その後のデメトリオ 前編 | |
作者:
シウス
2009年06月15日(月) 22時41分42秒公開
ID:G2uK9fjVNL2
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「平和ねぇ〜……」 隣で、水面に仰向けに浮いたフィエナが呟いた。確かに彼女の言う通り、ここは平和だ。地上での戦争も、数日前の空に現れた赤い物体も、全くといってもいいほど、今の自分達には関係ない。 考えるのが面倒になり、ユリウスもフィエナと同じ姿勢をやってみることにした。先日は同じ事をして溺れかけたが、今度はうまくいくと確信することができた。 息を吸い、脚を水底から離す。ほんの少しだけ身体が沈んだ後、顔まで沈むことなく浮き上がることができた。と、その時。 「………あでっ!? ガボガボガボッ!!」 また溺れた。 「どうしたの、ユリー!?」 突然上がったユリウスの声に、心配そうな声を上げるフィエナ。見ると、ちょうどユリウスが水面から顔を出したところだった。 「大丈夫?」 「ああ、平気、平気。何か知らないけど、いきなり頭に何かが当たってビックリして溺れかけて……って何だこれ!?」 手近なところに浮いていたものを拾い上げ、ユリウスは驚愕した。 それは、身長が50センチはあろうかという魚の骨だった。人間で言うところの首の辺りから、尾までの骨である。その途中にあるはずの身は、綺麗に無くなっていた。 「これって……よくこの川で獲れる魚だよな?」 「ええ。しかもこれ、骨の色からして真新しいわ。死んだ魚が腐敗して骨になった、ってわけじゃ無さそうね」 「じゃあ何らかの生き物に食われたって? フィエナ、俺がこの谷で暮らし始めたとき、こう言わなかったか? 『ここには肉食性の動物なんて居ない』って……」 別にフィエナを疑っているわけではない。ただの事実確認である。フィエナもそれを知ってか、謝る様子もなく言った。 「たぶん、ここより上流に『何か』が落ちてきたのよ。人かも知れないし、あるいはモンスターかもしれない。恐らく、そいつが食べた魚の骨が、ここへ流されてきたのね」 「じゃあ装備を整えて、様子でも見に行くか? 人間だったら仲間、それ以外は敵。オーケー?」 「オーケー。とにかく、モンスターだった場合も予想して油断しないでね。たしか地上にいたモンスターって……」 「分かってる。両手に斧を持ったモンスターだろ? そいつも十分危険だが、木の姿をしたモンスターの場合だったらもっと気をつけた方が良い。この辺りで遭遇するモンスターの中で一番強く、かつ一番凶暴だからな」 「知ってるわ。ユリーも、それが分かってるなら大丈夫ね。行くなら急ぎましょ。もし木の姿をしたモンスターだったら、かなりの短時間で分裂して仲間を増やすから」 ユリウスにとって初耳だった。 「………マジで?」 「マジよ。ほら、さっさといくわよ」 そう言って、フィエナは家に向かって歩き出した。 装備を整えるといっても、ゴテゴテの重装備というわけではない。民家にあった半袖のシャツとハーフパンツという、色は違うが一応ペアルックというスタイルに、武器や畑にあったブルーベリーやブラックベリー、その他もろもろの薬草を持って来ただけだった。 ―――疾風の副団長と、『水』の副団長には十分すぎるほどの装備だった。騎士団もそうだが、シーハーツの六師団というのも、主である女王に忠誠を誓って闘う騎士のような存在なのである。ユリウスとフィエナの戦闘力はほぼ同じとみて間違いではない。 崖に挟まれた川をのぼりながら、ユリウスは上流がどのような地形になっているかを聞いた。 相変わらず二百メートルほどの崖に囲まれているのは変わらないが、川に面するように、村と同じくらいの広さを持つ○型の空き地があるというのが判った。無論、その空き地も崖に囲まれている。 そしてその空き地は、木が埋め尽くしていて森になっているのだという。小動物はおろか、虫一匹すら住んではいないらしい。 「さぞかし荒れ放題なんだろうな、その森ってのは」 「ええ」 人が手入れをしていない森というのは、お世辞にも人が歩けるようなものではない。ましてや虫一匹すらいない森ならば、獣道すら無いだろう。もし万が一モンスターがいた場合、間違いなく戦闘は川で行なうことになるだろう。ザコならともかく、木の姿をしたモンスターだとすれば、かなり辛い戦いになる。 そうこう考えているうちに、二人はついに森のそばまで来てしまった。予想通り、森は荒れ放題で、鬱蒼としていた。 ユリウスは森に向かって呼びかけた。人間がいる場合もあったからだ。 「おーい! 誰かいるのかー!?」 続くように、フィエナも声を上げる。 「アーリグリフ人でもシーハーツ人でも差別とかしないですよー! 現に私達二人はアーリグリフ人とシーハーツ人のコンビですからー!!」 こうすることで、もし人間がいた場合、安心して出てくることが出来るのだ。 不意に、前方の茂みから『ガサガサ』という音がした。少しづつではあるが、こちらに近づいてくる。やはり何かがいるようだ。音の大きさからして、どうやら人間ではないようだ。相当大きな生き物であると推測できる。 「……やっぱ木の姿のモンスターかな?」 「ええ、そうでしょうね……」 地上でも少々てこずる相手に、ここの地形は絶望的なほど不利である。死にはしないと思うが、大怪我する可能性ならありえる。二人は緊張を高めた。 そして茂みの中から、『そいつ』は飛び出してきた。 「……なっ………!?」 ある意味、予想だにしなかったヤツだった。まさか、こんなところで会うとは……!! 「ゼノン!!」 『ユリウス! てめぇ生きてやがったのか!?』 流暢な人語で答えたのは、かつてユリウスの相棒だったエアードラゴンのゼノンだった。 「生きてたのかって……それはこっちのセリフじゃねーか!! 死んだんじゃなかったのか!?」 笑顔で叫ぶユリウスをみて、目の前のエアードラゴンが敵ではないと、フィエナは判断した。だがすぐに緊張した面持ちになり、ゼノンと呼ばれたエアードラゴンの翼を指差して叫んだ。 「ちょっと、どうしたのよ、その翼!! ズタズタじゃないの!?」 言われて気付いたユリウスも、真っ青な顔をして叫んだ。 「マジでヤバイぞ、これは! フィエナ! すぐに村へ帰って治療を……!!」 『無理だ。これほどまでの大怪我だ。……もう治らねーよ」 諦めたようにゼノン。恐らく、この傷が原因で飛べなくなったのだろう。だからずっとここにいたのだ。 ユリウスはゼノンの落ち込んだ言葉を、余裕を持って否定した。 「大丈夫だ。フィエナは治癒の施術が使えるし、村には強い薬草もたくさんある。おまけに俺もフィエナも、医者としての心得もある程度はあるんだ。安心しろ、必ずもう一度飛べるようにしてやるから」 その言葉を聞いて、フィエナは閃いた。……まあ、誰でも思いつくことなのだが、今の彼女にとってそれは、自分の――自分達の人生を180度転換するくらいの閃きに思えた。 「ねえ、ユリー! もし彼が飛べるようになったらさ、この谷から出られるんじゃない!?」 「あっ! そうか、確かに出られる!!」 まさに奇跡との遭遇だった。 『喜んでるところを悪いんだが……怪我が治せるんなら、さっさと治してくれねえか?』 不満げに―――というより苦しげに呻くゼノンの声を聞き、ユリウスとフィエナはハッとした。たしかに急いだ方が良い。翼に怪我をしたのは恐らく、ユリウスがこの谷に落ちた日だろう。あれからもう14日が過ぎているのだ。下手をすると、人間で言うところの『切断』を施さなければならなくなる。 「ああ、そうだな。急がないと……歩けるか?」 苦しげな様子ながらも、ゼノンは答えた。 『何とか……な』 「わかった。フィエナ、ちょっとコイツの身体を支えるの、手伝ってくれるか?」 「ええ。じゃあ急ぎましょ」 三人はその地を後にした。 |
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