(SO3)惚れ薬パニック 後編
作者: シウス   2009年05月11日(月) 23時39分41秒公開   ID:vCN5uSAl5bc
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 ゼェー、ハァー、ゼェー、ハァー、
 裏路地に入ってから、いったいどれくらい走ったのだろうか?
「ここまで来れば、ハァー、ハァー、もう、ゼェー、ゼェー、大丈夫だろ」
 とりあえず乱れた息を整えながら、フェイトは呟いた。
 しばらく休むと、今度はどこからともなく血の臭いがしてきた。もう、わけの分からない事に巻き込まれるのは嫌だったので、放っておこうかなと考えもしたが、さすがに流血沙汰(りゅうけつざた)になっているのは見過ごすわけにはいかない。フェイトは血の臭いがする方へと足を運んだ。
 しばらくすると、地に倒れ伏して血を流す老人と、その老人の頭に片足を乗せている少女がフェイトの目に映った。二人ともフェイトのよく知っている人物だ。
「あら、フェイトさん。」
 少女がフェイトに顔を向けた。
「……マユさん。これはいったい? 何でゴッサムさんが足蹴にされているのですか?」
「さっき皆さんとシュークリームを食べていたときのゴッサムさんの様子が気になりましてね、案の定、しばらくしてから町のみんなにナンパされるわ、愛の告白されるわ、追い掛け回されるわで。ゴッサムさんを捕まえて聞いてみたら……」
「ワシはただ、失敗した惚れ薬をバニラエッセンスの瓶に入れておいただけじゃよ。あまりに香りが良かったから、香水代わりになるかとお思っての……」
 惚れ薬と聞き、先程から身の回りに起こっている出来事を思い出した。マリアならともかく、以前マリアが自分に好意を懐いていた時、リーベルに向けられた敵意……いや、殺意をハッキリと覚えている。そのことを考えて導き出せる答えはというと――――
(失敗って……思いっきり成功してますって……)
 目にハートマークを浮かべながら語る老人に、フェイトは心の中だけでツッコミを入れた。
「のう、マユちゃん。こんなことしとらんで、ワシとデートせんかのぉ。フェイト君もじゃ」
 と、ゴッサム。どうやらこの老人も惚れ薬の効果にかかってしまったようだ。
「黙ってください。このクソ虫」
ドスッ!!
「ぐはぁっ!!」
 マユが老人の腹に容赦のない蹴りを入れ(ひでぇ……)、血を吐いて気を失った。
(マユさんって……やっぱりアルベルの妹なんだな………)
 どこかで見たことのある光景を眺めながら、フェイトは率直な感想を述べた。無論、心の中でである。
 気絶したゴッサムのことは無視し、マユはフェイトの方を向いた。
「フェイトさんは……私が近づいても、何ともないみたいですね」
「………えっ?」
「どうやらこの惚れ薬、同じ服用者には効果が無いみたいです」
「あ、ああ、確かに。そうみたいだね」
「ここにいる間は安全だと思いますけどね、でもそれならソフィアさんも連れてこないとヤバイと思いますよ?」
 マユの言葉を聞き、フェイトは頭の中ですぐさま、その状況を再現してしまった。
 ソフィアが……ソフィアが厳つい男共に追いかけられている……そして追い詰められて……嫌がる彼女の服を無理矢理引き裂かれて……そして……そして……!!
 ここから先は自主規制。フェイトは目の前が真っ暗になった気がした。そして――――
「う…うわあああああぁぁぁぁぁっ!? ソフィアあああぁぁぁ!!」
 フェイトは走り出した。ソフィアを探すために――――
「ちょっ―――ちょっと待って下さい! フェイトさーん!!」
 少し遅れてマユがフェイトの後を追った。
 
 
 
「止まって!!」
「えっ? きゃっ!」
 先頭を走っていたフェイトが急に止まり、フェイトを追い越して、後1メートルで裏路地から抜け出せるという所にまで来たマユを、腕を掴んでんで無理矢理ストップさせる。先程まで混乱していたフェイトの頭は、だいぶん走ったおかげでかなり冷めていた。
 フェイトがマユを止めた次の瞬間。
 1メートル先の、ペターニの町の中央から西門を繋いでいる西通りを、灼熱の炎が通り過ぎた。
 慌てて二人が裏路地から飛び出すと、大通りには町の多くの人々が折り重なって倒れていた。皆黒焦げになってはいたが、とりあえず生きてはいるようだ。そこらじゅうから人々の呻き声が聞こえてくる。
 もし、フェイトが腕を引っ張って止めるのが遅ければ、自分も黒焦げになっていたに違いない。マユはそう思い、背筋を震わせた。
 フェイトはというと、町の中央広場のほうへ目を向けていた。確かに今の炎は、裏路地から見ていた限り広場の方角から来たように見えたからだ。
「今の……何だったんですか?」
 マユは震える声を無理矢理落ち着かせながら質問した。施術のように見えたが、マユの記憶の中にはここまで凄まじく、そして手加減したかのように人を殺さずに気絶(?)だけさせる術の使い手はいなかった。
「今のはソフィアだよ。……きっとエクスプロージョンを町の中央でぶっ放したんだよ」
 それを聞いた瞬間、マユは唖然とした。エクスプロージョンはサンダーストラックやスピキュールと並ぶ最強の呪文である。
 以前、マユはアドレーという人物に見せてもらったことがあった。それはもう、最強の名に恥じない威力だったが、その時とは比較にならないほどの攻撃範囲を、今のエクスプロージョンは持っていた。くらった人が死んでいないことからして、手加減していたのは疑いようもない事実だ。自分とはほとんど年齢の変わらない少女がそこまで強大な力を持っていること自体、マユには信じられなかった。
 フェイトとマユは中央広場を目指して走り出した。



「ハァー、ハァー」
 少女は乱れた息を、肩で息をすることによって回復させようと試みた。だが思ったほどの効果はなかった。
 ただでさえ紋章術の使いすぎで疲労しているというのに、ありったけの紋章力を込め、更に人が死なない程度に爆炎の熱を調整することに精神を消耗しながら放ったエクスプロージョンは、町の中央で炸裂し、建物に遮られて行き先を無くした炎は4つの大通りを勢いよく駆け抜けた。
 辺りに人の姿は無かった。今のエクスプロージョンが効いたのだろう。今のうちに逃げなければ、また正気を無くした人々が自分に襲いかかって来るだろう。
 一歩だけ足を踏み出し、そして視界がぶれた。地面がどんどん近づいてくる。倒れるんだな……と気付くのに、さほど時間はかからなかった。なぜか時間がひどく遅く感じる。
 ――――その時。
「ソフィア!!」
 誰かが駆け寄ってきて、倒れかけた自分の身体を受け止めた。声に聞き覚えがある。フェイトの声だ。町の人々と同様に正気を失っているかどうかなど、考える余裕はカケラも無かった。
 掠れた声でソフィアは言葉を紡いだ。
「ふぇ――フェ…イ……ト………。町の……みん…な…がね………」
「分かってる! 分かってるからもう喋るんじゃない!!」
 ソフィアの声を遮ってフェイトは叫んだ。そしてクォッドスキャナーを取り出して、ソフィアのステータスを確認した。案の定、ソフィアのMP(精神)は0を示していた。瀕死の状態である。このまま放置しておけば、やがて息絶えるだろう。
「何か……何かソフィアを回復させるものは……!!」
 フェイトはポケットを漁ったが、何も出てこなかった。それもそのはず。昨日、回復系のアイテムはルシファー戦で使い切ってしまったのだ。アクセサリー等はこの星では必要だろうということでアルベルやネル、ロジャーやアドレーの4人で山分けすることとなり、その他の誰も使わないような武具(レーザーウェポン等の先進惑星の武具以外)はすべて売り払ってしまったのだ。
「ああ、ソフィア!! 頼む! もう少しだけ待ってくれっ!! いま何か無いか探してるから!!」
「あの〜……これじゃダメですか?」
 フェイトの背後から突然声が上がった。マユである。振り返ったフェイトの目に、マユの手に握られたフレッシュセージが映った。
「ありがとうございますマユさんっ!! この恩は一生忘れませんから!!」
 そう言うとフェイトは、ひったくるようにしてフレッシュセージをマユの手から奪い、早速ソフィアに食べさせようとした。だがいつの間にか気を失っていたソフィアには、物を食べることなどできるわけがなかった。
 仕方なくフェイトは、フレッシュセージを自分の口に入れ、よく咀嚼してソフィアと唇を重ねた。俗に言う『口移し』である。
(うわ〜〜! 羨ましい!!)
 その様子を眺めていたマユは顔を赤らめて胸中で呟いた。確かに恋に恋する少女としては、確かにこれは羨ましい光景である。自分も早くこのような素敵な恋人に出会いたいな〜、というような。
 それはともかく、ソフィアはうっすらと目を開けた。
「ソ……ソフィア!!」
 フェイトが涙をハラハラと流しながらソフィアを抱きしめた。もう少しで愛する者を失うところだったのだから仕方ないことだろう。
「フェ…フェイト……?」
 ソフィアが戸惑いの声を上げる。おそらくは気を失う前の記憶が曖昧になっているからだろう。いきなり抱きしめられた事に対して戸惑うのは当然である。フェイトがそれについて説明しようとした瞬間。
「あの〜。お取り込み中、申し訳ないんですが……。今はそれどころじゃないみたいですよ?」
 マユの言葉にハッとして、フェイトとソフィアは辺りを見渡した。ソフィアがポツリと呟く。
「なんか……初めて『代弁者』と戦ったときや、アンインストーラーを発動させる前にエクスキューショナーと闘った時のBGMが似合う雰囲気だね」
 ――――それって何のBGMだよっ!?
「なあ、ソフィア……。いま変な声が聞こえなかったか?」
「うん、確かに聞こえた。なんか直接耳に聞こえてくるというよりは、頭に響いてくる感じだったよね」
「……オラクル(神託)かな?」
「2人とも何わけの分からない事を言ってるんですか!! 大ピンチなんですよ!?」
 マユが切羽詰った声で叫んだ。
「……完全に囲まれたな」
 広場はすでに大勢の人で囲まれていた。だが少し様子が違った。皆、先程のエクスプロージョンで体中が焦げ、正気を失った瞳は更に虚ろになって『あー』だの『うー』だのと、呻き声を上げていた。ここまで来れば、もはやゾンビという言葉がピッタリだ。
「フェイト……これ、どういうこと?」
「早い話が、ゴッサムさんが惚れ薬を完成させてしまって、それをバニラエッセンスの瓶に入れていたのが原因らしい」
 それを聞いて思い当たる事があったのか、ソフィアは「ああ」と頷いた。
「どうするの? 広範囲の紋章術を唱えたら、私……また死にかけちゃうよ?」
「……通常攻撃で一箇所を崩して、そこから逃げるしか無さそうだな。マユさん、僕とソフィアが道を開きます。僕らの後ろ、ついて来られますか?」
「それなら大丈夫です。走るのは得意ですし、それにこう見えても私、気功術が使えますから。いざとなったら道を開けるお手伝いも出来ると思いますよ?」
 本来、気功術などは武道家が相当の年月を修行に費やし、会得するものである。
「…………信じられないけど、マユさんって本当は戦士系の人なんですね」
「……カルサアの修練所にいた時はよく言われました。『さすが団長の妹!!』とか。でも一応気にしているので、それ以上はその話題に触れないで下さい」
 そう言って、暗い顔をするマユ。だが彼女は知らない。目の前にいるソフィアが、実は創造主を倒す激戦の旅の中で、紋章術だけでなくアルベルやフェイトなどにやや劣るぐらいの戦士系キャラに成長していたことに……。それこそマユなどとは比べ物にならないくらいの力を秘めていることに……。
「………いくぞ!!」
 フェイトが叫ぶや否や、南門に向かって駆け出した。とりあえず町から惚れ薬の効果が消えるまで、町の外にいたほうがいいだろうと判断してのことだ。ソフィアとマユも後に続く。
 いきなり数名の人が立ちはだかった。彼らもまた、ゾンビのような呻き声をあげながらフラフラと歩み寄ってくる。そしてフェイト達は彼らの目を見て気が付いた。
 彼らの目からは理性の光が無くなっていた。ただでさえ、この惚れ薬に惹かれて集まってくるもの達は、我先に自分を手に入れようと襲いかかって来るが、ソフィアの放ったエクスプロージョンが彼らの意識を失わせ、身体だけが本能に従って動いているのだ。
「……本当にゾンビみたいだね」
 ソフィアが顔を歪めながら言った。
「来るぞ!!」
 フェイトが構えながら叫ぶ。3人とも武器は持ってないが、戦うことに慣れたフェイトにとって、目の前をゾンビのようにフラフラと歩く人間など素手で十分だ。無論、それはソフィアも同じである。気功術が使えるマユに至っては後方支援ができるだろう。
 フェイトとソフィアが互いに3メートルほど距離をとり、そのまま目の前のゾンビと化した人垣へと突っ込み、二人同時に水面蹴りを放つ。鍛え抜かれた脚から繰り出された蹴りは、どんなに体格の良い人を引き倒しても勢いを落とすことは無く、二人会わせて10人近くも引き倒し、同時に両手で、相手の腹を勢いよく押した。そのままドミノのように、人垣が大きく崩れる。そこをすかさず、

⇒To Be Continued...

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