その後のデメトリオ2 後編
作者: シウス   2009年10月11日(日) 18時06分35秒公開   ID:T1OQRI26/R6
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 祭りのような夕食が終わり、近くの湖―――基本的に水のある場所を選んで野宿している―――で水浴びを終え、ユリウスとフィエナは馬車の見張りを進んで引き受けた。
 見張りといっても一晩中ずっと火の番をしているのではなく、数時間ごとに交代するのが通例である。一応は二人ずつ見張りに立つのだが、今回は行商隊だけでなく、護衛の兵士や、シャルやピートの家族のように、ただ乗せてもらっているだけの旅人もいる。人数が多ければ多いほど、見張りをする時間も短くなるのだ。
 ユリウス達が一番に名乗りをあげたのは、単純に『夕方まで爆睡してたので目が冴えてる』という理由だったりする。
 見張りの仕事とは、昼間のうちに馬車を走らせながら拾い集めた薪を、夜になったら焚き火の近くに山積みにしておき、そして火が小さくなってくると薪を足すという単調な作業だ。何を見張るのかといえば、野生動物の接近よりも『焚き火』の方かもしれない。
 それでも稀に野生動物がやってくるので、火は絶やしてはいけない。炎を見て逃げる動物もあるが、二足歩行する爬虫類―――リザードマンなどの猛獣の場合、己の口から吹く火を見慣れているのか、遠慮なく近づいてくる。
 つまりこの時間帯に気をつけなければならないのはリザードマンに限定されるわけである。―――魔物騒ぎが起きてなければ。
 魔物騒ぎが起きてからすぐに、魔物をある程度離れた所から観測がなされ、彼らは一切眠らないという情報が判明していた。魔物たちの行動範囲が非常に狭いことから、馬車を止める時に近くに魔物が居なければ問題無いように思われているが、まだ詳しい事が判っていない以上、監視の目を光らせるに越したことはない。
「夜の見張り番か……。昨日の夜もやったけど、本っっっ当に久しぶりだな」
「こういうのって下積み時代でしかやらなかったよね」
 ユリウスもフィエナも、貴族の中では、そこそこ高い家柄だった。
 しかしよほど腐った貴族でない限り、家のしつけや家訓というのは、家柄が上がるほど厳しくなるものである。当然ながら『庶民の生活を学ぶため』などといった修行など、貴族の間では日常茶飯といっても間違いではない。
 親の七光りはあるものの、最初は身分を隠して一般兵を体験するところから始めるのが、彼ら貴族の流儀なのだ。
「最初はみんな、兵士としてはペーペーなんだよな」
「でも家で専門のコーチを雇って戦い方とか習わされるから、貴族出身って、それなりに強かったけど……」
「それはアーリグリフだって同じさ。……でも、ただ強いだけじゃ戦場や猛獣討伐の任務で生き残れないだろ?」
「それもそうね。何て言うのかな……生き残るための知恵とか、危険を感じ取る嗅覚とか、そういうのがあったから、今のあたし達がいるんだと思うわ」
 寝ている者を起こさない程度の声で、だべり続ける。
「ね、ひとつ気になってたんだけど」
「なんだい?」
「ヴァンさんが言ってたことでね、戦争が終わった理由に出てきた星の船―――あれが元居たっていう『異世界』ってあるじゃない?」
「……正直、俺はまだ信じられないんだけど」
「本当に異世界じゃないかもしれないけどさ、興味が湧かない?」
 声に僅かな高揚感が混ざってるのに、ユリウスは気付く。
「興味は―――あるよ。でも凄まじく進んだ技術を持ってるってことは、その技術が一朝一夕で手に入るわけじゃないんだから、その異世界の人間ていうのは大昔から存在したことになる」
「うん。そうなるわね」
 フィエナは頷いた。
「……で、その異世界の人間が、今までアーリグリフやシーハーツに貿易だとか、国交とか、果ては侵略宣言すら持ちかけてきたことが無いんだ。―――そりゃ秘密裏に取り引きされていたっていうなら話は別なんだけど、とにかく交流が無かったということは、何かしらの理由があると思うんだ」
「理由ねぇ……」
「ヴァンは『異世界同士でも国交がある』と言っていた。でも俺たちの世界には、異世界同士の国交が無い。―――あいつらと俺たちの違いは何だ?」
 この質問に、フィエナは咄嗟に気付いてしまった。
「技術―――そっかぁ。技術力の低い原始人には用無しってことね……」
 やや悲しげな目をするフィエナに、ユリウスは慌てて言った。
「そうじゃないと思う。かつてはゲート大陸やグリーデン大陸に原始時代があった。そして数千年の時間をかけて、様々な歴史と文化、伝統を生み出した。―――じゃあ、もし……原始時代の俺たちに、超高レベルな技術を遠慮なく与えられたとしたら?」
 フィエナは首を傾げた。
「うーん……早くから生活が豊かになって、早くから異世界と並んで国交ができてた?」
「それもあるかもしれない。……でも文化は? 伝統は? シーハーツの有名な宮廷料理も、見る者がみんな嬉しくなるような、シーハーツの女性六師団員に配給されるエロくて素敵な衣装も、この世界の人間達が作り上げるはずだったものは存在しなくなるって、思わないか?」
「あ。なるほど……」
 ユリウスの耳を引っ張りながら、フィエナは再び頷いた。
 情けない悲鳴を上げる彼の耳から手を離すと、ユリウスは地面にあぐらをかいたまま、ごろんと後ろ向きに倒れ、空一面に広がる星々を眺めた。
「たぶん、あいつらの間には、『文明度の低いところには近づいてはいけません』って法律でもあるんだろうな……。あいつらだって人間だ。消極的な奴も居れば、友好的な奴だっているさ。そんな友好的な奴らすら来たことないんだから、きっとそういう法律があるんだろうな」
 と、そこまで言ってから、彼は上体を起こして焚き火の中から串に刺さった何かを取り出した。
「な…何、それ……」
 手製の串には、人間の拳よりも少し小さいくらいの、真っ黒な球体が刺さっていた。
 ユリウスは笑って言った。
「一度やってみたかったんだ。アクアベリーを焼いたヤツ。果物に火を通すと甘くなるっていうだろ? ブルーベリーとかブラックベリーなら元がかなり甘いけど、アクアベリーはそれほど甘くないしな」
 そしてガブッと食いつき、咀嚼する。
「どんな味かしら?」
「………あー、あれだ。ケーキとかにアクアベリーとかのの濃縮シロップかけたりするだろ? あれの味だ……うわ甘っ」
「どれどれ? うん甘くてなかなか……うっ」
 ハチミツを一気飲みしたらどうなるか―――その感覚と同じだった。
 喉が焼け付くほど甘味に、二人は水を求めて湖へと走っていった。
 
 
 
 そして夜が明けた。
 朝から曇り空だった。少しだけ薄暗い。
 皆が朝食中、行商隊のリーダー・グラハムは思い出したように口を開いた。
「あー……今年は大雨が速いのかなぁ」
 大雨―――何気ない響きに聞こえるが、一同は緊張した。
 この広大なパルミラ平原は年に2回、大雨が降ることにより、パルミラ平原を左右から挟みこんでいる大川が増水し、平原そのものが深く水没する。それによって大量の土が入れかわり、肥沃(ひよく)な大地となる。また平原に点在する湖の位置も、大幅に変わるのだ。
 そんな大雨が降る時期に、パルミラ平原を渡るなど自殺行為に近い。
 ただそれでも、大雨が何月何日に降るなどという天気予報など、この惑星には存在しない。
 それに行商人などにとっては、一日でも早く隣町へと移動したい時もある。だから今でも、大雨のときの死者や行方不明者は後を絶たない。……例え旅の熟練者であっても。
 グラハムは笑いながら、良く通る声で言った。
「みんな安心してくれ。俺たちは今日の昼頃にはペターニに着けるはずだ。今のところは猛獣の被害も無ければ、魔物の被害もない。この調子で一気にペターニまで突っ込むぞ!」
 当然ながら安心させる目的で言ったのである。事実、ここまで順調に事が進んできている。
「もぐもぐ……俺たちって、ペターニまでけっこう速く着けそうだな。もぐもぐ……」
「…………ヴァン、はしたないぞ」
 サンドイッチを頬張ったまま喋る同僚に、アストールが注意をする。
 今日の朝食はフィッシュ・サンドだった。
 昨夜、行商人で料理の得意な誰か(グラハムではない)が見張り番をしたときに、川で取ってきた魚を捌き、弱火で時間を掛け、鍋の中で香草といっしょに蒸し焼きにした白身魚をパンに挟んだフィッシュ・サンドは絶品だった。
 食事の手を止め、フィエナは隣でフィッシュ・サンドにかぶりついているユリウスに話し掛けた。
「ねぇ……大丈夫かしら、雨」
 リスの頬袋のようにほっぺを膨らましながら、ユリウスは返事する。
「ん? もうすぐ降り始めるぞ」
「なんで判るの? あと食べながら口を開かないで」
「んぐ……ゴクン。あー、そうだよな。俺たち竜騎士ってのは空を飛ぶのが仕事だろう? 天候を読むことに関しては生半可じゃないくらいの自信があるんだ。……で、間もなく降る。―――あ、降ってきた」
 初めはポツポツと。
 そして数秒で豪雨となった。
「おい、降ってきたぞ!」
「急いで馬車の中へ……!」
 全員が慌てて馬車の中へと避難する。
「少し速いけど出発するか……」
 誰かがそう言って、3台の馬車はゆっくりと出発した。
 現在時刻は午前6時。昼までなら多少は地面が水没するものの、歩けないほどではない。
 
 
 
 馬車に揺られながら、荷台の中でユリウスは疑問に感じていたことを口にした。
「そういえば昨日の晩メシに食った焼肉―――あれは何の肉だったんだ?」
 昨日、ユリウスとフィエナは魔物との戦闘後、倒れるようにして爆睡してしまい、夕食のときに起こされたのだ。その時の夕食が、その辺で捕らえた動物での焼肉だった。
 ヴァンが答えた。
「あれはホーンド・タートルさ。一般兵の奴らが捕まえてくれたんだよ」
 巨大な角を持つ、全身が赤い巨大な陸生の亀である。爬虫類の肉なんて―――とは誰も思わない。ゲート大陸では爬虫類の肉を食べるという行為に、疑問を感じる人間はいないからだ。
 ユリウスは目を見開いた。
「え? あれって珍味として有名なんじゃ」
「そうなんだよ! でもあれ猛獣だろ? 数は居ても捕まえてくる奴が居なけりゃ、市場には出回らないもんなぁ! 実はな、1頭でも充分に足りたんだけどな、3頭も捕まえたんだよ! さっきグラハムさんに聞いたら、行きつけの宿屋にそいつらの肉を持っていったら料理してくれるらしいんだ。あんたらも来いよ! 旨い肉に、旨い酒! 久しぶりに酒が飲めるぜ!!」
 ハイ・テンションでまくしたてる彼の目には、もはや『酒』と『ごちそう』の文字しか浮かんでなかった。これが六師団の中でも指折りの実力者を持つヴァンの正体であった。どこまでも能天気である。
 いきなりの誘いではあったが、悪い話ではなかった。
 ユリウスはフィエナと顔を合わせ、互いに頷き合って答えた。
「じゃ、お言葉に甘えて、俺たちも参加させてもらおうか」
「おう、いいってことよ!」
 と、その時。馬車の外の様子が微妙に変わったのに気付いた。
 正確には馬車の走行音が変わった。
「あれ?」
「うん?」
 最初に声を上げたのは、シャルとピートだった。すぐに行商人の誰かが言った。
「お、そろそろかな?」
 ユリウスが疑問をぶつけた。
「どういうことです?」
「馬車の走る音が変わったろ? さっきまでは『パシャパシャ』っていう水を叩くような音がしてたんだが……」
「ええ。だいたい10センチくらい地面が水没してましたからね」
「それが急に水が少なくなってきたような音になったろ?」
「なんで急に少なくなるんです?」
「なんでって……ペターニとパルミラ平原、この二つの海抜―――まぁ、地面の高さって言うのかな? 高さが同じなら、パルミラ平原が1メートルくらい水没したら、ペターニも1メートルくらい水没することになるだろ? でも現実には、そうならない。なぜだか分かるかい?」
 ここでフィエナが口をはさんだ。
「つまりペターニはパルミラ平原の大地より、数メートル高い位置に作られてるってことよ」
 行商人はニッと笑って、
「奥さん、あんたよく分かったね?」
「一応、ペターニとアリアスを何度も往復してるものでして……」
 そこで行商人はユリウスに向き直った。
「ま、つまりだ。洪水で被害を受けないために、街をパルミラの大地より高い位置に作る。で、街の入り口が階段になってたら、馬車が街に入れない。それを入れるようにするために、石畳で長〜く、ゆるやかな坂道を作って、馬車が通れるようにしたんだ。今通っているところが、その坂道だよ。もうすぐペターニに着くだろうな」
 何となく馬車の中で前のほうに移動し、御者台から前方を見渡してみる。地面はすでに水没していて分かりにくいが、何も舗装されてない地面と比べて、僅かだが石畳の道が高くなった気がする。そして遠くには、これまた雨のせいで見えにくいが、うっすらと大都市の輪郭が見え始めていた。

⇒To Be Continued...

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