MSF’S LOWER STRATA OF SOCIETY |
作者:
オリーブドラブ
2011年01月20日(木) 21時23分00秒公開
ID:x3cIkj6EdH.
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緩やかな潮風が吹き渡り、海上にぽつんと佇む洋上プラントを吹き抜けていく… そこには、遥か遠方を眺める一人の若い兵士の姿があった。 傷の少ない新品の戦闘服を纏い、その面持ちは新兵の面影を漂わせている。 兵士の名は『エドガー・レッドフォード』。 つい先日、軍事組織『MSF』によって、この『マザーベース』に連れられて来た新入りである。 「なんで、こんなことになってるんだろうな…」 自分の過去を振り返り、エドガーはため息をつく。 かつて彼はCIAの傭兵として、コスタリカにて警備の任に就いていた。 しかしある時、自らの前に現れたMSF兵に捕まり、彼等のマザーベースに連行されてしまっていたのだ。 目が覚めたら、見知らぬ軍隊に見知らぬ基地、見知らぬ兵士達。 実戦経験に欠ける新米兵士は、途方に暮れるばかりだった。 「俺、これからどうなるんだ…?」 その時、彼の側にもう一人の兵士が現れる。 エドガーとは対照的な、歴戦の風格を漂わせる厳つい面相の持ち主。 エドガーを捕縛し、連れ去った張本人であるMSF兵『マイルス・カイルマン』だ。 「自分がこれからどうするべきか…全く見えてこないようだな」 「…あんたか」 「初陣早々、見知らぬ組織にさらわれ、お先真っ暗…ってところか」 エドガーはマイルスに一度だけ目を合わせるが、すぐにそっぽを向いてしまった。 自分を連れ去った張本人に、何を話そうというのか。 「そう意地を張るな…もうお前はCIAの犬じゃない。俺達『国境なき軍隊』の一員だ」 「…あんたも、俺にしたようにここに連れられて来たのか?」 怪訝そうな顔で、若人は壮年の戦士を見上げる。 「まあ間違いでは無いが…俺の場合はトラックにほうり込まれてたな」 「なに?あのフルトンとか言う人さらい風船じゃあないのか」 マイルスは苦笑いを浮かべ、エドガーと同じように過去を振り返るように遠方を見詰める。 「俺はサンヒエロニモ半島でBIGBOSSに出会ってな。さんざ痛め付けられ、気が付いたらトラックの中…散々だったな」 「サンヒエロニモ半島…あのFOX隊の?」 「そう。俺達はBIGBOSSに従い、ここまでやって来たのさ」 するとマイルスはエドガーに背を向け、ある施設に向かって行った。 そのまま去っていくのかとエドガーは思っていたが、マイルスは彼の方に振り返り、手招きをした。 「とにかく来てみろ。お前が今、何をするべきか…その答えを探してみたらどうだ」 マザーベースの施設の一つ、射撃訓練場。 二人はそこに訪れていた。 既に、前後左右に動き回る的を相手に訓練に励んでいる兵士がいるようだ。 「先客が?」 「ああ。クリスティーナ・スタインだ」 よく見れば、金髪ショートの女性兵士である事がわかる。 クリスティーナと呼ばれる女性兵士は、二人に全く気付いていないらしく、目の前の的にだけ意識を注いでいた。 「ふふ…おい」 マイルスはそんな彼女の肩をからかうようにポン、と押した。 「ひゃっ!」 途端にクリスティーナは短い悲鳴を上げ、慌てて振り返る。 「実戦では後ろに敵がいることも忘れるなよ」 「マ、マイルス!酷いです、いきなり!」 クリスティーナは必死に反論する。 …が、当のマイルスは全く意に介さない。 たしなめるように彼は呆然としているエドガーを指差した。 エドガーも、自分が指差された事で、我に帰る。 「紹介しよう。新入りのエドガーだ」 「お、おい!何を勝手な事…」 「新入りですか?はじめまして、私は『クリスティーナ・スタイン』です」 エドガーが言い終えない内に、マイルスは一人で話を進めていく。 「さあ新入り、まずはお前の腕を見せてもらう。クリスティーナと得点を競ってもらいたい」 「よろしくお願いします、エドガー」 クリスティーナは既に乗り気だ… 逆らえる空気じゃなくなっている。 …まあ、射撃訓練くらうならわけはないか。 エドガーは肩を落とし、二人の意向に合わせる事にした。 彼とクリスティーナは横に並び、同時にアサルトライフル『M16A1』を構える。 「新入りでも…手加減は致しません!」 「わかったよ…」 ため息混じりに、エドガーは照準に集中していく。 「始め!」 訓練が始まると同時に、的が現れ、M16A1が火を吹いた。 立て続けに銃声が訓練場に響き渡り、的が次々と蜂の巣になっていく。 二人の得点力に、大きな違いは無いようだった。 しかし、互いの意識には違いが見受けられる。 クリスティーナがいかなる得点差でも落ち着いて狙いを定めているのに対し、エドガーは優位に立てない事を焦っているようだった。 「ち…なんでっ…!」 隣でそれを見守っているマイルスだったが、それに気付いていても指摘することはなかった。 これは二人の勝負であり、彼自身で気付けなければ意味はない。 壮年の戦士は、あくまで見守るのみだった。 結局、この勝負はクリスティーナの勝利に終わった。 得点差が開かない事を焦るエドガーが、僅かに的を外した事が原因であった。 「負けた、な」 「ああ。返す言葉もない…」 訓練が終わり、気の抜けた声でエドガーは呟く。 「これでこのMSFのレベルがわかっただろう…?お前一人の意志が通用するような次元ではないんだ」 「と、とにかく、コスタリカの平和を目指して共に戦いましょう!」 二人の言及に動じないまま、エドガーはゆっくり立ち上がる。 「食っていける場所ならどこでもいい。俺がここで、食っていく為に戦わなくちゃいけないってのは、わかったさ」 彼は二人と目を合わせないまま、持っていた煙草に火を付ける。 そのままふっ…と煙を吹くと、クリスティーナが煙たそうに手をひらひらと振る。 「ただ、俺が気に食わないのは、その『BIGBOSS』が現れもしなけりゃ挨拶の一つもないって事だ」 「挨拶…?」 眉を潜めるマイルスに、エドガーは刺々しく言い放つ。 「訳がわからないまま連れて来られて、訳がわからないまま働け…なんて、俺は納得がいかない。俺は顔すら見ていないんだ!」 自らに食ってかかるエドガーを制し、マイルスは諭すように口を開く。 「BIGBOSSは常々、忙しい身分だ。なにしろ、この馬鹿でかい組織を引っ張るボスなんだからな」 「私達のような一兵士に構っていられる時間は、あまりないんですよ」 マイルスに続き、クリスティーナも説得に掛かる。 しかし、エドガーの考えは揺るがない。 「馬鹿な!顔も見ていない指導者に命を預けろってのか!」 「…」 反論が続く事に業を煮やしたのか、マイルスは口を閉ざし、すっと立ち上がる。 「…なら、俺が相手だ」 「なに?」 さっきまでとは違う、戦士としての鋭い眼差しを湛えたマイルスの面持ちに、エドガーは目を見張る。 「BIGBOSSの代わり…には程遠いが、俺もCQCの手ほどきなら受けたことがある。お前のような奴一人の為に、ボスの手を煩わせる訳にもいかん」 厳しい面持ちのまま、彼は若人を前に、近接格闘術の構えをとる。 「ボスに会いたければ…先ずは俺をぶちのめしてみることだ」 「…いいだろう!」 これだ。 これが一番、俺にとって納得のいく方法だ! 迷わず、エドガーはマイルスに組み掛かっていく。 クリスティーナは二人の対決を静かに見守る。 「くっ!」 「はぁっ!」 素早く襲い掛かるエドガーの攻撃をいなし、マイルスはあっという間に彼を投げ飛ばしてしまった。 「うあっ…ちい!」 しかし、簡単には諦めない。 瞬く間に立ち上がると、再び壮年の兵士に向かって行く。 そしてその壮年の兵士も、自分に向かって来る若人をあしらい、その勢いをいなしていく。 「最初の時のような勢いが無いな」 「…やかましい!」 立て続けに攻撃を行うエドガーだったが、マイルスには通じる気配がまるで見られない。 「ほら、どうした!」 「く…おおおおっ!」 「エドガー…」 そして、その戦況を見守るクリスティーナは、何度投げ飛ばされても、気の済まない限り立ち上がり続けるエドガーに、かつての自分を重ねていた。 MSFの志願兵である彼女は、入隊テストとしてBIGBOSSに今のような勝負を挑んだ事があった。 当然、歯が立なかったのだが。 「そうだ…私は…」 あの雨の降りしきる浜辺で、私はBIGBOSSと戦った。 コスタリカで生まれた私は、物心がついてすぐにワシントンで暮らしていた。 けれど、故郷の友人達が忘れられなかった。 そのコスタリカが武装集団に占拠されたと聞いて、私は故郷を救うために、そのために戦っているという『MSF』に志願した。 だけどその前に、命を預ける事になるBIGBOSSの実力が知りたかった。 だから…挑んだんだ。 身の程知らずだって…わかってた。 それでも、自分なりに納得したい一心で、私は彼に立ち向かって…やられたんだった。 今のエドガー…その時の私にそっくり。 「う、ぐ…!」 「俺に勝てなければBIGBOSSに会う資格はない…つまりはそういう事だ」 ふらふらになりながらも、エドガーは立ち上がろうとする。 マイルスはそんな彼の姿勢に思わずため息をつく。 「やれやれ…今までもお前のような生意気な新米の相手をしたことはあったが、ここまでしぶとい輩はお前が初めてだよ」 「ぐ…!」 「そういう生意気な所、うちのガキもそっくりなんだ」 「…あ?」 マイルスは構えを解くと、懐から一枚の写真を取り出した。 その写真には、明るく笑うマイルスと、黒人の女性、小さな少年の姿が写し出されている。 「それは…?」 クリスティーナも見たことがないらしく、首を伸ばして覗きに来た。 「妻のエミリー…息子のジェイソン。まだ8歳の子供さ」 黒人の母子と、白人の父。 肌の色こそ違えど、そこには確かな家族の幸せが映し出されていた。 「俺は戦場で彼女と出会い…私生児であるこの子と出会った。血の繋がりは無いが、俺達は立派に家族さ」 すると、マイルスは写真をまじまじと見詰めるクリスティーナの方を向く。 「俺は家族を養うため、この道を選んだ。そしてクリスティーナは、コスタリカにいる家族同然の友人達の為に立ち上がった…」 「はい…そのための、覚悟は出来ています」 自分の戦う理由の話が出たクリスティーナは、凛とした面持ちになる。 そして、マイルスは最後にエドガーの肩を強く掴んだ。 心から、訴えるかのように。 「そして、お前の新しい家族が、俺達になる」 「新しい…家族…?」 「ここは俺達兵士にとって、天国にも地獄にも成り得る。生きるも死ぬも同じ時。俺達は、天国の外側に暮らす家族なのさ!」 その時、三人のいる射撃訓練場にサイレンが鳴り響いた。 彼らはハッとして顔を上げる。 「さぁて…俺達を必要としている紛争地帯に派遣される時が来たようだな!」 「今回の任務は『歩兵部隊の掃討』…油断はできません」 どうやら彼らは、これから自分達を必要とする勢力の需要に応えるべく、戦地に赴くところのようだった。 「エドガー…お前、来るか?」 ハンドガン『M1911A1』の点検を終えたマイルスは、呆然と立ちすくむ新米の方を振り返る。 「俺が…?」 「そうだ。家族を守る…それくらいの気持ちを持ってみろよ」 「…」 しばらく俯き、エドガーは思案する。 俺達が、家族…? 天涯孤独の俺に、家族…? …いいだろう。乗ってやるよ。 そしていつか、BIGBOSSという男を、この目で確かめてやる! 「…付き合おう。家族ってのも、悪くない」 「よし…こいつを持っていけ」 その時、エドガーの手に小さな拳銃が渡った。 「ソ連製自動拳銃『PM』だ。取り回しの軽さは保証するぜ」 「…ご丁寧に」 彼はそれだけを言うと、手にしたばかりの拳銃を懐に押し込む。 「ここは、天国の外側。俺達兵士達が共に生き、共に地獄に堕ちる『アウターヘブン』さ」 その一言を最後に、マイルス達は訓練場を立ち去っていく。 自分達を求める、戦地へ向かって… 〜END〜 「MSF’S LOWER STRATA OF SOCIETY」の登場人物 マイルス・カイルマン MILES KYLEMAN サンヒエロニモ半島以来、スネークに従っていた兵士。アメリカに妻子がいる。妻はエミリー。息子は8歳のジェイソン。(ジェイソンとマイルスに血の繋がりはない)26歳。 エドガー・レッドフォード EDGAR REDFORD フルトン回収で連れ去られて来たCIA傭兵。マイルスに連れられ、MSFに訪れた。家族という言葉に心を動かされ、協力を決意する。21歳。 クリスティーナ・スタイン CHRIRTINA STEIN MSFの下で訓練に励んでいる女性兵士。コスタリカ出身のアメリカ人。未熟ながらも、故郷・コスタリカの友人達と平和の為に戦う事を誓っている。20歳。 |
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