その後のデメトリオ2 後編
作者: シウス   2009年10月11日(日) 18時06分35秒公開   ID:T1OQRI26/R6
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「イフリート・ソード!!」
 巨大な炎の魔人が、炎で出来た巨剣を代弁者へと振り下ろす。
 轟音と共に、莫大なエネルギーが叩きつけられるが、それでも代弁者は顔色すら変えず、施力を集めつづける。
『HP:7060/120000』
 アストールが全身に雷属性の施力を集中させる。それは膨大なエネルギーのうねりとなり、彼の両腕から前方へと、自然界の雷もかくやという雷撃が放たれる。
「封神醒雷破……!!」
 大昔から伝わる施術師の歴史の中でも、最奥秘たる技だった。
 同時に、フィエナがありったけの力をつぎ込んだ施術を唱える。
「エクスプロージョン!!」
 今は使い手が居ないほど伝説級の施術を放ち、
「七星紅蓮・七星雷鳴―――」
 ヴァンが二振りの刀に特殊な気功術の炎と雷を纏い、
「二刀流―――七星・双・空破斬!!」
 膨大な熱と雷を蓄えた空気が、一瞬で鉄をも裂く超烈風と化し、代弁者を襲う。
 そして代弁者の真上からはユリウスが―――
「皇竜空破斬―――ッ!!」
 巨大な竜の形(翼の生えたトカゲではなくヘビ型)をした気塊が、大口を開けて代弁者を上から襲い掛かる。
『HP:323/120000』
 と、僅かなタイムラグを開けて、今の皇竜空破斬の軌道を辿るように、ユリウスが剣を真下に構えて落下してきた。その彼の背中から炎の翼が生えたかと思うと、今度はユリウスの全身を、緋色の気が竜の形(こちらはトカゲ型)へと変貌する。
「緋竜天雷破(ひりゅうてんらいは)ッ!!」
 そこまで持ちこたえていた代弁者が、小さく呟いた。
「ディヴァイング・ウェーブ」
 術が発動し、地面に巨大な六茫星(ろくほうせい)が現れる。同時に膨大なエメラルド色の光が溢れ、ユリウスを緋色の気塊と共に上へ押し返そうとする。が……、
「させない―――リフレクション!!」
 フィエナが叫び、非常に面積の広い円盤状に集まった電撃が、地面を覆った。同時に地面から立ち昇るエメラルド色の光が減殺され、それを見たアストール達も同じリフレクションを展開しようとする。
 が、フィエナはそれを遮って叫んだ。
「あたしのリフレクションが、たくさん『ひねり』が入ってるから一番強いの!! だからみんな! みんなの力を、あたしの力に上乗せしてっ……!!」
 力の上乗せ。
 施術を知らない人間には意味不明な言葉だろう。否、よほどの施術師でしか知りえない『ひねり』の中の大技。複数人の施術の威力を、たった一人の施術に上乗せすることで、極限にまで威力を高める超大技。
 なぜかこのとき、この場に居合わせた全ての人間が、その意味を瞬間的に理解していた。
 アストールがフィエナに向けて、両手の平を突き出す。
 ヴァンもまた、それに習う。
 兵士たちも。
 行商人たちも。
 ピートもシャルも。
 全員から送られてくる施力が体内で大きくうねるのを感じながら、フィエナは突き出した両手の先数メートルにあるリフレクションに、爆発的な力を注ぎ込む。
 徐々にディヴァイング・ウェイブのエメラルド色が薄くなり、次第にユリウスの緋色の気と同じくらいになる。
 ユリウスは叫んだ。
「ここで負けたら終わりなんだよ……!!」
 最後の気力を振り絞り、体内の気を全て背中の炎翼に注ぎ、ジェット噴射のように赤い炎が噴き出す。
 負けじと代弁者も叫ぶ。
「それは私も同じだぁッ……!!」
 ユリウスは絶叫する。
「おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッ!!!!」
「あああああああああああああああぁぁぁぁッ!!!!」
 代弁者も絶叫する。
 莫大な緋色の気とエメラルド色の施力がぶつかり合い、やがて大きな爆発が起き、辺りを砂煙が覆う。
「ユリーっ!?」
 フィエナが思わず叫ぶ。
 砂煙の向こうに、八枚の翼を生やした姿が見えた。フィエナが息を呑む。
 煙が晴れ、そこには代弁者の後姿があった。誰もが息を飲み―――代弁者は、ゆっくりと仰向けに倒れた。
 その代弁者の向こう側にはユリウスが立っており、フィエナが涙を流しながら駆け寄っていった。
 誰かが代弁者の頭上を見る。『HP:0/120000』という表示が出ていた。
 
 
 
「私は―――居場所が欲しかった」
 代弁者は仰向けになったまま、消え入りそうな声で言った。
 もはや動けなくなった代弁者を、ユリウスやフィエナ、アストールにヴァン、一般兵、その他大勢―――全員が囲い、代弁者の言葉を聞いていた。
 彼女からは、先程までの怒りの感情は見えない。そこには虚脱と絶望という感情が見て取れた。
 そんな彼女に、ユリウスは不思議とゼノンを殺された怒りを感じなかった。―――否、心のどこかでは納得していたのかもしれない。ゼノンを殺したのと、他のエクスキューショナーは別物だということに。
 彼女は続けた。
「この世界を隅々まで見てきた私は思った。私にも喜びや怒り、楽しみや悲しみが欲しいと。そしてそれらを分かち合える家族が、友が、あまつさえ恋人まで欲しいと思った。だが私はエクスキューショナー……この世界を―――エターナル・スフィアを破壊するために創られた存在だ。私は創られた時から与えられていた命令に逆らうこともできずに、世界を壊し続けるしかなかった」
 誰もが皆、代弁者の言葉を静かに聞いていた。
「私は人間として、この世界に生まれたかった……誰かと共に笑い、泣き、励まし合いたかった」
 代弁者の身体が、少しずつ、非常にゆっくりとだが透き通り始めてきた。
「そもそも世界を破壊する為に生まれたエクスキューショナーが突然変異で自我を持ったなど、滑稽(こっけい)な話だとは思わないか? こんな思いをするくらいなら、いっそのこと、私など生まれなければ良かったのだ……」
「……違う」
 否定の声が上がった。
 フィエナだった。
「違うよ。確かにあなたは、この世界を滅ぼすために創られた破壊神みたいなものだった。でも、だったら何で、この世界を造った人間たちに―――それもこの世界を守ろうとしてくれたアイレさん達の派閥に助けを求めなかったの? 彼らがこの世界を―――人間達を造り、そして強大な力を持ったエクスキューショナーをも作り出した。なら自我を持ったエクスキューショナーであるあなたを人間に作り変えるくらい、彼らに出来ないはずがないじゃない」
 代弁者が目を見開いた。
「なぜ………今まで気付けなかったのか……」
 彼女が特別に間が抜けている―――というわけではない。エクスキューショナーの突然変異体である彼女は、そもそもが自我を持たない存在として創られた以上、思考能力がどうしても乏しいのだ。
 フィエナが続ける。
「さっきまでアイレさんが、あなたの身体を通して会話してくれたの。話の内容からして、全てのエクスキューショナーの制御を奪うつもりだったみたい。あなたの方からアイレさんには話し掛けられないの?」
「ふっ……こちらから呼びかける手段など、そう短時間で用意できるものではないのだ。すぐにでも話せる人間など、ルシファー様しかいない」
「ダメ元で頼んでみろよ。諦めたら、そこでお終いだぜ?」
 ユリウスが言うと、代弁者は無言のまま、右手で宙を指した。瞬間、空中にテレビモニターが表示される。
 画像が映った瞬間、
『とどめだルシファー! 耐えられるなら……耐えてみせろッ……!!』
 背中から光る翼を生やした青年―――フェイトが、両腕から強烈な光をルシファーに向けて放った。
 それを受けてルシファーは、
『何だ……この…結末は………』
 全身にヒビが入り、その隙間から大量の光があふれだした。瞬間、爆発する。それは世界が救われたと解釈できる光景でもあり―――
「は―――」
 代弁者が、弱々しく笑った。
「これで私の希望は潰えたか―――」
 フィエナの頬に涙が伝う。そんな彼女の様子を見て、代弁者は悲しげに笑った。
「こんな私のために、涙を流してくれるのか―――私も少しは幸せだったのだな……」
 代弁者は穏やかな笑みを浮かべて、そっと目を閉じる。
 少しずつ、代弁者の倒れている地面が、上に向けて光を放ち始める。それと同時に、代弁者の身体が端から崩れ始めた。
「フィエナといったな。お前のお陰で、私の心は救われたよ。もし来世というものがあったら、私はお前と親しくなりた―――」
 代弁者の姿が、跡形も無く消え去った。
 フィエナが涙を拭わずに呟いた。
「これで……良かったのかな?」
 ユリウスが答えた。
「ああ、多分な。……少なくとも、あいつは笑って逝くことができたんだ。俺たちにできたことは少なかった。そう思うなら、これが最善だったんだよ」
 ヴァンが苛立たしげに呟く。
「あーあ。せっかく英雄になった気分になれてたのに、なーんか奴に同情しちまったじゃねーか……」
 沈痛な空気が続く中、アストールが空気を変えるように口を開いた。
「……行こう。目前の脅威は去り、そして全ての元凶だったらしいルシファーとやらも消えた。世界は平和になったんだ。ここで死んだ彼女の分まで、俺達は生きなければならない」
 皆が頷き、身をひるがえした。
 次の瞬間、さっきまで代弁者が倒れていた地面の空中に、突然光る玉が現れた。
 誰もが唖然とするなか、光はだんだんと膨張し、そして人の姿へと変わっていき、そして唐突に光が消え、中から一人の女性が姿を現した。
 それは紛れもなく人間だった。エクスキューショナー特有の禍々しい施力が一切感じられない。同時に、その顔は先程まで戦っていた代弁者の顔そのものだった。ただ服装だけが、修道女の格好から、白いブラウスと紺のスカートに変わっていた。
 そして目を開き、むくりと起き上がり、
「あれ……? 私は今、消えたはずじゃ……」
 ―――それはルシファーなりの慈悲だったのか、それとも実在するかも判らない本物の神が与えた奇跡なのか。
 感動のあまり、誰もが言葉を発せずにいる中、フィエナが涙を零しながら言った。
「おかえり。また会えたね」
 その瞬間、ようやく事態を呑み込めた元・代弁者の女は、両目から一生分の涙を流すかのように泣き出した。
 フィエナが皆を振り返り、
「今夜の飲み会は、彼女の誕生日パーティも兼ねるべきかと思うんだけど、どうかしら?」
 と問いかけた。
 それを肯定するかのように、爆発のような歓声が上がった。
 
 
 同時刻、異世界―――FD空間。
 アイレは自分の作業用デスクに向かって、小さく呟いた。
「一部始終は見てたさ……。だから礼くらいはさせてもらったぜ」
 モニターの中で泣きつづける元・代弁者と、そしてユリウス達を眺めながら、彼は唇を笑みの形に歪めた。
 
 
 
 数日後の早朝、ペターニの南側門前。
 ユリウスとフィエナが目指すグリーデンは、ペターニの東側門から出て行くしか道が無いのだが、今は封鎖されている。通ろうにも門番に追い返されるため、一旦南門から街を出て、東側の大川を渡り、道無き道を通って東門の外を目指すつもりである。
 二人の旅の荷物は、ずいぶんと軽くなった。
 ユリウスは騎士の―――副団長として配給された鎧と槍と剣(ミスリルソードではなく、別の剣)、フィエナも同じく武器以外の装備一式を売り払い、同時に谷底で手に入れた金品の数々も高値で売り捌いた。
 代わりに別の装備を一通り揃えた。軽くて私服としても使える、施術が組み込まれた衣服やアクセサリーなどである。そして、それだけの支出をしても、莫大な金銭が手元に残っていた。
 旅の準備は順調に進んだ。
 途中、ユリウスの知り合いの薬剤師・ゴッサムが『わしの作った惚れ薬が〜!!』と嘆いていたが、その光景を目にした日は、ユリウスもフィエナも半日分の記憶が吹き飛んでおり、なぜか思い出すことができなかった。
 風の噂によると惚れ薬のせいで街中が大パニックになったそうだが、街中の誰もがその効果にかかっていたため、誰も事件の真相を覚えていなかったのだ。当然ながら自分達もその効果にかかっていたのかと思うと、二人とも進んで過去を知ろうとは思わなかった。
 そして今は、また違った意味で鬱(うつ)になっていたりする。
「やっぱ旅の道具は減らせないもんなぁ……」
 一応は少なくしたつもりではあるが、それでも重量は相当なものだ。
 もちろん持って歩くどころか、持ったまま猛獣や盗賊を相手に戦うくらいはできるのだが、街を出て最初に川を渡るつもりでいたために、どうしてもその荷物が邪魔になるのだ。
 フィエナが言う。
「ねぇ、やっぱりグリーデンへの道が開通するまで待ったほうが良いんじゃないかしら?」
「いや、それだと街中で知り合いに出くわす危険性があるだろう?」
「うーん……でも、もう戦争は終わってるし、魔物騒ぎも終わっちゃったし、それに―――私の知り合いって『お願い! この人と駆け落ちするの! だから誰にも私を見たことを言わないで!!』っていうのが通じる人しか居ないのよねぇ……。ユリーはどうなの?」

⇒To Be Continued...

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