どこぞの正規軍の一日
作者: オリーブドラブ   2011年02月02日(水) 01時50分05秒公開   ID:PajwwaS9/uw
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〜アイデン・グルツレンダー〜



「義勇軍風情がウロチョロしてんじゃねぇよ!」
 人を殴るときによく聞く鈍い音が、俺を不快にさせる。
 俺がいる兵舎の外で揉めごとが起きているようだが、内容はさっきの怒号でだいたい察しがついてしまう。
 我が正規軍に属する兵士が、義勇軍の仲間に喧嘩を吹っかけた。これでたぶん間違いないだろう。
 正規軍と義勇軍で待遇が異なるのは仕方がない気もするが、あんまり仲間同士でいがみ合うものじゃなかろうに。
 いつもの調子で、俺は報告書をまとめる作業を中断すると、半ば呆れながら兵舎の外へ出る。清々しい朝日の光が、俺のストレスを僅かにだがほぐしてくれる。


「別に邪魔なんてしてないだろ! ちょっと通りがかっただけじゃんか!」
「んだと!?」

 ……その僅かな安らぎさえ、無益な争いが払拭(ふっしょく)してしまう、この悲しさ。
「イグナム、またお前か」
「アイデン! 邪魔すんな、こいつが謝らねぇと俺は気が済まねぇ!」
「なんなんだよ!ただ道歩いてただけでいきなりぶん殴るなんて!」
 我が同期にして今は部下の一人であるイグナム・シュナイガンは、大の義勇軍嫌い。
 なんでも、正規の訓練を重ねて軍に入った俺達と、民間人上がりの素人モドキが一緒に戦うのが気に食わないらしい。
 民間からの徴兵が多くを占める義勇軍だって、軍隊として機能する上で必要な訓練はちゃんと積んでいる。
 確かに正規軍と比べて、軍事的なまとまりには欠ける点は否めないかも知れないが、戦力として加わってくれているという部分だけでも、小国であるガリア公国にとって心強い話だと思うんだけどなぁ。
 最近噂になっている、義勇軍第三中隊所属・第七小隊のウェルキン・ギュンター少尉がいい例だ。正規軍顔負けの活躍……とりわけヴァーゼル橋での勇躍ぶりは記憶に新しい。
 義勇軍だってかなり活躍しているのだから、その辺に理解をしてもいいのではないかとは思うが、その義勇軍の兵士に油を売る我が同僚を見ていると、虚しくなってくる。
「ギャアギャア喚き散らすのもそこまでにしろよ。だいたい、原因はなんなんだ」
「こいつが俺の横を素通りしやがったんだぜ。目が合ったのに敬礼もしないで」
「両手が塞がってんのに、どうやって敬礼なんてするんだよ!」
 見れば、イグナムに殴られた義勇兵の青年は、両手で大きめの箱を抱えている。
 箱のラベルを見る限り、弾薬のようだ。両手が塞がるのも無理はない。
 それに、いちいち下ろして敬礼するのも体力や時間の無駄だろう。士官クラスの相手なら敬礼は必要だろうが、縁もゆかりない一兵士に通りがかる度に挨拶するのは骨が折れる。
「イグナム、彼の持つ箱は弾薬だろう。危険物を持ち運んでいる相手をいきなりブツのはどうかと思うぞ」
「チッ、なんでぇ。また義勇軍の肩入れかよ」
「いいからお前は戦車の手入れにでも行け。オージア中尉が人手が足りないと言っていた」
「ヘイヘイ、少尉様はお偉いこって」
 この態度の悪ささえ無ければ、少なくとも俺より階級が下回ることはなかっただろう。事実、イグナムは口は悪いが兵士としての能力は高い。偵察、狙撃と様々な兵種をオールマイティにこなせるし、状況判断能力も優れている。
 同期の俺が少尉であいつが曹長なのも、士官学校時代の教官から不興を買った結果だろう。首席で卒業していた、同じく同期のクルト・アーヴィング少尉も、反逆罪で懲罰部隊「ネームレス」に左遷(させん)されたと聞いた。信じられない話だったが……どこまでが本当なんだろうか。

「……自分は先を急いでいますので、これで」
 物思いに耽(ふけ)る俺に釘を刺すように、ゆっくりと弾薬の箱を置いた彼が敬礼する。
 士官の俺には律儀に敬礼する辺り、教養は十分なようだ。イグナムにも見習ってもらいたい。
「我が隊の兵が無礼を働いて済まなかったな。気を悪くするなというのも無理だろうが、ここは一つ、勘弁してやって欲しい」
「……はぁ、わかりました」
 正規軍に謝罪を受けるとは思わなかったのか、彼はかなり意外そうな顔をしていた。
 俺は敬礼を返した後、箱を抱えてそそくさと立ち去る彼を見送り、兵舎へと引き返す。


 ……お前ら、仲間なんだから仲良くしろよな。



〜イグナム・シュナイガン〜



 あぁーッ、くそおッ!腹が立つッ!
 なんだってアイデンの野郎、義勇軍ビイキしやがるんだ!?
 確かに俺が問題起こしてネームレス行きになりかけた時に、何度も庇ってくれたこともあったし、悪い奴じゃねぇのは百も承知のことだが、そこだけが気にくわねぇ!
 俺達が死に物狂いで訓練して兵士になったってのに、あの民間上がりのシロート共は、さも俺達と同等みてぇに振る舞いやがる!
 アイデンはあのギュンター将軍の息子って奴を高く買ってたが、ありゃ明らか軍人の器じゃねーだろッ!
 ヴァーゼル橋を奪い返したすげぇ奴だと聞いて、お目にかかろうと基地まで行ってみりゃ、「野鳥の観察に出かけてます」だァ!
 なにしに義勇軍に入ってんだ、大学に帰りやがれッ!

 俺はムシャクシャする気持ちを左足に込め、近くのドラム缶を力任せに蹴り倒す。
 中身がカラであるため、実際の威力以上に音が辺りに響き渡る。周りの奴ら、ビビってやがるぜ。いい気味だ。


「おぅ、また義勇軍絡みでアイデンに叱られて来たのか。相変わらずの荒れようだな」
「チッ、おいでなすりやがったな中尉殿」
 我が隊の戦車長にして隊長を兼任する、オージア・ギルソン中尉だ。第一次ヨーロッパ大戦の頃からの熟練兵だそうだが、俺に言わせれば俺以上のゴロツキだ。
 自分から喧嘩を売ることはないが、売られた喧嘩は必ず買う。そして大概は一発でのしてしまう。
 義勇軍でもここまで荒っぽい奴はそうそういない。そんな野郎でも正規軍にいられるのは、前大戦の実績が無視できないものだったからだと、アイデンが言ってたっけな。
「あいつがマジメ過ぎてんのか、俺達がイカレ過ぎてんのか、どっちなんだろうな」
「両方だろ。それよりイグナム、ここにいるってこたぁ、俺に用事があるんじゃねぇのか」
「あぁ、アイデンが戦車の手入れを手伝えってさ。なにすりゃいい?」
「一足遅かったな、整備はほぼ終わらせた。ぞうきんでもやっとけ」
 人手が足りないとかぬかしておきながら、これかい! たらい回しもいい加減にしやがれ!
 奴はその辺に引っかけてあった濡れぞうきんを引っつかみ、俺に投げ渡す。つかみ取った際に飛び散った汚れ水が、俺の顔に降りかかった。

 ……あの野郎、ワザと一番濡れてるぞうきん選びやがったな!
 してやったりの表情を見せる奴のツラを、一発水で冷やしてやろうかと振り上げたぞうきんを握る手を、俺は寸前のところでグッとこらえる。
 もしこの場で奴の顔にぞうきんを叩きつけようものなら、たちどころに俺は奴のサンドバッグと化す。入隊直後に起こした奴との喧嘩で、こいつとの力の差をこれみよがしに見せつけられた記憶が蘇ってくるようだった。

「ま、せいぜい頑張りたまえ、若人(わこうど)よ」
 俺が反撃に渋っているのをいいことに、奴は言いたい放題。そのままタバコを手にどこかへ立ち去っていった。
「ちっきしょう!」
 せめてもの八つ当たりで、俺は濡れぞうきんを乾いた地面に叩きつける。不毛の大地に、ぞうきんに含まれている水分がじんわりと染み込んでいくのが見て取れる。

「あ、イグナム曹長。ここでしたか」
 いらつく俺を癒すように、聞き慣れた声が耳に入ってくる。いつ聞いても心地のいい、透き通った声だ。
「おぉ、エリスニィ。仕事は終わったのか?」
「ええ、アイデン少尉に資料を頼まれていますので、それで最後になります」
 爽やかな笑顔で敬礼するエリスニィ・ミンベル。いつものことながら、イイ女だ。
 整った目鼻立ち、綺麗なブロンドのポニーテール……いまさらながら、軍に入るより女優になってた方が成功していただろうと、つくづく思う。
 その上、出るところは出ている。前にガリア中部方面軍総司令官のゲオルグ・ダモン将軍が視察に来た時に、彼女をヤラシイ目付きで見ていたことをふと思い出した。
 やたらエラソーでシャクに障る将軍だったが、気持ちはわかるぜ、男として。

 ただ、彼女は女性にしてはかなり背が高い。
 俺よりやや高めで、アイデンより少し低い。
 アイデンでさえ男性兵士の平均を上回る長身だというのに、彼女はそれに届きそうな程の背丈があるのだ。
 外見のわりに言い寄る男が少ないのは、身長差を気にしてのことだろうか。彼女自身もそこがコンプレックスであるらしく、以前に俺が好みのタイプを尋ねたところ、「私より背が高い人」との回答が。
 最近の彼女の言動を見る限り、なんかアイデンのことが気になってるみたいだ。ちくしょうめ! また腹が立ってきた!

「あ、あの……イグナム曹長、どうかされましたか?」
「なんでもねぇッ! さっさとアイデンのところまで行ってやれッ!」
「は、はいっ!」

 情けなくも、彼女に当たり散らしてしまう自分がイヤになる。申し訳なさそうに頭を下げると、彼女は足早に立ち去ってしまった。

 くっそぉ、女なんて、女なんてェエェ!



〜ウルガル・デルマン〜



 ……はー、全く、ひどい目にあったな。
 まさか素通りしただけでいきなり殴られるなんてな。あの少尉さんが割って入ってくれなかったら、もっとややこしいことになってたんだろうなあ。
 十八歳の俺は義勇軍の中ではかなり年少だろうなぁ……って思ってたんだけど、予想以上に俺より年下の子が多かったのには驚いたな。確かに十五歳からの加入が認められてはいるんだけど、その年齢ギリギリの隊員がこの辺りにはかなり多い。
 噂に名高い第七小隊の隊員には、十二歳の最年少隊員がいるって話も聞いたことある。初めて聞いた時は信じられなかったけどね。
 アバンのお兄さんも義勇軍にいるみたいだし、故郷のメルフェアを守るためにも、俺も頑張んなきゃな!

 弾薬詰めの箱を指定された軍用トラックの荷台に乗せて、俺は一休みしようと山積みされた別の箱に腰かける。
「ふぅ……」
 小さくため息をつき、胸ポケットの中に手を伸ばす。
 むさ苦しい軍服から解放されたように、白い一輪の花が顔を出してきた。
 故郷の女の子が、お守りにと俺にくれた、宝物。


「それ、コナユキソウ?」
「のわッ!?」

 不意に背後からかけられた声に、俺は裏返った声で叫び声を上げてしまう。後になって振り返ると、死にたくなる程恥ずかしい。
 向こうもこっちの叫びに面食らったらしく、キョトンとした表情だ。

「ああ、やっぱりさっきの義勇軍の人だな」
「あ……えと、これは少尉殿! 先程はありがとうございました!」
 突然後ろから話しかけてきたのは、さっきのいざこざの時に助けてくれた士官さんだった。
 とりあえず士官への礼儀として、敬礼をして数少ない語彙力を振り絞り、お礼を言っておく。
「いや、こちらこそさっきは失礼した。報告書が片付いて暇ができたから、君に一言謝っておこうと思っててね。ちょうどよかった」
 義勇軍と正規軍の険悪な仲を考えると、なかなか想像のつかないタイプの人だな。この人の部下だっていうあの危ない奴とは、まるで正反対。
「いえ、それには及びません。こちらも不注意なところがありましたから」
「そうか。……ところでさっきも言ったが、それってコナユキソウだよな?」
 彼が指差す俺の手には、かけがえのないお守りが無意識にしっかり握られていた。
 義勇軍に志願すべきか考えていた時に、なにがあってもくじけないで欲しいと言い、コナユキソウをくれた幼なじみの女の子。それを思い起こすたび、胸から喉へと熱いものが浮かび上がってくる。

「えぇ、故郷の幼なじみにもらったんです。どんなことがあっても、これさえあれば生きて帰って来れるからって……なんだかうれしいような、くすぐったいような」
 故郷と彼女を思い出すと、自然に言葉が次々と出てきてしまう。
 まるで年齢が十年くらい前まで遡(さかのぼ)ったかのような、子供っぽい俺の思い出話を、彼は黙って聞き続けた。
「それで、俺は義勇軍に入ろうって決めたんです。その娘とその娘のいるメルフェアを守るために」
 コナユキソウについて聞かれたことで、胸にこみあげてきていた故郷と、花をくれた女の子への想いを、思うままに俺は彼に吐露(とろ)した。
 士官さんは「うん、うん」と頷くと、俺の手にあるコナユキソウを覗き込むように身を屈める。
「この花の、花言葉は知ってるか?」
「え? えーと……」

「負けない心、だよ」

 おそらく俺の反応だけで、俺が知らないのだと判断したのだろう。遮るように言葉を繋いできた。

⇒To Be Continued...

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