かに、瞳を閉じる刹那、浮かんだのは貴方や仲間の顔。
静かに、息を引き取った関平を見て孫権は服の裾で、少しだけ顔
を覆う。
「仲謀様……」
剣を染めている血を振り払いながら、周泰が孫権を見た。
残ったのは、赤い赤い血溜まりと、物言わぬ二人の骸。
そして、耳に焼きついた、悲鳴。
救いたい人がいます。
助けたい人がいます。
大切な人がいます。
それでも、救えない人が、助けられない人がいます。
大切でかけがえのない人を失っても、生きていける資格を私は持っていましたか――――?
(補足)漢字の読み仮名
関羽 かんう
関平 かんぺい
孫権 そんけん
仲謀 ちゅうぼう
幼平 ようへい
周泰 しゅうたい
あとがき
瑠維と申します。
三国志関連がすきなので二次創作です。
まだまだ未熟者ですので判りずらいところもしばしば・・・・。
ルビが振れなかったので読み仮名を下に書かせていただきました。
宜しく御願いします。
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