俺達の価値、その結論と証明
作者: オリーブドラブ   2011年02月09日(水) 03時39分27秒公開   ID:g.U14H1BG8c
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 雲一つなく晴れ渡る空、サンサンと輝く太陽、都市を行き交う人々。
 この景色だけを見る上でなら、昨年まで人類の存亡を賭けた戦争があったことなど、想像もつかないだろう。

 一年前、全世界で頻発していた紛争の解決を目的として創設された超法規軍、通称「EDF」は、宇宙から飛来してきた侵略者(インベーダー)の襲撃を受け、壊滅的打撃に苛まれた。
 辛くも侵略者の母艦を撃墜することで彼らは撤退していき、地球の平和は取り戻された。
 もちろんこの戦争の傷痕は深く、完全な復興は難しいと思われていた。
 しかし、侵略者の残していった未知数のテクノロジーが、皮肉にも復興に大きく貢献する結果を導いた。
 そして終戦から一年の月日を経た今、この世界はかつての繁栄へと、息を吹き返しつつある。


「わあああッ!」

 ふと、俺の背後から悲鳴が響き渡る。
 だが振り返るまでもない。彼女である事実が明白だからだ。
 背中に搭載した飛行システムを使いこなせないまま、きりもみしながら一人の女性兵士が墜落していく。
「ひゃうッ!」
 普通なら頭からアスファルトに直撃して即死するはずだったところを、あらかじめ敷かれていた大型クッションに救われる。訓練中に何度死んでもおかしくない彼女のために特別に配慮された、「救済措置」である。

 クッションに埋もれ、蜘蛛の巣に囚われた蝶のようにばたつく彼女を、周囲は呆れと心配が入り混じった視線で見つめていた。
「鳥島隊員、またやらかしたな。君だけメニューを一からやり直しなさい」
 厳しい物言いで叱責する女の教官。女性兵士は返す言葉もない。
「は、はい」
 なんとか柔らかいクッションからの脱出を果たし、飛行開始前の姿勢に戻った。たどたどしい動作が、周りの隊員達のため息を誘う。

 ここは都市から少し離れたEDF駐屯基地の一つ。
 この基地では、侵略者のもたらしたテクノロジーを元手に開発された、新兵器を運用する部隊「ペイルウイング隊」の訓練が行われている。俺が今いるところは、その訓練施設だ。
 背部に装着された飛行システムで空中戦を展開し、立体的な戦闘を実現する次世代特殊部隊であるペイルウイング隊は、この基地はもとより、EDF本部からも注目されている。。
 基本的に隊員の多くは女性が占めており、現時点でのEDFの大まかな隊員構成は、地上戦を担当する男性の陸戦兵と、女性で構成され、空中戦に特化したペイルウイング隊との二つに分割されている。


「ここにいたのか剣山。まぁた女のケツ眺めてやがるな」
 俺と同じ陸戦兵の任に就く同僚が顔を出してきた。少しやかましいところはあるが、同期として信頼できる付き合いを重ねてきた、一文字惇だ。茶色い短髪が、今時の若者らしさを醸し出している。
「一文字か。パトロールの結果報告は終わったのか?」
「これからすぐに行くって。それよりお前、また美優ちゃんのこと見に来てんのかよ」
 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる同僚に、俺は眉をひそめる。
「俺は彼女の成長に興味があるだけだ。ペイルウイング隊がどれほど今後のEDFに影響を与えていくのか。伸びしろのありそうな彼女を見ていれば、それが見えてくる気がしてな」
 一文字の言う美優というのは、先程墜落して教官からお叱りを受けていた鳥島美優隊員のことだ。
 ペイルウイング隊の入隊試験が行われていた際に、筆記試験の試験会場がわからずうろたえていた彼女を案内したことがきっかけで、俺達は知り合った。なかなかの努力家らしいが、いかんせん空回りが激しく、結果は見ての通りだ。
 しかも彼女のことになると、水を得た魚のように、生き生きと一文字が茶々を入れてくる。
 この俺、剣山竜平にとって、異性との交際ほど不似合いなものはないというのに。

「彼女の伸びしろってなんだよ? 胸か! 胸なんだな!?」
「俺が知るかそんなもの! いいから報告に行け!」
 これ以上付け上がらせるわけにはいかない。俺の怒号に引き際を悟ったのか、一文字は「お幸せに」と冷やかしを入れ、そそくさと訓練所をあとにする。
「やれやれ……」


「ご心労のようだな、剣山隊員」

 聞き慣れた声が耳に入ってくる。逞しい肉体に、精悍な顔立ち。俺が所属する陸戦隊を統率している神崎功成隊長だ。
 俺と一文字は昨年の戦争の時から、彼の指揮下に入っていた。訓練を終えてそのまま来たらしく、戦闘服の上からでも、その一切のぬかりなく鍛え上げられた筋肉が伺えた。
「隊長、ここに何か用事でも?」
「ああ、泉堂教官にデータの提供を頼まれててな。お前は……聞くまでもないか」
 ニッと口元を吊り上げ、彼は俺がここにいる理由の追及を控えた。隊長まで誤解しているらしい。一文字が吹き込んだと見て間違いないだろう

「神崎陸戦隊隊長、こちらでしたか」
 凛とした声と共に、さっきまでペイルウイング隊の訓練をしていた女教官が現れた。
 この基地所属のペイルウイング隊隊長を務めている、泉堂詩織だ。
 一見スラッとしたスタイルを持つ彼女だが、よく見ると鋭く引き締まった筋肉が、彼女の肉体を成しているのがわかる。
 彼女は神崎隊長とその隣に立つ俺に静かに敬礼をする。俺達もそれに応じて、敬礼を返した。
「泉堂教官、これが例のデータだ。昨年の戦争の際に出現した巨大生物について、一連の情報をまとめてある」
「ありがとうございました、神崎隊長。これで、より多様な局面でペイルウイング隊を活かせるでしょう」
 ピシッとした姿勢のまま、泉堂教官は神崎隊長から書類を受け取る。そのページの中から、昨年の戦争の時に俺達が対峙した、あの巨大な蟻のような怪物の写真が覗いていた。
「ペイルウイング隊はこの先、EDF全体に大きな影響を与えていくことになるだろう。平和のためにも、君達の今後の活躍に俺達も期待している」
「ありがとうございます」
 神崎隊長の激励を合図に、俺達は再び敬礼を交わす。泉堂教官は書類を抱え、静かに立ち去っていった。

 ……平和、か。

「さて、俺は戻るが……お前はどうするよ?」
「もうしばらくここにいます。考えておきたいことがありますから」
「そうか。ま、よろしくやれよ。あと晩飯はちゃんと食えよ」
 この隊長の誤解を解くには、まだ時間がかかるかもしれない……


 日が暮れる頃合いになった今でも、俺はまだ物思いにふけっていた。

 侵略者との戦いは、俺達からたくさんのものを奪い、たくさんのものを与えた。
 すなわち、多くの命を失い、人類に役立つ未知のテクノロジーを手に入れたのだ。
 失うものはあまりにも大きい。そして、得たものも小さくはない。

 でも、俺達は失ったもの……あの戦争で失われた大勢の命を、どうやって取り繕っていけるのだろう。
 生き残った者が、命を落とした者の分まで生きることに意味があるとは、よく聞く話だ。実際、その通りだとも思う。
 この戦争で勝ち得た侵略者のテクノロジーは、復興に役立ち、ペイルウイング隊を実現させた。地球は平和と繁栄を取り戻した。

 だが、いくらテクノロジーを得たと言っても、街や基地が元通りになったとしても、戦争が始まるまでそこで暮らしていた人々は元には戻らない。死んだ人間は、死んだままだ。
 俺達は人類のために、侵略者と戦い、勝利した。得たものもあった。それでも、死んだ人間が蘇ることはない。
 戦闘が終わったあと、瓦礫の山と化した市街地で幾度となく見た光景が思い出される。我が子の死に泣き叫ぶ母親、行方知れずの恋人を探して、満身創痍のまま地べたを這い回る男性。
 あの戦争の犠牲となった者、犠牲に悲しむ者。彼らを見ていると、俺はいつも「もっと効率的な作戦があれば、もっと効果的な武器があれば」と、過ぎたことで悔やんでいた。
 だからこそ、侵略者との戦争を経て多くの新技術を勝ち得た結果は、大きな前進だと俺は思えた。もし同じ状況に見舞われても、それに対抗した技術を用いて、犠牲を未然に防ぐ。そうしていくことで、あの時のような悔やみもなくなっていく、そう確信していた。

 だが、それは「救われた者」と「救われなかった者」との溝を作り出す結果も招いていた。
 対抗技術が存在する前の人々は、対抗技術が存在した後からの人々を見て、何を思っただろう。僅かに生きた世代が違うだけで、ここまでの格差を見せつけられた人々は、何を思っただろう?

 昨年の戦争で、俺と一文字は巨大生物の群れに襲われる避難民の救助に向かうことがあった。はじめは敵の数の多さを前に、対処しきれず被害を防ぎきれなかった結果も多かった。
 しかし、後に本部から支給されてきた対巨大生物に特化した火炎放射器を使用するようになってからは、戦果がグンと上がり、犠牲は大幅に減った。
 その時は俺も一文字も、被害を抑えられた結果に満足していた。
 だが、俺達の手に余る事態だった頃に、母親を失った小さな子供が、もう一度自分達を助けに来た俺達に食ってかかることがあった。

「どうして、ママを見捨てたの!」

 あの時の子供の言葉は、今でも忘れられない。
 当時ではどうしようもない、やむを得ない状況だったのはわかっている。
 しかし、過去のことであるからこそ、「もし、もっと効率的な手段があれば、こうはならなかったんじゃないのか」と、忌まわしい過去は俺を追及していく。
 本当に、俺は最善の結果を残せていたのだろうか? あの子の母親を救う力は、本当に俺にはなかったのだろうか?
 ……今、平和を生きている俺達は、平和を生きられなかった、生きていても幸せではなくなった人々に、何ができるんだろうか?


 壁にもたれかかり、俯いていた俺の視界に、すらりとした華奢な脚が映り込む。
「竜平、ずっとここにいたの?」
「美優……訓練は、終わったのか」
「それは、まあ、そういう時間だし……」
 言われてみて腕時計に目を移してみれば、もう夜八時。この時間帯になれば、大概のペイルウイング隊の連中は訓練を切り上げ、宿舎に戻る。
 美優がここにいるのは、メニューの修了が難航し、やり直しを続けていたからだろう。
「訓練の合間にあなたがちらっと見えたから、来てるのはわかってたけど……こんな夜遅くまでどうしたの?」
「考えごと、だ」
 彼女には悪いが、こういう時に声をかけられるのは好きじゃない。それまで積み上げてきた考察が頭の中でぐらついてしまうからだ。
 美優は素っ気ない俺の返事に肩を竦めると、少し躊躇ってから俺の腕に手を伸ばした。
「ダメよ、あんまり根詰めても」
「それはわかってる。わかってるから、今は一人にしてくれ」
 つれない俺の態度に、彼女はムッとした顔になった。すると今度は、背筋を伸ばして人差し指を天井へと向ける。さながら、いたずらっ子を叱る教師のようだ。
「わかってない! ほっといたら、朝までそこに寄りかかってるに決まってるんだから」
「いくら俺でも、最低深夜三時には帰るぞ」
 その途端、つま先立ちで彼女の顔が俺の目の前まで迫ってきた。
「遅すぎよ! 明日も早いんだから、もう帰らないと!」
「別に明日のメニューには差し支えない」
「そうじゃなくて!」
「じゃなくて?」
 俺の問い返しに、彼女は黙り込む。今までの詰問が急に止まったため、やけに静かな雰囲気になった。

 言葉をなんとか紡ごうとしている様子の彼女が口を開いた時、妙な鈍い音が耳に入ってきた。
 音の発信源に視線を向け、その先を上へとシフトしていくと、鼻の先まで真っ赤に染まった彼女の表情にたどり着いた。
「そういえば食事がまだだったな」
 空腹になれば、腹が鳴るのは当然だ。俺も侵略者との戦争の際には、丸二日は食事抜きを余儀なくされた状況に見舞われたことがある。
 そこから生還した途端に腹が鳴り出し、一文字や神崎隊長に笑われていた時があったが、何が可笑しいのか未だに理解できない。
 人体の構造上、あって然るべきメカニズムだというのに、美優はまるで裸でも見られたかのような恥じらいの様子を見せている。
 昨年の戦争の時から抱えていた疑問を解消する好機と見て、彼女に恥と思う理由を尋ねてみようと思っていたが、僅かな目尻の潤みが俺を思い止まらせる。
 ……まぁ、急いてはことをし損じる。彼女の精神状態が安定してからでも、決して遅くはあるまい。
 この場をやり過ごす最善の判断として、俺は彼女に食事を提案する。その時の彼女が見せた安堵の微笑が、なぜか頭に焼き付き、離れなかった。


「えっと……ほら、陸戦隊って、いっつも厳しい訓練してるじゃない? 竜平は大丈夫なのかなって……あ、いや別に竜平のこと馬鹿にしてるわけじゃないよ! でも、あなたっていつも夜遅くまで外で考え事してたり、あんまり眠れてないって印象があるから、それで……」

⇒To Be Continued...

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