その後のデメトリオ2 前編
作者: シウス   2009年08月23日(日) 22時07分15秒公開   ID:aHRW0JRkfp6
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 夕暮れ時。
 アリアス村の北西門を、左右から挟むように立って、見張りをしている兵士に声を掛ける者がいた。
「おつかれーっす。交代だぜ?」
 頭以外を鎧で覆った青年が二人だ。それまで見張りをしていた二人は軽く笑って、
「おお、やっとかぁ。あー疲れた疲れた」
 するともう一人も似たような表情を浮かべて、
「助かったよ。俺、昨日はの不足でさ。戦時が終わってすぐ、この魔物騒ぎだからな。正直、勘弁してほしいぜ」
 交代の兵士が軽く笑って答える。
「ははっ。確かにあの魔物はヤベェけどよ、あんま頭良くねぇし、人里までやってこねぇだろ? だから俺ら、あのクソ重てぇ兜も被らず、だべったりトランプやったり、本読んだりしながら警備ができるんじゃねぇか。しかもクレア団長公認だぜ?」
「まぁ、確かにな。その点だけは魔物に感謝してるさ。―――あれ、奴らが居るせいで見張りやらされてんのに『感謝』は変か?」
 ハーハッハッハ―――軽い笑いと共に、それまで見張りをしていた兵士達が村へと入っていく。
 さっそく新しい見張りの兵士が村の外―――カルサア山道へと目を向けると、遠くに人影が見えた。
「うおっ!? こんな時間に人が来たぞ!?」
「……いや、待て。遠くに居るから人影にしか見えんが、ひょっとしたら魔物かもしれない。となれば『代弁者』か『断罪者』か……」
「………ッ!!」
 片方の兵士が、顔を真っ青にする。
 『星蝕の日』と呼ばれた日から、各地に魔物が現れた。
 『星蝕の日』とは、『卑汚の風』と呼ばれる、良く分からない風が、上空で吹いた日である。その風を身に受けた生物は見たことも無い怪物へと変身する。またその怪物は常に一種の波動のようなものを放っているらしく、長時間その波動を身に受けた生物もまた怪物化する―――例え人であっても。
 最初に怪物化したのは、アカスジガ(赤筋蛾)と呼ばれる、かなりの高空を飛ぶ昆虫だった。
 そしてそれに近づいた獣・人間が、次々と魔物へと変貌してしまったのだ。
 その『星蝕の日』から三日。幸い、彼らの習性として『群れを作らない』、『特に広範囲で活動しない』、『人里にまで近づかない』という特徴があり、ここの見張りの兵士にとって更に幸いなことに、カルサア山道では魔物が全く目撃されてない。
 だが遠くに見えるのは、その魔物かもしれなかった。
 魔物の中で一番弱いのはジャイアントモス(先ほどのアカスジガが怪物化したもの)だが、これがとんでもなく危険だ。強酸性の燐粉をばら撒くのと、同じく強酸性の弾丸を吐き出してくる。燐粉は吸引すると即死するし、触れるだけでも大怪我、最悪の場合は一生傷や手足の切断という結末が待っている。そして酸の弾丸は人体をあっさりと貫通する。
 それより強い魔物となると、メデューサ等を筆頭としたのがあるが、中でも生身の人間が勝利できないのが数種類いる。
 『代弁者』、『執行者』、そして『断罪者』。以上の3種類は、特に危険な存在として、近寄ることができない。
 見張りの兵士の片方は、ぶるぶる震えながら、相方に問い掛ける。
「お……おい! やっぱクレア団長に報告したほうが――――」
「………」
「って、聞いてるのかよ!?」
「いや、報告はナシだ。あれは人間だよ」
「あ? 何だ、驚かしやがって……」
 自分よりも遥かに目の良い同僚の言葉に、彼は心から安心した。
 
 
 
「おーい。俺たち、ペターニの街まで向かう旅の途中なんだ。この村、宿屋って無いのか?」
 美しい夕焼け空の下、そろそろ松明が村のあちこちで焚かれ始めていた。この村は数週間前まで戦争の最前線となっていたため、今でも多くの兵士の姿が見える。
 二人組みの旅人夫婦―――に変装したユリウス・デメトリオとフィエナ・バラードは、アリアス村に到着し、見張りの兵士と2〜3言だけ話して村の中へと入った。戦時中ではないので、特に怪しまれることはなかった。
 ユリウスは素顔と私服姿で、フィエナは手荷物の中から地味な上着とスカート(ミニでもロングでもなく、極一般的な)の上から、顔を隠すようなフード付きのマントを身につけていた。
「よかったな、フィー。宿屋、あるってさ。三日ぶりにベッドで寝れるぞ」
 ちなみにアリアス村に着くまでの三日間、ずっと野宿だったりする。
 だが軍にいた頃から野宿に慣れているのか、フィエナは嫌な顔ひとつせずに、
「うん。正直、宿屋が空いてなかったら、兵士の宿舎しか泊めてもらえそうなところが無いしね。シーハーツは女性兵士も多いから、部屋には困らないけど、あたしの場合、けっこう顔が広いから危なかったよ」
「それもそうだな。―――あ、でも教会とかに泊めてもらうってのもありじゃないのか?」
「それだと石の床に毛布―――なんて上等なものは無いか。たぶん床に藁(わら)でも敷いて寝ることになるでしょ?」
「あ、なるほど」
「ま、強いて言うなら―――この村は酒場が無いのが欠点なのよね」
「はは……そりゃ仕方ないさ。でも谷底に居たときは、酒なんて無かっただろ?」
 フィエナは気まずそうに視線を逸らし、申し訳無さそうに言った。
「……ごめん。本当はあったんだよ? お酒」
「あったの!?」
「うん……村の中に、一軒だけお酒を造ってる家があってね、そこに酒樽がたくさんあったの。長い年月の間に熟成されてて、とっても美味しかった……」
「もしかしてその酒って―――」
「うん。ユリーが来る数日前に、全部無くなった」
 がくっと、ユリウスが肩を落とす。
 フィエナは慌てて、励ますように声を掛けた。
「だ……大丈夫だよ! ペターニまで行ったら、お酒なんてよりどりみどりだって!!」
 と、二人並んで話しながら歩いてると、先ほどの見張り兵士(夜勤)が声を掛けてきた。
「なぁんだ。あんたら、酒が飲みてぇのか?」
 と、言いながら、大きな荷物袋から一本の瓶を取り出した。
「じゃじゃーん♪」
 ユリウスと、そしてフィエナの目が驚愕に見開かれる。
「おお、それは……ッ!!」
「かなり強い酒でありながら、特に女性に好まれることで有名な、アクア・クレスティアよねっ!?」
 アクアベリーと呼ばれる果物がある。その果物から作られた酒が、アクア・クレスティアだ。他にもブルーベリーやブラックベリーから作られたブルー・クレスティアやブラック・クレスティアなどもあるが、特に人気の高いのが、かの聖女クレスティア・ダインが愛飲していたからとも言われている、このアクア・クレスティアだ。
 名前に『クレスティア』が付いているのも、その辺に由来する。
 もう一人の見張り兵士が、こちらも荷物袋から、数種類のジャーキーやチーズを取り出した。
「この村に酒場が無いのは変わらないが、酒やツマミなら、定期的に行商人が持ってくるようになったんだゼイ?」
 ―――どうも、彼らの見張りとして仕事は、かなりいい加減なようだった。
 結局、宿屋は取ったものの、ユリウスとフィエナは夜遅くまで彼らと宴会することとなった―――アリアス村の門前で。
 
 
 
 翌日、三日間の野宿と、昨晩の夜更かしが祟ったのか、二人は見事に寝坊した。すでに昼時である。
 ある程度、旅の疲れが出ているだろうと見越して、あらかじめ二日分の宿代を払っていて良かったと、二人は思った。
 ユリウスが宿屋の人に尋ねる。
「なぁ、行商人ってペターニから来るんだよな? 次に来るのがいつか、分かるか?」
 宿屋のオヤジは、指折りしながら数え、
「そうだなぁ……明日の昼には来るはずだな」
「お、ラッキー。聞いたかよ、フィー? 明日にはペターニに向けて出発できるぞ?」
 するとオヤジは釘を刺すように、
「ただし、タダで行けるほど甘くはないぞ? あと昼に来るんだから、次にペターニに向かうのは明後日だ」
 フィエナが口をはさむ。
「どういう事なの? 甘くないって」
 宿屋のオヤジは気まずそうに頬を掻きながら、
「最近の魔物騒ぎは知ってるよな?」
「「いえ、全く」」
 見事にハモった即答に、オヤジはぎょっとするが、すぐさまユリウス達の脳裏に浮かぶものがあった。
「ああ……ひょっとして、あのでけぇ蛾の化け物とかか?」
「み……見たのかよ?」
「ああ。ってか戦った。すげぇ数に囲まれてヤバかったな」
 宿屋のオヤジはポカンとした顔になり、次の瞬間には大笑いした。
「すげぇな、お前! いや、お前さんらか?」
「ええ。彼と私、とっても強いわよ?」
 フィエナが腕を組んで、自慢げに言う。
「そーか、そーか! ……で、話を戻すとな、ペターニまでの街道にも魔物―――こっちは人型の危険なヤツが山ほど出るんだよ」
「……嘘だろ? ってか、そんな危険地帯を通る行商人なんているのかよ?」
「お前さんら、素人だな。三日前から急に現れた魔物どもなんだが、基本的には群れで動かないし、行動範囲も小さい。何かを捕食するでもないし、向こうから人里には近づかない―――まぁ、こっちから近づいたら襲われるんだけどな」
「へぇ、そうなんだ……」
 フィエナが感心したように呟く。
 ユリウスは更に問い掛けた。
「なぁ、だったら街道に魔物が突っ立ってたらどうするんだよ? 徒歩ならともかく、馬車はレンガで舗装(ほそう)された道以外は慣れてないだろ?」
 オヤジはチッチッチと指を振ってみせた。
「だーかーらー、タダじゃ行けないって言っただろ? 一応、国からの要請で、護衛の兵士が数人ずつ付いてるのさ。そいつらが街道に突っ立ってる魔物の気を引き、逃げる。その隙に馬車が街道を通る。もちろんスピードが必要になるから、馬が引くだけでなく、後ろからも乗組員が馬車を押すんだ。―――死ぬ気でな。
 あの魔物どもの中で、人間が勝ったことの無いヤツが3種類いる。天使の姿をした代弁者、竜の化け物みたいな姿の執行者、あと悪魔っぽい姿の断罪者だ」
 フィエナは半眼になって訊ねた。
「………誰なんです? そんな意味ありげな名前を付けたのは」
 するとオヤジは、頭を掻きながら困ったような口調で、
「あー、俺も遠くからしか見てないから、人づてに聞いただけなんだが………その3種類だけな、言葉が話せるらしいんだわ。そいつらの名前も、そいつら自身が自称したらしいんだ」
「「………ッ!?」」
 当然ながら驚愕する。魔物―――という表現に値する生き物を見たのは、こないだのジャイアントモスが初めてだ。通常の生物とは明らかに異なる存在と出遭った経験など無い二人である。『魔物』と名の付く存在が、無意識のうちにジャイアントモスのような知性の欠片も無いものだと考えるのは仕方が無かった。
 だからこそ、その『言葉の通じる魔物』というのには、強い興味が湧いてきた。
「おっさん、その魔物について、もっと詳しく―――」
「いや、だから詳しくは知らねぇって言ってんだろ? 俺は遠めに見ただけなんだ。そんなに知りたけりゃ、明日乗るって言ってた行商人か、その護衛の兵士にでも訊けよ」
 結局、この宿屋では大した情報は聞けなかった。
 
 
 
 その夜。
 宿屋の窓から、アリアス村の北西門を覗くと、昨日とは違う兵士が見張りをしていた。まるで石像のように動かないところを見ると、昨日の二人とは桁外れにマジメなのだと気付かされる。
 ―――というか、昨日の二人のほうが不謹慎すぎるのだろう。公務中に酒を飲むなど―――とそこまで考え、自分たちも一緒になって酒を飲んでいたということを、ユリウスは思い出した。
 窓の外を向いたまま、フィエナに問い掛ける。
「なぁ。魔物のこと、どう思う?」
 フィエナは風呂―――は村の有力者の家にしか無いので、村の共同水浴び場で洗ってきた髪をタオルで拭きながら答える。
「んー、『不思議な現象』とか『超常現象』って類のものだとは思うけど、考えたところで解決しないと思うね。こういうのは大勢の人が研究して、各地を調査して、それでようやく『これが原因かもしれない』っていうのが見つかるんだと思う」
「そりゃあ、そうだろうけど……」
「あれこれ考えてても、答えは見つからないよ。今は自分の身をどうやって守れば良いかだけ考えるべきだと思うわ。それに―――私たちの目的は、魔物を消すことでも、世界を救うことでもないの。無事にグリーデンまで行って、そして幸せに暮らす事でしょ? まぁ、グリーデンが理想郷かどうかまでは分からないけどね」
 彼女の言う通りだ。世間的には、二人ともそれなりの有名人であり、同時に行方不明者(おそらくは死亡者という扱い)である。世間の目をすり抜け、二人で平凡に暮らす―――と誓った時点で、アーリグリフやシーハーツに居場所は無かった。
 確かに今は、魔物の正体など、どうでも良い。今は自分の身をどうやって守るかと、これからの身の振り方を考えるだけだ。

⇒To Be Continued...

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